第二十七章 変わった出会い
「んー、迷うな」
日差しが中天を少し過ぎた頃。
漂う匂いを嗅ぎ分けながら歩く。
肉の重厚な油の匂いに、魚の焼ける香ばしい匂いなど様々。
更には菓子や軽食の屋台もあるため、歩くだけで腹が減ってしまう。
「この辺りは飯処が多いんだな」
定食屋や、食堂などは幾つか見つけたが、食事時なためか人で溢れかえっていた。
並んで待つのも良いが、せっかくの旅路だ。
一箇所で時間を潰してしまうよりは、明日には発ってしまう町を見納めておきたい。
そんな考えで空腹を堪え、見慣れぬ町並みや人々を眺めながら歩けば、広場に着いた。
馬車の二台や三台程度なら行き交える程に広く、中心にはランドマークであろう噴水があった。
そこは町の人々の憩いの場であるようで、休憩や観光客を狙った軽食や土産物などの屋台も立ち並ぶ。
「このあたりでちょっと休憩するか」
近くの屋台から飲み物と食べ物を買い、広場の片隅に空いたベンチに座る。
そこは日当たりは良いものの、屋台の密集地の裏であり、広場への見晴らしは悪い。
おかげで周囲に人はおらず、静かに食事をする事が出来る。
「お手軽さを追求すると似たような形になるのかね?」
買った物はジュースと肉や野菜を挟んだミニサイズのハンバーガーらしき物。
小腹を満たすには適当なサイズであろうが、飢えた食べ盛りの元高校生にとっては物足りない。
幾つか注文すると、紙で包んで紙袋に纏められた。
一つ取り出してみると、ソースや肉汁が染み出さないあたり耐油紙なのだろうか。
「大きさは画一だし惜しみなく使っているし、どこかに生産工場があったりするんだろうな」
ジュース一つとってもそうだ。
入っていたのは何の変哲もない、日光に晒された洋樽だ。
だが、備え付けられた蛇口から注がれる液体は、コップに結露ができる程にひんやりと冷たい。
どういった方法で冷やしているのか疑問が尽きないが、注ぐ器は使い捨ての紙コップだ。
見る限り、同サイズの紙コップを使用する屋台は多く、大量生産されているのは間違いないだろう。
ただ、プラスチック製のストローや蓋などは無かったが、取り扱い方は生前と変わりない。
「案外技術力自体は生前とそう変わらないのかもしれないな」
今のところ魔術といったファンタジーな要素が多くありながら、科学技術による工業製品らしき存在もチラホラ窺える。
屋台にしても、機械式の調理器具を使用している物もチラホラ見える。
というか屋台の一つにあるドネルケバブらしき屋台の調理器具は、生前祭りの屋台で見た物とほぼ同じ見た目だ。
鞠から巨大ロボの話もあった事だし、日本にも在った製鉄なり、製造なりの工場があるのは確実だ。
ロボの件については、既に旅先の一つに加えることは心の中で確定している。
ただ、ファンタジーな住人が機械を当たり前の様に扱う光景はどこか違和感があり、また新鮮味を感じる。
「……ん?」
何となく、澄み渡る空を眺めながら食べていると首筋に感じる違和感。
振り返れば近くの建物の影からこちらを見つめる少年が居た。
……漫画とかで視線を感じるっていうけど、こういう感覚なんだな。
と、少しずれた事を考えながら見つめ返す。
少年の身なりとしては、整った服装であり、シンプルではあるがどこか気品を感じさせた。
だが、その疲れきった表情では台無しだ。
良く見れば少年が見ているのは自身ではなく、手元のミニバーガーだ。
バーガーを持った手を動かせば、視線は面白いように誘導できる。
「んーと」
チョイチョイ、と空いた手で手招きをしてみる。
すると、何かを警戒するように周囲を見渡しながらも、近くに寄ってきた。
「食べるか?」
それは気まぐれだった。
