↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機巧戦車大戦〜人巧人間は明日の夢をみる〜  作者: 桐生スケキヨとYOM
4/12

第三話「帰る場所を支える感情」

【〇〇三 ローズリンク】

星間輸送船、主に火星や月、地球間を航行する宇宙輸送船の総称。

軍用輸送船はテロ対策として武装が施されているが、マリアルスが所持するローズリンクは民間の輸送船なので、標準的な武装は持っていない。

居住性は快適に造られており、長時間の航海でも安心。

船体の大きさに対して乗組員が少ないのは自動化が進んでいるためであり、ポートへの着岸等がなければ基本的に自動操縦で航行することが多い。

【第三話 帰る場所を支える感情】


「無事に初陣を終えたか」


 格納庫にしゃがれた大きい声が響いた。

 全員が声の方を一斉に振り返ると、そこには白髪の大男が『オートランダー』を見上げていた。


「紹介しよう大尉。マッシュ=オランド。『オートランダー』の整備、主にハードウェアの面を担当している」


 アテナ司令がそう言うと、マッシュという白髪の大男がこちらへとやってくる。


「やぁ大尉。お会いできて光栄だ」


 マッシュはそう言うと俺に大きな右手を差し出した。俺はその手を強く握る。


「こちらこそ。この戦車のおかげで命拾いしたよ」

「がははは! 役に立ててなによりだ。しかし無茶をしてくれた。脚で蹴りを入れたんだってな」

「さすがにまずかったか?」


 俺がそう言うと、マッシュは豪快に笑う。


「いいか悪いかで言えば悪い。『オートランダー』にはエネルギーシールドもあって、素材も頑丈だが戦車を蹴ればその反動は大きい。どこかにガタが来るってなもんだ」

「それは……すまなかった」

「なに、いいんだ。単機で戦ってるんだからワシのような立場からあれはするなこれはするなというようなことは言いたくはない。自由に使ってくれていいんだ。そして壊れたところを直すのがワシの仕事ってもんだ」


 マッシュは腰回りにぶら下げている工具を、その大きい手でぽんぽんと叩いて見せた。


「『アイリスウイング』も空中装備なんていう無茶をしたせいで接続部がガタガタだ。よくこれで性能を発揮できたものだと言いたくなる」


 すると、アイリスがひょこっと顔を出す。


「おかげさまで助かりました」

「性能を引き出したのはおまえさんだよ。よく使ってくれた」

「ありがとうございます」


 アイリスが丁寧にお礼を言うと、マッシュは首を振る。


「ワシもおまえさんも仕事をしたまでのことだ。どれ、すぐ修理に取りかかろう。はじめての実戦だからな。細部までしっかり見て確認しておくとするよ」


 『オートランダー』に触れるマッシュの手は深く皺が刻み込まれている。歳にすれば五〇代か、もっと上か。どういういきさつでここにいるのかの詮索はしないが、このメカニックはかなり信頼が置けると思えた。身のこなし、工具の使い込まれた感じからして、相当の経験と実績がある。


「では大尉、ここはマッシュに任せよう。『ローズリンク』を離陸させる。ポートゲートにいったん戻り、出航の手続きがある」

「アテナ司令、これからどこに向かうんだ? 敵の本拠地はわからないんだろう?」

「あてはある。それを調べに行くのだ。すまないが大尉の私物を取りに行っている時間はない。どうしても必要なものがあるなら申請してくれ。船内の生活で必要なものはひと通り揃えてはあるが」

「もともとものは少ない方なんだ。生活ができれば十分だ」

「助かる。では……そうだな、リリアム、大尉を部屋に案内してくれ」

「わかりましたわ」


 リリアムの方を見ると、リリアムは俺に微笑む。するとその左右からアイリスとカーミルがリリアムに寄る。


「わたしも一緒に案内します!」

「うちも!」


 するとリリアムはどうしますか? というようにアテナを見る。するとアテナはふっと笑って、背中を向けて去って行った。許可する、ということなんだと思う。


「では大尉、お部屋へご案内いたしますわ」

「頼む」


 最後に格納庫を見渡しておく。戦車は『オートランダー』のみだったが、コンテナケースのようなものが五つならんでいる。それぞれに番号がペイントされていた。


「気になりますか?」


 俺の視線の先を見て、リリアムが問う。


「いや――」

「あれはICOの個人装備ですわ。先ほどは『アイリスウイング』を使いましたが、同様の特殊兵装が人数分用意されているのですわ」

「なるほど……。ICO、五人か」

「あとのふたりもすぐ合流する予定です。ふふ、賑やかなのはお嫌いですか?」

「静かな生活がそれなりに長かったんでね。でも、だからって嫌いなわけじゃない」


 俺がそう言うと、船体が揺れ動いた。どうやら離陸をはじめたらしい。


「ねぇリリアム、船内の設備を大尉に紹介した方がいいんじゃないかな」

「あ、うちもそれがいいと思う」


 アイリスの提案にカーミルが同意する。


「俺からも頼みたい。船内のことを知っておかないとなにかあった時に足手まといになるからな」

「そうですね。では船内の主要設備をご紹介いたしますわ。ベースが星間輸送船で火星の先にまで行っていたものなので、居住性と設備は充実していますし、その当時より乗組員は減っているので快適だと思いますわ」

「そんな遠くまで行ってたのか。そういや結構大きかったな」

「まずはこちらへ。先ほど大尉が戻られたハッチは後部ハッチになるので、通常は船首のハッチからの出撃が想定されています。ですが、整備設備は後部に集中していますわ」


 説明するリリアムの先にカーミルがトトトっと進み出る。


「うちも『オートランダー』をよく見に来るんだけど、チーフに危険だって言われるんだよね。大人しくしてるつもりなんだけどなぁ」


 カーミルはこちらを振り返ると不満そうに言う。チーフとはおそらくマッシュのことだろう。


「マッシュから見たらカーミルなんて孫みたいなものなんじゃないか」


 俺が言うと、カーミルは頬を膨らませる。


「えぇー、うちそんなに子どもっぽいかなぁ」


 ICOなので実年齢は不明だが、おそらく肉体的な年齢や成熟度はアイリスとそう変わらないのだと思える。精神年齢もそう離れていないとは思うのだが……カーミルには悪いがカーミルの言動はたしかに子どもっぽさがある。と言ってもそれは悪い意味ではなく、無邪気というか、屈託と表裏のなさが際立っている、という意味でだ。


「カーミルが元気だから、なにか危ないことをしないかって心配してるんじゃないかな、チーフは」


 俺が思っていて言えなかったことを、アイリスは的確に言語化してカーミルに伝えた。


「そうかなぁ。元気にしているのはいいことだって思ってるけど、それだけじゃ役には立たないし。リリアムはICOのリーダーとして訓練されてるし、アイリスは実戦から帰ってきたらなんかキリってしてるし、うちはついていけるか不安だよぉ」

