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優雅からかけ離れすぎてる朝!

 夜の屋上から理の研究室へと戻ってきた。


 壊れたロケットランチャーを引きずる理の後ろを俺たちは無言で歩いた。


 極度の緊張が解けてアドレナリンが切れたからだろう。

 全身に鉛のような疲労がのしかかり脇腹の傷が再びズキズキと痛み出していた。


 部屋の明かりが点く。

 俺は逃げ込むように並べられた布団の一つに倒れ込んだ。


 ああやっと眠れる。


 そう息を吐いて目を閉じかけた瞬間だった。


 バサッ。


 隣の布団から小夜が転がり込んできた。

 そして俺の身体に細い腕と足を思い切り絡ませてガッチリとホールドしてきたのだ。


 「うわっ、ちょっと待て小夜。傷に響くって」


 俺が慌てて声を上げる。

 しかし小夜は全く力を緩めてくれなかった。


 彼女の顔が俺の胸元にグリグリと押し付けられる。

 シャンプーの甘い香りが鼻をくすぐった。


「どうしてあんなことしたの」

「私達の戦いに割り込むなんて馬鹿よ」

「もしあの女が銃を撃っていたら死んでいたのは空なのよ」

「私がいながら他の女の前に飛び出すなんて許せないわ」


 小夜の非難するような声が胸元からくぐもって響く。


 怒っている。


 でもその声は微かに震えていた。

 俺が死ぬかもしれないという恐怖。


 そして何より俺が別の女の射線に自分から飛び込んでいったことに対する強烈なヤキモチだった。

 俺は彼女の頭を不器用に撫でた。


 「ごめん。どうしても学校が壊れるのを止めたかったんだよ。俺にとってはここだけが普通の日常の場所だからな。それに、小夜なら絶対に寸前で止めてくれるって信じてたし」


 俺が必死に弁解する。


 すると小夜はさらに俺に密着してきた。

 俺の首筋に彼女の柔らかい息がかかる。


 心臓がうるさいくらいに跳ね上がって顔が急速に熱を持っていくのが分かった。


「それでもだめよ」

「あなたは私に守られていればいいの」

「私が空の日常を全部守ってあげるから」

「だから私の前で命を粗末にするなんて絶対に嫌よ」

「他の女に意識を向けるのも嫌」

「もうどこにも行かないようにこうやって私が捕まえておくわ」


 完全に独占欲の塊になっていた。

 普段の涼やかでミステリアスな剣士の面影はどこにもない。


 ただ好きな男を誰にも取られたくないと駄々をこねてヤキモチを焼く普通の女の子の姿だった。


 可愛すぎるだろ。


 男としての尊厳はもうどうでもよくなるくらいに嬉しかった。


 「そんなこと言ったって俺も男なんだから少しはかっこつけたい時もあるんだよ」


 俺が照れ隠しにぼやいた時だった。


 斜め上のベッドからクスクスという笑い声が聞こえてきた。


 理だ。


 彼女はベッドの上に胡座をかきながら銀色の眼鏡の奥でニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべていた。


