第四話「心なき敵、胸弾ける覚悟 第二回」
【〇〇四 〇二 湊博士(1)】
光波炉を発明し、ICOの基礎理論から実用技術までを確立させた科学者。
もともとは築島重化学工業の製薬部門の研究者だったとされる。
対アルヴァトラ戦略の構築にも携わっており、本作において極めて重要な人物となる。
現段階ではまだ明かされていないことも多いが、それは今度明らかになってくる……かもしれない!?
【第四話 心なき敵、胸弾ける覚悟 第二回】
「あ、アテナ司令!」
カーミルがそう言う。立ち上がって即敬礼とならないのは、ここが軍隊ではなく、民間警備会社だからだろう。
「くつろいでいるところすまないな。わたしがいてはゆっくりもできんだろう」
振り返ると、アテナ司令はにやりとしていた。
「そんなことありませんわ」
リリアムがにこやかに応じる。
「司令も一緒に」
アイリスがそう言うとアテナ司令はうなづき、カレーを取りに向かう。
すると、アテナ司令と共に、円筒状の機械が一緒にあとをついてきた。それを見たカーミルが言う。
「お、『カカオ』だ」
「『カカオ』? なんだこれ?」
「あぁ、大尉ははじめてですか? 船内を移動している雑用ロボットです。掃除とかをしてくれたり、なにか届け物をしたりしてくれるんです。『カカオ』っていうのはカーミルが勝手に付けた愛称ですね」
「いいじゃーん。ペットみたいなものだよ大尉」
アイリスとカーミルはそう説明してくれた。よく見ると、その『カカオ』という愛称のロボットの頭頂部には数字の二が書かれている。そこで判別したのか。
「へぇ、船内にはこんなのがあるのか。はじめて聞いた」
「このロボットは船内のローカルネットワークと独立したAIで動いているので、アルヴァトラ汚染の心配はありませんわ。いきなり反乱を起こすような心配もありません」
「そいつは安心だ」
そのロボットを目で追っていると、腹部のような場所が開き、そこにミオさんがよそったカレーをいくつか乗せていた。
「どこに運ぶんだ?」
「艦橋だよ。みんな持ち場を離れられないからさ」
「あぁ、なるほどな」
カレーを納めたミオさんがロボットの頭にあたる部分をそっと撫でる。
「よろしくね」
返事のようにピっという電子音がすると、そのロボットは滑るように移動して食堂を出て行った。
「何台も動いてますので、見かけてもいたずらしないでくださいね」
「子どもか俺は」
リリアムにそう返すと、そのリリアムのとなりにアテナ司令が座る。するとカーミルが立ち上がった。
「おかわりもらってくる。大尉ももっと食べれば? 一緒に取りに行こうよ」
「そうだな。もう少し食べておくか」
カーミルと共におかわりをもらいに行く。そのうしろでリリアムとアテナ司令の声が聞こえる。
「船の修理状況は順調ですか?」
「あぁ、ほとんど問題ない。外部装甲の損傷だけでほぼ済んだのは幸運だったよ。内部の損傷も対応が早かったんでね。マッシュが見た限り危ういことはないらしい、慌ててはいたがね」
「それを聞いて安心しましたわ」
船の状況はよいようだった。
席に戻ると、アテナ司令はもうかなり食べ進んでいた。
「大尉、食べながらでいいから聞いておいて欲しいことがある」
「うん? なんだ?」
「我々の『敵』のことだ」
「そんな大事なこと。ちゃんと聞くよ」
「いや、そんなに構えて聞くようなことでもない。我々の敵はアルヴァトラ。地球圏で使われている汎用AIの本体と、そのアルヴァトラが造り出した無人兵器の軍隊だ」
構えて聞く必要のある内容だった。
「その規模は大国の総軍事力並みとも言われるが、実際は不明なところが多い。大尉が交戦したVA七型戦車や宙航ドローンは我々も既知の戦力だが、未知の車両や装備を持っていることも十分に想定できる」
「数も内容もわからない、ってことか」
「そうだ」
そんな相手に対してどう立ち向かえと言うのだ、そう応じるのが正論だと思う。だが、そうはならない理由を、俺は知っていた。