「大丈夫だって。ちゃんと訓練してきたんだもの。わたしだってできたんだから、カーミルだってできるよ」

「そうそう。やってみると案外できてしまうものですわ、こういうのって。そうでしょう大尉?」


 ふと自分に話が振られる。


「あ、あぁ、そうだな。基礎がわかってりゃあとはなんとでもなるもんだな」

「うぅ~、そうかな……」


 カーミルは不安そうだった。俺ももっと気の利いたことを言ってその不安を消してやれればよかったのだが、そんなにうまい言葉はすぐに出てこなかった。

 新兵には、はじめて戦地に来るやつにはいろいろなタイプがいる。自信のあるやつ、ないやつ。カーミルは後者のタイプなのかもしれない。しかし、自信があろうがなかろうが、実際に敵を前にすればその時に必死になるだけなので、あまり関係がない。


「格納庫の中央に上へあがる階段があります。船尾と船首にもありますが、居住区に近いのは中央階段で、船尾は艦橋に近い階段になりますわ」


 リリアムが案内をしてくれる。『ローズリンク』の中は整っていて、新造船と思えるほどの真新しさがあった。


「何人くらいが乗ってるんだ?」

「乗組員は大尉も入れて現在六三名です」

「意外と少ないんだな」

「オート化されているというのもありますが、マリアルスの都合でこの人数になっていましてよ」


 登り階段はそう広いものではなく、すれ違いはできなそうだった。それを登るとがらんとした通路に出る。

 手前の扉の前でリリアムたちが足を止める。


「ここが更衣室ですわ。次から『オートランダー』に乗る時、大尉にも専用スーツを着てもらいます」

「そんなのがあったのか」

「生命維持装置や衝撃耐性の他にも、インターフェース機能もあるものなので操作性も向上しますわ。――と言いますか、よくこのスーツなしであんな戦闘ができたのだと、わたしは驚きました。『アイリスウイング』を使った時はスラスターの衝撃で体に異常が出るのではと内心思っていましたわ」

「……そういうのは先に言ってくれたらよかったが、知らなくてよかったのかもな」


 ICOも完璧ではないらしい。いや、完璧ではないからこそ言わなかったのか。


「こちらがわたしたちの更衣室です。ICOは専用の冷却スーツを着用することになってますわ」

「それはアイリスから聞いた」

「今回の出撃はなかったので、アイリスが現場対応ということで服を脱いでいたようですが……ふふふ、それで大丈夫だったので、今後はみんなで脱いで乗ることにしましょうか?」

「えぇっ!?」

「リリアム本気!?」


 リリアムの冗談――だと思う発言を、アイリスとカーミルは真に受けて驚く。


「たしかに大丈夫だったけど……でもちょっと大変かもしれない……」

「そうなの? うちも可愛い下着用意しないといけないじゃん」

「おいおい、リリアムの冗談だろう? いい装備があるならそれを使うものだぞ」


 俺がそう言うと、ふたりはハッとする。


「ふふふ」

「もうーっ! リリアム!」


 カーミルが拗ねて見せると、リリアムは楽しそうに微笑む。


「さ、次の場所を案内しますわ」

「ちょっとリリアムーっ!」


 早足で移動するリリアムをカーミルが追いかける。


「ふふふ」


 それを見ていたアイリスが笑う。


「どうした?」

「ここ、思ったよりうるさくて驚いたんじゃないですか?」

「それは……」


 アイリスに言われて気がついた。たしかに、ここは俺が今までいたどんな場所よりも『にぎやか』かもしれない。だが、それはうるさいということではない。うるさくはないが、むしろ――。


「まぶしい」

「え?」


 そんな言葉が自然と口から出た。


「あ、いや、変な意味じゃない。なんだか、俺にはまぶしく思える」

「まぶしい、ですか?」

「戦地じゃ仲間たちとよく馬鹿な話で盛り上がることはあったが、あれは今思うと危険を感じてやけくそだったのかもしれない。けど、ここはなんだか、そういう感じとは違う」


 アイリスは首を傾げる。


「あ、緊張感がないとかそういう悪い意味じゃない。なんというか、ここは、おまえたちは、明るいんだ」

「それは……それはそうかもしれません。わたしたち、みんなで話し合ったんです。ここに来る前に、明るく楽しくいよう、って。戦いに行くのに、ちょっと不釣り合いかもしれませんが、そうしようって決めたんです。大尉から見たら、おかしいことですか?」


 言うアイリスは前を行くカーミルとリリアムの背中を見ていた。その眼差しはともに命を預け合う仲間を見る眼差しだった。だから、アイリスの言葉は決意、覚悟だった。


「いや、おかしくはない。どんなことでもそうすると決めたなら、それは覚悟だ。覚悟に、おかしいもなにもない」

「ありがとうございます。大尉にそう言われると、ちょっと自信が持てます」

「俺はそんなたいそうな人物じゃないよ」


 気がつくと、俺は苦い笑みを浮かべていた。アイリスも微笑む。


「すごい人だと思います。……そんな大尉にちょっとお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「カーミルなんですけど……。あの子、誰よりも明るくて優しいんですけど、『オートランダー』のことになるとちょっと自信がないみたいで」

「アイリスみたいにできるか不安そうだったな。最初はみんなそんなものだ」

「そうだといいのですけど……ちょっと気にかけておいてくれると助かります」


 新兵の面倒を見るのはあまり得意ではなかった。――が、俺が任されたことは少なくなかった。どうやらそういうものに縁があるらしい。


「わかった。大丈夫だと思うけどな」

「ありがとうございます。あ、リリアムたちが待ってます。行きましょう」


 ほっとした様子のアイリスが走り出す。

 そのあとを追うと、カーミルとリリアムがまた扉の前で待っていた。


「ここが食堂になりますわ。食事は一日三回と、おやつの時間があります」

「ほぅ、それは豪勢だな」

「今は司厨長が仕込み中なので邪魔をするわけにはいきませんのでここで」

「わかった」


 ふとアイリスの言葉を思い出し、カーミルを見てしまう。すると、俺の視線に気づいたカーミルが首をかしげる。


「大尉?」

「いや、なんでもない」

「あ、ICOもご飯食べるのかって思ったんでしょう?」


 カーミルはそんなことを言う。アイリスの言うように、カーミルは明るい。


「食べないのか?」

「食べるよ。うちらの元気はここのおいしいご飯があるからこそなんだ。大尉も楽しみにしてて、毎回すごくおいしいんだよ」

「それは期待できそうだ。現場でも船上はいいものが食えるって聞いてたけど本当らしいな」

「大尉のいた現場はそうじゃなかったの?」

「現場になると携行食になることが多いんだ。一回二回ならいいけど、三食あれってなるとうんざりしてな」

「それは……大変だね」


 カーミルは悲しそうな顔になる。だから、俺は言葉を足す。


「けど、食事の時間は楽しみだったんだ。少しの間でも、なにか食える時間ってのは安心できたからな」

「そうなんだ!」


 カーミルの表情に元気が戻る。この子は、笑顔でいた方がいい、そう思った。


「さて、次は浴場ですわ。大尉、お風呂に入る時は呼んでくださいね、お背中流しますわ」

「遠慮しておくよ」


 カーミルには笑顔でいて欲しいと思えたが、リリアムはちょっと困ったところが見てみたいと思ってしまった。


「この区画には食堂と浴場の他にも、洗濯室、乾燥室がありますわ。おおよそ生活に必要な設備が揃っています。売店というのはありませんが、お菓子とか飲み物はいつでも食堂に備えているスペースがあるので、そこから自由に持って行くことができますわ」

