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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
黒兎
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第二十章 出立

「意外と物が納まるもんなんだな」

 悠兎が思わず感心したのは、目の前の背嚢。

 一見するとスマートな印象だが、納めた物品の数は両手の指の数に収まらない。

 旅行用に調整された道具類とはいえ、綺麗に収まっている光景に感動すら覚える。

「空間拡張とかの魔術や超技術は使ってないんだよな」

 背嚢の内容量は見た通りのままだ。

 完全防水との事だが、それは材質や構造によるものであり、21世紀の時点で同等の品は地球に存在していたという。

 提供者の鞠によれば、

『道具の取捨選択に頭を捻るのもまた楽しみの一つですから。折角の旅に過剰な魔術や超技術は無粋でしょう?』

 元々、目的の無い観光の旅だ。

 旅行中のアクシデントもまた醍醐味と言えよう。

 たった一つだけ“再生魔術”が掛かけられているが、破損が酷くなる程に再生速度は落ちるらしい。

 ちなみに、この世界では、遺跡などから時折発掘される人気モデルの一つとの事。

「隠しポケットや盗難防止機構とか旅するには便利そうだしな」

 正直、狙われる事が想定できるので扱いには注意しなくては。

「――っと、そろそろ時間か」

 部屋の梁に掛けられた時計が時刻を知らせる。

 ただ、和風の内装にプラスチックフレームの時計は似合わないと思う。

「よいしょっと、忘れ物は……無いな」

 背嚢を背負って部屋を見渡す。

 この世界で初めて安心して寝泊りできた部屋だ。

 一ヶ月もの間寝泊りしただけあって、名残惜しさも一押しだ。

「よし、行くか」

 気持ちを入れ替えて部屋を出る。

 まだ見ぬ世界への冒険を始めるために。


          ●


 外に出れば、鴉弥、鞠、クローフィズと知り合いが集まって居た。

 女三人寄れば姦しいとは言うが、クローフィズは酒精が抜けているのか静かであり、鞠と鴉弥はそこまではしゃぐ性格でもない。

 挨拶しようと近寄れば和やかに談笑する3人は悠兎に気付いた。

「あ、来たね悠兎」

 自身と色違いの背嚢を揺らして振り返る。

「早いな、まだ時間はあるのに」

「あーうん、ちょっと鞠と話したい事があってね。もう終ったから大丈夫、いつでも出発できるよ」

 どこか歯切れの悪い返答で、傍の鞠も何やら含むものがあるようだ。

 だが、本人は触れて欲しく無さそうであるし、触れないようにする。

「では、少し早いですが、お二方が揃った所で私からの餞別です。この世界の旅人には必須のアイテムですよ」

 鞠がそう言って渡すのはつや消しされた板状の物体。

 白黒二つのそれらには、持ち主が解り易いように反転色でカラスと兎のイラストが記されていた。

「え、これって……」

「へぇ、今まで残っていたんだ。それにしては真新しいような?」

 それが何なのか、二人は容易に想像できた。

 否、それは前世で使い倒した道具。

「携帯電話?」

 それも、ボタン式ではなく、タッチ式のものだ。

 電源ボタンらしき部分を押せば、キチンと起動する。

 画面に映るOSやブランドに見覚えは無いが、2人にとって前世で慣れ親しんだ物に違いは無い。

「機能としてはお二方が知るものとほぼ変わりありません。ですが、機能制限により、携帯情報端末(PDA)として扱われているのが一般的です」

「機能制限?」

「はい、まず通話可能領域が施設の整った町の中でしか行えません。町から町への遠距離通信を行う事は可能ですが、然るべき施設の設置やお互いが町に居る必要がありますので。メッセージでしたら町に着いた際に受け取れるようなっておりますが」

「それでも結構便利だと思うんだけど?」

 少なくとも町に居る間とはいえ情報のやり取りができる事は便利であるはず。

 しかし、思わせぶりな口ぶりからして実態は違うようだ。

「残念ながら、現在メッセージのやり取りが可能な機種は全体から見ても少なく、通話が可能な機種は更に稀少なのです」

「稀少って……口ぶりからして携帯電話としての機能は残ってるんだよね? もしかしてさっき言っていた機能制限がその原因って事なのかな?」

 鴉弥の推測は的を射ていたようだ。

「その通りです。正確には制限というよりも使用不可というのでしょうが」

「どうしてなのかな? 町だけとはいえ基地局はあるみたいだし?」

「答えは簡単です。現在、機種に対応した通信事業者が存在しないからです。然るべき場所に持ち込めば端末にハッキングを掛けて使用可能にできますが、その利便性から高額の費用と煩雑な手続きが必要になります。――ちなみに“使用可能にする事”が大変なだけですので、既に使用可能な場合はお金や許可は必要ありませんよ」

