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12/26

お前は、結花やない!

 泥のような眠りから覚めると窓の外はすっかり明るくなっていた。

 朝の冷たい空気が部屋を包んでいる。昨夜の出来事が脳裏に鮮明に蘇ってきた。

 門扉に突き刺さった結花の頭部。恐怖に駆られた逃走。俺のひどい暴言。そして理に床へ押さえつけられ腹部を撫で回されたあの狂気の感触。


 俺はベッドの上で重い頭を両手で抱え込んだ。結花が死んだ。あんなにも重すぎる愛を向けてくれた幼馴染がもうこの世にいない。その絶対的な喪失感が鉛のように胸の奥底に沈殿し、どうにも晴れない痛みを伴って俺を苦しめていた。

 俺にカッターを突きつけてまで俺を繋ぎ止めようとした彼女のあの執念すら、今はもう懐かしくそして途方もなく悲しい。


 それでも俺は日常のふりをして動くしかなかった。俺はのろのろとベッドから起き上がり、制服に袖を通す。洗面所で冷たい水を顔にぶつけると鏡の中には酷くやつれた男の顔が映っていた。

 結花の死を誰かに知らせなければならない。警察が動いているのかどうかも分からない。学校に行けば何かが分かるかもしれないという僅かな希望と強迫観念だけが俺の体を動かしていた。


 一階のリビングに降りるとそこには白衣姿の理がいた。彼女は何食わぬ顔で俺の家のキッチンに立ち、ビーカーのようなガラス容器でコーヒーらしき黒い液体を抽出している。どうやら昨晩からずっとこの家に留まったままだったらしい。


「おはよう空。君のレム睡眠とノンレム睡眠のサイクルは極めて不安定だったよ。深い悲しみが脳波に強烈なノイズを発生させている証拠だね」


 理は振り返りもせずにフラスコを揺らしながら言った。俺は意気消沈したまま食卓の椅子に重い腰を下ろした。


「……帰らなくていいのか」


 俺が掠れた声で尋ねると理はコーヒーを二つのマグカップに注ぎ分けてこちらに歩いてきた。


「大丈夫。好きでここにいるんだ」


 彼女は俺の目の前にマグカップを置き、自分も向かいの席に静かに座る。


「それに君を一人にしておくわけにはいかないからね。自死を選ぶ確率は低いと算出しているけれど、今の君の脆弱な精神状態では突発的なエラーはいつでも起こり得る」


「死んだりしないよ。ただ……まだ全然現実感が湧かないんだ」


「結花のことかい」


「あんな死に方あり得ないだろ。あいつは確かにちょっとおかしかったけど、俺のことを誰よりも想ってくれていたんだぞ。なんであいつが殺されなきゃならないんだ」


 俺はマグカップを両手で包み込みながら俯いた。理はコーヒーを一口啜り、無表情のまま口を開く。


「それを探るために君は学校へ行くつもりなんだろう。君のその制服姿を見れば行動原理は容易に推測できるよ」


「学校に行けば何かわかるかもしれない。警察が来ているかもしれないし澪なら何か事情を知っているかもしれないからな」


「非論理的だね。あの惨状を直視してなお自ら事件の渦中に飛び込もうというのかい。君の安全を最優先するならこの家を物理的に封鎖して、外界から完全に隔離するのが最適解だよ」


「そんなことできるわけないだろ。俺はあいつが死んだ理由を知りたいんだ」


「君のその感情は人間のバグそのものだよ空。死んだ個体に対する執着は自身の生存確率を下げるだけのノイズでしかない」


「お前には分からないかもしれないけどな。俺にはあいつの死を無視してこのまま引きこもるなんて絶対にできないんだよ。結花がいなくなるなんて想像もしていなかった。あいつのあの重苦しい執着がいつまでも続くものだとどこかで安心していたのかもしれない」