「そりゃすごいな」

「大尉、お菓子の食べ過ぎはダメだからね?」


 カーミルがふとそんなことを言うと、となりのアイリスは笑いながら返した。


「カーミル、それはいつもあなたが言われてることでしょ?」

「あははは」

「ここが浴場ですわ。いつでも入れるようになっているので、いつでもお呼びくださいね」

「別に呼ぶことはないよ。リリアム、あとで俺が使えるように時間を決めて欲しい。この時間は俺が入ってる、って感じで」


 リリアムの冗談をスルーしてそう言うと、リリアムは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべて頷く。


「わかりました。大尉の規律を重んじる姿勢には敬意を表しますわ。それはよいことだと思います」


 そんなリリアムをカーミルがジッと見ていた。


「なにかしら?」

「リリアムが大人な会話していると思って」

「ふふふ、当然ですわ」


 リリアムは自分の胸をぽんぽんと叩いて見せる。


「この奥の区画が個室になっています。順番に意味はありませんが、大尉のお部屋は一番手前になっていますわ」

「わかった。なんか気を遣わせてるな」

「いえ。必要なものはお部屋に運び入れてありますので、確認しておいてください。こちらの階段を使うと上の階へ行けますが、上の階は艦橋とブリーフィングルームになっています。艦橋に入る際には大尉でも事前に備え付けの通信機を使って許可をもらってくださいね」

「そうする。まぁ自分から行くこともないだろうけどな」

「最低限の案内はこのくらいですわ。大尉はまずお部屋で荷物の確認をお願いします」

「そうさせてもらう。いろいろ助かった。アイリスとカーミルも」

「わたしはなにも」

「うちもなにも」


 じゃあと部屋に入ろうとした時――。


「あ、大尉」


 アイリスに呼び止められる。


「どうした?」

「その……さっきの戦闘ではお世話になりました。うまくできたのは、大尉のおかげだと思っています」

「アイリスの実力だ」


 俺がそう言うと、アイリスは顔をほころばせた。


「ありがとうございます」


 よい意味の自信になってくれるといい、そう思った。

 そんなアイリスを、カーミルが見つめていた。その眼差しはどこか悲しげな……いや、それとは違う。なにか、遠くのものを見るような、憧れを持っているような、そんなふうに見えた。


「ではわたしたちも戻りますわ。いきましょう」


 リリアムにそう促されると、カーミルはふと我に返り、羨望のような眼差しを隠すように消した。

 それが少し気になったが、俺は割り当てられた部屋に入ることにした。

 狭い部屋ではあったが、一応事務用の机と椅子があった。ベッドもあり、無重力対応のトイレも部屋にあった。


「個室ってだけでもいい待遇だな」


 ベッドの上に置かれた大きいバッグをあける。中には着替え数着と、船内案内の冊子――今時紙の冊子とは珍しい。それと船内用の携帯端末が入っていた。普通、シリンダー内で使う端末はこういう軍事設備では使うことはできないので、ここではこれを使うことになる。

 端末の電源を入れる。俺の個人IDはすでに登録済みになっており、関係者と連絡が取れるメッセージアプリがすでに入っている。その他暇つぶし用のゲーム、動画アプリなども入っていた。

 するとすぐにメッセージを受信する。アテナ司令からだ。


『これを起動してくれたようだな。さっそくですまないが一度艦橋に来てもらいたい。場所はリリアムたちから聞いているな? 入れるように手配してある。その端末がロック解除にもなる。待っているぞ』

「場所は聞いた、今から向かいます、と」


 手早く返信すると、俺は持っていたこれまでの携帯端末の電源を落とす。が、その前に一件のメッセージを確認した。サゴ爺からのメッセージだ。


『あんたはまだなにかやれる人間だと思っていたよ。帰りを待っているよ。それまでパイはおあずけだな』


 サゴ爺は無事で、俺のメッセージも読んでくれたらしい。心残りなく携帯端末の電源を落とし、俺はそれをバッグにしまった。ここに戻って来たら使うから、なくしたら困る。

 艦橋へ向かう――が、その前に着替える。いつまでも農作業着というわけにもいかないので、船内着に着替える。動きやすいジャージのような服を用意してくれたのはありがたかった。

 それに着替え、部屋を出る。こういう船の個室は大抵施錠はできないと聞いていたので、それは別に困ることはなかった。

 リリアムに教えてもらった階段をのぼり、艦橋を目指す。場所はすぐにわかった。ロックに携帯端末をかざすと、ピッという音がする。


「失礼します」


 そう断り、扉を開ける。

 星間輸送船の艦橋ははじめてだったが、想像していたよりも遙かに広い空間だった。そこにはアテナ司令がいた。


「よく来てくれた」


 アテナ司令の奥はモニターなのか、窓なのか、外の景色が見えた。まだシリンダーの中で、ゲートポート方面に向かっているようだった。


「ゲートポートを使う許可は取れたんです?」

「あぁ、航海長がやってくれた。戦闘行為についても問題はない。AIドローンの暴走を、たまたまた居合わせた我々が鎮圧した、ということにしてある」

「アルヴァトラのことは言わないのか?」

「言っても誰も信じない」


 アテナ司令はそう言うとふいと背中を向ける。


「ここのスタッフを紹介したくて呼んだんだ。命を預ける船だからな。紹介しよう、『ローズリンク』のミシロ船長だ」


 すると、船長席らしい場所にいた人物が立ち上がり、こちらに来る。小柄だ。帽子を取って顔を見て、はじめて女性だと気がついた。歳はそれなりに行っているが、健康的な顔色をしており、貴婦人を思わせる品格があった。