「ふむふむ成る程」

 鴉弥は話しを聞きながら徐にPDAを弄る。

 どうしたのだと悠兎が見ていると、聞きなれた鈴の音が鳴り響く。

 前世の携帯電話の着信音にしていたその音は、悠兎の手元のPDAから鳴り響いていた。

 点灯する画面を覗けば、隣人の名前からの着信であった。

「……もしもし」

『あ、やっぱりボク達のは使える様になっているんだ。というか名前ももう設定されているんだね』

 通話を開始すれば、PDAのスピーカーと隣からの肉声が重なる。

「お分かり頂けたようにお二方のPDAは通話の制限を解除してあります。また、今の様に短距離であれば無線機のように基地局を経由せずに直に通信も可能です。そして私達の連絡先も登録してあるので緊急時に限らず、連絡くださいね」

「武具が壊れたら連絡を。直しに行く」

 少なくともこの世界で生活基盤を持つ2人と連絡手段があるのは心強い。

「あと、カメラやコンパスなど役立つアプリケーションも幾つか入れてあるので使ってください。――詳しい事はこちらの説明書をお読み下さい」

「至れり尽くせりだね。鞠、ありがとう」

「ありがとうございます」

 直ぐに取り出せるよう懐に仕舞いこむ。

「それと、悠兎にはコレ。持って行って」

 クローフィズが渡すのは一振りの短刀。

 黒塗りの鞘に収まるそれは、倉庫で見た短刀よりも一回り小さい。

「それは守るための護身刀。ぴったりのはず」

 彼女に促されるまま刃を抜く。

 陽光を照り返す銀の光に目を細める。

 順手、逆手と持ち替える。

 手に吸い付くようなそれは、これ以上ないぐらいに手に馴染む。

「こんなに良い物を……ありがとうございます」

「それは良かった」

 安堵したのか浮かべる微笑に悠兎は一瞬見惚れてしまう。

 そんな様子に気付いたのか、鴉弥が耳打ちする。

「クローフィズさん、付き合っている相手がいるんだって」

 これだけ美人なら相手が居てもおかしくはない。

 残念ではあるが。

「――っ、っとそれじゃそろそろ出発します。日がある内に辿りつきたいんで」

「まずはこの国の首都で冒険者登録するのが目標だもんね」

 事前に2人で相談して決めた事だ。

 生まれ故郷も国籍も無い自分達が手っ取り早く身分を確立させる方法の一つ。

「身分証の有る無しは大きいからね。世界中を旅する目的にも丁度良かったし」

「そのためにもまずは近くの町まで辿り着く、宿が取れるかも分からないし早めに行かないとな」

「ふふ、その意気です。私やキュロも世界を旅する予定がありますし、そのうちどこかで出会えるかもしれませんね」

「それは楽しみだね。それじゃ、またね。鞠、クローフィズさん」

「お世話になりました」

 名残惜しくはあるが、切り上げねば何時までもお喋りが続きそうだ。

「この世界を楽しんでくださいね」

「ん、またどこかで」

 手を振り2人を見送る。

 後ろ髪引かれるように何度も振り返る2人は、やがて空気に溶け込むように姿を消した。

 かつてクローフィズと歩いてきた異界に彼らは入ったのだ。

「……鞠、鴉弥は大丈夫なの?」

 完全に2人の気配が消えた事を確認して問う。

 その問いに鞠は表情を曇らせる。

「いえ、駄目ですね。鴉弥さんは今、贖罪のつもりで悠兎さんと同行しています。悠兎さんは気にしていないというのに」

 今、彼女の中に有るのは慙愧の念。

 暴挙を止める筈の立場でありながら成すすべなく倒され、あまつさえ自家の流派によって犠牲にしてしまった事によるもの。

「時が流れた今、当時の事件関係者は既に亡くなり不在です。だからこそ、被害者でありながらも、最後の流派関係者として彼に贖罪をしようとしているのでしょう」

 解決しようにも理屈ではなく感情の問題だ。

「少なくとも言葉で許すのは難しいでしょうね。それが悠兎さんからの言葉であっても」

「じゃあどうする?」

 クローフィズにとっても2人の事は嫌いではない。

 2人の仲が悪くなる事は望んではいない。

「どうしようもありません。彼女自身が納得する以外に解決はしませんから」

