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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
冒険者
30/36

第二十九章 宵の宴

 そこは個人宿の一室。

 金銭を払って借りた部屋だ。

「旅の出だしからまた凄い事件に出会ったね」

 苦笑しながら応えるのは鴉弥。

 つい先ほど買い物から帰ってきたところだ。

 同行者である彼女に報告しない訳には行かない。

 事のあらましを伝えると、苦笑で返された。

「それで、そのカルシェ君の状態はどうなんだい?」

 目を向けるのは部屋の大半を占めるベッド。

 そこでは、少年が夢の世界へと旅立っていた。

「身体については怪我一つ無い至って健康的だ。ただ、疲労と最近は満足に飯を取れてないってトコか」

 少年と行った会話を思い返す。

 無傷なのは僥倖ではあるが、幼い子供が精神的に追い詰められる状況は許し難いものだ。

「それなら、しっかり休めば問題はなさそうだね」

 優しげな眼差しでカルシェを見つめる鴉弥。

「しかし、そうなると夕食をどうするかだね。ご相伴に与った身で人を追加するのは気が引けるけど……」

「一応、確認ぐらいはしておくか。子供を置いてご馳走を食べても味気ないだろうし」

 道中で交換した連絡先に連絡を入れる。

 あまり口外する事情でもないので少々ぼかしながら経緯を話して確認を取る。

 果たして拒否されるかも、という心配は杞憂であった。

 むしろ、腹一杯食わせるからつれて来いとまで言われてしまった。

「許可出たな」

「助けてもらってばかりで申し訳ないね。収入が無いから節約していたけれど、料理の一品や二品は奢った方が良いかもね」

「その時は、俺も出すよ」

 マントの出費は痛かったが、恩を受けてばかりではむず痒い。

「うん、その時は宜しくね。あ、そうそうPDAのケースを買ってきたよ」

 そう言って差し出したのは手帳型のケース。

 落ち着いた紺色の帯には、兎であろうワンポイントイラストが描かれていた。

「ショップに行ったら、偶々機種に対応したケースが残っていたんだ」

「ああ、そういえば頼んだんだっけか。幾らした?」

 財布を取り出し、金額を確かめる。

 高くても仕方がないと思っていたが、彼女が告げた金額は破格のものであった。

「いやー、流通している対応機種の絶対数も少ないし、その上在庫が余っているって話で割り引きされていたんだ。ラッキーだったよね」

 そう告げる彼女の手にもカバーに収められたPDAが有った。

 薄いピンク色の女の子らしい物だ。

「とにかく、これで町中で使っても騒ぎになりにくくなったね。デザイン自体は他の機種用と同じだからね」

 何はともあれ、気兼ねなく使用できるのは助かる。

「それじゃ、ボクは夕飯までに荷物整理を済ませてるとするよ。シャワー室もあるし悠兎も汗とか流してきたら?」

 そのまま彼女は部屋を出て行く。

 パタンと扉が閉まり、残されたのは男2人。

「約束の時間までまだあるしシャワーぐらいは浴びてくるか」

 暇を潰そうにも、会話相手たるカルシェは夢の中だ。

 仕方がないので、書置きを残してシャワーへと向かうことにしたのであった。


          ●


 時は既に日が暮れ、星々が町を照らす。

 その中を3つの影が歩いていた。