「ミシロ=コバヤシです。話は聞いています大尉。どうかよろしく」


 輸送船の船長とは思えない上品な声と口調に、思わず背筋が伸びる。


「こちらこそよろしくお願いします」

「船長がこんなおばあさんで驚いたでしょう?」

「いえ、そんなことは――」

「ふふふ。これでも若い頃から船上勤務でね。地球と火星を何往復もしてきたわ。テロリストの妨害をかい潜りながらね」


 どうやらミシロ船長は年齢に見合った、いや、それ以上の経験を持つ大ベテランということがわかった。


「他のクルーは手が離せないからわたしが紹介します。操舵長のヘーゼル、航海長のフォアン、通信士のメリー、みんな優秀なクルーよ」


 手の空いている若い、というより幼い、学生のような金髪の女性が俺を見て微笑む。


「今のがメリーよ。この船のクルーはみんなアテナ司令のご指名なの。マリアルス所属のね」

「なるほど……」

「メリーは軍務経験者ではないインターンなの。今回どうしても、ということでこの船に乗ってもらいました。未経験者でも仕事はできるわ。そこは心配しないで」

「大丈夫です」


 すると、痩せた背の高い、眼鏡をかけた白髪の女性がミシロ船長のそばにきた。妙齢だ。


「航海長のフォアンよ」

「よろしくお願いします」

「大尉ですね。こちらこそよろしく。さっそくですが、荷物は確認してくれたかしら?」


 キリッとした、どこか神経質そうな人物だと思った。


「この通り、着替えも端末も受け取りました」


 俺は自分の姿を見せるように手を広げ、端末も見せる。すると、フォアン航海長がふっと笑う。


「優秀な軍人のようで安心しました。なにか必要なものがあったら直接わたしに。作戦遂行と船の運航に支障のないものなら、なんでも揃えます」

「それは助かります。が、もともとあまり物は持たない性格なんで。でも、必要があったら言わせてもらいます」

「お願い。マッシュには会ってるかしら?」

「ここに来た時、格納庫で」

「そう」


 するとフォアン航海長とミシロ船長が笑う。


「どうしたんですか?」

「年寄りが多いと思ったでしょう?」


 ミシロ船長がそう言った。


「いえ、そんなことは」


 思っていたが、口から出た言葉はそれだった。


「ヘーゼル。ちょっとこっちを向いて」

「よそ見運転させる気かい船長」


 そう言って操舵輪のある場所からこちらに顔を向けたのは、マッシュと同い年くらいに見える壮年の男だった。


「大尉、よろしくな」

「あ、あぁ、よろしく」


 そう言うと、ヘーゼルは正面を向いて操舵に専念する。シリンダー内で船の事故は洒落にならないということをわかっているようだった。

 ミシロ船長が言う。


「わたしもフォアンもヘーゼルも退役軍人なの。民間軍事会社マリアルスは退役軍人の再雇用をしてくれていてね。こうして世話になっているの」

「ベテランと一緒できて光栄です」


 俺がそう言うとミシロ船長とフォアン航海長が笑う。


「――というわけだ大尉。この船のクルーを知っておいてもらいたかった。ベテラン揃いなので安心してもらっていい」

「それは心強い」

「まぁ船の方はベテラン揃いなのだが……ICOは大尉も感じているように、教育と訓練はされているとは言っても実戦経験がほぼない新兵みたいなものだ。なにか困っているようなことがあれば、助言をしてやってもらいたい」

「困っていることか……。そう言えばカーミルが自信がないとかで」

「あぁ、カーミルか……」


 アテナ司令はふむと考え込む。


「なにか思い当たることでも?」

「いや……まぁ、そうか。そうだな」

「問題なければ共有してもらえると助かるのだけど」

「大尉にとっては他人事では済ませられないからな。――カーミルはアイリスに続いて史上二体目のICO成功例でな」

「待ってくれ。リリアムが最初じゃないのか?」

「順を追って説明する。まず最初に人工受精卵が造られたのがアイリスだ。その成功を受けて速やかに同じ方法で二体、カーミルとリリアムの人工受精卵が造られた。その成長過程において、成長を促進できることが判明してその処置を施したのがリリアムだ。これによって、リリアムはアイリスとカーミルより先に生誕することになった」

「…………」


 淡々と語るアテナ司令であったが、聞いた限りそれは生命を扱うというよりは工業品の話しを聞くような感じがした。


「リリアムは先んじて教育課程に入り、基礎訓練とは別にICOチームのリーダーとなるべく教育、訓練されている。アイリスは標準的な教育と訓練を受けるのだが……カーミルはアイリスとは違った特性が設定されているのだ」


 ますます工業品のような話になる。違和感しかないが、やはりICOという存在は俺の価値観の中に落とし込めない存在のようだった。


「カーミルの光波炉は通常駆動ともうひとつ、感情の起伏を反映させる特性がある」

「……どういうことだ?」

「喜怒哀楽の強い感情が能力を左右させるというものだ。敵を倒したい、なにかを守りたい、とかの願望とともにな」


 カーミルは明るく元気な印象がある。


「そうか……。それでカーミルは元気なのか」

「いや、それは単なる彼女の性格だろう。設定したものではない」

「そうなのか?」

「さすがに先天的な性格までは造れないそうだ。カーミルの明るさは先天的なものだよ。だが、カーミルはその明るさと同時に繊細さも持って生まれた。繊細がゆえに優しい、優しいゆえに感情を爆発させられないでいる。カーミル自身の優しさがリミッターになり、感情の爆発を抑えこんでしまっている。だから、カーミルの能力は未だにその真価を発揮したことがない。こういう言葉を使いたくはないが、カーミルの訓練成績は高いものではないのだ」

「それで、か」


 アイリスのようにうまくできるか、カーミルがそれを心配していたのは、そんな負い目があったからだったのか。


「性格と設定の不一致が、彼女の自信を下げているのだろうな」

「……まるで機械だな」

「機械ではない。彼女たちは人間と同じ生命活動をしている。だが、人間とは明確に違う。基礎理論を構築した湊博士は彼女たちを『人巧人間』と呼んでいた。ICOとは戦術的名称でもある」

「いや、そういうことではなくて――」

「大尉の言いたいことはわかる。わたしもそうだった。兵士は時々、もののように扱われる。それは仕方のないことなのだが、受け入れきれない場合もある。それはわかる。わたしとて、彼女たちをものとして扱いたくはないというのが本音だ」


 アテナ司令からそう聞けたのは少し意外だった。アテナ司令はもっと冷酷に、彼女たちを兵器のように扱っているのだと思っていた。


「しかし立場というものがある。わたしはICOたちとキミを兵器として扱わなければならない」

「それは……わかってる」

「過度に親密になる必要はないが、どうかICOたちの不安などを払拭してもらえると助かる。彼女たちと直接戦場に出る大尉は、彼女たちと信頼関係を築いていた方がなにかといいだろう。カーミルの力も、必要な時が来る」


 部下との信頼関係は大事だ――昔の俺にそう言った人もいた。俺もそう思った。だが、その信頼が決断のさまたげになることもある。致命的なくらいに。

 アテナ司令はそんな俺の胸中を見越したのか。


「表面的に、と言う程度でいい」


 苦々しい笑みを浮かべ、そう付け加えた。

 アテナ司令が軍でなにをやってきたのかは知らない。しかし、ここでの立場を考えると相当に高い地位にいたのではないかと思える。それなら、現場の責任者がどんな決断を迫られるかは知っているはずだ。

 現場の責任者は命を選択する。誰を殺して、誰を生かすのかを選ぶ決断を迫られることがある。信頼は、その決断を困らせる。

 表面的に、と言ったのは、ICOたちに深い情を持つな、という意味だと理解する。


「……わかった。そうするよ」

「大尉なら上手くやってくれると思ってるよ」

「過大評価だよ。でも、きちんとやる。そこは約束する」

「頼む。このシリンダーを出たら一度アルヴァトラについて話をしよう。少し待っていてくれ。以上だ」

「わかった。俺もいろいろ聞きたいことがある」


 そう残し、俺は艦橋をあとにした。

 

「表面的に、か。そんなのすぐに見透かされるだろうが」


 艦橋の扉が閉まっていることを確認し、思わずそうつぶやいた。

 さて――このあとどうするか。とりあえずこのシリンダーを出るまでアテナ司令からの説明はないとのことだった。自室で暇を潰してもいいが、今のうちにしておきたいこともあった。

 それは『オートランダー』を見ておくことだ。なにができて、なにができない戦車なのかを知っておく必要がある。さらに、ICO個人装備もあるということなので、マッシュの手が空いているようなことがあったらそれについても知っておきたい。

