第四話「心なき敵、胸弾ける覚悟 第四回」
【〇〇四 〇四 お湯事情】
星間輸送船は長い航海を想定しているため、厨房や風呂などの施設は充実していることが多く、『ローズリンク』もその例外ではない。
高性能な循環装置のおかげで、船内の生活用水は常に最高レベルの品質になっており、使用制限も特にない。
しかしながら取り組み員たちは自主的に節水を心がけており、資源節約は宇宙船乗りの美徳のひとつともなっている。
【第四話 心なき敵、胸弾ける覚悟 第四回】
目を開いた時、一瞬ここがどこかわからなかった。だが、すぐに思い出す。ICOたちのこと、『オートランダー』のこと。
結構しっかり寝た感覚がある。疲労感も消え、頭もすっきりしている。
船内用端末で船内時間を確認する。どうやら今は早朝、ということになっているようだ。
起き出して立ち上がり、体を伸ばす。
「しまった」
ふと喉の渇きを感じる。なにか飲み物をもらってきておけばよかった。
食堂にいけば置いてあるか。そう思い、起きてすぐだが食堂へ向かうことにする。船内用携帯端末を取ると、メッセージが来ていることに気がつく。
「リリアム?」
メッセージはリリアムからだった。
『大尉、お休み中でしたら失礼します。お届けしたいものがあるので、起きたら連絡ください』
時間は早朝。返信して寝ているリリアムを起こすのは悪いと思い、返信はしなかった。携帯端末をズボンにしまい、俺は部屋を出る。
食堂に向かうまでの間、一匹のお使いロボットとすれ違う。船は二四時間操業だもんな。
食堂の扉を開けると、左手奥側に冷蔵庫と棚があることに気がついた。黙ってもらっていいのかもしれないが、もしミオさんがいたらひと声かけるのがいいと思い、リリアムが出入りしていた場所から厨房をのぞく。
「あ、大尉さん」
「あ、おはようございます」
ミオさんが起きていた。司厨長の朝は早い。
「よく眠れましたか?」
「おかげさまで。飲み物をもらいに来たんですけど、そこからもらっていいですか?」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
なにか仕込みをしている様子だったので長話は野暮だ。俺は引き返し、冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出し、その場で飲む。
「うめぇ……」
喉が渇いていたせいもあってか、水は染み入るように美味かった。
すると厨房からミオさんが顔をのぞかせる。
「もしかして朝ご飯ですか?」
「いや、ただ早く起きただけで。農業シリンダーじゃ早起きしていたから、体がそうなってて」
「そうでしたか。朝ご飯まではもう少しかかるので、お待ちください。あ、この時間なら……」
「うん?」
「浴場が使えますよ。戦闘員用の浴場はICOの方々が使っているのですが、この時間ならみんな寝ていると思うので」
「風呂か……」
いいかもしれない。
「お風呂を終える頃には朝ご飯もできると思いますので」
「その案いただきで。入ってきます」
「はい、ごゆっくり」
ミオさんの提案を受け入れ、水のボトルを返却口に置くと俺は部屋へと戻る。
そして、着替えを持って浴場へと向かった。
ミオさんは戦闘員用の浴場と言っていたので、その他のクルーとは分けられているのかもしれない。リリアムはそっちの浴場は案内してくれなかったところを見ると、俺も戦闘員ということか。
「まぁ、戦闘員だな」
当然のことを言いながら浴場にたどり着く。
「一応……」
静かに扉を開け、慎重に中を覗く。脱衣場は銭湯のようにそれなりの広さがあった。服を入れておくカゴがあり、誰も使っている形跡はない。
「よし、大丈夫か」
もしアイリスたちが使っていたら大事故になる。そして、それはまぬがれた。