「ストックホルム症候群の初期症状に酷似しているね。監禁者や支配者に対して愛着を抱くあの心理的バグだ」


「違う。俺はただ俺を知っている人間がいなくなるのが怖いんだ。記憶のない俺にとって、あいつは過去を繋ぐ数少ない手がかりだったんだから」


「過去など不要だよ。私が新しいデータを君の脳髄に直接書き込んであげるのだから。君は真っ白なキャンバスのままでいいんだ」


「お前のそういうところが本当に怖いよ理。人の死をなんだと思ってるんだ」


「単なるタンパク質の不可逆的な活動停止だよ。それ以上でも以下でもない」


「お前とは一生分かり合えない気がする」


「分かり合う必要はないよ。私が君を完全に理解して管理すればそれでこの宇宙は完璧に機能するのだから」

「感情で動くから君は傷つくんだ。昨夜のように恐怖と快感で自我の境界線を曖昧にさせられるのも、君の精神が脆弱だからだよ」


 昨夜のことを持ち出され俺は顔に血が上るのを感じた。


「あれは……お前が無理やり押さえつけたからだろ」


「君は抵抗をやめて私の指先に委ねていたじゃないか。君の皮膚温度の上昇と心拍数の急激な変化がそれを証明しているよ」


「やめろ。今はその話はしたくない」


 俺は痛む頭を振りながらコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。

 黒い液体はひどく苦く、胃の底を焼け焦がすような味がした。結花を失った重苦しい悲しみの中にいるというのに、理との会話はやけにテンポが早く、俺の悲痛な空気を少しずつ削り取っていくような奇妙な感覚があった。


「学校に行く。お前はどうするんだ」


「やっぱり学校か。いつ行くの?私も同行するよ」


 理も立ち上がり、白衣のポケットに何かの薬品の小瓶をいくつか滑り込ませた。


「君のその悲しみがどう変容していくのかとても興味深い。私がそばで全て記録してあげるから安心して君の非論理的な行動を全うするといい」


 相変わらずの狂った理屈だが今は一人で外を歩く方が恐ろしかった。

 一歩外に出れば結花の生首がどこからか転がってくるのではないかという恐怖が拭い去れない。俺は理の存在をある種の防波堤として受け入れるしかなかった。


 俺は自室に戻り、重い体を引きずって制服に着替えた。理は当然のように部屋の隅で俺の着替えをじっと観察していたが、それを咎める気力すら今の俺には残っていなかった。

 身支度を終えると理は無言で俺の右手を強く握りしめた。その手は相変わらず氷のように冷たかったが有無を言わさぬ強引さがあった。俺たちは手を繋いだまま家を出て朝の通学路へと歩き出した。


 通学路には同じ高校の制服を着た生徒たちがチラホラと歩いていた。彼らはすれ違うたびに手を繋いで歩く俺たちを見てヒソヒソと囁き合い奇異な視線を向けてくる。

 記憶を失っているとはいえ、高校生が朝っぱらから手を繋いで登校するのは流石に目立つし居心地が悪かった。周囲の目が気になり俺は耐えきれず隣を歩く理に声をかけた。


「手は繋がなくていいんじゃないか?」


「ダメだよ」

「これは周りにアピールする絶好のチャンスだ」


 理はこちらを見上げて楽しげに微笑んだ。その瞳の奥には俺を完全に所有しているという暗い優越感が渦巻いていた。


「でもさ。流石に恥ずかしくないか?」


 俺がもう一度抗議すると理の顔からスッと表情が抜け落ちた。彼女はピタリと足を止め俯いたままアスファルトの足元をじっと見つめた。朝の冷たい風が彼女の白衣の裾を揺らす。


「もう、あんな目にあわせたくないんだ」


 その落ち着いたトーンの声には今までのような猟奇的な響きはなかった。しかしその直後に紡がれた言葉の羅列は俺の精神を最も残酷な形で解体し底なしの泥沼へと引きずり込む劇薬だった。


