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花火がどかーん!

 夜風が止む。


 銀髪の女が銃口を僅かに下げた。

 引き金が引かれる。

 警告も殺気すらなかった。

 ただ無造作な動作だった。


 パァンッ!


 乾いた破裂音が夜の屋上に轟いた。

 火薬の僅かな匂いが風に乗って鼻を突く。

 俺の目が弾丸の速度を捉えられるはずもない。

 だが小夜の動きはそれすらも上回っていた。


 カキンッ!


 甲高い金属音が響く。

 小夜の日本刀が空中で火花を散らした。

 弾丸が弾き飛ばされコンクリートの床に穴を穿つ。

 俺は息を呑んだ。

 飛んでくる銃弾を刀で叩き落としたのだ。


「ほう」

「なかなかいい反応だ」

「ただのガキじゃないとは思っていたが」

「まさか弾丸を斬るとはな」


 銀髪の女が低い声で嗤う。

 彼女の指が再び引き金に掛かる。

 しかし小夜は待たなかった。


 腕の黒い線が爆発的に赤く発光した。

 赫哭の力。

 小夜の体が霞む。


 コンクリートの床が砕け散った。

 銀色の閃光となって小夜が距離を詰める。


 「甘い」


 小夜の声が夜空に響く。

 下段からの鋭いすくい上げ。

 銀髪の女を真っ二つに両断する軌道だった。


 だが女は全く慌てていなかった。

 女の足元の影が不自然に膨張した。

 小夜の刃が女の身体をすり抜ける。


 いや違う。


 斬ったのはただの影の残滓だった。

 女の姿が完全に景色から溶けて消えた。


「どこを見ている」

「私はここだ」


「え...?」


 俺の真横。

 何もない空間から突如として銀髪が揺れた。

 女が影の中からにじみ出るように現れたのだ。

 銃口が俺を狙っている。


 やばい。


 俺が声を出すより早く小夜は身体を独楽(こま)のように反転させた。


 ガァンッ!


 銃弾と白刃が再び激突する。

 今度は一発ではない。

 女は無表情のまま引き金を連続で引いた。


 パァン!パァン!パァン!