 しかし、今行っても邪魔になるだけか? そうは思ったが、『オートランダー』への好奇心からか、俺は格納庫に向かっていた。


 ◇ ◇ ◇


 格納庫は喧噪に溢れている――と思ったが、そんなことはなかった。

 『オートランダー』が静かに鎮座しており、ここからではマッシュの姿は見えない。『アイリスウイング』は取り外されているようなので、作業は進んでいるのだと思う。

 マッシュを探そうと『オートランダー』の前に回った時、小柄な人影が視界に入る。


「カーミル?」

「あ、大尉」


 そこにはカーミルがいた。俺に気づくと、どこかばつの悪そうな作り笑いを浮かべる。


「なにか用があったのか?」

「う、うん。シミュレーション機能があるから、ちょっとやっておこうと思ったんだけど、システム担当者が戻るまでは使えないんだって」

「マッシュじゃできないのか?」

「『オートランダー』の整備はハード面とソフト面で担当がふたりいるんだよ。チーフ、マッシュさんはそのハード担当。ソフト面を担当している人は残りのICOたちと合流する予定なんだ」


 ソフトウェア専門のスタッフがいると聞き、やはりこの戦車は最先端技術なのだと感じた。単機であれだけの敵を相手にできたのは、物理的な性能のおかげもあるが、それを支えるシステム、そしてICOの功績はたしかに大きいと言える。


「なるほど。けど、熱心だな、シミュレーションをやっておこうだなんて」

「それは……ほら、うちは成績……あまりよくないから、ははは」


 カーミルはまた作り笑いをする。その下手な表情は自分を見ているようだった。俺も、こういう時の表情にはよく困る。


「自主的に訓練するのはいいことだ。けどなカーミル、実戦なんてはじまれば案外なんとでもなるぞ」

「う、うん……リリアムもそう言ってたけど……うちはちょっと怖いんだ」

「そりゃ、誰だって死ぬのは怖い」

「ううん。そうだけど、そうじゃないんだ。死ぬのはたしかに怖いけど、それは覚悟できる」

「それ以外なにかあるのか?」


 率直な疑問が口を突いて出た。

 すると、カーミルは視線を泳がせる。言おうかどうか、迷っているようだった。


「すまない、言いたくなければいいんだ。無理しなくていい。戦いにはいろいろな思いがあるからな」

「ううん、大丈夫。なんていうか、大尉が思うほど繊細なことじゃないよ。ただちょっと……民間軍事会社に所属している身分から言うとおかしいかなっていうことで……」


 カーミルはばつが悪そうに頬を掻く。繊細ではないと言ったが、これは十分に繊細なことだ。

 だが、カーミルはそれを打ち明ける。


「うちが怖いのは……自分がなにかを壊すことなんだ」


 カーミルが言ったのは実に端的でわかりやすいことだった。壊す、破壊する、そういう行為そのものに対する恐怖だった。


「おかしいでしょ? 戦うためのICOなのにね」

「おかしくはない」


 即答することができた。


「え?」


 カーミルは驚いたが、そういう話を聞いたことがないわけではなかった。


「おかしくないの?」

「軍にいた頃、戦車に乗りながら戦車を怖いって言うやつがいたんだ。それはカーミルと同じように、戦車のようになにかを破壊する力を自分が持ってしまうことが怖かったらしい」

「うちも、その人と同じかもしれない」

「もし自分の戦車が間違ったものを撃ってしまえば、取り返しのつかないことになってしまうって心配していたよ」

「その気持ちわかる。敵は倒さないといけないってわかるけど……やりすぎちゃったらどうしようって、いつも心配になるんだ」


 それはカーミルが生まれ持った優しさだ。戦いには不向きかもしれないが、身勝手な暴力よりは遙かにいい。本来ならそういう人は戦場に不向きだろうが、そういう人が戦場に出る理由は明確にある。守りたいものがあるからだ。