無償の施しというのはあまり良くないだろうが、身なりからしてそれ程困窮している様には見えない。
だが、近くに保護者らしき姿も居なく、更には疲れきった顔をしているとなると何かしらの事件性を感じる。
普段、というより生前であれば見なかったフリか、良くて警察への連絡程度しか行わなかっただろう。
だがやはり、子供が飢えている姿は忍びない。
「……いいの?」
「ああ。だけど、条件として話を聞かせろ。子供が一人でうろつくなんて普通じゃないからな」
「……わかった」
出した条件に少し悩んだようだが、食欲には勝てなかったようだ。
隣に座った少年に一つ渡すと、余程腹を空かせていたのか勢い良く食べ始める。
「おーい、よく噛んで食べろよ」
「――んぐっ、んー!?」
まさかと思って注意したが、時既に遅かった。
咽る少年の背を叩きながら、手持ちのジュースを渡す。
「これ、まだ口付けてないから飲め」
「あ、あり……ござ……ふぐ――っ!!」
喉の詰まりは解消されたようだが、変わりに違う刺激に涙目になる。
「あー酸っぱかったか。強い柑橘系の匂いがしていたけど想像通りか」
コップの中では橙色の液体が波打っていた。
購入した屋台の看板に描かれていたのは、オレンジらしきイラスト。
漂う香りは鼻腔を強く擽ったため、酸味が強いとは予想してはいたが、目の前の少年が答えだ。
目をきつく閉じ、足をじたばたさせるが、吹き出さないところに育ちの良さが見えた。
「大丈夫か?」
「んぐっ、ふぅ……あ、はい、大丈夫です」
「そうか、飯は逃げないから慌てなくて良いぞ」
「そ、そうですよね」
少し待てば残った分もペロリと平らげてしまう。
「えっとそれでだな――」
少年が食べ終えた事で疑問を投げ掛けようとするが。
「…………」
育ち盛りの少年にとって一つでは物足りないようだ。
分かりやすい事に、すぐ傍にある紙袋を物欲しげに眺めていた。
「ほら、これも食って良いぞ。それだけじゃ足りないだろ」
「うぅ、すいません。いただきます……」
袋から包みを一つ取り出せば、完全に目が釘付けだった。
●
「ごちそうさまでした」
「満足したようでなによりだ」
軽い昼食を終え、2人はほっと息を着く。
紙くずは、近くに備え付けられたゴミ箱に捨てた。
これでようやく本題に入れるというものだ。
「とりあえず自己紹介といこうか。俺は稲葉悠兎、こっちで言うならユウト・イナバだ」
「ユウト、さんですね。ぼくはカルシェ、カルシェ・ヒュージ=ライトです。呼び辛かったらカールって呼んでください。家族や友人からはそう呼ばれているので」
「カルシェ・ヒュージ=ライト、ね」
口の中で復唱しながら頭に刻んでいると、カルシェが不思議そうな顔をしている事に気付いた。
「あの……驚かないんですか?」
「え? 何で?」
むしろその質問に驚いた。
「“ヒュージ=ライト”って家名に聞き覚えはありませんでしたか?」
「……あー、うん。気分を悪くしたら謝るよ。俺、ここに来たのはついさっきでね。それまではここから南の町の外れで暮らしていたんだ。ある意味世捨て人に近い生活をしていたから世間の情報に疎くてね」
どうやら、結構有名な家名らしい。
咄嗟に偽造した経歴を口にできたのは偶然だった。
「南の……あのリゾート地で有名なところですか。海魔のショーは昔一度見た事があります。輪潜りやボールを使った芸は今でも思い出せますよ」
「――え゛っ!? あー、ん゛ん゛、まぁそういう事情もあって知らない事だらけなんだ」
上げそうになった声をなんとか抑え、平静を保つ。
……南の町が漁港からリゾート地になったのなんて聞いてないんですけど!? 鞠さ――ん!?
