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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
冒険者
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第二十八章 迎撃と陰謀

 そこは、細道。

 家屋と家屋の隙間。

 裏路地というには狭く、木箱やゴミに溢れていた。

 理路整然と並んであるようでそうでない家屋達は、そんな天然の迷路を作り出していた。

 幸い、乾いた石畳が敷かれているので走りやすい。

「馬鹿め! そっちは行き止まりだ!」

「他の連中に連絡しろ! 西の商館の裏だ!」

「ようやく追い詰めたぞ!」

 普段は静寂どころか無音である細道はチンピラ同然の男達によって騒然となる。

「……行き止まりか」

 男達から逃げ回っているうちに辿りついたのは、袋小路。

 四方を巨大な建物に囲まれたそこは、小さな広場。

 それぞれの建物に裏口らしき扉があることから、意図的に造られた空間なのだろう。

 試しに近くの扉を叩いてみるが、返事どころか反応すらない。

 それならばとドアノブに手を掛けてみるが、やはり鍵は掛けられていた。

 この調子では他の扉も同様だろう。

「彼等の狙いはぼくです! ぼくを降ろして――」

「馬鹿なことを言うなって。そりゃ、少し前の俺だったら見てみぬ振りか、公権力に任せるかしかできなかったけどさ――」

 腕の中で抗議するカルシェを窘める。

 疲労困憊の子供の足で大の大人から逃げ切るのは難しい。

 故に抱きかかえる事で、逃げ足を早めた。

 生前の自分の体力であれば5分と持たなかっただろうが、今の体は長時間の逃走にも関わらず息一つ切れていない。

「――助けて、抗う手段も力もあるのに、子供を見捨てて安寧を享受するのは目覚めが悪いんだよ。まぁ、俺の我侭だからカルシェは気にするな」

 続々と現れる男達から距離を取るように入口から距離を取る。

 男達は確実に捕まえるためか、いきなり飛び掛るようなことはしない。

 唯一の入口を塞ぐ者と2人を囲む者に分かれる。

 距離を取るうちに、気付けば隅に追い込まれていた。

「おい、そこのフードの……兄ちゃんか?」

 幸いな事に、自身の姿はローブを纏っているお蔭で知られていないようだ。

「どっちでも良いがそのガキを渡せ。痛い目に遭うのは嫌だろう?」

 言葉の上では要望ではあるが、抜き身のナイフを見せ付けるように振るう時点で恐喝以外の何者でもない。

 見れば、他にも得物を構える者が居る。

 拒否をすればどうなるか、想像に難くない。

 咄嗟に守れるようカルシェを降ろし背に隠す。

「……何だって大の大人が寄って集って子供一人を追いかける? それぐらいは教えてくれても良いんじゃないか?」

 迎撃のために重心を低くしやや前傾姿勢を取る。

 その問いに入口を塞ぐ男が答える。

 その男の指示に素直に従う他の者達の反応から見るに、彼らの中で高い地位に着いてはいるようだ。

「簡単な話だ。そいつは次期領主様の大事な大事なお宝を盗んだんだ。持ってるのか隠したのかは知らんが、取り戻さなきゃならん。だからその盗っ人を引き渡せ」

「――ふっ、ふざけるな! ぬすっ人はお前たちじゃないか! お父様もお爺様もお前たちが……っ!!」

 激昂し、今にも飛び出しかねないカルシェを後ろ手で押さえる。

「なるほど事情は分かった」

 心情的には全面的にカルシェの味方ではあるが、彼が間違っていない証拠も無い。

 なにせ、自分がこの世界に降り立ったのは、つい一月程前なのだ。

 今、自身が立つこの国についても理解できていないのに、貴族達の政争なんて煩雑な事情を知る筈もなし。

 ともすれば、チンピラの様な彼等が正しい事も考えられる。

 その上で悠兎は答えを出した。

「なら、答えは一つ……お断りだ」

「ああん?」

「どっちが正しいかは知らないけれど、大勢で子供を追い詰める連中に義理立てする理由は無い」

 落ち着かせるためにカルシェの頭を撫でながら、その心を決めた。

「という訳で、ここで少し待っててくれ。今から連中を片付けるから。――(かげ)ろ“叢雲”」

 その悠兎の言葉と想いに、腕輪はその形状を変化させる。

 刹那の間を置いて、無骨な手甲と足甲が装着された。

「さて、生憎と俺は未熟だからな。武器を持った相手に手加減はできない、始めから本気の全力で行かせて貰うとするよ」

 手足を軽く振り、具合を確かめる。

「そういえば、始める前に一つ聞きたい事がある」

 怪訝そうに顔を顰める男達に悠兎は問う。

「あんた達にとって“降参”や“参った”っていうのは共通語で解るか?」

「何が言いたい?」

「俺自身がちょっと言葉に不自由していてね。投降の意思が判らないと気絶するまでぶん殴らないといけなくなるだろ?」

「テメェ……俺達を馬鹿にしてんのか!?」

 リーダー格の男が顔を赤くして叫ぶ。

 昔ならそれだけで怯えて萎縮しただろうが、鞠の指導の下もっと恐ろしい目にあったのだ。

 チンピラ程度の威嚇に怯える必要は無い。

「そっちから武器を持ち出したんだ。覚悟はできていると見なすからな」