「えーっとPDAに貰った地図データによると、こっちか」

「本当にぼくが参加しても良かったのでしょうか」

「主催者側がノリノリなんだ、気にする事はないさ。お腹一杯食べるといいよ」

 念のためカルシェはマントで顔を隠す。

 2時間弱の昼寝では十分な睡眠がとれず、どこか眠たげではあったが、空腹には逆らえなかった。

 悠兎と鴉弥も、夜闇に肌寒くなってきたためにマントを羽織る。

 驚いた事に鴉弥も、マントを所持していた。

 聞けば、とある行商人に押し売られたとか。

 有って困るものではなく、また女性陣からのススメもあって購入したそうだ。

 とある商人の顔が浮かんだが、彼に間違いないだろう。

「しっかし、まだ人通りは多いんだな」

 未だ外の人通りは多く人混みに紛れて移動する。

 魔術か科学かは知らないが、街灯という町を照らす文明の光があるためか、町が眠るのはまだ遠そうだ。

「時間は19時を回った所だね。日本じゃまだ夜は始まったばかりってところかな」

「意外とその辺りは変わらないんだな」

 見れば、酒場や食事処らしき建物からは楽しげな笑い声や陽気な音楽が漏れていた。

「ここから入った路地裏に在るみたいだ」

 地図が示すのは大通りから一本入り込んだ場所。

 そこは表の大通り程広くはないが、人が5人並んでも歩ける程度はある。

「表の通りほど人は居ないみたいだな」

「こっちはどちらかと言うと地元住人向けのお店みたいだね」

 華やかさは無いものの、落ち着いた雰囲気の店が並んでいた。

「あ、あそこみたいだね」

 周囲を見渡していた鴉弥が指で示すのは一つの食事処。

 その店の前にはパールが立っていた。

「あっ、こっちこっちー!」

 相手も気付いたのか手を振り上げて声を上げる。

 こちらも手を上げて返す。

 そうして店に辿り着けば、肉や魚が調理される良い匂いが鼻腔を擽る。

「おお! 君が訳有り少年君かー! 良く来たね! お腹一杯食べていきなー!」

「うぇ!? ちょ、ちょ――っ!?」

 パールはカルシェの手を掴むと中に引っ張り込んでしまう。

 咄嗟の事にカルシェは目を丸くしたまま店の中に消えていく。

「あの元気はどこからくるんだろうな?」

「あはは、でも賑やかで良いよね」

 後を追うように2人も店に入っていった。


          ●


 店の中は混んでいる訳ではないが、見れば数組の客が居た。

 地元の常連だろうか、店の雰囲気に溶け込んでいる。

 その中の一つ、大人数用であろう円卓のテーブルにアルフィード一行が座っていた。

 テーブルの上には宴会用であろう色とりどりの料理が並べられている。

 肉に魚、生野菜とレパートリーも豊富であり、食べ切れるのか不安になってしまう。

 そして、先に連れ込まれたカルシェ少年は、パールを筆頭に若者陣にもみくちゃにされている。

 既に名前の紹介自体は終っているらしく、女性陣の玩具にされていた。

「おぅ、よく来た。空いている席に座るといい」

「お邪魔します」

「本日は招待いただきありがとうございます。急な人数の追加があったにも関わらず――」

「あー、そんな堅苦しい挨拶はいらん。他所の宴に飛び入り参加する事は冒険者にはよくある事だ。通例なら酒を振舞うんだが、この場だと酒飲みは俺ぐらいだから気にせんでも良い。それでも気にするのならそうだな……ウチの女性陣に水菓子を奢ってやってくれ。近頃は節約で甘いものを我慢していたようだからな」

