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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
黒兎
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第十四章 待ち人

 目の前にあるのはドラマや映画でしか見た事のない立派な屋敷。

 人の身でも圧倒されたであろうその光景は黒兎の身であれば尚一押しだ。

「はぇー」

「ボクの家より大きいかな?」

 玄関前にて見上げてしまう。

 人と比べれば小さな体からすれば巨人の城に見える。

 呆けていると彼女は玄関の扉を開いて中に入った。

 インターホンは有ったが無視だ。

「入ってきて」

 こういうのを勝手知ったる他人の家と言うのか。

 玄関の土間には既に女性用の下駄が一足置かれていた。

 この下駄の持ち主がこの屋敷の主人であり、自分達を呼んだ者なのだろう。

「足の汚れはそこのマットに乗れば綺麗になる」

 彼女が指すのは土間の隅に敷かれた小さなマット。

 マットの表面には文字が刻まれていた。

 それは日本語で、

「足拭きマット?」

「うわっ、凄いよこれ! 濡れている訳じゃないのに土汚れが綺麗に落ちるよ」

 見れば鴉弥が歩いた部分が判を押したかのように残っていた。

「それは魔術を刻んだ魔道具。その上を歩けば汚れや細菌が全て落ちる。故にそのまま家に上がる事もできる」

 既に彼女はブーツを脱いで素足になっていた。

「一度落ちた汚れはお湯で流さない限り体に付着する事は無い。だから転がって全身を綺麗にする事も可能」

「いや、流石に足拭きマットに転がるのは嫌です」

 ともかく足と腹部の汚れを落として屋敷に上がる。

「あ、ボクの足だと床を傷つけちゃうから乗せてって」

 返事を返す前に乗られた。

「こっち」

 準備ができたのかまたも先に進んでしまう。

 口数が少ないのは分かるが、ここまで何の情報も得られないと不安になってくる。

「ここ」

 長い廊下を歩いた先に着いた部屋。

 襖に囲まれたそこは広間か。

「客人を連れてきた」

 中に居るであろう主人に声を掛ける。

 返事は襖が独りでに開く事で答えられた。

 広間の中は広く、大勢で宴会ができそうだ。

 そんな広間の奥に誰かが座っていた。

 あれがこの屋敷の主人か。

「どうぞお入り下さい」

 鈴の鳴るような声ははっきりと、しかしささやく大きさで届いた。

「ん、それじゃ行こうか」

 気兼ねなく進む彼女を追いかけるようにして中に入る。

 果たして広間の奥に座する者の姿が見えた。

「ようこそ、私の屋敷へ」

 それは黄金色に煌めく艶やかな尻尾を持っていた。

「遥か昔の日本から遥々お疲れ様です」

 それは小さな音すら聞き取れそうな耳を持っていた。

「どうぞゆっくり休んで行ってください」

 身を包む黒を基調とした着物は、銀杏の柄が印象的だった。

「我々は貴方達を歓迎しますよ」

 座椅子に座す彼女は、穏やかな瞳を二人に向けて言った。


          ●


「初めに私達の自己紹介といきましょう。私達は貴方達を知っていますが、貴方達からすれば初対面ですから」

 そう言って居住まいを正す。

「私は“マリ”。今は葛葉 鞠(かずらば まり)と名乗っている妖狐でございます。かつては武境家にて暮らさせていただいておりました」

「え!? 貴方があの“鞠”なの!?」

 鴉弥が驚くが、無理はない。

 彼女にとってのマリとは抱きかかえられる大きさの仔狐なのだから。

「色々とありましたから。その辺りの説明もしますのでお待ち下さいね。――そして稲葉悠兎さん」

「えっ、あ、はい」

 突然名前を呼ばれて吃ってしまう。

「かつて路上に捨てられ、寒さに震えていた仔狐(わたし)を助けて頂きありがとうございました。あの時の一宿一飯のご恩は忘れません」

 それは土下座だった。

 極自然に、流れるように行われた行為に、止める事ができなかった。

「わっ、頭を上げて下さい。大体そんな事をした覚、えは……あっ」

 思い当たりは一つだけあった。

 後にも先にも生き物を助けたのは先程見た白昼夢の時だけ。

「犬じゃなくて狐だったのか……」

 勘違いに恥ずかしくなるが、まずは頭を上げさせなくては話しが進まない。

 結局、礼を素直に受け取り、話しを切り上げる。

「……そうですか、わかりました。それと私に敬語は要りませんので楽に話してください。では、次に彼女の紹介をしましょうか。――キュロ。こちらへ来てください」

 鞠が呼びかけたのは2匹を案内したフードの人物。

 何故か2匹から離れた場所で待機していた彼女は、鞠の隣まで2匹から距離を取って迂回する。

「すいません、彼女は人見知りでして。初対面の相手ですと上手に話せなくなってしまうのです。――ほら、屋敷の中では他人に顔を見られる心配はありませんから、フードを取ってください」

「……わかった」

 彼女はしぶしぶといった様子でフードを脱いだ。

「私はクローフィズ。種族はドワーフ。よろしく……」

 現れたのは赤毛で色白の少女。

 ボサボサに伸びた髪は片目を隠しているが、本人は気にした様子も無い。

 あまり日に当たっていないのか肌は透き通るように白い。

 無表情で座る姿は人形を連想してしまうが、その視線は2匹をしっかりと捕らえていた。

「――補足しますと、彼女は私の仲間の一人で、主に鍛冶や道具を扱っている職人です。腕は一級ですので、彼女の作品は世界各地で大人気なんですよ」

「しつこいのばっかりで迷惑。私は自由に鉄と向き合いたいのに」

 端的ではあるが、籠められた感情は苦々しいものだ。

「今は、このように口数が少ないですが、お酒を飲めば気さくに話しかけてくるようになるんですよ。お酒はあまり好きではないようですが」

「違う、嫌いなのは不味い酒。美味しい酒なら何杯でも飲める」

「……ええ、あの時は樽を丸々一つ空にしてくれましたね。あれは高くつきました」

 遠い目をする鞠の様子から何となく想像ができてしまう。

「っと、話しが逸れてしまいました。自己紹介も澄んだところで、この度あなた方を呼び出したの件について話しましょう」

「あ、ああ、お願いする。この姿になってから3日だけど、喰う寝るだけで精一杯だったんだ。正直、右も左もわかない」

「ボクは7日だけど、追い掛け回されていたし、知っている情報は悠兎とそんなに変わらないかな?」

 ここからが本題だ。

 どうして転生したのか、どうしてこんな姿なのか。

 そして、かつての故郷の知り合いがいる事。

 知りたい事は山積みだ。

「先ず始めに伝えておきます。私達は貴方達がここ数日にこの付近で転生する事は知っていました……」

 一旦言葉を切って、一息。

「何故なら私達が原因だからです」

 彼女は、はっきりと言い切った。

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