 手元のタブレット端末を指で弾きながらこちらを見下ろしている。


「素晴らしいデータが採取できているよ」

「嫉妬という非論理的な感情が彼女の密着度を極限まで高めているね」

「空の心拍数が異常に跳ね上がっているのもとても興味深い現象だ」

「その密着状態による体温の変化もすべて私のクラウドに保存させてもらうよ」

「そのまま朝まで彼女の所有物として愛を観測され続けるといいさ」


 理は完全にこの状況を楽しんでいた。


 ヤキモチを焼いて俺をホールドする小夜とそれにドギマギする俺。


 そのすべてを安全な場所からニヤニヤと観察してデータ化しているのだ。


 相変わらずの変態ストーカー科学者っぷりだった。


 「データとか言うなよ。恥ずかしいだろ」


 俺が抗議するが理は全く気にする様子がない。

 俺の腕の中で小夜がモゾモゾと動いた。

 彼女は俺のシャツの裾をギュッと握りしめて俺を見上げた。


 「理の言う通りよ」

「今夜は絶対に離してあげないからね」

「空は私の抱き枕として朝まで大人しくしているのよ」

「私の匂いと体温で空の細胞を全部私色に染め上げてやるわ」


 なんだそのどこかで聞いたような理系のセリフは。

 理の影響を受けて変な成分まで混ざってきているじゃないか。


 俺はため息をつきながらも結局は彼女のされるがままになるしかなかった。


 柔らかい感触と温かい体温。

 そして俺を絶対に手放さないという強い独占欲。

 夜の冷たい学校の地下で俺は二人の異常なヒロインの視線と腕に完全に包み込まれていた。


 ───


 深い眠りから覚めると隣にあったはずの温もりが完全に消え去っていた。


 俺はゆっくりと重い瞼を開けた。


 地下の研究室の天井の無機質な照明がぼんやりと視界に入ってくる。

 昨夜あんなに俺の身体にきつく絡みついて離れなかった小夜の姿はどこにもなかった。


 乱れた布団だけがそこに残されている。

 俺は上体を起こして部屋の中を見回した。


 「小夜はどうしたんだ?」


 俺が寝ぼけた声で尋ねる。

 部屋の隅の小さなキッチンスペースに理の姿があった。


 彼女はいつもの白衣姿でガラス製のサイフォン式コーヒーメーカーの前に立っていた。


 下のフラスコからコポコポとお湯が沸き上がり上のロートへと吸い込まれていく。


 理はアルコールランプの火を微調整しながら銀色の眼鏡の奥でニヤリと笑った。


 「多分起きてから自分のやったことにとてつもない恥ずかしさを覚えたんじゃない?」

「寝起きの冷静な頭で自分の大胆な密着状態を客観視して処理落ちしたんだよ」

「あのポンコツ剣士の脳内メモリではあの照れくささに耐えきれなかったんだろうね」

「逃げるように窓から飛び出していったよ」


 理の容赦のない分析が静かな部屋に響いた。

 確かに小夜は普段はクールを取り繕っている。


 朝起きて自分が俺に抱きついたまま寝ていたことに気づいたら顔から火を噴いて逃げ出すのも納得できる。


 想像すると少しだけ笑えた。


 理がサイフォンの火を止め黒い液体が下のフラスコへとゆっくりと落ちていく。


 理はそのコーヒーを二つのマグカップに注いで俺の前に一つを置いた。

 俺はそれを受け取り熱いコーヒーを一口すする。


 苦味が脳を直接殴りつけるように刺激して俺の意識を完全に覚醒させた。


 俺はスウェットを脱いでハンガーに掛かっていた制服へと着替える。

 昨日の激闘の疲労はまだ全身にへばりついているが脇腹の傷の痛みは随分と引いていた。


 これも理の完璧な処置のおかげだろう。


 「行くか」


 俺がそう言うと理は無言で頷き自分のマグカップを空にした。

 俺たちは分厚い鉄の扉を開けて薬品の匂いが充満する地下の研究室を後にした。


 薄暗い階段を上り一階の廊下へと出る。

 朝の冷たい空気が校舎を満たしていた。

 窓から差し込む朝日が床のタイルを白く反射させている。


 昨夜の骸骨の化け物や銀髪の女との凄絶な死闘がまるで嘘だったかのように学校は平和な静寂に包まれていた。

 俺は大きく伸びをして新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。


 だがその平和な空気は一瞬で崩れ去った。

 廊下の曲がり角から甘い香りが漂ってきたのだ。


 俺の足がピタリと止まる。


 そこに立っていたのは完璧な制服姿でスクールバッグを両手で抱えた結花だった。


 登校時間にはまだ早すぎる時間だ。

 俺の全身から嫌な汗が噴き出した。


 「おはよう空くん」

「昨日はよく眠れた?」

「それと、私の夢はちゃんと見てくれたかな」


 結花は満面の笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってくる。

 しかしその瞳の奥には一切の光が宿っていなかった。

 そして俺の隣を歩く理の姿を視界に捉えた瞬間その笑顔のまま空気が絶対零度まで凍りついた。


「あれ?」

「どうして今日も理系女が空くんの隣にいるの」

「もしかして昨日の夜もずっと一緒にいたのかな」

「空くんの時間は全部私のものだって言ったのに」


 結花の声が低く地を這うように響いた。

 やばい。

 絶対にやばい。


 俺が弁解の言葉を探して口を開きかけたその時だった。

 理が俺の前にスッと立ち塞がり結花を挑発するように鼻で笑ったのだ。


「その通りだよ」

「私たちはこの学校でとても濃密で甘い夜を過ごしたんだ」

「空は私の用意したベッドで私の体温を感じながら素晴らしい睡眠データを記録させてくれたよ」

「君のような過去の遺物が入る隙間なんて一ミリも存在しなかったね」


 理の口から信じられないほどの爆弾発言が投下された。

 たしかに同じ部屋で寝たのは事実だ。

 しかし俺の隣で密着していたのは小夜であって理ではない。

 それをさも自分と一晩を共にしたかのように誇張して煽りやがったのだ。


 結花の持つスクールバッグの持ち手がギリギリと嫌な音を立てて軋んだ。


 「へえ」

「泥棒猫がそこまで言うんだ」

「空くんの身体に染み付いたその女の匂い」

「私が全部削ぎ落としてあげるね」


 結花がカバンの中から何か鋭利な金属の塊を取り出そうとするのが見えた。

 カッターナイフじゃない。

 もっと大きくて殺傷能力の高い何かだ。

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