「カーミルは――」


 なにか守りたいものがあるのか、そう問おうとした時、船内放送が入る。


『全乗組員へ通達。本船はこれよりシリンダーを離脱、宇宙空間へと出ます。無重力環境となるため、活動に注意されたし。繰り返す――』


 フォアン航海長の声だった。すると、体の重みが薄れていく。

 履いている靴が吸着式なので、体が浮くことはないが、『ローズリンク』はシリンダーを離れたらしいことがわかった。


「もしも戦闘になったら、うちもがんばるよ。アイリスを見て思ったんだ。自分たちは戦うためにいるんだって。アイリスみたいにうまくやれるようにがんばる」


 カーミルは意気込む。だが、それは――。


「カーミル、カーミルはそう気負わなくていい」

「え、どうしてさ。戦えないと困るよ。訓練だってしてるんだし、専用装備だって用意してくれてるし、それを使えるようにならなくちゃ、存在する理由がなくなっちゃうよ」


 まるで自分をもののように言う。あまり聞きたいことではなかった。


「そうじゃない」

「そうだよ。うちたちは戦うためにいるんだもの。それができなくちゃダメだよ。戦わないでいいって言うのは違うよ大尉」


 カーミルの言葉には悲しみのような、苛立ちのような影が感じられた。

 俺も、カーミルを否定したいわけじゃない。でも、出る言葉は器用じゃなかった。

 なにかを教えられるような人間ではない俺だが、カーミルに伝えたいことがあった。

 それは――。


「カーミル、聞いてくれ」


 それを口にしようとした瞬間、船内のアラートが鳴り響く。そして次の瞬間、船体が揺れた。


「ひゃっ!?」

「なんだ!?」


 俺とカーミルが驚いていると、『オートランダー』の中からマッシュがひょいと姿を現した。


「敵だ! これは敵だぞ!」

「マッシュ、ここは宇宙だぞ?」

「アルヴァトラの軍は宇宙兵器だってあるだろう。この船を狙ってきてるんだ」

「そんなことが――」


 さらに船体が揺れる。すると、


『船体外殻に損傷発生! 本船は現在攻撃を受けています!』


 若い声でアナウウンスが流れる。おそらく、艦橋にいたメリーという通信士だろう。

 その直後。


『アテナだ。全ICOと大尉は第一ブリーフィングルームへ集合せよ』


 その命令を受けて動く前に、思わずマッシュにたずねる。


「マッシュ、『オートランダー』は宙空戦闘ができるのか?」

「まさか。戦車に宇宙は飛べん。宇宙空間でも地面があれば走れるがな。ほら、早く行け」

「わかった。カーミル行くぞ」

「う、うん!」


 結局カーミルに伝えたいことは伝えられないまま、俺たちはブリーフィングルームへ向かった。


「カーミル、この船の対空装備はあるのか?」

「25mm対空機銃がふたつあるよ」

「宇宙戦闘機が相手だって言うなら心細すぎる装備だな」

「民間輸送船だもの。この機銃だって秘密でつけたんだって」

「相手が戦闘機じゃないことを祈るしかないな」


 そうこう言っている間にブリーフィングルームに到着する。入るとアテナ司令、すでにアイリスとリリアムは来ていた。


「遅くなった」

「大丈夫だ。大尉、現在我々を攻撃しているのはアルヴァトラのドローンということだ」


 ブリーフィングルームのモニターには外の様子が映る。シリンダーを背景に、無数の光点が見えている。それがドローンだろう。


「自爆攻撃か?」

「短距離ロケット弾による攻撃だ。幸いにして致命傷には至っていないが、放置して振り切るわけにはいかない」

「どうして?」

「放置したら次はシリンダーが狙われるからだ」

「……そういうことか。ドローンの数は?」

「確認できているだけで五〇基はある」

「この船の対空装備で対処できる数じゃないな」

「そこで大尉を呼んだわけだ」


 アテナ司令に加えてアイリスとリリアム、そしてカーミルの視線が俺に集まる。


「アテナ司令、『オートランダー』で迎撃に出ろと?」

「話が早くて助かる」

「マッシュは『オートランダー』は飛べないと言っていたが……あぁ、そうか。地面があれば走れると言っていたな」


 思わずにやりとしてしまった。アテナ司令の言わんとしていたことがわかった。


「船上を走って迎撃するわけか」

「その通りだ」

「アテナ司令もなかなか無茶なことを考えるんだな。でも、時にはそういう無茶が現場には必要になる」

「可能か?」

「やってみるしかない。追加兵装についてまだよく知らないんだが、こういう状況に適した装備はないのか?」

「あるにはあるが――」


 そう言い、アテナ司令はカーミルを見た。カーミルはハッとしたが、ふと顔を伏せてしまった。なるほど、カーミルが未だに使えないでいる装備こそ、この状況に適した装備ということか。


「わ、わたしがいきます!」


 すると、アイリスが名乗り出る。


「『アイリスウイング』の機動力なら宇宙でも使えるはずです」

「それはダメですわ。『ローズリンク』から離れたところを攻撃されたら帰還不能になる危険性があります」

「それは……そうかもしれない……」


 リリアムの指摘にアイリスが消沈してしまう。アイリスはカーミルをかばったのかもしれない。


「大尉、わたしがご一緒しますわ」


 そのリリアムが今度は名乗り出る。


「いや、リリアム、リリアムの性能ではこの状況下は不利に働く」


 止めたのはアテナ司令だった。


「『オートランダー』もICOも、当然、大尉もわたしも、この船の乗組員、シリンダーの人に誰ひとり犠牲を出すわけにはいかない」


 アテナ司令の言葉は力強い。すると、その言葉を受けてカーミルが顔を上げる。


「うちが行きます。うちの装備なら……この状況を打開できます!」

「カーミル!」


 アイリスが驚く。そのとなりのリリアムも驚いていた。だが、アテナ司令だけは自信ありげな笑みを見せていた。


「そうだカーミル。おまえの力が必要だ。大尉と、やってくれるな?」


 アテナ司令がカーミルのことを知らないわけがない。今必要とされているカーミルの兵装が今だ使えていないことを。それなのに、アテナ司令はカーミルに託す。これは賭けじゃない、信頼だった。


「やります!」


 力強く応じるカーミルを見るアテナ司令の視線は信頼を形にしたようなものだった。そして、アテナ司令はその視線の形をそのままに俺を見る。


「頼むぞ大尉」


 言葉は短かったが、俺にはアテナ司令の思惑が理解できた。現場で直接カーミルを一人前にしなければ、俺たちはここで終わり、そういうことだった。

 カーミルに伝えたいことがある。それは単なる言葉だが、現場に出れば言葉は言葉以上の意味を持ち、感じることができる。その感覚が、カーミルの成長につながれば……!


「わかった。カーミル、行くぞ」

「うん!」


 するとアイリスとリリアムがカーミルに駆け寄る、アイリスはカーミルの手を取った。


「カーミル、信じてる」

「ありがとうアイリス」

「カーミル、大尉を信じて」

「わかったよリリアム。大尉、行こう」

「更衣室に大尉の専用スーツも用意してある。それに着替えて『オートランダー』へ向かえ。マッシュには履帯に吸着装置をつけるよう言ってある。アイリスとリリアムは銃座に入れ。ICOの反応速度の方がこの船のオートより早い」


 アテナ司令の指示が飛ぶと、俺たちは素早く各自の行動に移った。

 駆け足でブリーフィングルームを出て更衣室へと向かう。カーミルは背中しか見えなかったが、その後姿には決意のようなものが見えている。

 カーミルはやる気だった。だが、俺は知っている。決意程度では、抱えた恐怖は超えられない。 

 更衣室の前でカーミルと別れる。更衣室に入るとロッカーの外には物々しいスーツが吊られていた。


「これか……」


 重そうに見えたが、持ってみると重量感があるものの、そこまで重いものではなかった。これならひとりで着ることができる。

 着てみると、適度な圧着感があり、悪くなかった。インターフェースも兼ねていると言っていたので、精密なものなのだろう。

 部屋の外へ出ると、同じく出てきたカーミルと会う。

 カーミルの冷却スーツは全身を覆う形かと思いきや、胸元は開いている。


「いきなりそこ見るの!?」


 カーミルは俺の視線に気づいて慌てて胸元を隠す。しまったと思ったが、もう遅い。


「す、すまない」


 なにを言い訳してもかっこ悪いと思ったのですなおに謝罪する。


「い、いいけどさっ。冷却スーツもいろいろ試験中なんだ。まだこれだっていう完成はしていないんだ。でもその……あまりじろじろ見られるとちょっと恥ずかしい……な、って」


 カーミルはもじもじと恥ずかしがる。


「本当にすまなかった」

「い、いいんだよそれは」

「すまない。と、とにかく今は『オートランダー』へ急ごう」

「うん!」


 カーミルと共に格納庫へと降りる。そこではマッシュが待ち構えていた。


「待っていたぞ大尉、カーミル。履帯には吸着装置をつけてある。甲板の上ならどこでも走れるぞ」

「ありがとう。これでなんとかできるな」

「いいか大尉、マニューバーモードは使うなよ? 甲板から車体が離れたら改修は難しくなる。下手したら二度と戻って来られなくなるからな」

「わかった。使わないようにする」

「あぁ。カーミル、個人兵装は『カーミルランチャー』を付けておいた。なんの心配もいらない、大尉と、おまえさんならできる」


 マッシュはそう言ってカーミルに笑みを見せ、力強く頷いた。カーミルも不器用ながら笑みを返し、同じく頷く。


「ありがとうチーフ。行ってくるよ。大尉、先に乗り込んで」


 カーミルに促されて『オートランダー』へ乗り込む。チラ見した『オートランダー』の砲塔の左右には四角い箱のようなものが取り付けられていた。これがおそらく、『カーミルランチャー』だ。