さっさと入ってしまおうと服を脱ぎ、備え付けのタオルを持って浴室の中へと入る。浴室は広く、湯船も大きくお湯もしっかりとある。そして中は全体的に薄暗く、落ち着く雰囲気になっていた。
「こりゃすごいな」
星間輸送船にしては豪華な設備だと感心しつつ、まずは体と頭を洗う。熱いお湯が心地よい。さっと汗を流して出る予定だったが、こんなしっかりした湯船を見ては後に退けない。
「ふぃー」
熱い湯船に浸かると体がほぐされていく。
ここが宇宙輸送船の中だということを忘れるくらいだった。
湯船の縁によりかかり、肩までお湯に浸かる。少し長湯するのもいいかもしれない、そう思った時だった。
ガタっと、扉の開く音がした。
「っ!?」
思わず扉の方を見る。すると、ひたひたと足音が聞こえ、湯煙で覆われたシルエットが見える。
「だ、だれだ!?」
「え?」
思わずそう問うと、驚く声が聞こえた。
「あら、もしかして大尉ですか?」
「リリアム!?」
入ってきたのはリリアムらしかった。湯煙の中にぼんやりと肌色のシルエットが見える。思わず背を向ける。
「おまっ、なんで入ってきた!?」
「なんでって、この時間なら誰もいないかなと思いまして。大尉、入っていらしたんですね」
ひたひたと足音がして、椅子を引く音、そしてシャワーの音が聞こえる。
「おいっ、なにを平然としてる!?」
「ここ、薄暗いですし、近づかなければよく見えませんわ。それに、見られて困るようなものでもありませんし」
「そういう問題か!?」
今出ていこうとするとリリアムのとなりを通ることになる。じっとしているしかない。
「大尉、よく眠れましたか?」
リリアムは落ち着いている。こうなると、ひとり舞い上がっているのがおかしく思えてくる。俺も平常運転をするしかない。
「おかげさまでね」
「それはよかったです」
「リリアムは早起きだな。いや、まさか寝てないのか?」
「ご安心を、ちゃんと寝ていますわ。早起きは習慣なんです。事務作業とか、そういうものは早起きして片付けるようにしていまして」
「そうだったのか。すまないな、リリアムの時間に割り込んで」
「いえ――ふふふ」
リリアムのかすかな笑いが聞こえたような?
シャワーの音が止まると、またひたひたと足音がする。すると、すぐうしろの気配を感じる。
「おいリリアム――」
「おとなり失礼しますわ」
「っ!?」
くっつくほどではないが、ひとりぶんほどを開けたとなりにリリアムが入ってくる。本当に裸なのか、バスタオルでも巻いているのか、それはわからないが、確認するわけにもいかない。
「おまえ――」
「お風呂の時間割を決めておかなったわたしにも落ち度はありますわ」
「だからってな」
「いいではありませんか」
お湯に浸かるリリアムが腕をお湯から持ち上げる。水音に思わず視線が行ってしまい、リリアムの細い腕が目に入る。慌てて視線をそらす。
「わたし、少し不安がありました」
「不安?」
「せっかくこの世界に生まれ、なんの役に立つ機会もなかったらどうしようかと」
「それは……」
「あ、アルヴァトラとの戦いになってよかった、という意味ではありませんわ。当然、わたしのような兵器が活躍するようなことはあまり好ましい事態とは言えません。ですが、わたしたちの存在がアルヴァトラの、なにか、危機回避的な抑止力にでもなればいいと思っていたのですが、ICOは性質上、アルヴァトラに存在を知られるわけにもいかず、でして」
リリアムの胸中は複雑なようだった。だが、わからなくもない。
「俺も軍で訓練生だった頃、同じようなことを思ったな」
「大尉もですか?」
「あぁ。訓練をしていて、いつか戦場で活躍してやる、敵を倒しまくってやるんだと息巻いていたが、考えてみりゃそういう事態にならない方がいいに決まってる。じゃあ自分たちはなんのためにいるのか? それは自分たちがいるんだっていうことを示して、抑止力にすることだって知ったのはしばらくしてからだった。だけどな、現場ってのはあった。大規模な戦争はなくなったが、小さい紛争はあちこちで起こってる。俺たちの役目はそこにいって秩序を作ることだった」
