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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
黒兎
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第十九章 望む物

 一歩踏み込んだだけで圧倒された。

 鞠に連れてこられたのは屋敷の庭に在るとある蔵。

 しかし、その中は想像を超える光景だった。

 まず、明らかに蔵の外見と内部の広さが合っていない。

「――凄い」

 複数の階で構成されたドーム場のそこには床から天井まで隙間なく物が並ぶ。

 開けた中央部にも棚が所狭しと並べられていた。

 見渡す限り、色とりどりのその光景はまるで宝石箱の中だ。

 だが、納められているのは観賞用の芸術品ではない。

 命を奪い守るための実用品だ。

「ほ、本当にこの中から好きな物を選んでいいの?」

「はい、何点でも構いません。この世界で生きて行くには必要ですから。ですがきちんと使いこなせる物にしてくださいね」

「それは分っているよ……でも、これだけあると余計に欲が出てもおかしくはないね」

 鴉弥の声が震えているのは歓喜か畏怖か。

 横で聞いている悠兎も同感なのか頷いていた。

「始めにこれだけは伝えます」

 2人の前に踏み出して鞠は語る。

「この世界に存在する技術は過去の世界に比べ発達しているでしょう。しかし、かつての文明と比べれば依然発展途上中です。故に力で問題を解決する場面は数多く存在するでしょう」