「君は記憶がないから分からないだろうけど」

「外の世界は君が思っているよりもずっと残酷で危険に満ちているんだよ」

「昨日だってそうだった」

「君が空腹に耐えかねて不用意に外に出たから結花は死んだ。そんな可能性もある」

「もし君が私の言うことを聞いてあのまま大人しく家にいれば」

「彼女はあんな無惨な生首にならなくて済んだかもしれないんだ」

「もしかしたら、君の軽率で非論理的な行動が彼女の首をあの冷たい鉄格子に串刺しにしたんだよ」


 理の言葉が鋭いメスとなって俺の胸の奥を容赦なく抉り出していく。息が詰まった。俺のせいだというのか。俺が結花に助けを求めようとあの豪邸に向かったから結花は殺されたというのか。


「君の足元に転がってきた彼女の目は君を恨んでいたはずだ」

「どうして私を一人にしたのって」

「どうして私を愛してくれなかったのってね」

「あの女は君の愛を得られなかった絶望の中で殺されていったんだ」

「君のその曖昧な優しさが一番残酷な凶器となって彼女の息の根を止めたんだよ」

「でもね空」

「正直に自分の胸の内に問いかけてみなよ」

「君は彼女のあの重すぎる愛から解放されて、心のどこかで安堵していたんじゃないのかい」

「もう刃物を突きつけられなくて済むって」

「あの窮屈な執着から逃げられたって」

「だから君は彼女が死んだという現実をどこか遠い出来事のように受け入れている」

「そんな醜くて薄情な自分の本性に気づいて怯えているんだね」


 やめろ。俺はそんなこと思っていない。俺は結花が死んで悲しいんだ。そう叫びたかったが喉が干からびたように張り付いて声が出なかった。

 理の言う通りかもしれないという絶望的な自己嫌悪が全身を駆け巡ったからだ。俺の心の底に結花からの異常な執着が消えてホッとしている自分が一ミリも存在していないと誰が断言できるだろうか。

 カッターを突きつけられた時のあの恐怖を俺は確かに恨んでいた。俺のそんな醜い感情が結花を死に追いやったのだとしたら俺は人間のクズだ。生きて呼吸をしている資格すらない。


「君は本当に哀れで救いようのない欠陥品だよ」

「記憶もなければ人を守る力もない」

「自分の罪悪感すら正しく処理できない脆弱なポンコツだ」

「でも安心して」

「そんな完全に壊れきった君の精神を愛してあげられるのは世界で私だけだ」

「私が君の罪悪感も恐怖も醜い本性もすべて、計算式に組み込んで完璧に処理してあげる」

「君はもう何も考えなくていい」

「ただ私の言うことだけを聞いて。私の手の中にいれば誰も死なないし君も傷つかない」

「だからもう絶対に私から離れようとしないで」

「私がいなければ、君は明日にでも罪の意識で発狂して死んでいるよ」


 理はゆっくりと顔を上げ眼鏡の奥の濁った瞳で俺を真っ直ぐに射抜いた。

 彼女の握る右手の力がさらに強くなる。

 指の骨が軋むほど痛かったが俺は振り払うことすらできなかった。

 視界がグラグラと揺れ明るい朝の風景が急激に色褪せていく。俺は自分の無力さと取り返しのつかない罪悪感に完全に押し潰されていた。


 結花の死は俺のせいだ。俺が弱いから俺が逃げたから彼女は死んだ。理の言う通り俺は壊れた欠陥品だ。この冷たい手にすがりつく以外に俺が生きていく道はもう残されていないのだ。

 圧倒的な絶望と自己嫌悪が俺の心をどす黒く塗り潰し俺はただ虚ろな目で理に手を引かれるまま学校への道を歩き続けることしかできなかった。


 重い足取りで通学路を抜け、ようやく高校の正門が見えてきた。理に右手を握られたままの不格好な登校だ。周囲の奇異な視線よりも、俺の心の中には結花を失ったという絶対的な黒い塊が居座り続けていた。どうすればいいのか分からない。あの地獄のような光景がフラッシュバックしては俺の神経をすり減らしていく。