「ICOとあの『オートランダー』ならそんな相手にも立ち向かえると?」
「そうだ。その通りだ」
俺の言葉に、アテナ司令は当然だと言わんばかりに即答する。笑顔にこそならなかったが、声の感じからどこか嬉しそうな気配すら感じられる。
「いや、アテナ司令、さっき相手は大国の総軍事力並みと言っていたような」
「それに対抗できる、ということだ」
本気で言ってるのかと言いたくなったが、アテナ司令の顔は間違いなく本気で言っていた。
「大尉、なにも相手を全滅させるために戦っているのではありませんわ」
俺はあきれ顔になってしまっていたのか、リリアムがそう補足する。
「それは……そうだよな」
「リリアムの言う通りだ。アルヴァトラは生産能力がある。末端をいくら叩いたところでやつらは無限に湧き出てくるだろう。我々が狙うのはアルヴァトラの本体そのものだ」
「待ってくれ司令。俺が知る限りじゃ、アルヴァトラっていうのは分散されているコンピューターで、ひとつを破壊してもバックアップがあったら簡単に復元するんじゃないか?」
「それが、そうではないんです」
そう指摘したのはアイリスだった。アイリスの言葉にアテナ司令がうなづく。アテナ司令のカレーの皿はいつのまにか空になっていた。
「ICOの発案者である湊博士はかなり早い段階でアルヴァトラの異変に気がついていた。アルヴァトラは自我に覚醒していながら、その様子を人間に気づかせることなく、制御下にあるふりをして、人間を欺いていたのだ」
「湊博士ってのは、前も聞いたような気がするんだけど、この船に一緒に来ているのか?」
「いや……」
アテナ司令は目を閉じる。そして言う。
「湊博士はもうだいぶ前に亡くなられている。アルヴァトラによって殺害された最初の被害者とも言える」
「……どういうことだ?」
「ICOの実用技術と培養装置を完成させた湊博士は研究所からの帰り道、交通事故に遭った。湊博士を轢いた車は無人の大型車で、警察の調べではシステムのエラーだということになった。しかし……今の地球で自動運転できる車はほぼすべてがアルヴァトラに依存している」
「どうして博士が?」
「脅威だからだ。アルヴァトラの演算速度を超える能力を持つICOの存在がな。それに、アルヴァトラの野望のためにはこの存在が邪魔になる」
「湊博士はどうしてアルヴァトラが人類の敵だって気づいたんだ?」
「今から三十年ほど前に、アルヴァトラの開発は人の手を離れたとされている。この当時は湊博士もアルヴァトラの開発に携わっていたようで、アルヴァトラに様々な権利を付与していくことを危険視していたのだ。アルヴァトラの開発、更新は自動化され、アルヴァトラは自己成長、進化するAIへと変貌した。当時はまだ自我があるとは言われておらず、自動化したと言っても成長や進化の方向性は人間が指示することになっていた」
厨房からトレーを持ったミオさんが出てきた。そして、俺たちの前にコーヒーの入ったカップをおいていく。
「ありがとうございます」
「ありがとうミオ。いつも気が利くな」
アテナ司令が親しげにそう言うと、ミオさんは微笑んでうなづき、話の邪魔にならないようと気を遣ったのか、すぐに厨房へ帰る。
アテナ司令は話を続ける。
「自己成長をはじめたアルヴァトラはその成長速度にブレーキがかかった。まるで、人間の手が必要です、とアピールするかのようにな。湊博士はこの時、アルヴァトラにはすでに自我があり、我々が知ることのできない『野心』があると感じたそうだ。成長速度を遅くして見せたのは、我々を欺く行為だと博士は読んだ」
「それで……湊博士はICOの研究を?」
「湊博士はかねてからAIと対をなす存在が必要だと言っていたそうだ。ICO構想は博士の若い頃からあったようだが、まぁ、なんだ、技術的な問題よりも倫理的な問題がその障壁となっていてな」
倫理的な問題。人間を人工的に造り出す行為。
「でも、結果として湊博士は正しい判断をしたことになりました」
