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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
黒兎
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第十三章 迎えと追憶

 悠兎は大人しく彼女? に着いて歩いていた。

 声や体格から女、それも少女のようだが、フードで顔が見えない。

 ただ陰に隠れているというより、墨汁で塗りつぶされたかのように完全に視覚できない。

 この分だと至近距離から覗いても顔を知ることは出来ないだろう。

「どこに行くんだ?」

「私達の拠点」

 質問に振り返りもせず答える。

 その足取りに迷いは無く、どこかを目指して歩いていた。

「森の奥に?」

 彼女が向かっていたのは森の奥。

 そこは子鬼や狼の数が増えるだけではない。

 姿こそ見てはいないが、足が竦むような、近づくのを忌避するような存在が跳梁跋扈しているのが分かる。

 所謂、生存本能が警鐘を鳴らしていた。

「私の傍に居れば安全」

 それが当たり前の様に言う彼女。

 その言葉は本当だろう。

 先程から長い時間を歩いてはいるが、敵対する者を一度も見ていない。

 子鬼や狼といった知能ある生き物が近づく事は何度かあるが、一定の距離からは絶対に近づかない。

 蜂や蝶といった虫の類すら近づけば逃げるように離れていく。

 彼女はこの森の中でまさに上位者として君臨していた。

「……ここは? え、誰? ちょっとどういうこと!?」

 腕に抱えられていた鴉弥が目を覚ます。

 彼女の腕の中から文字通りに飛び起きた彼女は悠兎を見つける。

 すると俊敏な動きで背中へ着地し、彼女の事を警戒する。

 緊張からか爪が軽く背中に食い込む。

 背中が痒くなるが歩くのに支障は無い。

「悠兎? これはどういうこと?」

 覗きこむように睨まれる。

「猟師から守ってくれた人。彼女? のお蔭で猟師はもう心配ない。そして俺達に用があるらしい」

 端的に説明する。

「悪い人じゃなさそうだ。それに俺の友達の知り合いだって言うし」

「友達……?」

 理解できていないようだ。

 自分でもこの状況を完全には理解できていないわけだが。

「友達って転生してからいつの間に作ったの?」

「それが地球の奴なんだよ。同級生の幼馴染」

「――??」

 疑問符が頭を飛び回っているのが目に見えて分かる。

「頭……大丈夫?」

 可哀相な者を見る目を止めて欲しい。

 確かにこの異世界で地球の知り合いが存在するというのはありえない話だ。

 説明を求めて少女に視線を向ける。

「私は“(さかき)整司(せいじ)”から、そこに居る稲葉悠兎の友人と聞いている」

 第三者からの認めるような言葉。

 手持ちの情報が少ない今、否定するだけの確証も無い。

「そして武境鴉弥、貴方の知り合いも居る」

「……ボクの?」

 彼女は頷き肯定する。

「“マリ”、と言えば分かると聞いた」

「まり? ……え、鞠!? 嘘、ありえない! でもボクの知っている相手って事は……」

 マリという相手に心当たりはあるようだが、信じられない様子だ。

「その“マリ”っていうのは?」

「だって鞠は家の……飼っていた“キツネ”なんだよ!?」

 流石にペットは予想外であった。

「嘘ではない。彼女から武境家で過ごしていた事は聞いている」

 その言葉に鴉弥は凍りつく。

 悠兎の歩きながらの不安定な背中でバランスを崩さないのは流石であった。

「あれ? それだとどうやって意思疎通を? まさか創作(フィクション)みたいに妖怪化して喋れるようになった訳じゃないだろうし」

 動物と話すというのは考えられなかった。

 現在、喋れる動物代表ではあるが特例として除いておく。

 犬語翻訳機(バウリンガル)を使ったわけではないだろう。

 とはいえ、妖怪化なんてファンタジー現象がおきるというのは――

「その通り。彼女は妖狐と成り、数多の秘術を会得している。その中には人化の術もある」

 あったようだ。

「そんな……ウチの()に一体何が……」

 ペットとはいえ家族が妖怪と化しているのはショックであろう。

 掛ける言葉が見つからない。

 何ともいえない空気の中、フードの彼女が足を止める。

「そろそろ目的地、後の細かい話は本人に直接聞くといい」

 彼女が足を止めたのは小さな祠の前。

 周囲は荒れており、人が来た気配は無い。

 それでもまるで新築の様に傷も劣化も無い祠はこの森の中で浮いていた。

「私の後を着いて来て」

 そう言うと祠に向かって歩を進める。

 祠の前で止まる気配は無い。

「一体何を――っ!?」

 言葉を掛ける前に彼女は消えた。

「……へ?」

 二匹は言葉も出なかった。

 彼女の存在を残すかのよう、オーロラの様に揺らめく景色だけが残っている。

「ゲームかよ……」

 それは漫画やゲームでみる表現だ。

 潜り抜ければ隠し通路や異界に繋がっているのがお約束だ。

「早く来て」

 突如、宙から伸びる腕。

 手招きするたびに新たな波紋が生まれては消える。

 揺らめく景色の先に通路か何かがあるのは確実だろう。

 ……本物のファンタジーやSFを体感できるとは。