内心では悲鳴を上げるが、顔に出す事はしない。
「そうでしたか。でしたら改めて自己紹介を、――ぼくはこの隣の領地を統べるディスト・ヒュージ=ライトの長子の息子。カルシェ・ヒュージ=ライトという者です」
ただの散歩のつもりだったが、とんでもない人物と出会ってしまったようだ。
●
「なんで領主の孫が、たった一人でうろついているんだ? 護衛とかは居ないのか?」
領主というのは、権力を持つ一種の貴族だった筈だ。
将来のためにその身は守られて然るべきものであり、空腹に堪える状況なんて持っての他だ。
おまけに目の前に居るのは、立派に受け答えが出来るが、まだ齢十になろうかという少年。
護衛はともかく、保護者らしき姿がどこにも見えないというのは不自然を通り越して事件性すら感じる。
「……護衛は居ません、ぼく一人だけです。理由は……詳しくは言えませんが、探し物をしているのです」
カルシェは隣の領と言っていた。
隣といえど、その距離は子供が日帰り旅行をするには遠いだろう。
探し物が何かは知らないが、相当深い問題を抱えているようだ。
「探し物、ねぇ。家の使用人とかに任せられない物なのか?」
「彼等には頼れません。それに、ぼくが見つけなければいけないんです。あの人が手に入れる前に――っ」
何かを堪えるように拳を握る。
彼が抱える物が何かは察しも付かないが、その苦労は見て取れた。
「カルシェ……ッ!?」
掛ける言葉に悩んでいると気付いた。
食べ物の芳ばしい香りに紛れる、微かに香った重くへばりつく様な悪臭。
それは忘れるには強烈過ぎる臭いだった。
急ぎ周囲を見渡し臭いの元を探す。
「ユウトさん?」
突然、周囲を見渡す事を不審がられるが仕方が無い、アレは一匹でも存在してはいけないのだから。
臭いの元はすぐに見つかった。
それは懸念していたデビルローチではなく、人の集団だ。
「何だあいつ等?」
彼等は広場を回りながら何かを探していた。
装備からして一般人ではない。
仕立ては良い服に着られるその動きは、冒険者というにはあまりにも素人丸出しであった。
懐から何かを取り出し、屋台の店主を脅すかのような行為は、まるでチンピラだ。
「オイ! こんなガキを見なかったか!?」
そんな、がなり立てる声は人々の雑踏の音の中でも聞き取れた。
強化された身体能力の恩恵だ。
「あの人たちは……ッ」
今にも店主の胸ぐらを掴みかからんばかりの集団に、カルシェは怯えを見せた。
武器を持った柄の悪い集団に、子供だけでなく大人達が怯えるのだ。
まだ幼いカルシェが怯えるのも無理は無い。
だが、カルシェの怯えには彼等と違って、怒りが滲んでいた。
「知っているのか?」
「……あの人たちが探しているのは、ぼくです。早くここから離れないと――ぐぇッ!?」
どこかへ駆け出そうとするカルシェの首根っこを掴む。
「あのなぁ……。事情は知らないけど、怯えて逃げる子供を捕まえようとする連中が碌でもない事は分かるぞ」
咄嗟に掴んでしまったが、これで良かったかもしれない。
おそらく、少年が疲弊していた理由は彼等にあるのは理解した。
ここまで、たった一人で逃げ続けたその根性には賞賛をあげたいが、それももう限界だろう。
事実、首元を掴んだ手を振りほどこうとする手は、子供であることを考慮しても力が無い。
「この町の衛視に報告するのは駄目なのか?」
「駄目です! 内通者が居るので、報告すれば半刻もしない内に捕まってしまいます! 実家の資産をかなりばら撒いていたようなので、どこまで手が伸びているか……」
聞けば、カルシェがこの町に到着して数時間後には、彼等の徘徊が始まったそうだ。
カルシェはこの町に向かったことは他言していないとの事。
なのにその対応の速さと導入された人員数から、町への出入り情報が漏れた事に確信を持ったそうだ。
「……公的機関に頼れないってスパイ映画じゃないんだぞ」
周囲を見渡す。
探すのはその身を隠す物だ。
カルシェの服は逃亡生活で汚れてはいるが、仕立ての良い物というのは一目で分かる。
つまり目立つのだ。
庶民的な服を用意できれば良いのだが、用意する場所も金も両者には無い。