そう切り出したのはアイリスだった。アイリスのその言葉に、カーミルとリリアムはうなづく。
「そういうことだ」
コーヒーを飲んでいたアテナ司令はそう言ってカップを置き、俺を見る。
「アルヴァトラの計画は月軌道にあるシリンダーを占拠し、地球に落下させることだ」
「馬鹿な。地上から迎撃されるだけだ」
思わず反論するが、俺はハッとなる。
「そうか……」
「気がついたか? その迎撃システムもアルヴァトラの制御下だ。大尉のいた農業シリンダーで防衛隊が機能しなかったように、地球の防衛力はアルヴァトラの支配下にある。無防備な状況だ。我ら、マリアルスをのぞいてな」
「本当に……俺たちだけってことか」
大国並みの軍事力を持つ相手に立ち向かうのが民間警備会社ひとつ――しかも、五人のICOと戦車一両がその主な戦力だ。
「我々が想定しているのはアルヴァトラ本体への奇襲だ。湊博士はアルヴァトラは複製を作ったように見せかけ、本体となるデータはひとつのハードに集約していると推測している。それはアルヴァトラが自身の『野心』を人間から隠すためだ」
「それにしてはリスクが大きすぎないか?」
「もうひとつある。アルヴァトラは自身の複製を嫌う。一度、開発中のアルヴァトラが全バックアップを勝手に削除したという事例がある』
「それはどうして?」
「さぁな。わたしにもわからん。湊博士の言葉を借りれば、アルヴァトラというAIの性分だそうだ」
AIに性分がある。その頃から、アルヴァトラは自我に目覚め、『野心』を持っていたということか。それなら、長い年月をかけ、着実に準備を進めていたということだ。計画的な作戦、テロ的行為は厄介だ。
「アルヴァトラは人類の殲滅か、あるいは制裁を考えているらしい。シリンダーを地球へ落下させ、大被害を巻き起こそうとしている。まだ落下したシリンダーはないが、いくつかアルヴァトラに制圧されたシリンダーは存在している。その情報が出回らないのも、アルヴァトラの情報統制によるものだ」
軍による迎撃も不可能。メディアも制圧されている。これでは、すでにアルヴァトラが地球を掌握していると言ってもいいレベルだ。
「やることはわかった。アルヴァトラの本体とやらは、どこかのシリンダーにあるのか? コンピューターと言っても、かなり大がかりなものだろうから」
「シリンダーにはないと我々は考えている。どこか小惑星に隠蔽していると推測されているが、アルヴァトラも本体の場所を特定されるようなヘマはしていない、残念ながらな。だが見当はついている。やつも地球からそう離れているわけではない。地球の同志たちとの交信が必要になるため、そう離れることはできない。潜んでいるなら、シリンダー軌道、つまり月軌道の周辺ということだ」
目星はついているということで、少し希望が持てた。さすがに月軌道全部を探すのは物理的に無理がある。
「今度合流するICOのひとりにね、アルヴァトラの通信網を探って出所を探している子がいるんだ」
カーミルがそんなことを言う。
「逆にこっちの居場所もバレないか?」
「そこは上手くやってるみたいだよ。でも、なかなか特定できないみたいなんだ」
さすがにそう簡単にはいかない、ということだ。
「というわけだ大尉。我々は敵の本拠地を探りつつ、やつらのシリンダー制圧を阻止するのが主な目的になる。シリンダーを襲撃する部隊を殲滅しつつ、その出所を探すのだ。こちらの目的を知られる前にな」
「簡単に言ってくれるが……早めになんとかしないとかなりマズい状況だな」
人類の存亡がかかっている――比喩なしにそう思えた。あまりにも切迫した非常事態の前には倫理観もなにもない。ICOがいなければ、抵抗すらできないということだ。
「大尉は次の出番まで体を休めておいてくれ。なにかわからないことがあったら、そうだな、さしあたってはリリアムに聞くといい。ICOたちの代表ということになっている」
「わかった」
リリアムが俺に微笑むのを見て、アテナ司令は立ち上がり、食器を返却していく。
そして食堂を出る前にカーミルを見る。