 火花が連続して夜空に散る。

 小夜は後退しながらすべての弾丸を完璧に弾き落としていく。


「見事な剣術だ」

「その腕の赫い光」

「赫哭の使い手か」


 銃弾を撃ち込みながら女が余裕の笑みを浮かべる。


「知っていて喧嘩を売ったのね」

「命知らずな人」

「でもその影の力」

「ただの命骸(めいがい)じゃないわね」


 小夜も刀を振るいながら鋭く返す。

 二人の攻防は完全に次元が違っていた。

 俺の入り込む隙など一ミリも存在しない。


 ただその圧倒的な暴力の応酬を息を潜めて見守るしかなかった。

 女が再び影に沈む。

 今度は上空だ。

 月を背にして女が落下してくる。

 黒い上着が風に舞い、青いインナーが露わになる。

 銃口が俺に向けられた。


 「その荷物を片付けるか」


 女の非情な声が降ってくる。

 狙いは俺だ。

 俺は痛む脇腹を押さえたまま動けなかった。

 死が脳裏をよぎる。


 しかし小夜が俺の前に立ち塞がった。

 赫い光が最高潮に達する。

 小夜が刀を真上に突き出した。


「させないわ」

「彼は絶対に渡さない」

「私が守り抜くの」

「今度こそ」


 刀の切先が女の銃口と空中で真正面から激突した。

 凄まじい衝撃波が屋上に吹き荒れる。

 俺は強風に煽られて尻餅をついた。

 金属同士の軋む音が鼓膜を破りそうに鳴り響く。


「威勢がいいな」

「だがいつまで持つ」

「お前のその血の力も無限じゃないだろう」


 女が空中で銃を押し付けながら冷酷に告げる。

 小夜は歯を食いしばっていた。

 赫哭の力は血を消費する。

 長期戦になれば不利なのは明らかだった。


 火花が二人の顔を交互に照らし出す。

 殺意と殺意の完全な交差点。

 夜の屋上は完全に二人の化け物の支配下に置かれていた。


 凄まじい衝撃音が連続して響き渡る。

 二人の戦闘は一向に終わる気配を見せない。

 むしろ時間が経つにつれてその激しさは加速していくばかりだった。


 パァンッパァンッ。


 銃声が空気を切り裂く。


 カキンッ。


 小夜の日本刀がそれを正確に弾き落とす。

 火花が散るたびに周囲のコンクリートが抉り取られていった。

 俺は屋上の隅で脇腹を押さえながらその光景を見守るしかなかった。


「しぶとい女だ」

「少しはやるようだな」


 銀髪の女が銃弾を装填しながら低い声で笑う。

 彼女の足元の影がうねるように動いていた。


「あなたこそ」

「ただの銃使いじゃないわね」


 小夜も荒い息を吐きながら刀を構え直した。

 彼女の腕に刻まれた赫い光が明滅を繰り返している。

 二人の動きはもはや俺の動体視力では全く追いつけない領域に達していた。


 銀色の残像と赫い光の軌跡だけが夜空に交差する。

 屋上のフェンスがひしゃげて宙に吹き飛んだ。

 給水塔のコンクリートが銃弾で無惨に削り取られていく。


 このままではどちらかが死ぬ。


 俺はそう直感した。

 いやそれだけではない。

 俺は足元の深刻な揺れに気がついたのだ。

 校舎全体が巨大な地震に襲われたかのように悲鳴を上げている。

 二人の放つ異常なエネルギーの余波が建物の限界を完全に超えようとしていた。


 その時だった。

 小夜が刀を上段に構え直した。

 彼女の腕の線がこれまでで一番強く鮮烈に発光した。

 血が沸騰するような赫いオーラが刀身全体を完全に包み込む。

 空気が極度に乾燥し息が詰まるようなプレッシャーが屋上を支配した。


 絶対にヤバい一撃だ。


 直撃すれば屋上ごとすべてが消し飛ぶ。

 対する銀髪の女も動いた。

 彼女の足元の影が巨大な渦となって銃口へと集束していく。

 黒く淀んだ絶望的な光が銃身を激しく震わせていた。

 周囲の月明かりすらもその銃口に吸い込まれていくように錯覚する。


 両者が最後の大技を放とうとしている。

 二つの規格外のエネルギーが衝突すればどうなるか。

 屋上だけでは済まない。

 この学校そのものが木っ端微塵に吹き飛んでしまうだろう。

 俺のたった一つの日常の拠り所が消え去ってしまう。

 狂気から逃れられる唯一の普通の場所。