「マントか何かがあれば……」
着替えが出来ないのならば隠せば良い。
それには全身を覆えるマントが有れば上々だ。
「ん? そこのお兄さん、旅装をお探しで?」
掛けられた声に振り向けば、一人の商人が立っていた。
●
声を掛けてきたのは猫科のものであろう耳と尻尾を生やした獣人の男。
彼はレジャーシートを抱え、商品らしき物が詰まった荷物を台車で運んでいた。
「え? あ、はい。この子が着れるマントか何かを」
あまりにも自然な声掛けに、思わず答えてしまう。
「おお! それには丁度良い物が! 開店には早いが、特別に立ち売りだ!」
「あ、あの?」
戸惑う悠兎を他所に、商人は荷物を掻き分け何かを探す。
「おぉ、あったあった。これなんかどうだい?」
そう言って取り出したのは大小2着のマント。
子供用であるそれはフードが付いており、全身を隠すことが可能だ。
対する大人用であろうそれにも、フードが付いているが、
「何で袖付き? というより俺の分は――」
「まーまーまー、短気は損気。話を聞いてからでも遅くは無いぞお兄さん」
いま正に一刻を争うのだが。
無関係な商人にそれを求めるのは筋違いか。
「お兄さん、無手で戦う武人だろ? ならマントを着たままでも動ける方が良いんじゃないか?」
「何で分かるんだ?」
少なくとも護身刀を腰に差して武装はしているのだが。
「そこはまぁ、長年の経験ってところでね。体格っていうのは意外と特徴が出るものだからさ」
言い分に完全に納得はできないが、そう言う事もあるのかもしれない。
「確かに便利そうだけど、そこまで手持ちがある訳じゃないんだが」
「そこは安心してくれ。子供用とセットで割引にしておくからさ。……まぁ実際、売れ残ってて在庫が嵩んでいるから買って貰うと助かるんだよ」
そう言って取り出した値札には、何度も値段が訂正された跡が残っていた。
生地や仕立てが上質なだけに、その価格の凋落度合いに同情する。
「見てくれた通り、既に元値の半額以下だ。もう売れても赤字なんだが、残してても赤字が嵩むだけだからさ。セットで売ってもギリギリ赤ってところなんだよ」
「つまり在庫処分じゃないか」
「いやいやいや、物は良いんだって。防刃に防弾、魔力への高い耐性、汚れにも強い。更に! 魔術が仕込まれていて自己再生する上に、中は一定の気温に保たれる優れもの! 北も南も氷河も砂漠も寒くて寝付けない夜もこれ一つあれば問題無し! マントは旅人の必需品であり消耗品! だけど! これ一つあれば親子三代渡ろうがいつまでも使い続けられる究極の一品物! これを見逃す手はあるだろうか――いや無い!!」
そんな熱いセールストークに一つ思い出した。
「そういえば、マントは持ってなかったな……」
思い返せば鞠から貰った旅装一式には無かった。
しかし、マントというのは心が擽られる響きであり、商人が言うとおり旅の必需品ではある。
野宿の機会が増える冒険者としては、頻繁に利用する事になるだろう。
準備の際にそこに思い至らなかった原因は経験の無さか。
「だけど、そんな良い物が売れ残っているのはおかしくないか?」
聞けば聞くほど悪い物ではない。
故に売れ残っている事実が不思議だ。
「……ただ、短剣や手斧とかの武器を携帯していると、出し入れにいちいちマントの中に手を入れないといけないから不評な上、暗器を仕込んでいるなら普通のマントの方が手の動きを隠せるという利点がね……」
語る商人の言葉には重みが有り、取り扱いにとても苦労しているようだった。
「と、徒手空拳のお兄さんにはあまり関係の無い部分で敬遠されちゃってさ。セットで買ってくれるなら割引して……うん、大出血サービスとして端数を切り捨ててこの金額にするとしましょう!」
値札に新たに記された金額は現状出せる資金に十分収まる範囲だった。
「サイズはお兄さんにピッタリだろうから仕立て直す必要はないとは思うが、何なら試着してみてくれよ」
「……おお、ピッタリだし、フードもそう簡単には脱げそうに無い。……ただ、ちょっと色がな」
和装の上から羽織る形になったが、不思議としっくりくる。