 その言葉は区切り。

 自分の意思で他者と戦うためのケジメであった。

「それじゃあ、始めようか。――“噤む言の葉”」


          ●


「まず手始めにっと」

 狙うは真正面。

 自分達に最も近い相手だ。

「お前からだ」

 宣言と共に踏み込む。

 超人的な身体能力による脚力は、5メートル以上あった間合いを刹那の内に0とする。

「――っ!? コイツ!」

 その速度は、まるで目の前に瞬間移動してきたかのようだ。

 だが、相手も喧嘩慣れはしているのようだ。

 動揺はしていても、その体は迎撃に転じていた。

「喰らえっ!!」

 手に持つナイフを突き出す。

 至近距離からの刺突は戦い慣れた者でも避けるのは難しい。

「――――」

 それでも、視認し体が動くのならば、隙だらけでしかない。

 体を半身にし、ナイフを持った腕が宙に伸びる。

 これを利用しない手は無い。

「――フッ」

 伸びきった腕の肘を掴み、反対の手で相手の腰を掴む。

「な――っ!?」

 腰を落とし、その上に相手を乗せ、掴んだ手を独楽を回すように様に引っ張れば、

「ガッ……!?」

 自身の重量と悠兎の腕力によって背中から叩きつけられた男は、白目を剥いて意識を飛ばす。

「畳は畳でも石畳は痛いだろうよ」

 それは“大越”と呼ばれる投げ技だ。

「柔道なんて学校の授業以来だな。授業だと“背負投”と“大外刈”しか習ってないけどさ」

 “武技”の知識による恩恵だ。

 本来知らない筈の“技”を知る。

 自分でも把握できない無数の“技”と超人的な身体能力。

 この2つが備わった結果である。

「嘘、だろ」

 男達の一人が呟く。

 仲間が瞬く間に無力化された事実に、動揺が隠せない。

「さぁて、増援が来る前に片を付けようか」

 口端が吊り上がり、犬歯を見せる口元は、フードの陰からでも良く見えた。


          ●


 肉を打つ音、そして僅かな悲鳴が裏路地に鳴り響く。

 その数が十に届こうかという所で音は止む。

 全員が白目を剥いてはいるが、息をしているので問題は無いだろう。

 後遺症については、気をつけてはいたが正当防衛という事で諦めてもらうしかない。

 過剰防衛という点については、国も法律も違うという事で一つ。

「結局増援まで倒しちゃったが、これで残るはアンタだ」

 残ったのは唯一の出入り口を塞ぐ男だけだ。

 カルシェを背に連れ、2人は相対する。

「な、何者なんだオメェは!?」

 うろたえはするが、通路を開けない。

 仕事に対しては真面目なようだ。

「この子の味方だ。そしてアンタの敵だ」

 拳を作り、男に向ける。

 次はお前という宣言だ。

「ま、待て! 待ってくれ!」

 仲間の二の舞になりたくはないのか、男は制止の声を上げる。

「こっちとしては、宝物が手に入ればいいんだ! ブツその物かその在りかさえ知れるのなら、そのガキにはこれ以上手を出さねぇよ!」

「ブツ? 何なんだそれは?」

「……領璽(りょうじ)。その地を収める者の証」

 悠兎の疑問に答えたのは背後に居たカルシェ。

「ぼくのお爺様が先代から継承し、お父様が継ぐ筈だった物です」

「カルシェ……」

 先ほどの反応や状況から鑑みるに、お父様とお爺様とやらはこの子を守れる状況にないのだろう。

 ともすれば、最悪の事態も想定出来る。

 紡ぐ言葉が震えているのは、悲しみだけではない。

「お父様の弟である叔父と貴方達は、その立場を求めてお爺様を弑逆した! そんな者達に正当な証である領璽を渡すものか!」

「弑逆って……マジかよ」

 貴族のお家騒動とは思ってはいたが、想像以上の事件に巻き込まれていたようだ。

「故にぼくは貴方達に教えるつもりは一切無い!」

 震える小さな体で男を一喝した。

 その勇気に悠兎は応えるしかない。

「というわけで、こちらからの選択肢は二つ。道を開けるか、開けさせられるか、だ」

「……ちっくしょぉぉ!」

 男は破れかぶれでナイフを振り上げ飛び掛ってくる。

「だろうな」

 反撃を想定していたため、体はスムーズに動き出す。

 振り上げた男の両の腕を掴み、投げる。

「ぐっ……はぁっ」

 突撃した筈の男は一回転し、斜め後方へと叩きつけられた。

 果たして、他の者同様にその意識を手放した。

「……ホント凄いなこの体。空気投げまで出来ちゃったよ。――っと“紡ぐ言の葉”」

 それは咄嗟の判断によるものだった。

 が、柔道の神様である三船十段が編み出した別名“隅落”を再現できるこの身体能力に、自身の体でありながら戦慄する。

「と、とりあえず全員片付けたし、さっさと離れるぞ。更に増援が来ないとも限らないしな。ホラ、マントを纏って顔を隠せ」

 先ほどからカルシェの手に抱えていたマントを着させ、自身もローブを裏返し色を変える。

「とりあえず、俺の取った宿に来い。少しは休めるだろ」

 服装を変えたところで、カルシェの手を引いて歩き出す。

 疲労困憊のカルシェには悪いが、少しでも目立たないようにするためだ。

 そうして、2人は男達が転がる広場を後にした。

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