 それだけは絶対に失うわけにはいかなかった。


 やめろ。


 俺の身体が勝手に動いていた。

 脇腹の傷が激しく引きつる。

 縫い合わせたはずの傷口が開いて熱い血が滲み出しているのが分かった。


 それでも俺は痛みを完全に無視して屋上のコンクリートを蹴った。

 二人の射線のど真ん中に向かって全力で走り出す。

 一か八かの賭けだった。

 俺が飛び込めば二人は攻撃を止めてくれるかもしれない。

 何の根拠もないただの無謀な特攻だ。


 「やめてくれ!」


 俺は喉が裂けるほどの声で叫びながら二人の間に飛び込んだ。

 両手を大きく広げて立ちはだかる。


 右には小夜の赫い刃。

 左には銀髪の女の黒い銃口。


 絶対的な死の恐怖が全身を貫いた。

 俺はギュッと両目を閉じた。

 凄まじい風圧が俺の身体を両側から殴りつけた。

 鼓膜が破れそうなほどの轟音が鳴り響く。


 だが、いつまで経っても俺の身体が真っ二つになることも弾丸に撃ち抜かれることもなかった。

 恐る恐る目を開ける。


 目の前で小夜の赫い刃がピタリと空中で止まっていた。

 背後では銀髪の女が銃口を強引に上空へと逸らしている。


 二人は俺を巻き込まないために咄嗟に大技の軌道をズラしてくれたのだ。

 ギリギリの仲裁だった。

 俺はその場にへたり込みそうになる両膝を必死に堪えた。


「お前」

「何を考えてる」


 銀髪の女の怒鳴り声が背中から飛んできた。

 ドスが効いた低い声が夜の屋上に響く。

 俺はゆっくりと振り返った。

 女の顔には明確な怒りとそして信じられないものを見るような驚愕が浮かんでいた。


 「ごめん。戦いの邪魔をしてしまって。けど学校が壊れるくらいの戦闘はやめて欲しいんだ」


 俺は荒い息を切らしながらありのままの気持ちを伝えた。

 自分の命を投げ出してでも学校を守ろうとする狂った男だと思われるかもしれない。

 だが俺にとってはこれが本心だった。

 これ以上俺の日常が物理的に破壊されるのを見過ごすことはできなかったのだ。


 俺の言葉を聞いて銀髪の女は目を丸くした。

 馬鹿げた理由を聞かされて呆気にとられているようだった。

 だが数秒の沈黙の後。

 女の目からスッと怒りの色が完全に消え去ったのだ。

 彼女はどこか落ち着いた様子で構えていた銃をゆっくりと下ろす。


「そうか」

「分かった」


 拍子抜けするほど素直な返答だった。

 彼女の全身から立ち上っていた刺すような殺気が嘘のように霧散していく。

 女はため息を一つついてから銃をレザーズボンのホルダーにカチャリと収めた。

 大人しく食い下がろうとしている。

 俺の捨て身の仲裁が本当に成功してしまったのだ。


 場は完全に静まり返っていた。

 銀髪の女は銃を下ろし終わり俺から視線を外す。

 そして踵を返した。

 こちらに背を向け歩き出す。

 黒いレザーズボンが宙で揺れながら、足音がコンクリートの床に響く。


 もう戦いは終わったのだ。


 俺は大きく息を吐き出してその場にへたり込みそうになった。

 しかし次の瞬間だった。

 空気が一気に凍りついた。


 遠ざかっていたはずの銀髪の女が急にこちらへ振り返ったのだ。

 流れるような無駄のない動作だった。

 彼女の右手には再びあの無骨な拳銃が握られている。

 銃口が真っ直ぐにこちらを向いていた。


 嘘だろ。


 俺は絶望で目の前が真っ暗になった。

 大人しく食い下がったというのは嘘だったのか。

 油断させておいて俺と小夜をまとめて撃ち抜くつもりだったのか。

 俺が声を上げる暇など一ミリもなかった。

 女の指が容赦なく引き金を引く。


 パァンッ!


 乾いた銃声が夜の空に轟いた。

 俺は反射的に首をすくめて両目を固く閉じた。

 だが俺の身体に銃弾が突き刺さる気配はない。

 弾丸は俺の方へは飛んできていなかったのだ。

 俺の頭のずっと上を通過し背後の暗闇へと吸い込まれていった。


 「うわぉっ」


 直後だった。

 俺の背後から知らない女性のような声が聞こえた。

 短い悲鳴。

 そして凄まじい轟音が夜の屋上を揺るがした。


 ズドォォォォンッ!!