 伝えるのは自身の想い。

「ここにある物は、そんな世界に生きる貴方達の手助けとなります。けれど、溺れないで下さい」

 それは作り手の一人として。

「どんなに素晴らしい一品だとしても、使うのは貴方達です。決して使われないで下さい」

 この地に生きる一人の人として。

「それさえ守って頂けるなら、これらは貴方達の力になりましょう」

 そう告げると二人を促すように道を開ける。

「どうか、お心のままに選んでください」

 その言葉に背を押され、2人は中へ足を踏み入れた。

 振り向けば入口の上にも棚がある。

 武器の種類事に区分けされてはいるが、総数にして千に届きそうなそれらは一財産というには余りある。

 悠兎はその圧倒的物量に途方に暮れるが、その足は何かに惹かれるように動き出していた。


          ●


「本物、なんだよな」

 近くの棚から一振りの刀を掴み取る。

 手に圧し掛かる鉄の重みは、玩具のそれとは違う。

 おもむろに引き抜いた刀身は半分にも満たないが、銀の刃はその鋭さを輝きでもって証明する。

 素人目からしても業物という事は分かるが。

「俺じゃ使いこなせないしな」

 刃を納めて棚に戻す。

「短刀ならともかく打刀はなぁ」

 “武芸”の知識にある数少ない武器術、それはナイフや短刀など刃渡りの短い武器の使い方だ。

 それらの武器術は体術に近いものがあると聞いた事がある。

 死因を考えると因果なものだが、それが自身を守る術となるとは皮肉にも程がある。

「なんかピンとこないな」

 無数に並ぶ短刀を順に手に取って呟く。

 一見すると同じ物であるが、“武芸”の知識のおかげか細かな違いまでも見分ける事ができる。

 それらがこれ以上ない業物であるという事も。

 が、それでも自身が振るうとして、しっくりくる一振りが無い。

 使う事は可能であるが、違和感を抱えたまま振るうには業物は些かもったいない。

「最悪、数打ちで我慢――」

「んー? お気に召さなかったかい?」

 抜き身の短刀を落とさなかった事を自分で褒めたい。

「この辺のはそこそこ良い出来に仕上げたと思うんだけどねぇ。――あー、ちょっとゴメンよ」

 いつの間にか傍に居たクローフィズに体を触られる。

 何かを確かめるかのように体中を触ったのは1分にも満たない時間だ。

「ああ、こりゃ確かに合わないか」

 そんな短い時間で隅々まで確認すると納得するかのように頷く。

 驚きに呆ける悠兎を置いて何かを理解したようだ。

「あげるって言った手前、物が無いならともかく物足りないっていうのは私の沽券に関わる……よし、一丁打ってあげよう」

 問い返す暇は無かった。

「そうと決まればっ! ちょっと待っててね、近い内に満足させる一品持ってくるから!」

 一方的に捲くし立てると走り去ってしまった。

「何かあったの?」

 近くで騒ぎを聞いた鴉弥がやってきた。

「いや、俺にも何が何だか。ってもう決まったのか」

 見れば黒塗りの鞘に納まる刀を大事に抱えていた。

 長さからして打刀か。

「一目でビビッと来てね。でも本当に貰ってもいいのかな?」

「持ち主が構わないって言っているし大丈夫じゃないか?」

「だってこれ程の業物、日本だったら7桁は軽く越えるよ」

「……だよなぁ」

 刀剣類の相場など知らないが、少なくとも安い物ではない事は想像がつく。

 この蔵の中の全てではないだろうが、先の話しぶりからして製作者の一人は間違いなくクローフィズだ。

「自分の作品がお二人の力になれば、とキュロの了承も得ていますので安心して持って行って下さい。この蔵で死蔵するのは、彼女の本位ではありませんでしょうから」

 困っているのを見かねたのか鞠もやって来た。

「じゃあ、この打刀はクローフィズさんの作品だったんだね。日本なら人間国宝でもおかしくないよ」

「そのような人間国宝(イメージ)で合っていますよ。事実、彼女の作品は国を跨いで高額で売買されていますし」

「ちょっと、そんな人間国宝から直々に打ってもらうって俺は言われたんだが……」

「依頼したならともかく、キュロ自身が言ったのなら気にせずに貰ってあげてください。ドワーフにとって自分の作品を贈るのは友好の証ですから」

「……そういう事ならありがたく頂きます」

 この際、金銭価値に換算するのを2人は止めた。

 善意で貰える物はありがたく貰っておくのだ。

「それじゃあ、ボクは槍も見たいから離れるね」

 何だかんだで嬉しいのかスキップ気味に離れて行く。

「そういえば短刀を作ってくれるなら欲しい武器が無くなるな」

 見渡す限り、斧や鎖鎌などの近距離武器だけでなく弓や銃火器と遠距離武器も豊富ではある。

 男の子としては目に楽しいラインナップではあるが、それらを使いこなせる気がしない。

「それなら、あちらに防具類がありますが如何ですか?」

 鞠からの提案を断る理由は無かった。


          ●


 そういう鞠に連れて行かれた先には防具類が隅に隠れるように置かれていた。

「本来、防具はまた別の蔵に纏めてあるのですが、こちらにあるものは攻撃こそ最大の防御という構想で作られた物でして」

「確かに火器を内蔵した盾とか攻めているけどさ……」

 戦闘用とはいえ複雑な機構を持つ銃火器を盾に備え付けるのは如何なものか。

 筒状に並ぶ銃砲の口径からして、放たれる弾も強力な物だという事が想像できる。

「一応、製作者自身の技術力の限界に挑むというコンセプトで作っていますから、実用に耐える性能はありますよ。……整備コストが異様に掛かりますが」

「でしょうな」

 強固な殻があるとはいえ、精密部品の塊を盾にしているのは変わらない。

 銃砲単体で使用するより歪みや磨耗は酷いだろう。

「ここにある物は、防御性だけでなく携行性や隠密性も重視した物ばかりですので、厳密に分ければ暗器としてのカテゴリですね。ここまで分かりやすい物はそうそうありませんが」

「でも、こういうロマン溢れる武器って整司の奴が好きそうだな」

「それはご本人の作ですよ」

「あ、そうなんだ。……何やってんのアイツ」

 幾らロマンだからって、本当に作るヤツがあるか。

「ロマンが好きとは宣言していたが、ここまでするとは――っと?」

 何かを目の端に捉えた。

 物陰に隠れていたそれに何故か惹かれるものを感じる。

 惹かれるというより、呼ばれたというのが近いか。

「どうかされましたか?」

「いや、これ……」

 近寄り、指差すのは一組の手甲と足甲。

 何の変哲も無いそれは目立たない位置にありながらも、その存在感は他の物を圧倒していた。

「……それが気になるのですか?」

 何かを探るかのような問いかけに、警戒心が強くなる。

「気にはなるけど……まさか変な機構が組み込まれているとか?」

「いえ、魔術や屍霊に干渉できるだけで普通の防具ですよ。あとは、こうして――」

 軽く触れただけでそれらは四つの輪へと姿を変えた。

 それは青白い玉石が填まるやや肉厚な輪。

 玉石を中心として刻まれた装飾以外に飾りは無い。

 お洒落にするなら落ち着いた、悪く言えば地味な物。

 それでも、惹かれる何かを悠兎は感じていた。

「――アクセサリーへと変化する事で携帯性を向上させる防具です。銘は……“叢雲”にしましょうか(・・・・・・)

