第九章 浄化
目的地はそう遠くはなかった。
……ホント、鼻が曲がりそうな臭いだな。
黒に満たされた大穴。
それは、先程見たときよりも大きくなっているようにも見えた。
「これは……」
「ううぇ、気持ち悪い」
「ここまで大きいとは……」
侵食で集めたであろう食料が次々と大穴へ沈んでゆく。
呆然とする三人。
木の幹や狼や子鬼などの一部が沈む様はまるで底なし沼だ。
「さて、さっさと処理しようかリーダー?」
スーさんは三人を尻目に担いでいたバックパックから黙々と道具を取り出していた。
その声掛けに三人はやるべきことを思い出す。
「あ、っとそうだった。それじゃあ皆、始めようか」
「そうですね」
「景気良く行っちゃおう」
それからの行動は早かった。
大穴を囲むように長さ一メートル程の八本の支柱とそれらを繋ぐ帯。
そのどちらもが奇怪な模様が刻まれ、淡く白い光を放っていた。
「結界の構築できたよー」
その言葉を証明するかのように食事から弾かれた何匹かが大穴の外へ飛び出す。
しかし、帯の近くまで来ると食卓へ戻ることなく地面に落ちた。
そしてピクリとも動かなくなる。
……あの光ってさっき爆発した光と同じやつか。逃げないようにするための囲いか?
呑気に眺める黒兎を置いて作業は進む。
彼らが次に取り出したのは、先程デビルローチの津波に投げた筒と、
「良いか? 威力と需要と供給の少なさから一発だけの貴重な代物だ。実際に使うのは悪霊払いの高ランクか教会の大規模浄化作戦ぐらいか。結構珍しい物だからな、今のうちによく見ておけ」
20センチ程の球体だった。
外見は鈍い銀色に覆われ、球を半分に別つように一線の紋様が描かれていた。
「たしか、このピンを抜いて五秒後に起爆。で、良かったですよね」
紋様の一部、そこにはピンと思わしき輪が存在していた。
「ああそうだ。これを投げるタイミングは任せるぞ」
「はいっ、それじゃ作戦通りに皆配置に!」
その言葉に四人は大穴を囲むように移動する。
全員が配置に着いたことを確認したアルくんは深呼吸を一つ。
そして、
「では、構えて」
三人が筒のピンに指を掛ける。
「今!」
掛け声と同時にピンを引き抜き、大穴へ投げ込む。
投げ込まれたそれは、彼らにとっては新たな餌に見えるのだろう。
あっという間に、黒に沈んで見えなくなってしまう。
「1、2、今!」
アルくんは銀球のピンを引き抜き、大穴へ叩き込むように投げ入れた。
投げ込まれた金属球は、何匹か押しつぶし穴の中心へと届いた。
それすら一呼吸の間に黒に埋もれる。
「…………」
その場の全員が固唾をのんで見守る中、果たしてそれは起きた。
始めに光が三回爆ぜた。
音も爆風も無い、ただの光の炸裂はそれだけで彼らの命を消し飛ばす。
その少しの間を置いて、
「――っ」
世界は白に飲み込まれた。
●
黒に満たされた大穴。
そこに動くものは無い。
「後は周囲の確認と組合への報告ぐらいかな?」
支柱と布を回収しながら、今後の予定を確認する。
「その前に!」
異議を申し立てたのは猫の少女。
「この子をどうするかだよ!」
掲げる右手には黒兎。
いつの間に。だとか、片付け手伝え。とか色々思うところはあるが、それは置いておく。
当の黒兎も目を丸くしているあたり、いつ捕まったのか理解できてないようだ。
「まず、放してあげよう。話はそれからだ」
少女はちぇー。と残念そうに黒兎を地面に放す。
黒兎が即座に彼女から距離をとって警戒しているのは無理も無い。
「仲間にしようよ。喋るし、モフモフだし!」
「いや、喋るにしても、今この子を養う余裕は結構ギリギリだよ?」
「わたしの自腹で養うから、レーちゃんも仲間にしたいよね?」
意見を求めエルフの少女に声を掛けるが、
「温かく、思ったよりモフモフしているんですね。さわり心地が良いです」
二人を置いて黒兎と戯れていた。
「あっズルイ。わたしも混ぜてー」
そこに少女まで混ざる。
もみくちゃにされる黒兎に助け舟を出したのは、
「あー、とりあえず、ソイツがどうするか聞いてからにしとけ」