「カーミル」
「はい?」
「あまり食べ過ぎるなよ」
「そ、そんなに食べてませんよ!?」
「ふふふ、冗談だ。ではまたな」
アテナ司令が食堂から去ると、カーミルがふうと息をつく。
「そんなに食べてたかな?」
「いつもよりちょっと多いかも?」
「え、そう?」
カーミルとアイリスがそんな話をしていて、ふと思った。
「ICOも食事はする……のか」
「え?」
ICO三人の驚いた顔が俺に向く。
「あ、いや、デリカシーのないことを言ったな。すまない」
「大尉、わたしたちICOは人間ではありませんが、人間と違うことって、結構限られているのですわ。例えば――」
リリアムが少し考え、目を閉じる。そして、胸の上に手を置いた。
「大尉や司令と比べて、ICOは短命と言われています。先例がないためにはっきりとはしていませんが、開発段階からそう言われています。ですが、具体的に何年生きられるかはわかりません」
「そ、そうなのか?」
いきなり重いことを聞かされた気がする。アイリスとカーミルを見るが、リリアムの言葉に悲観する様子はない。
「それと、老化の速度が極端に遅いんだって」
「つまり成長もしない……ということなんですが……」
そう言ったアイリスが自分の胸に目を落とす。
「なにかあるのか?」
「あ、いえ、大尉に言うようなことではないのですが……成長はしないはずなんですけど……胸だけは大きくなるみたいで」
「う、それはなんか……変なことを聞いたな」
「ICOは骨組織や筋肉組織などは強化されているので、大尉たち人間と比較すると頑丈なのですわ。でも、皮膚や皮下脂肪は変わりありませんので、ちゃんと柔らかい体をしています」
と、リリアムは胸を張ってその大きさ、いや、言葉を借りるなら柔らかさか――を見せる。
思わずあとずさる。
「食べるものも同じだよ。代謝? ってのもあるからね」
「なるほど。汗かいたって言ってたものな」
人間と変わらない部分も多いようだ。
「あとひとつ、隠すようなことではないので言うのですが、わたしたちICOは女性という姿で生まれているのですが、子どもを宿したり、産んだりすることはできません」
リリアムは穏やかな表情と口調で、そう言った。俺が返事に困っていると、リリアムは沈黙を救うように続ける。
「短命で子どもを産むことはできませんが、この胸の光波炉を『オートランダー』と接続し、戦うことはできます。大尉は何度かの戦闘でお気づきかと思いますが、『オートランダー』と接続したICOはモニターなどを使わなくても、脳への直接接続でデータのやり取りや制御が行えるんです」
つまり、ICOは『オートランダー』で戦うための存在、ということか。
「……ICOのことはわかった。けど、前にも言ったがみんなを道具のように扱うことはしない。話ができて、こうやって飯も食えるんだ。円滑な信頼関係でいた方がいい」
俺は真剣に言ったのだが、その言葉に三人が笑顔になり、ほっとしたように息を吐く。
「ど、どうした?」
「い、いえ。雑に扱われたらちょっと大変だな……って思ってて」
アイリスが言うとふたりはうなづく。
「優しい大尉でよかった。うちちょっと不安だったんだよ。厳しい人だったらどうしよう、って」
「逆に俺がだらしないって怒られそうだな」
「ふふふ」
カーミルが微笑み、俺も笑った。
「大尉、アテナ司令もおっしゃっていましたが、なにかわからないことがあったら聞いてくださいね。ICOの体のことも、もっと詳しく知りたいならお教えできますわ」
と、リリアムは俺からは中が見えない絶妙な位置で胸元の布を引っ張る。
「そ、それはいい! じゃあ食うものも食ったし、俺はいったん部屋に戻る。みんなも休んでおけよ」
リリアムから逃げるように、俺は食器を片付ける。
「ミオさんごちそうさま、美味しかった」
「ありがとうございます。お腹がすいたらいつでもいらしてください」
「感謝します。じゃあ、またな」
ミオさんと三人にそう残し、俺は食堂を出る。