 むしろ事件に無関係な人間が手を出す方が危ない。

「ですが、悠兎さんと旅を続けていけば自然と解決する筈です」

「それは得意の占術? それとも18番目だから?」

「いいえ、ですが彼と一緒に感情を共有する事は一番安全で早い解決策でもあると思います」

 不安はあるが、時折顔を出してストレス発散に付き合えば良いだろう。

「悪い事にはならないでしょう。私の勘がそう告げていますから」

 2人が消えた場所を眺める。

 既に空間の揺らぎも見えないが、あの2人は仲良く歩いている事だろう。

 今はもうその旅路の幸運を祈るしかできない。


          ●


 土が剥きだしの洞窟を歩く。

 光源が無いにも関わらず、内部は土壁の凹凸が確認できるほど明るい。

「いやぁー、一ヶ月も居ると流石に名残惜しいね」

「この一ヶ月で色々学ばせてもらったな……動物の解体方法とか」

「あれ、3日はお肉が食べれなくなったよね……」

 2人揃って遠い目になる。

「慣れたら慣れたで、率先して狩るようになったっけか」

「美味しいからしょうがないよね」

 ジビエの美味しさを知ってしまった今、もうあの頃には戻れない。

「そういえば、悠兎は角兎(アルミラージ)を普通に食べてたけれど忌避感は無かったの?」

「無いと言えば嘘になるけど、結局の所俺は“人”としての意識が強いから気にならなくなったな。でも、黒兎の姿で食べようとは思わないな」

「そんなものなんだね」

「どっちかっていうと、焼き鳥を躊躇なく食べてたそっちに俺は驚いたぞ」

 食事に出た際、一口目から躊躇無く頬張ってる姿は驚きすぎて脳裏に焼きついている。

「そこはやっぱり悠兎と同じかな? あとボクの前世からの好物だし」

「あ、さいですか」

 追加のお代わりまで注文していた事から考えて、大鴉の姿でも平気で食べかねない姿が想像できた。

「そうだ、狩りでの時の事なんだけど――」

 ここ一ヶ月で経験した事を雑談に歩を進める。

 体感で5分程歩いた辺りか。

 空中に無数のぼんやりと光の玉のようなものが漂う。

 光は何も無い空中から生まれ、何かにぶつかると、(あわ)(はじ)け消える。

 一つ一つは指先ほどの大きさであるが、数が揃うと幻想的な光景になる。

「記憶の残滓か」

「初めてここを通ったときはやられたよね。確か魂が不安定だったからなんだっけ」

「人化して安定したから、もう見ようと思っても見られないんだよな」

 試しに手で掴もうとするが、触れた瞬間に弾けて消えてしまう。

「完全に安定した訳じゃないって鞠は言っていたけど、ちょっと心配だよね」

「今の体に完全に定着するのは時間の問題って言ってたけど、確かに気にはなるよな」

 それは鞠がこぼした言葉。

「不安定になると精神や肉体に影響が出るんだったか? 短気になったり、種族特徴が強くなったりとか」

「後は性別が変わるとかだっけ? ファンタジーだけど自分の身に起きるかもって思うと嫌だよね」

 影響の予測ができないという事もより一層不安を煽る。

「直ぐにどうこうっていう事でも無いみたいだし、結局その時にならないと解らないよね」

「よっぽどの事が無ければ問題は起きないって言ってたから、そこまで神経質にならなくても大丈夫だろうな」

 本当に深刻な状態なら、鞠は何かしらの手を打っているだろう。

「あ、そろそろ出口じゃない?」

 気付けば洞窟の外が見えてきた。

 外からは見えないくせに、中からは普通に外が見えるのは不思議でならない。

「うーん、ファンタジーだな」

 そうぼやく間に外に出た。

 振り返れば、初めて見た時と変わらない祠が建っている。

 ここ一ヶ月の間に何度か雨が降ったにも関わらず、屋根は真新しいままだ。

 謎技術に首を捻るのみだ。

「ここからボク達の旅が始まるんだね」

「ああ、先ずは近くの町まで行くとしましょうかね」

 懐かしさすら感じる森の中を2人は歩き出す。

 この先の出会いに胸を高鳴らせながら。

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