「何ですかね。その気になる言い方は」

 鞠の反応や言葉の端から何かしらの不穏なものを感じる。

「簡単な話です。この“叢雲”は未完成なのです。実戦経験を積ませる事によって完成へと至るのですが、技術や素材等の兼ね合いから下手な人物に使わせるわけにはいかなかったのですから」

「成長する防具ね。何だか稀少みたいだしこれは選ばない方がいいか」

 何か面倒を抱えていそうなため、穏便に話題を変えようとするが。

「別に構いませんよ。むしろ格闘術主体の悠兎さんにぴったりです。物理的な干渉の難しい魔術や屍霊を、付与魔術(エンチャント)要らずの体術で迎撃する事が可能になるのでオススメですよ」

 先回りされてしまった。

「それに、防御力に関しては保管している中で最高峰なんです。何と戦術核クラスの魔術や砲撃を傷一つ着けずに弾く事ができるんです」

「でも、それ装甲に守られて無い部分は大怪我じゃ済まないよね?」

「…………」

 目を逸らすんじゃない。

「そこは使用者の技量と耐久性にお任せなので……。で、でも悪い物ではないと思いますよ。平時の戦闘で、悠兎さんの身体能力ならば、鎧で受けるよりも手甲で弾いた方が効率が良いと思います。そもそも戦術核クラスの攻撃なんて戦争や異界の深層にでも行かない限り、そうそう目にする事はありませんので安心してください」

 鞠の言う事も一理はある。

「それに、この子が悠兎さんを望みましたから。もう、他の人が使う事はできませんし」

「え、何それ魔剣や妖刀の類なの――」

「えい」

 かわいらしい掛け声と共に四つの輪が投げられた。

 無造作に放り投げられたそれらは、吸い寄せられるかのように悠兎の四肢へと飛び込む。

 直後、硬質な音がしたかと思えば、服に覆われた筈の四肢に輪はしっかりと嵌められていた。

「――ちょっ何してんの!?」

 慌てて外そうとするが、見えない壁でも有るかのように手首から先へ抜く事ができない。

「“叢雲”自体に丈夫で汚れを弾く機能があるので、着けたままの入浴や手洗いで汚れは落ちますし、着用が原因での皮膚病の発生はありませんので安心してください」

「この状況が既に安心できないんですけど!?」

 どんなに力を入れてもビクともしない腕輪に外す事は諦めるしかない。

「実際のところ作ったは良いんですが、身内には使いこなすのはともかく、その子に適応する人材が居ませんでしたから。つまり悠兎さんは選ばれし人間という事です、やったね!」