 生の不可思議現象の衝撃に感動である。

 自身の角も伸縮自在という不可思議であるが、衝撃は比ではない。

「ねぇ、早く行こうよ」

 立ち尽くす悠兎の額を嘴で小突く。

「あ、ああ」

 感動の余韻そこそこに、彼女の待つオーロラへ飛び込んだ。


          ●


 寒い。

 それは初めての感覚。

 空腹。

 それも初めてだ。

 ここには母の温もりも、住処の温もりも。

 甘く、美味な腹と胸を満たすものすらない。

 霞む瞳で見上げれば、黒と白の入り混じる灰が空を埋めていた。

 私を優しく抱き上げた存在はもう居ない。

 最後に私をここに連れてきた時に言っていた。

『ごめんなさい』

 何を言っているのかは分からなかった。

 ただ、私には繰り返し呟く言葉に鳴くことで答える事しかできなかった。

 寒い。

 私の周りを囲む茶色い壁。

 私が飛び越える事の出来ないそれは、それは冷たい風を遮ってはくれない。

 腹の下に敷き詰められた柔らかいもの。

 柔らかくはあるが、風に冷え切ったそれは身を凍らせる。

 空腹。

 空になったお皿。

 山と積まれていた美味しいものは全部食べてしまった。

 欲しい。

 身を暖めてくれる温もりが。

 欲しい。

 この空虚な腹と胸を満たすものが。

 だが、今この身にできる事はただ鳴くだけ。

 声が枯れるまで鳴く事しかできなかった。

 恐ろしい。

 見えないのに近づいてくるものが分かる。

 冷たく怖いそれは確実に近くに居た。

 助けて。

 声に乗せて叫ぶ。

 ただ目の前を通り過ぎる存在に。

 答えてくれるのは視線のみ。

 届かないとしても叫ぶ。

「お? 捨て犬か?」

「『拾ってください』ね。……こういうのって本当にあるんだな」

 答えてくれたのは二つの存在だった。

「家、マンションだから飼えないんだよなぁ」

「俺は父さんがアレルギー持ちだから無理だわ」

 頭や体を撫でてくれる。

 冷えた体に温もりが戻る。

「てかコイツ、腹空かしてね?」

「ああ、餌皿を見る限り結構長い間食べてないみたいだな」

「餌かぁ、このオマケ目的で買ったフィッシュソーセージ喰えるっけ? 買いすぎて夕飯代わりになりそうな量あるんだけれど」

「シークレットが中々出なかったからなぁ。――って駄目だろ、塩分多いし玉ねぎ入ってるし」

「やっぱ自分で食わなきゃ駄目かー」

 私を撫でながら何かを言い合う。

 理解はできないが、温もりが心地よい。

「あ、そういえばこの近くにコンビニあったよな?」

「ん? ああ、確か新しく出来たな」

「じゃあちょっくら餌買ってくるわ」

「は? ちょっと待――ってもういねぇ!?」

 片割れはどこかへ走っていってしまう。

「あの馬鹿は全く……。しょうがない、父さんに悪いけど一旦家の庭に連れて行くか。学校で里親探せば誰かしら見つかるだろ」

 残った存在はため息を吐きながらも撫でる手を止めない。

「買ってきたぞー」

「早いな!?」

「客が居なかったからスイスイだったわ。ほら、喰え」

 お皿に何かが積まれる。

 鼻腔を擽るそれに思わず涎が出てしまう。

「馬鹿の奢りだ、遠慮せず喰うといい」

 お皿の前に押される、食べて良いということか。

「おー食べてる食べてる。相当腹へってたんだな」

「飼う訳でもないのに餌買ってきやがって。里親探し手伝えよ?」

「そのつもりさ。最悪兄貴の伝手で探せば良いし」

「大企業の次期トップの伝手か、なら安心だな」

 何かを喋っていたが、理解できないので食べるのを最優先だ。

「見たところ元気そうだし医者に連れて行くのは明日にしようぜ」

「じゃあ費用は割り勘な。動物病院ってどこら辺にあったっけ?」

「確か――」

 腹が満たされ眠くなる。

 先程まで凍えていた体が嘘の様に満たされている。

 微睡の中、意識は溶けた。


          ●


「――はっ!?」

 気付けば広場に立っていた。

 隙間無く白一色に広がる地面はコンクリートか。

 見渡せば眼前に噴水があった。

 涼しげに水の飛び交う噴水には石膏の像が立っていた。

 更に噴水を越えた奥には和風の屋敷が2匹を迎えていた。

 洋風の庭に和風の屋敷という異様な景観ではあるが、敷地や屋敷は共に広く大きい。

「え? 何この豪邸? てかさっきのは?」

 オーロラに飛び込んだのは覚えている。

 しかし、そこからの記憶は途切れていた。

 というより夢を見ていた。というのが近いか。

 そして気になるのが。

「……あの二人組み。“俺と整司”じゃねーか」

 記憶の彼方であったが思いだした。

「昔、捨て犬を見つけた時のだ……。でも何で犬視点?」

「――えっ何今の? 何で私が?」

 背中で慌てるような声が聞こえる。

 彼女も同じく何かしらの光景を見たのだろう。

「貴方達が見たのは記憶の残滓。中でも特に貴方達と関わりの深い記憶」

 答えたのはフードの彼女。

 調子の変わらない声からしてこの事は知っていたようだ。

「魂の定着が不安定なのが原因。安定すれば何も見ずに素通りできる」

 答えは言ったとばかりに屋敷へ歩き出す。

「あそこが目的地」

 慌てて後を追いかける。

「そして、貴方達を待っている者が居る」

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