「大尉は訓練を終えてすぐに戦線に出られたのですか?」
「そうだな。訓練課程を終えたらそのまま戦場だったな。その時は……俺も幼かった。嬉しかったんだ。このクソみたいな訓練が終わって、ようやく敵を倒せる、ってな。けど、前線に出て一日もしないでその意識は変わった。撃ち込まれる砲弾の音、飛び交うドローンの音、なにもかもが怖くて、震えた。その日も次の日も、ほとんど寝られなかったよ。正義の気持ちより、恐怖が先に立って、自分の弱さを痛感したよ」
あの音は今でも覚えている。たぶん、忘れることはできない。
「わたしは……まだ『オートランダー』の実戦は経験していません。乗っているこの船を襲撃されたことはありましたが、もっと直接的な危険はまだ感じたことがありません。でも、そう遠くなく体験することになります。」
「……そうだな」
「きっとわたしは怖いと思います。大尉と同じように、自分の弱さを思い知るかもしれません。ですが、恐怖を克服する教育や訓練を受けています。アイリスやカーミルがきちんと任務をこなせたように、わたしもこなせると考えています」
ICOに共通して言えることは、その冷静さだった。乗っている船が襲撃されることだって、恐怖はある。リリアムはそれを客観的に、冷静に受け止めている。
「俺もリリアムはできると思う。そこにはなんの疑いもない」
「光栄ですわ」
「でもなリリアム、恐怖ってのは案外大事なんだ。特に、生き残る上で危険を感じるのは大事だ。だからもし、戦場で恐怖を感じたら、その直感は大事にするといい。もし俺が恐怖を感じなくてリリアムが感じるようなことがあったら、それは隠さずに伝えて欲しい」
視線を感じる。ふと横を見ると、リリアムがこちらを見ていた。少し驚いた顔をしている。
「ど、どうした?」
「い、いえ。わたしは訓練では操縦士の指示に従うようにと常に言われていました。ICOは現状分析を得意とはしますが、直感的なものが果たして機能するのかどうか。そこは経験豊富な大尉の方が優れているのではないかと思いますわ」
「そんなことはない。俺だって見落とすことはある。気づかない、麻痺してる、そんな可能性もある。そういう時は、仲間のフォローが役立つんだ」
「仲間……ふふふ」
「な、なんだよ……」
「そう言ってもらえて、嬉しいですわ」
リリアムが俺に距離を詰める。お湯の下にはリリアムの体――肌色が見えた。
「おい近づくな」
「そんなこと言わないでください。大尉にICOをよく知ってもらういい機会ですわ」
「こんな知り方じゃなくてもいいだろうが」
「わたしって、自分で言ってしまいますが、魅力的なスタイルをしていると思っているのですが、大尉の目にはどう見えますか?」
と、お湯の中に入れてある腕にリリアムの指が触れる。
体の距離は近い。視線が勝手にリリアムに向く。髪はお湯に浸からないようにまとめ上げられていて、白い肌の肩が見える。そしてお湯の中のリリアムの体はうっすらと肌色が見えていて――。
「おっ――」
「お?」
「覚えてろよーっ!」
「あ、大尉っ、なにも逃げなくても――」
俺はよくわからない捨て台詞を吐きながら湯船から飛び出し、一目散に脱衣場まで逃げ出した。そして置いてあるバスタオルで急ぎ体を拭き、過去最高速度で服を着ると浴場から逃げ出した。
「なんてやつだ……リリアム……」
リリアムがもし色仕掛けをする暗殺者なら、俺はたぶん殺されていた。
「さっさと朝飯食って部屋に戻ろう……」
俺は自分を落ち着かせつつ、食堂へと向かった。思ったより長風呂をしてしまったので、ミオさんの朝飯ももうできているだろう、そう思った。




