第四話「心なき敵、胸弾ける覚悟 第一回」
【〇〇四 〇一 司厨長】
船の調理を行う乗組員。
しかしその業務は調理だけでなく、船員の健康を考えたメニュー作り、飽きの来ないものを限られた食材で作り出すなど、プロフェッショナルな実力が要求される。
また、食糧という重要物資の管理も担当しており、もしこの司厨長になにかあれば航海はそこで終了になってしまうくらいに重要なポジションである。
【第四話 心なき敵、胸弾ける覚悟 第一回】
カーミルとの出撃を終え、更衣室に戻り搭乗スーツを脱ぐ。あまり重みを感じていたわけではなかったが、脱ぐと体が軽くなった。
「さすがに疲れてはいるが……」
疲労感よりも今強く感じているもの、それは空腹感だった。
「そういや休憩にするとか言ってたな」
リリアムがそう言っていた。もしかしたら、食堂にいけばなにかにありつけるかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。
「たしかお菓子も常備してるとかってのも聞いたな……。行ってみるか」
そうと決まったが、搭乗スーツのチェックをする。損傷箇所はないかを確認し、部屋にある報告端末に確認済みのチェックを入れる。それを終え、部屋を出る。そしてそのまま食堂の方へと向かう。
廊下を進むと、気のせいかいい香りがする。食欲をそそりつつ、どこか懐かしさを感じさせる香りだ。
少々情けなくはあったが、その香りに抵抗することができず、足取りが速くなる。食堂の前につき、恐る恐る扉を開く。中は広く、十五人程度が同時に座れるくらいの椅子とテーブルがあった。そして、そこにはアイリスとリリアムの姿があった。
「あら、大尉」
「今呼びに行こうって、リリアムと話してるところでした。お腹空きましたよね」
ふたりにそう微笑みかけられ、少し気恥ずかしかった。図星を突かれたからだ。
「ま、まぁそんなところだな。カーミルは一緒じゃないのか?」
「シャワーを浴びてくるそうです。戦闘で汗かいたらしくて」
ふと、俺もそうすればよかったと後悔した。年頃の女子たちのいる空間だ、もっと気を遣うべきだった。
すると、リリアムがふふっと笑う。
「大尉はそう気を遣わなくて大丈夫ですわ」
リリアムは俺の考えていたことを見透かした様子だった。
「わたしたちも、気にはしません」
リリアムがそう言う傍ら、アイリスは首を傾げていた。
「なにが? リリアム?」
「働く人は尊重すべし、という話ですわ、アイリス」
「なんのことだろう?」
「ふふふ。あぁ、大尉、せっかくなので司厨長を紹介しますわ。いい香りでしょう? 大尉最初の食事だからと、司厨長が腕を振るってくれていますわ」
「あ、あぁ。忙しくないのか?」
「今は煮込んでいるだけのようです。――司厨長、ミオさーん」
リリアムはそう言いながら厨房の方へと入って行った。その隙に、アイリスにこっそりと聞く。
「アイリス」
「なんですか?」
「軍の炊事班長ってだいたい怖い人だったんだ。ここの司厨長も、やっぱり怖い人か?」
「え?」
アイリスは質問に驚いたようだった。一瞬目を丸くしたが、すぐに笑う。
「大尉でもそういうの気にされるんですか?」
「ま、まぁ一応は」
「なるほど。そうですね、ミオ司厨長は……すごい人です。なにせ、この船のクルーの食事をひとりで作るんですから」
アイリスのその言葉に、やはり屈強な人をイメージしてしまう。そして、たぶんベテランなのだろうと。
そうこうしているとリリアムが厨房から出てくる。
「最後の仕上げをしてから来るそうですわ」
「忙しければあとでもいいんだぞ」
「いえ、ミオさんも早く会いたいと」
リリアムが厨房への入り口の方を見ていると、そこからひとりの人影が姿を現した。
「お待たせしました」
おっとりとして聞き取りやすい声は柔らかく、この部屋に満ちる料理の香りと相まって包容力が感じられた。
ミオ司厨長――自分は強面の屈強な人物を想像していたのだが、そんな俺の前に姿を現したのは……なぜかメイド服を着ている女性だった。
「はじめまして。カスガ=ミオと申します。どうぞよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ……」
髪の長い、楚々とした女性だった。リリアムよりも年上に見えるが、老けて見えるというわけではない。アテナ司令もそうだが、年齢ははっきりとしないが、はっきりと『年上』ということがわかる雰囲気だった。
「大尉さんは農業シリンダーに暮らしていたとうかがっているので、料理には気を遣ってしまいます」
ミオさんは手に持ったお玉をいじりながらそう言う。
「どうしてですか?」
「農業シリンダーの人たちはみなさん、いつも新鮮な野菜を食べているので、保存食では食味が落ちてしまうのではないかと」
言うミオさんは真剣に困惑しているようだった。
「あ、あぁ……大丈夫です。俺はなんでも食べます」
そんなことを言ってしまい、これでは失礼かと思った。
「あ、いや、そうじゃなくて、いい香りがしていますし、保存食でも料理次第でうまいものは作れるっていいますし、この香りならいいものが食えるって気がします」
取り繕うように言ってしまうと、それを聞いていたリリアムがくすりと笑う。しかしミオさんはパッと顔をほころばせてくれた。
「そう仰っていただけると嬉しいです」
長いスカートに白いエプロン、頭のカチューシャまでどうみてもメイド姿なのだが、ミオさんの丁寧な言葉の中には料理にかける熱意が感じられた。
「大尉さんはなにかお嫌いなものはありますか?」
「いえ、大丈夫です」
「それはよかったです。もしお嫌いなものがあったら、工夫が必要になりますから」
ふふふ、とミオさんは笑う。工夫が必要? どういうことだ?
