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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
黒兎
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第六章 逃走

 兎の視界は身体の後方まで見通せる。

 それは長所でもあり、短所でもあった。

 何故なら、視界には彼を捕食せんと無数の黒が津波となって追いかけてくるからだ。

「びゃああ――!」

 彼は叫んだ。それはもう大声で。

 恐怖と生理的嫌悪に襲われていたが、体は動いていた。

 眼前へ立ちはだかる樹木とその根。

 潜り、飛び越え彼は駆けた。

 駆け出した直後、それは居た。

「ギャ?」

 子鬼(イケニエ)だった。

 近くに居たのは幸か不幸か。

 しかし、それは紛れも無く子鬼にとっては不幸で、彼にとっては限りない幸運だった。

 進行方向を修正する。子鬼の方へと。

 すると背後の津波も向きを変える。

 肝心の子鬼は黒の津波に驚いたのか、目を見開き呆けていた。

 彼はその隙を見逃さず脇を駆け抜けた。

 残るのは子鬼と迫る津波。

 状況を理解した頃には時既に遅し。

「ギッギャ――ッ」

 僅かな叫び声を残し津波に飲まれた。

 物は違うが目的を果たした津波は食事のために纏まり、黒い玉へと変化した。

 辺りには彼らの食事の音が響くのみだ。

 そんな光景を彼は離れた場所から見ていた。

「お……恐ろしいな全く」

 あと少し気付くのが遅れていれば、あの中に居たのは彼だったろう。

「まぁ、これで大人しく巣に戻る……、訳ないですね。大家族だもんね。そりゃ食費も掛かりますもんね」

 さすがに子鬼(イケニエ)一匹だけでは物足りなかったようだ。

 玉から波へと変化しつつあった。

 彼は変化を待たずに正に脱兎の如く逃げた。


          ●


 それからも彼は駆けた。

 少なくとも闇雲ではない。

 酸素を求め呼吸する。

 ただそれだけではなく、周囲の匂いを嗅ぎ分ける。

 狙いは次の犠牲(イケニエ)を探すためだ。

 運悪く近くに居たのはご同類(うさぎ)

 流石に接近する前に気付かれてしまう。

 だが、駆け出した同類と既に最高速度の彼、そして彼に一歩遅れた速さで追いかける津波。

 その差は大きかった。

「――すまんっ!」

 走る速度そのままに同類に体当たりを仕掛けた。

 果たしてバランスを崩した同類は転倒し、追いついた津波に飲み込まれる。

「今度は止まんないのかよ!?」

 食事を始めたのは一部だけ、残りは未だ彼を飲み込まんと濁流する。

「クソッ。次だ次!」

 悪態をつきながらも彼は走る。

 大木の根の隙間を潜り、縄張り争い中の狐と狼の群れの真っ只中を抜け、木の枝で羽を休めていた白い鳥に逃げられ、カラフルなキノコの群生地を駆け抜けた。

 だが、津波の食欲は凄まじく貪欲だった。

 大木は根も幹も喰い削って倒し、漁夫の利を得て、羽ばたく白鳥より黒兎を狙い、キノコは無残に喰い散らかされた。

 数を減らしつつも、津波は止まらない。

「――っはぁ、はぁ。まだ追いかけてくるのかよ!」

 彼は体力の限界を感じていた。

 魔獣と思われる兎の体でも、天然の障害物競走を失敗も許されず全力で駆けているのだ。

 おまけに追いかけられるという心理的な重圧も加わり、感じる疲労は強くなる一方だ。

 そして、

「油と鉄、強い(ハーブ)の匂い……。人間が近くに居るのか、それも複数……」

 周囲に漂う匂いは彼に状況を教えてくれる。

「人間か……。いや、だけど……」

 悩んでしまう、(なす)り付けて犠牲にするかどうかを。

 背後に迫る津波は、これまでの努力により数を多く減らしている。

 もう少し離れた場所に居るであろう野生動物か、子鬼を数体犠牲にすれば満足だろう。

 だが今近くに居る人間に擦り付けるか、犠牲にすれば足止めは確実。

 ともすれば満足する可能性が高い。

「……くそっ! やっぱ駄目だ!」

 人間を犠牲にして助かることを割り切れなかった。

 兎の身体になっているとはいえ、元は人間。

 それに、現状で言語による意思の疎通を行うことができる、その可能性が最も高いのは人間だけだ。

 いつか人間とコミュニケーションをとった時、胸を張って話せるだろうか。

 少なくとも、後悔はするだろう。

 頭を振り、気合を入れなおす。

「もう少し頑張れば……っ」

 それは飛んで来た。

 彼の頭上、津波に向って放物線を描き飛ぶそれは筒だった。

 まるでスプレーの缶のようなソレには文字が書かれていた。

 一瞬のことだったが、彼の目にはハッキリと読み取れていた。

 前世では見たことの無い文字ばかりだが、読み取れた文字もあった。

 ……Holy Flash?

 瞬間、辺りは暖かな光に飲み込まれた。

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