「ちょっ! 何言ってるのスーさん!? 最後の一言は無視していいからね!」

「しかし、ここ暫く私達が食した甘味といえば干し芋のみ……ここは甘えてしまうのも――」

「駄目だよレーちゃん!? 確かに……確かに甘いものに飢えてるけどっ! こっちから招待しておいてそれは流石に不味いよ!!」

 甘味の誘惑に抗う2人を置いて、鴉弥はカウンターの向こうに居た店員に声を掛ける。

「すいませーん。この水菓子の大盛り合わせを一つお願いしまーす」

「あいよ。出すのは食後でいいかい?」

 対応するのは初老の女性。

 エプロンを纏いキビキビと動くその姿は熟練のもの。

 他の店員に対する対応を見るに、この店の主のようだ。

「はい、それでお願いします」

「初めてのお客さんのようだし、ちょいとサービスしたげるね」

 良い笑顔を浮かべ厨房に消える。

 まったく自然なやり取りに葛藤していた2人が口を挟む隙もなかった。

「え、ええっと」

「こっちの都合で参加者を増やしちゃったからね。お詫びって事で、ね」

「うーん、もう注文しちゃったし、そういう事ならありがたく頂くとするよ!」

「久々の甘味……うぅ、ありがとうございます」

 やや強引ではあったが、恩を一つ返す。

 元々、貰い過ぎているのだ、少しでも返さねば心情的に債務超過で破産しかねない。

「言い出したのはこっちだが、安いものを2つでも良かったんだぞ?」

「いえいえ、常識知らずな俺達に手を貸してくれた恩に比べれば安いものですから」

 実際、単価としては高いが2人で割り勘定をすればまだ許容範囲だ。

 そんな話をしている内に全員が席に着く。

 全員の着席を確認したところでアルフィードが立ち上がる。

「このままじゃ折角の料理が冷めてしまうから始めようか。皆コップを持って」

 自身のコップを手に取って掲げる。

「それでは! 中央という新天地に! ユウト、アヤ、カルシェという新たな友に! そしてマリッツァさんの料理に! ――乾杯!!」

『乾杯!!』


          ●


 宴は楽しいものだった。

 山脈の様相であった料理は飢えた獣達によって切り崩され、大半が更地となっている。

 コップにアルコールは注がれてはいない筈だったが、顔を赤らめた女性陣にカルシェという羊は贄へと捧げられた。

 女性陣がどこかから持ち出した化粧品に、羊は染め上げられる。

 まだ幼い顔立ちなのが仇となってしまった。

 徐々に作り上げられていく様を遠目に、残る男達はこれまでの旅路を肴に箸を進める。

「――それで、あの少年の事なんだが」

 唐突に話題を切り出したのはシューヴァラだ。

「一体何者だ?」

 先ほどのぼやかした答えでお茶を濁せるが、納得はしないだろう。

 本人が、居ない所で口外するのはどうかと思うが、既に個人で解決できる範囲ではない。

 短い付き合いだが、彼等は信用できる相手であるし、人任せであるがベテランのシューヴァラのコネに頼るのも手だと考えた。

「他言はしないでくださいね」

 確約させてから、あらましを話す。

 少なくとも自身が知る範囲でだ。

 話を終えた時、シューヴァラはじっと瞳を閉じ、アルフィードは口を硬く結んで堪えていた。

「以上が俺の知る範囲での出来事です」

「少し前にディスト・ヒュージ=ライトの訃報が知らされたが、そんな事になっていたか」

「権力のためにあんな子供にまで手を出すなんて……っ」

 それぞれの反応は違えど、義憤に震えていた。

「組合には俺から伝えておこう。高ランク冒険者の言葉なら上層部まで確実に届くだろう」

「え、でもどこに相手の手が居るか……」

 隣の領地であるこの場所でカルシェが追われていたのは、関所等の公的機関のどこかにスパイか協力者が居るからだ。

「安心しろ。組合は国家と協力関係にあるが、独立した一組織だ。あの子の情報を漏らしたのは、この町の行政機関の関係者だろう。地方ならともかく、中央の目があるこの付近でスパイ行為も漏洩行為も出来はしない。そんな事をしたら次の日には両手が塞がれているだろうよ」

 握った拳を手首で合わせる様なハンドサインを行う。

 少なくとも不正行為が出来そうにないのは確かのようだ。

「ただ、問題は領璽の方だ。あれが相手の手に渡ったら面倒だ。正式に継承されでもしたら、不正が明かした所で国に握り潰されかねんからな」

「え、なんで国が犯罪者を擁護をするんです?」

 アルフィードが疑問をぶつける。

「領璽を継承するというのは国が認めたと同義でな。それが不正とあれば国威に傷が付くって事だ。後に何かしらの理由を付けて領主の地位を剥奪、処断するだろうが、公的には犯罪者としての扱いにはならんだろう」