 乗り込んだ『オートランダー』の中は非常灯がついていた。シートに置かれたヘルメットを手に取り、被る。首のアタッチメントがヘルメットに接続され、固定される。


「パイロット制御スーツスタンバイ解除。戦闘モード起動」


 カーミルが移動しながらそう言うと、ヘルメットの視界が広がる。

 後部座席に入ったカーミルが言う。


「搭乗ICOカーミル。光波炉同調。起動シークエンス開始」


 ヘルメット内のモニターに車体ステータスが表示され、光波炉接続のメッセージが出る。


「大尉、視覚は外を見る? 中を見た方がいい?」

「外で頼む。ガイドは出るんだろう?」

「出るよ。わかった。――視覚インターフェース起動。搭乗者視覚フィードバック開始」


 視界が車内でなく、外の景色を写すようになる。目の前にはマッシュが立っている。


「起動シークエンス三番から十七番までクリア。システムオールグリーン。光波炉正常値にて稼働安定」

「……カーミル、熱くないか?」

「え? なんで?」

「アイリスは暑がっていたんだ」

「あー、それは冷却スーツがなかったからだよ。うちはちゃんと着てるから大丈夫」

「そうか、ならよし」

「でも、暑くはないけど……ドキドキする」


 ヘルメット内のモニターにはルームミラーのように後部座席の様子が小窓で表示されていた。そこに映るカーミルは真剣な顔で自分の胸を押さえていた。

 緊張するのも無理はない。


『艦橋より『オートランダー』へ。カタパルトは使用できないので、開いたハッチから出撃してください』


 メリーの声がする。


「このまま喋れば通じるのか?」

「うん、通じるよ」

「『オートランダー』了解した。その指示に従う」

『艦橋了解です。出撃はそちらのタイミングでお願いします。ハッチ開放します』


 格納庫に警報が鳴り、マッシュが慌てて退避していった。


「行くぞカーミル」

「う、うんっ。あ、敵ドローンをマーカー表示させるね」

「頼む。ドローンは素早いが、マーカーの表示誤差はあるのか?」

「『ローズリンク』のセンサーからの同期で0.02秒、『オートランダー』のセンサーに切り替えれば0.002秒まで短縮できるはず」

「わかった。外に出たら『オートランダー』のセンサーを使おう」

「うん、切り替えはうちがやるね」

「あぁ。任せる。『オートランダー』発進する」


 ゆっくりとスロットルを開放すると、車体が走りはじめる。カタパルトの上を進みながら、開かれたハッチへ向かう。外は宇宙空間だった。


「敵ドローン数四十三基を感知。……多いね」

「船一隻沈めるにしては大がかりだな……。この船に俺たちがいることを知ってるのか」

「アルヴァトラの軍は情報共有しているから、シリンダーの中で大尉とアイリスが戦ったことは知ってるはずだよ。ゲートポートとかシリンダー内の監視カメラとかものぞけるから、『オートランダー』が積み込まれるのも見てるかもしれない」

「……厄介な相手だな」


 そう言っている間に、『オートランダー』が甲板に出る。その甲板の下にはシリンダーが見える。そう遠くはない。


「よし……やるぞカーミル。戦闘開始だ」

「う、うん!」

「反撃も予想されるが、なるべくその隙を与えないように手早く倒す。ドローンの最終手段は自爆だから、それに持ち込まれると損害が大きくなるからな」

「わ、わかった!」

「手近なやつから落としていく。照準補正頼むぞ」

「任せて。訓練通り、やってみる」

「……その意気だ」


 オートランダーを走らせ、甲板上部へと移動する。吸着履帯のグリップは強力で地面を走っているのと同じような感覚だった。


「正面十二時方向だ」

「照準補正完了。撃てるよ」


 レティクルがグリーンになる。


「撃つぞ」


 電磁レールパルス砲は宇宙でも動作する。いや、宇宙空間でこそ真価を発揮する兵装かもしれない。

 一発の発射で、ドローン二基を破壊した。ドローンは中型の航宙用であり、ロケットランチャーを装備している。施設破壊用のもので、このタイプの空中型は見かけたことがあった。もちろん、それはいい思い出ではない。


「すごい、二基も倒した!」

「気の抜くな。気づかれるぞ。回避走行しつつ攻撃を続ける」

「は、はいっ!」


 手近なドローンに照準を合わせるとレティクルはすぐにグリーンになった。回避行動をしないので照準が早い。これはカーミルの仕事だが、彼女も優秀だと感じた。

 次の一発が再度二基のドローンを破壊する。


『艦橋より『オートランダー』。本船は回避運動に入ります。振り落とされないように注意してください』

「了解。ロデオは得意じゃないんだけどな」

「船の回避運動はうちが同期するから、大尉が危険な方向に走りそうなら自動で補正するよ。最高速度の制限もこっちでやる」

「頼んだ」


 アイリス同様、カーミルは冷静だった。緊張しているとは言っていたが、実際にはじまってしまえばカーミルは冷静に仕事をこなしていく。どんな訓練を受けてきたかはわからないが、初の実戦でここまで冷静かつ的確な判断と行動ができるのはかなりすごい。


「『ローズリンク』の対空機銃が稼働するって。アイリスとリリアムがコントロールするやつだよ。ただ、死角が多いから学習されたら効果は薄くなっちゃう」

「何基か落としてもらえれば上出来だ。脅威に思わせるだけでも効果があるってもんだ」


 ドローンたちは『ローズリンク』の下部へと回り込みはじめる。


「情報共有が早いな」

「観測機がいるのかもしれない」

「判別できるか?」

「センサーの逆探知をやってるけど、特定はまだ。ごめんなさい」

「あやまるな。誰のせいでもない」

「う、うん」


 吸着履帯のおかげで『ローズリンク』の下部を走ることもできた。輸送船らしいフラットは構造が幸いし、走りやすかった。

 エンジンノズルを狙われたら厄介だと思っていたが、アイリスたちの操作する対空機銃は後部エンジンノズルや艦橋を守るように配置されているようだった。射線が見え、回避のために散開するドローンと、爆発するドローンの光が見えた。