 やったね、じゃない。

「処分に困っていた廃棄品を押し付けられたようにしか感じないんだけど!」

「いやー完成すれば凄いんですよ、割と。ただ、神器とかそういうレベルになると使用者が限られてしまうのが難点といいますか」

「……この腕輪、そんなに凄い物なのか?」

「完成すれば、ですが。今はただ頑丈なだけの防具でしかありません。しかし、品質は保証しますよ」

 強制的に渡されたとはいえ、物が良いのは確かだ。

 どうしたっても取れないのなら諦めが肝心だ。

「はぁ、次は事前に説明を頼むよ」

「すいません。私も浮かれ過ぎました」

 申し訳無さそうに謝罪する鞠。

 その様子にどこか高揚しているものを感じる。

「じゃあ、これ以上欲しい物は無いし鴉弥と合流するか」

 が、藪を突つく必要は無いだろう、蛇以上の厄介事が現れるのは御免だ。

 逃げるように足早にその場を離れる。

「――やはり彼が18番ですか。この調子ですと19番は……フフッ」

 この時、耳が良いというのは必ずしも良い事ではないという事実を学んだ悠兎だった。


          ●


「――シッ!」

「く――っ」

 鋭い拳打が眼前を捉える。

 抉りこむような拳は鼻先でピタリと止まる。

「ボクの勝ちだね」

 勝ち誇るのは鴉弥。

 それはお互い素手での組み手だ。

「駄目だったかー」

 緊張の糸が切れたのか悠兎はその場で仰向けに転がる。

 ひんやりと冷たい朝露が火照った体を冷やす。

「身体能力ではキミの方に分が有るけど、実戦経験じゃまだまだボクが上だね」

「一日の長ってやつか。てか素手でも戦えるんかい」

「武境流体術の基礎は納めているからね。そもそも槍振り回すだけが能じゃないよ、武器が無ければ何も出来ないってのは甘えだよね」

 体力にまだ余裕があるのか、軽い体操で体を解す。

「でも、悠兎も凄いよ。本気で武術を習得したのがここ3日くらいでしょ? それなのにここまで戦える事が十分凄いよ」

「――5分も持たなかったけどな」

 思わずそう口にしてしまったのは男としてのプライドか。

 だが、その言葉は鴉弥の顔を顰めさせるのに十分だった。

「……始めて3日のほぼド素人が、得意じゃないとはいえ、長年鍛えた武人の本気に喰らいついている時点で異常だからね?」

 言葉に少しばかりの怒気が混じっているのは、自身の努力の積み重ねを否定されたように感じたからか。

 普段の明るい雰囲気が鳴りを潜めた事で悠兎も気付いた。

「すまん。口が過ぎた」

「……ボクもゴメン、大人気なかった。“武芸”の恩恵ってこんなに凄いものだって想像してなかったよ。この調子なら一ヶ月もすれば体術をボクが教わる側になるかもね」

 相手の技の掛け方、重心の配分、死角になる部分。

 それらを知っているからこそ、喰らいつく事が出来たといっても過言ではない。

 知るというだけでなく、実行できるだけの身体能力があるからこそ出来る技だった。

「そうだな、ほぼ体術に限定するとはいえ、相手の技が分かるって大きいわ。てかお前んちの体術、技多すぎだろ。基礎だけでも結構充実してんな」

「基礎は門弟全員が始めに習得する技だからね。でもそっかー、悠兎の知識の中にはうちの流派もあるんだよね。何か不思議な感じだ――っと」

 そう言うと鴉弥は仰向けの悠兎の横に座る。

 2人して空を見上げれば、白い雲が浮かぶ青空が目に入る。

 底抜けに青い空はいつだか見上げた地球の空を思い出す。

「……ねぇ、悠兎はどうするか決めた?」

 それは近い未来に関わる質問。

「まだ決まってない。でも今回の組み手で大分傾いてきたな」

 胸中の曖昧な答えを返す。

「この世界って危険が一杯だっていうのは教えられた。でも、それに対処できる力があるならやってみたい事がある」

「やってみたい事って?」

「観光かな。それも世界を又に掛けた」

 その答えはたった今、すっと浮かんだもの。

「郷愁なのかもしれないけれど、俺達が死んだ後の地球の名残りを見てみたい。SF染みた巨大ロボも見てみたい。ファンタジーの象徴のドラゴンとかも見てみたい、ってさ」

「それは楽しそうだね」

 微笑みながら彼女は言った。

「……ねぇ、その観光、ボクも一緒に行って良いかな?」

「一応俺は男だけど、それで構わないなら別に。故郷の話が出来て、腕が立つから俺としては歓迎だ」

 異性として意識しないのかと言われれば、する。

 学校でも評判になる程の美少女なのだから意識しない訳がない。

 しかし、一人で旅するのは不安であるし、故郷の話に花を咲かす相手がいるのは精神的にも安心できる。

 何より、美少女のお願いを無碍にできる程の度胸が無かった。

「ふふっ、ならよろしくお願いするよ」

 手が差し伸ばされる。

「ああ、こっちこそよろしくな」

 手を握り握手をする。

 この付き合いが長いものになるとは、悠兎はこの時予想してはいなかった。

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