するとアイリスがちょこっと顔を出す。
「ミオさん、嫌いなものでも料理法によっては食べてくれるっていつも言うんです。だから、嫌いなものがあると工夫して料理してくれて」
「な、なるほど」
それは優しいのか、厳しいのか。いや、物資が限られる船の司厨長として、それは物資を余すことなく利用するための知恵と気概だ。
「ミオ司厨長は元潜水艦の司厨長だったのですわ」
リリアムの言葉に、ミオさんは恥ずかしそうに顔を赤くする。
「もうリリアムさん、昔の話はやめて」
「いいではありませんか。潜水艦のコックさんは軍隊でも一番腕がいいって言われているようですし」
「そうではありません。歳が……バレてしまいます」
「それくらいではバレないでしょう?」
「バレます! 潜水艦が正式に稼働していた年を計算されるとそれは今から――」
と言いかけてミオさんはハッと口を手で塞ぐ。
「あぶないっ、自分で言ってしまうことでした」
ミオさんはしっかりしてそうに見えて、少し危なっかしいところもあるのかもしれない。
「では、わたしは調理に戻りますね。間もなく食べられますよ」
「ありがとうございます」
「あ、リリアムさん」
「はい?」
「わたしの年齢のことは秘密ですからね」
そう言ったミオさんの顔は笑顔だったが、ものすごい気迫があった。見ていて、思わずぞっとしてしまった。
「も、も、もちろんですわ。秘密は厳守いたします」
「お願いしますね」
ミオさんは厨房へと消えていく。リリアムはほっと胸に手を置く。
「このように、ミオさんは怒らせると恐ろしいことになるので注意が必要ですわ」
「大尉も気をつけてね」
「そ、そうする。覚えておかないとな」
そんな話をしていると食堂の扉が開き、カーミルが入ってきた。
「あれ、もう食べちゃった?」
「まだよ。もうすぐできるって」
リリアムのその返事にカーミルは安堵する。
「よかった~。来る途中にアテナ司令に会ってさ。司令も来るって」
「司令も食堂で食べるのか?」
「そうだよ」
俺が問うと、カーミルは当たり前だよという感じで返す。
「艦長たちのところへは持って行くんだけど、手が空いてる人はみんなここに来るんだ。船内の生活って景色が変わらないから、なにかの機会があったら場所を変えた方が楽しいだろうって、アテナ司令は言ってたよ」
なるほど、たしかにカーミルが言うように、アテナ司令のその考え方は正しい。
「さぁみなさん、用意ができましたよ。今日は新しい仲間をお迎えした日なので、特別なカレーです」
厨房からミオさんの声が聞こえる。カーミルがすぐに動く。
「やった! 司厨長のカレー好きなんだ! 大尉、そこのトレーに食器をのせて、自分で盛り付けるんだよ」
「わかった。これか」
カーミルのあとに、俺とアイリス、リリアムが続く。すると配膳する台の上にミオさんが大きな寸胴鍋を置いた。かなり重そうなのに、ミオさんは普通に持っていた。
それを見ていた俺に、リリアムが近づき、耳打ちする。
「ミオ司厨長、ああ見えて力があるでしょう?」
「そ、そうだな」
俺も小声になる。リリアムは続けた。
「実はミオさんはICOのプロトタイプで、築島重化学工業が作ったサイボーグじゃないかって言われてるんですわ」
「そんなまさか」
「だって、揚げ物を取り出す時に油の中に手を入れていたのを見たっていう話もありますわ」
「なんだそれ……」
一瞬、リリアムは本当のことを言っているのではないかと思ってしまった。
「大尉、どうぞ」
見ると先にご飯をよそっていたカーミルがしゃもじを手渡してくれる。
「すまない」
カーミルが大盛り気味にご飯をよそっていた。ご飯は黄色い色がついている。これは知っている、カレーに合うとされる、サフランライスだ。
「へぇ、本格的だな」
「司厨長の料理はどれも妥協のない本格派ですよ。カレーだって、スパイスから作っているそうです」
「それはすごい」
アイリスが教えてくれる。