 校門の前に着くとそこには見慣れた姿があった。少しサイズの大きいセーラー服を着た澪だ。彼女は俺の姿を認めるとパッと顔を輝かせて小走りで駆け寄ってきた。


「あれ澪ってまだ中学生じゃ?」


 俺が少し驚いて尋ねると澪は少し照れたように微笑んだ。


「登校時間遅いので先輩の顔を見てから行こうと思いまして」


 その純粋で真っ直ぐな瞳を見た瞬間俺の口元まで出かかっていた言葉がピタリと止まった。

 結花の家の門扉に突き刺さっていたあの無惨な生首。昨日まで彼女と口喧嘩をしていたこの幼い後輩にあの残酷な死の現実を伝えてしまおうかと一瞬だけ心が揺れた。

 一人で抱え込むにはあまりにも重すぎるトラウマだったからだ。だが澪の屈託のない笑顔を見ているとその考えはすぐに打ち消された。こんな年下の子に猟奇的な殺人事件の重荷を背負わせるわけにはいかない。


 俺の周囲に渦巻く狂気にこれ以上この無垢な子を巻き込みたくなかった。俺は胸の奥の痛みを無理やり押し殺して、精一杯の作り笑いを浮かべた。


「元気だから大丈夫だよ」


 俺の言葉を聞いて澪は安心したように嬉しく頷いた。


「それでは先輩。また後で」


 澪は元気よく手を振ると自身の中学校がある方向へと走っていった。その後ろ姿が朝の光の中に溶けていくのを見届けて俺は深く息を吐き出した。横に立っていた理が俺の顔を覗き込むようにして口を開く。


「言わなくてよかったの?」


「心配させる訳にはいかないからな」


 俺が虚勢を張ってそう答えると理は冷ややかな目を細めてから意地悪な笑みを浮かべた。


「かっこつけちゃって」

「私に勝てなかった癖に」


 昨夜の圧倒的な敗北と蹂躙の記憶が脳裏にフラッシュバックした。

 床に押さえつけられ腹部を繊細に撫で回されたあの屈辱。

 力で完全に支配された俺には彼女のその言葉に反論する権利すらなかった。何も言い返せない悔しさと男としての情けなさで胸が焼け焦げそうになる。


 俺は理のからかうような視線から逃げるように反抗的な無言を貫き、上履きへと履き替える。理のペースにはもう乗せられない。俺は俺の意志でこの学園生活をやり過ごすんだ。そう一人で決意して大股でずんずんと昇降口を抜け、校舎の廊下を進んだ。


「そっちは上級生の棟だよ?」


 背後から響いた理の呆れたような声に俺の足はピタリと止まった。記憶がない俺は自分の教室の場所すら把握していなかったのだ。意気揚々と間違った方向へ反抗的に歩み去ろうとした自分の滑稽さに全身の血が一気に顔へと集まっていくのを感じる。俺は顔から火が出るほどの赤っ恥をかき振り返ることもできずに、ただその場で石像のように固まるしかなかった。


 理に手を引かれて正しい一年生の棟へと向かう。廊下を歩いているとすれ違う生徒たちがチラホラとこちらを振り返った。奇異の目だ。ひそひそと何かを囁き合っているのが嫌でも伝わってくる。俺の記憶喪失の件が知れ渡っているのかと思ったが、どうやら視線の先は俺ではなく俺の手を握って隣を歩く白衣の少女に向けられているようだった。


「なあ理」


 俺は好奇心に勝てず歩きながら隣に声をかけた。


「お前って問題児なのか?それとも普通に有名人なの?」


「天才児で一般人だよ」


 理は前を向いたまま抑揚のない声で即答した。


「天才って一般人のくくりなのか?そもそも制服の代わりに白衣を着て堂々と廊下を歩いている時点でもう一般の枠からは完全に逸脱していると思うんだけど」


「白衣は私の皮膚の一部であり、外部のノイズを遮断する防壁だ」

「これを脱ぐということは社会的に全裸を意味するんだよ」

「君は私に学校で全裸になれと要求しているのかい」


「言ってない言ってない極端すぎるだろ」


 俺は呆れてため息をついた。


「お前のその飛躍しすぎる理屈こそが周りから浮いてる原因なんじゃないのか」


「心外だね」

「私は常に学校という閉鎖空間において最適解の行動をとっているだけだ」

「周囲の凡人たちが私の高度な演算処理に追いつけていないだけだよ」


「自分で凡人たちとか言ってる時点で完全に問題児の思考回路だろ」


「私は問題児ではない」

「極めて優秀で模範的な生徒だ」


 そんな軽快で中身のない会話を交わしているうちに一年生の教室の前へとたどり着いた。昨夜からの重い空気がこのやり取りで少しだけ和らいだ気がした。俺は深呼吸をして教室の引き戸に手をかけガラリと開けた。