スーさんだった。
その言葉にエルフと猫の少女たちは黒兎から離れる。
「さっき言ったように断っても見逃すし、一応顔が利く立場だから組合連中に手を出さないよう言付けもしできる。それに、一緒に来るにしても構わん」
槍の犬男の問いに黒兎は応えない。
だが、黒兎の黒の双眼はしっかりと犬男に向けられていた。
「着いて来るにしても金については心配しなくても良い。伊達に長生きはしてないさ、貯えはある」
生活を保障する言葉。
迷いがあるのか、黒兎は口を開閉するだけで声はでない。
何かを確かめるように周囲を見渡せば。
黒兎を見定めようと一挙手一投足を視る青年。
触った毛皮の感触を思い出しているのか、手を握っては開くエルフの少女。
しゃがみこみ、両手で自身に飛び込むよう指示を送っている猫の少女。
ただ真っ直ぐに黒兎を見つめる槍の犬男。
「……それなら」
口を開き声を出す。
それは今の黒兎にとって最大限の信用の表れ。
飛び出した言葉に彼らは三者三様に目を丸くした。
喋ると知っていても、実際に喋ったことに大なり小なり驚く。
猫の少女だけは、驚きというより喜びが大きいようだが。
「俺には目的が――っ!?」
言葉が途切れる。
「見つけた!」
反応したのは犬男だった。
腕を伸ばし、彼らの背後から来るソレを止めようとした。
「よっ」
しかし、それは伸ばされた腕を潜り避けると、黒兎の背を掴み取った。
無理矢理に掴んだため、黒兎の口から潰れたカエルの様な声が出るが誰も気にしない。
目的を果たしたソレはそのまま森の中に消えていった。
黒兎を連れて。
●
「なっ、待てー!」
「止まれ、パール」
追いかけようと飛び出した猫の少女、パールを止めたのはスーさんだ。
「で、でも――」
「まず落ち着け。襲われてると思って助けに来たのだろう。追いかけても更に逃げられるだけだ」
落ち込むパールの頭を撫でながら、スーさんは言葉を続ける。
「それに、森の中で追いかけるのは難しい。機動力が違いすぎる」
「でも、シューヴァラさん。助けに来たって言っても異種族を助けにきますか?」
「そうです。確かにあの黒兎と同じく、あの真っ白な烏も珍しいですが」
二人の疑問にスーさん、シューヴァラは応えた。
「順に説明しよう。まず黒兎について、あれは魔獣の角兎ではない。あの白鳥も同じだろう」
三人の頭に?が浮かぶ。
「まず、魔獣というのは魔素を取り込んだ獣の変異種だ。これは組合の授業で聞いただろう?」
頷く三人。
「つまり、獣の延長であり、調教によって言葉の単語や命令を理解する事はあっても、あそこまで流暢に喋って会話はしない」
「……っ!」
驚きが誰とも無く響いた。
「当てはまりそうなものは、聖獣、幻獣、妖獣、魔物など数多くあるが、浄化の光が効いていない事から魔物、妖獣ではない。となると聖獣や幻獣が近い」
「なるほどー」
「幻獣……、渓谷都市の守護獣が有名ですね」
「それだけなら組合や都市で保護すれば良いんだがな……」
「あの黒兎に何か問題でもあったんですか?」
アルくんの疑問にシューヴァラは、
「一つ聞くが、あの黒兎のサイズどう見えた?」
「まだ小さかったね。まだまだ子供だったね」
「角兎と同じ生育なら、少なくとも生後1週間程かと」
「角兎は最大で膝下くらいまででしたっけ、でも、あの黒兎はパールでも抱えられるぐらい小さかったですね」
彼らの返事に渋い顔をする。
「そうだ。組合に目撃情報が無かったことから、生まれて間もないのは確実だ――」
だが、
「そんな短時間で人間の言葉を使えている。それ自体は加護やら何やらがあるかもしれないが、……何で鍋を知っているんだ」
あ、という呟きがどこからか響いた。
「ここは森とはいえ、外周の浅い所だ。少し歩けば街がある。食事として捕まえた角兎を焼いたりはするだろうが、鍋なんてする馬鹿はそうはいない」
そこまで言うとため息を一つ。
「あの白鳥も少し前から組合に報告が上がっていたそうだ。もちろん喋ることもな。まったく、デビルローチや黒兎といい、この森で一体何が起きているんだか……」