着心地は悪くなく、素手を多用する自分と相性は良いのだろうが、生地が質の良い黒地であることが唯一の不満か。
生地の良さから、普段使いにするには目立つ。
ちょっとしたパーティーでも着用できそうな質ではあるが、反面荒事に使うには勿体無く感じてしまう。
そんな心配に商人は言葉を続ける。
「その辺りは大丈夫。マント両面の色が違うのから、冒険、荒事用とパーティ、公用のリバーシブルで使える。性能としてはどちらも変わりないんだけれどね」
「ああ、確かに」
生地を翻せば、表と違い落ち着いた色合いの生地が現れる。
この面ならば、地味ではあるが冒険者活動を行っていても目立つ事はないだろう。
「冒険者は荒事のイメージが強いですが、意外と町中での祭りやちょっとしたパーティに参加する場合もあるからね。そういった時に、礼服を持ち運ぶのは手間だろう? だからで裏返すだけである程度の見出し並みを整えられるのは便利だと思うよ。色を変えるだけで大分印象は変わるし。例えば――」
「あそこに居たぞ! ガキを捕まえろ!」
「追っ手を撒く時とか、ね」
「――ッ!?」
見れば、男達がこちらへ向かってくるではないか。
人混みと屋台の壁に満足に動けないようだが、それも時間の問題だ。
「あらら、見つかっちゃったね。どうです? そのマント……購入するかい?」
明らかに一般人ではない男達が迫っているにも関わらず、商人には焦りも動揺も無かった。
「お前ッ」
「おっと、私は彼等の仲間ではないぞ。どちらかと言えば貴方の味方だ。お金は取るけどね」
財布から提示された金額を叩きつけるように渡す。
「ユウトさん! ぼくの事は置いて逃げ――」
「馬鹿言うな! 逃げるぞ!」
カルシェの腕を取り、商人の持っていた子供用のマントをひったくるように受け取って走り出す。
「毎度あり! 逃げるならそこの路地裏が良いぞ!」
「……それしかなさそうだな」
背後から飛んで来る商人の声。
その指示に従うのは癪だったが、まだ仲間が居るかもしれない広場の中に飛び込むのは危険が大き過ぎた。
騒ぎが大きくなった広場を背に、2人は路地裏へと飛び込むように走り去った。
●
「クソッ! あいつら路地裏に逃げやがった!」
「半分は他の出口に回れ! 半分はこのまま追え!」
リーダー格であろう男の指示で人数を割きながらも、少なくない数が路地裏へと流れ込む。
「そこの商人! あのガキの行き先について――」
僅かな情報でも得ようと、ガキと商談をしていたであろう商人を捕まえようとするが。
「おい、ここに居た商人は何所へ行った?」
「へ? あれ? どこにも居ませんね」
見渡す限り、近くに居るのは自身の身内のみ。
獣人の商人の姿どころか、商売道具であろう台車すら、どこにも見当たらなかった。
「――ッ、まぁいい。あのガキを捕まえるのが最優先だ!」
そんな奇妙な出来事に、背筋が冷えるが思考を切り替える。
何人も居た男達は、三々五々に分かれてその場から姿を消す。
男達の怒声で騒がしかった広場は落ち着きを取り戻し、次第に和やかな喧騒に包まれる。
「まったく鞠の奴め」
静けさを取り戻した広場の隅。
先ほどまで悠兎達が食事をしていたベンチだ。
そこにはジュースの入ったコップ片手に一人の男が休んでいた。
先ほどまで商談を行っていた商人だ。
「マントを渡し忘れるとはな。ま、最近は拠点での研究生活が長かったようだから忘れるのも仕方ないっちゃないが……」
その身に纏う雰囲気は商談時の柔和なものではなかった。
「しっかし、あれが18番か。今はまだ片鱗のへの字も無いが、……“月”を背負うに値するのは何時になることやら」
そう呟くとジュースを一息で飲み干す。
「それに、もう一人にも渡さなきゃいけないし準備を始めるとするか――っと」
ベンチから立ち上がり、紙コップをゴミ箱へ投げ入れる。
「補填に関しては鞠に任せておくとして、さっさと済ませてしまうか」
気付けば、男の傍にはレジャーシートと荷物が載った台車が置かれていた。
「さーて商売商売っと」
男は台車を押すと広場の中へと、その姿を消した。