カーミルがたっぷりとルーをかけていて、香ばしい香りがしてくる。
俺がルーをかける番になり、鍋の中を見ると、彩りのいい野菜がまず目に入る。そしてお玉ですくってみると、大きめの鶏肉がたくさん入っていた。
「これは……食べる前から美味いってのがわかるな」
思わずそう言うと、前でなにか作業をしていたミオさんがこちらを向いて微笑む。
「いただきます、ミオさん」
「たくさん食べてくださいね」
なんだろうか、この安心感。アイリスやカーミルがここが帰る場所と言っていたが、俺がそう思える日も思っていたより遠くないのかもしれない。いや、もしかしたらすでにもう……。
「大尉、こっちこっち!」
テーブルについていたカーミルが手招きする。なので、カーミルの向かいに座る。すると、カーミルのとなりにはアイリスが、俺のとなりにはリリアムが座る。
「さぁ、いただきましょう」
「いただきます」
リリアムがそういうと、アイリスとカーミルが声を合わせる。
「大尉も」
呆気にとられた俺に、リリアムが言う。
「あ、あぁ、いただき、ます」
カーミルは大きい口を開けて食べはじめる。
「んんー! 美味しい! 最高!」
そしてその美味しさを噛みしめているようだった。本当に美味しそうだ。
俺も遅れてはいられないと、スプーンを口に運ぶ。
ひと口カレーを口に入れると、そこには豊かな香りと深い味わいが広がる。今まで食べていたカレーとはなんだったのか、そう言いたくなるほど彩り豊かな味わいと香り、旨味と少しだけ刺激的な辛さがあった。
「美味い……!」
気取って食べてなんていられない。スプーンを動かす手が忙しくなる。それを見ていたアイリスが笑う。
「ふふふ、気に入ってくれたようでわたしも嬉しいです」
「これは最高だな。戦場に出ると案外簡素な食事が多いんだけど、船ならいつでもいいものが食えるってことか。こんなことなら俺も海軍に志願しておくんだった」
美味いカレーを頬張りながらそんなことを口にすると、アイリスがふと真顔になった。
「あの、大尉はどうして陸軍に?」
「うん?」
「あ、いえ、それは個人の事情ですものね。失礼しました」
「あぁ、大した理由じゃないさ。給料がよかったんだ」
「え?」
俺の言葉にアイリスとカーミル、そしてリリアムの声が重なる。
「な、なんだよ、不純な理由で驚いたか?」
「いえ、不純とは思いません」
「そ、そうです。ちゃんとした理由だと思います」
「うちもそう思う!」
三人はなにか聞いてはいけないことを聞いたように慌てる。
「うちは母親が女手ひとつだったからな。なるべく早く自立して楽させてやりたかったんだ。軍に入れば衣食住は向こう持ちだし、仕送りもできると思ったんだよ」
「それは……大尉は優しかったんですね」
アイリスがしみじみとする。
「おい、そんな感心することじゃないぞ。そんなやつは軍隊にはたくさんいた。俺が特別ってわけじゃない。普通だ、普通。どこにでもある話だ」
「でも、優しい話です」
アイリスは深々と感動しているようだった。
「あ、あのな、感心してもらっているところ悪いけど、いちいち俺に感心しなくていいからな。俺は自分で自分を、なにひとつ特別だなんて思っちゃいない。なんだか面倒なおっさんがなにかやってるぞ、くらいに思ってくれ」
「それはできません! 大尉は尊敬できる人です!」
俺の申し入れに対し、アイリスは毅然と言い放った。
「あのな、そんなこと言ってると、なにか見たり知った時に幻滅するぞ」
「しません!」
今知った、アイリスは意外と頑固だ。意志が固いとも言えるが。
「リリアムもなんとか言ってやってくれよ」
「あら、いいじゃないですか。大尉も変なことできなくなりますし」
「それが困るんだよ」
「と言うことは変なことをなさるおつもりですか?」
「ちがっ、そういうことじゃなくてだな!」
リリアムにからかわれていると、食堂の扉が開く音がする。