「そんな……」

 政治という視点の違う話に、アルフィードは悔しさを滲ませる。

「ま、それは最悪の場合だな。要は領璽を渡さなければ良い話だが、あの少年は持っていないだろうからな」

「何でそんな事が分かるんです?」

 確信を持った言い方に理由を問う。

「簡単な話だ。あの子は追っ手に対して“教えるつもりは一切無い”と言ったんだな?」

「えーと、はい確かそうです」

「持っているのなら、“渡さない”と言うだろう。ならば領璽は別の誰かが持っているか、隠したかだ」

「なるほど」

 納得する。

 あの時は、カルシェを守る事に意識が向いていたが、言われてみればその通りだ。

 悪いが、彼が怒りで興奮した状態で言葉を繕う事は出来るとは思えない。

「ともすれば有力なのは次期領主であり、家族である父親だろう。が、現在は行方不明だ。あの子が合流していない所を見るに、連絡が取れる状況でもなさそうだな」

 カルシェに目を向ければ、女性陣の盛り上がりが凄い事になっていた。

 ヘアピンや髪ゴムがどうとかの話が聞こえる。

 助けを求める視線が訴えてくるが、自分達にはどうする事も出来ないので強く生きて欲しい。

「そういえば、領璽ってどんな見た目をしているんだろ?」

 目の前の惨状から目を逸らすために話題を提供する。

「あ、そういえば。シューヴァラさんは知っているんですか?」

「そうだな……」

 少年2人の言葉にシューヴァラは記憶を掘り下げる。

 暫くして思い当たったようだ。

「あー、そうだな。たしかペンダントの形をしていた筈だ」

「ペンダント、ですか?」

「ああ、それもこの国の守護神が聖別した魔法銀(ミスリル)をドワーフの秘術を用いて加工した物だ。加護が掛けられていて、“正しい持ち主の手にのみ渡る”なんて話もあるが噂でしかないな」

 その言葉に悠兎は既視感を覚える。

「実物を見たことが無いが、ペンダントは飾り部分が開閉するロケットペンダントというので。確かその中に国家と領家の紋章が刻まれているらしいぞ」

「ロケット……紋章……ッ!?」

 既視感の正体が分かった。

「どうしたんだユウト、顔が真っ青だぞ?」

「――ッ」

 心配するアルフィードを他所にそれをポケットから取り出す。

「なんと……」

「え、まさか」

 それを一目見た瞬間、2人も思い当たったようだ。

 森の中で鴉弥が拾った銀のロケットペンダント。

 チャームと呼ばれる飾りのパーツを操作すれば蓋が開く。

 台座と蓋の裏の2箇所には、それぞれ違う紋章が刻まれていた。

「蓋の裏のはヒュージ=ライト領主のもの……だね。昔、領主様の馬車に刻んであるのを見たことがあるよ」

「台座に刻まれているのは、この国の契約紋だな。機密性の高い依頼でよく使われるな」

 違っていて欲しいという願いは、2人によって否定されてしまった。

「いや、それよりも、どこでそれを手に入れた?」

「それは――」

 直ぐに答える事ができなかった。

 このペンダントを見つけた場所。

 その事を考えてしまえば、よからぬ結論に達してしまう。

 だが、自分はこの付近に来たのは最近であり、あの穴の由来を知らないという事になっている。

 知らない振りをして答えるしかなかった。

「――その、森の中にあった巨大な穴の底で……」

『…………』

 その一言で2人は察したようだ。

 脳裏には自身と同じ結論が出ているだろう。

「……状況は分かった。あの子は今晩、こっち預かるとしよう。個人宿を新しく取るよりは、俺の冒険者証を使えば安くなる」

「それが良いと僕も思うよ。ユウト達の宿はあくまで個人用だからね。密かに泊めたら違反金を取られるかもしれない。それに――」

 視線の先、そこには少年はおらず、可憐な少女が女性陣に囲まれていた。

 衣装はどこから調達したのか謎だ。

「あの子には悪いけれど、レイラ達が気に入っちゃったからね。流石に泊めるのは僕とシューヴァラさんの部屋だけどね」

 苦笑しながらの提案は、こちらにとってありがたいものだ。

「それじゃあ、また貸し一つだな。お願いするよ」

「いや、これはノーカウントでいいよ。言わなくても多分パール辺りが放さないだろうしね」

 当の本人は、少女と化したカルシェと店の隅のステージでBGMを背に踊っていた。

 BGMの提供はレイラのオカリナによるものだ。

 よくみればカルシェ自身もノリノリで踊っている。

 自ら進んで少女然とする彼の将来が心配だ。

「そうだ、シューヴァラさん。このペンダントなんですが――」

「ああ、それはユウトが持っておけ。半ばデマ扱いだったが、加護が本当にあるのならそのペンダントはユウトを選んだんだ。あの子に渡すのは中央に着いてからでも遅くは無い……少なくとも今ではないな」

 他の客がステージに向かって、囃し立てていた。

 ノリノリで愛嬌を振りまくパールはともかくカルシェは照れくさそうにしながらも手を振り返す。

 彼は戻ってこられるのだろうか。

 この場合は誰が責任を取るのだろうか。

 そんな事を考えながら、残る料理へと手を付けた。

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