 教室の中にはすでに多くの生徒がいて朝の喧騒に包まれていた。俺が入っていくと近くにいた何人かの男女がこちらを振り返る。


「おはよう」


「おはっす」

「珍しく早いじゃん」

「おはよう空。あれ元気ないじゃん。どしたん、話聞こか」

「昨日のテレビ見た?俺見てないけどね


 記憶のない俺に対してクラスメイトたちは拍子抜けするほど気さくに声をかけてくれた。皆優しい。俺が記憶喪失だということを知っているのか知らないのかは分からないが、少なくとも敵意は全く感じられなかった。


「おはよう」


 俺もホッとして自然な笑顔を作り、挨拶を返す。学校という空間は想像していたよりもずっと居心地が良い場所なのかもしれない。そう思ったのも束の間だった。俺の背後から理が教室に足を踏み入れた瞬間クラスの空気が一変したのだ。


 今まで笑顔で俺に話しかけていた生徒たちの表情がスッと引きつり、ササッと蜘蛛の子を散らすように距離を取っていく。誰も理と目を合わせようとしないし、完全に腫れ物を扱うかのような不自然な態度で接していた。モーセのように理の進む道だけが綺麗に割れていく。

 俺はそれを見てニヤリと笑い理の肩を小突いた。


「ほら見ろよ。やっぱり問題児なんじゃないか?みんな腫れ物でも見るような目でお前のこと避けてるぞ」


 俺がからかうように言うと理はピタリと足を止めた。


「違うよ」

「違う」


 理は俺をギロリと睨みつけ、いつもの淡々としたトーンを崩して珍しく語気を強めた。


「これは避けられているのではない」

「彼らが私の圧倒的な知能指数と存在感に無意識の畏怖を抱き、生存本能に従って距離を置いているだけだ」

「だから問題児なんかじゃない」

「絶対に違う」


 明らかにムキになっている。普段は論理と計算で武装しているあの理がこんな子供のように感情的になって頑固に事実を認めようとしない姿がなんだかひどく新鮮で面白かった。

 昨夜の圧倒的な恐怖や今朝の絶望的な記憶がこの瞬間だけは綺麗に薄れていく。俺はこの感情的になっている理をもうちょっといじってやろうと悪い笑みを浮かべて口を開きかけた。


「おはよう」


 不意に真横から明るい声がかけられた。

 クラスメイトの誰かだろう。どうせ俺は記憶がないから顔を見ても誰だか分からない。でもこれだけ皆が優しく接してくれるんだから一応ちゃんと挨拶は返しておかないとな。俺は理をからかう言葉を一度飲み込み声の主の方へと顔を向けた。


 ちょうど瞬きをして視界が真っ暗になった瞬間だった。


「おは」


 挨拶を言いかけながらゆっくりとまぶたを押し上げる。

 視界に飛び込んできたのは高校の真新しそうな制服。

 少し長めの綺麗な髪。

 そして俺の顔を覗き込むようにして花が咲いたような満面の笑みを浮かべる見慣れた顔だった。俺の全身の血が瞬時に凍りつき、足元から急速に温度が奪われていく。


 おはようの続きを言い切ることはできなかった。


 心臓が肋骨を裏側からハンマーで殴りつけるような暴力的な鼓動を打ち始めた。

 目の前に立っていたのは昨夜あの暗い豪邸の冷たい鉄格子に頭部を深く突き刺され生気を失った土気色(つちけいろ)の顔で俺の足の間に転がってきたはずの幼馴染。

 絶対に死んだはずの結花が、当たり前のように息をして俺の目の前で微笑んでいたのだ。

ようやくあらすじまで追いついた。

寄り道しすぎたよ。

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