 爆発だった。

 さっきの銀髪の女が放とうとしていた大技とは違う種類の爆発。

 純粋な火薬と金属が弾け飛ぶような物理的な破壊音だ。

 凄まじい爆風が背後から吹き荒れ俺は前のめりに転がった。


 何が起きたんだ。


 俺は地面に這いつくばったまま恐る恐る振り返って夜空を見上げた。

 暗い夜空に一輪の巨大な花が咲いていた。

 赤と緑と黄金色の光の粒が放射状に広がっていく。


 ばん。

 ばん。


 腹の底に響くような音と共に次々と光の輪が夜空を彩る。

 花火だ。

 間違いなく夏祭りで見るような見事な打ち上げ花火だった。

 こんな真夜中の学校の屋上で花火が上がっている。

 俺は完全に思考が停止した。


 骸徒同士の命懸けの死闘の末にどうして空に花火が咲いているんだ。

 俺は呆然としながら女が銃を放った方向へと視線を下ろした。

 屋上の扉の陰からモクモクと黒い煙が立ち上っていた。

 その煙の中から一人の人物が姿を現す。


 見慣れた白衣。

 銀色のフレームの眼鏡。

 理だった。


 彼女はいつも通りの無表情だったが、その姿は異様だった。

 右肩にどでかい機械を携えていたのだ。

 どう見ても軍事用のロケットランチャーか何かを改造したような物騒な筒状の兵器だった。

 しかしその筒の先端は無惨にひしゃげ中からシューシューと白い煙と火花を噴き出している。


 どうやら銀髪の女が放った銃弾はこの機械の先端にピンポイントで命中し破壊したらしい。

 理はひしゃげた機械を肩から下ろすと煙を払いのけながらこちらへと歩いてきた。

 そして全く悪びれる様子もなく淡々と説明を始めた。


「ちょっと騒がしいと思い、一応機械を持ってきたら戦っていてね」

「そこの女の人が帰っていきそうだったから今がチャンスだと思ってこのロケットを飛ばそうと思ったら撃たれちゃったんだよ」

「ちなみに壊れると同時に上へ花火を飛ばす設計なんだ」


 俺は開いた口が塞がらなかった。

 こいつは一体何を言っているんだ。

 俺が命懸けで二人の戦いを止めてようやく場が収まりかけていたというのに。

 その後ろからこっそりとロケットランチャーをぶっ放そうとしていたのか。


 しかも相手が油断して帰ろうとした背中を撃つ気満々だったじゃないか。

 いくらなんでも非論理的で卑怯すぎる。

 それに壊れたら花火が上がる設計ってなんだよ。

 そんな無駄な機能を付ける暇があるならもっと安全装置とかを作れよ。


 俺の全身からどっと疲労が押し寄せてきた。

 シリアスな命懸けの戦いがこの理系ストーカーのせいで完全にギャグ漫画のオチになってしまったのだ。

 俺が呆れ果てて言葉も出ないでいると屋上のフェンス側にいた銀髪の女が小さくため息をついた。


 彼女は拳銃をホルダーに収めると呆れたような視線を理へと向ける。

 さっきまで俺の頭を吹き飛ばそうとしていた冷酷な暗殺者の気配は完全に消え去っていた。

 女は面倒くさそうに首を掻きながら俺たちに向かって低い声で言い放った。


 「夜なんだから騒音には気をつけろ」


 ただの近所の苦情だった。

 町内会のおばさんが深夜に騒ぐ若者に注意するような完全に気の抜けたセリフだ。

 凄絶なバトルを繰り広げていた骸徒の言葉とは思えない。


 女はそれだけを言い残すと再び足元の影を膨張させた。

 ズブズブと音を立てて彼女の身体が影の中へと沈み込んでいく。

 今度こそ本当に俺たちを殺す気も奪う気もなくなったらしい。

 銀色の髪が最後に月明かりに反射し彼女の姿は夜の屋上から完全に消え去った。


 後に残されたのは硝煙の匂いと花火の残滓。

 そして壊れたロケットランチャーを抱えて不思議そうに首を傾げる理。

 その横で完全に置いてきぼりを食らって呆然と立ち尽くす俺と小夜だけだった。

 今日の夜はこうしてあまりにも締まらない形で静寂を取り戻していった。

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