 こちらも主砲を使いドローンを撃墜していく。一基、二基と破壊を重ねるうち、ドローンの中の数基がこちらへ向かうような動きへと切り替わってきた。


「来るぞ」

「うちらに!?」

「そうだ」


 ドローン二基からこちらに向かいロケット弾が放たれる。


「大尉回避! あ、でもそれじゃ『ローズリンク』が!」

「こうすりゃいいんだ! 照準補正頼むぞ!」

「な、なるほどそういうことね!」


 兵装を45mm機関砲に切り替えた瞬間、カーミルは俺の意図を察した。機関砲の照準は迫るロケット弾に追従する。

 トリガーを引いて掃射された機関砲がロケット弾を一発、二発、撃墜する。


「こんな使い方をするなんて!」

「学習されたら対処されるな。一回きりだ」

「でもすごいよ!」


 カーミルは興奮しているようだった。


「戦闘に興奮はつきものだ」


 アイリスにも言った言葉をかけると、小窓に映るカーミルはハッとなった。


「うち、興奮してるのか……」


 そんなつぶやきが聞こえると同時、警告アラートが鳴る。


「なんだ!?」

「ドローン急接近!」

「迎撃する!」


 迫るドローンを主砲で撃ち落とす。なんとか間に合った。だが、この動きは――。


「やつら、自爆に切り替えた。AIにしては思い切りのいい判断だな」


 そう言ったそばから、数基が『ローズリンク』の船体に突っ込んでいく。位置的にも迎撃は間に合わなかった。


「船が!」

「急ぐぞ」

『第七区画に損傷。応急処置にて対応します!』


 メリーの切迫した声が聞こえる。


「……『カーミルランチャー』が使えれば……」


 カーミルがつぶやく。


「それはどういう兵装なんだ?」

「え、あ……えと……複数の、最大二十個の目標を同時攻撃できる小型ミサイルランチャーなんだ……でも、うち、使えたことなくて」

「なるほど」


 アテナ司令がカーミルを推薦したのは、この兵装を見越してのことだったのか。たしかに、今の状況においてこの兵装は必殺の効果を発揮する。


「同時に複数の同体目標を追尾するから、高い演算能力が必要で……でも、それを発揮するには、うちの感情で光波炉を動かさないといけないんだ……」


 カーミルの言葉の間、またもう一基が船体にぶつかる。


「あぁっ!」


 カーミルが悲痛な声をあげる。


「『ローズリンク』が……このままじゃ……!」


 カーミルは内なる熱意を秘めている。

 本人はその自覚がない。破壊することに抵抗を感じるカーミルは優しい。だからこそ、そのカーミルが持つ熱がある。


「カーミル、アイリスが言っていた、この船は自分の帰る場所だってな」

「え? アイリスが?」

「あぁ。カーミルもそうなんだろう? リリアムだってそう思ってる。おまえたちが笑い合ってるのを見て、この船は『そういう場所』なんだって思ったよ」


 撃ち漏らしたドローンが甲板にぶつかる。爆発の威力は大きく、船体を揺らす。


「大尉、今そんな話をしている場合じゃ――」

「カーミル、この船を守るんだ。壊すのが怖いと言ったのはカーミルが優しいからだ。けどなカーミル、破壊ってのは怒ったり憎んだりするだけでやるものじゃない」


 カーミルに言葉をかけながら、俺はドローンを撃ち落とす。


「大尉、なにを――」

「爆発させろカーミル。カーミルは戦うためだけの存在でも、破壊するための兵器でもない。なにかを守りたいっていう熱い気持ちを持つ、人間だ」

「う、うちは人間じゃ……」

「同じようなものだ! 誰かのために危険を請け負って行動できるなら、それは熱い血が流れてるからだカーミル!」


 そうだ。ICOは人間じゃない。けど、人間とおなじような熱さがある。


「熱い……血……」

「自分のしたいことを思い浮かべるんだ。カーミルは破壊がしたいんじゃないはずだ」

「うちは……守りたいんだ……みんなを……この船を……!」


 ドローンが一定の距離を取り、十基程度が並ぶ。飽和攻撃でこちらを一気に制圧しようという魂胆だ。一基二基の迎撃では間に合わない。


「自分を抑えるなカーミル! 思いのままの気持ちをぶつけろ!」

「うちは……そうだ……うちは……!」

「叫べ!」

「うちはみんなを守りたいんだぁーっ!」


 カーミルが叫んだ瞬間、車内の温度が上がる。モニターに表示される光波炉の出力が上昇し、『カーミルランチャー』がオンラインになる。その瞬間、迫るドローン十基にグリーンのターゲットマーカーが合わさる。


「『カーミルランチャー』起動! 大尉!」

「やるぞ!」


 俺のトリガーに連動し、『カーミルランチャー』が動作する。モニターの後方から前方に向け、垂直発射された小型ミサイルが不規則な弾道でドローンに飛ぶ。弾道がランダムなのは予測回避を防ぐためだ。小型ミサイルは高速で、的確にドローンを捉えた。迫る十基のドローンをすべて撃墜する。


「すごいな……」


 その破壊力、殲滅力は絨毯爆撃を彷彿とさせる、圧倒的な火力だった。


「この気持ちは……この熱さは……!」


 爆発するドローンの光を受けながら、カーミルは自身の胸を押さえる。この可憐な少女がこれだけの破壊をもたらしたのが考えられない。

 しかし、カーミルはやってくれた。そして、これはカーミルが恐怖していた単なる破壊ではない。


「その熱がカーミルの気持ちだ。誰にも奪われない、否定できない、カーミルだけの持つ正しいと思うものだ」

「この熱さが……うちの気持ち……? 光波炉の放熱じゃないの……?」

「違う。その熱は機械的なものじゃない。カーミルの中に流れる熱い思いの熱だ」


 自分の危険をいとわずに誰かを守るために戦えること、俺はそれを『熱さ』だと思っている。この『熱さ』を持った仲間は、戦場でなによりも価値のあるものだ。


「カーミル、誰かを守りたいって思える気持ちは優しさと同時に、強さにもなるんだ。俺はそれを伝えたかった」

「大尉……」

「その『熱さ』と、強さを持つ仲間は最高の仲間だ、カーミル」


 カーミルはハッと驚いた顔になる。そして次の瞬間、顔を伏せる。


「カーミル?」

「うち……今すごいにやけてる。こんな顔見せられないよ」


 カーミルのそんな言葉を聞き、俺はヘルメット中で破顔していた。カーミルは今、実戦の中で一人前になった。訓練を経て、実戦の中で、確実な戦士へと成長したのだ。


「行くぞ。まだ残ってる。『カーミルランチャー』を使う」

「任せて! もう……怖くない!」

「やつら、総攻撃に出るつもりだ!」


 ドローンたちは編隊を組み、こちらを狙う。回避と迎撃を許さない飽和攻撃を行うつもりらしい。

 照準は俺の視線と連動していると言ったが、視界に収まるドローンすべてが照準されていく。


「大尉、主砲も使えるよ」


 この数を捉えた上で、主砲の弾道計算まで行う。カーミルの演算速度は信じられないものがあった。


「わかった。こちらも一斉攻撃だ。この一発で一網打尽にする!」

「外さないから大丈夫だよ大尉」

「行くぞ!」


 トリガーを引くと主砲発射と同時に砲塔の左右から小型ミサイルが垂直発射され、不規則な軌跡を描いてドローンに向かう。

 『オートランダー』の主砲と『カーミルランチャー』の一斉射撃は戦車単体とは思えないほどの火力を見せた。その中、主砲の弾道が二基のドローンを破壊する。小型ミサイルもドローンへと向かう。

 すると突然、真剣な顔をしていたカーミルが体を前のめりに動かす。


「なにあれ!?」

「どうした!?」

「回避運動に入るやつがいる! うちと同レベルの演算速度で軌道計算して動いてるよ!?」

「どこだ!? マークしろ!」


 小型ミサイルが次々と命中してドローンが爆発する中、カーミル制御で誘導するミサイルをものすごい機動で交わすドローンがいた。マークはされるが、照準は追いつかない。


「アルヴァトラのAIはカーミルより演算速度が出るのか!?」

「ううん、理論値はICOの方が上だよ!? どういうこと!?」

「あのドローン……あいつ……もしかして……!」


 他のドローン全基が爆発する中、一基の緑のドローンが視界に入る。俺はその瞬間、シリンダー内で対峙したアンテナ車を思い出す。そして、そこに乗っていた人影を。

 こいつがこのドローン群を指揮していたということか。


「カーミル! あの一基は主砲で墜とすぞ!」

「わかった! 艦橋の方へ向かうよ!」

「追いかけるぞ!」


 船の上を疾駆し、艦橋のある上甲板へと滑るように回り込む。すると、そこでは艦橋に迫るドローンに向けて対空砲火が行われていた。しかしドローンは対空砲火の死角に入り込み、艦橋に迫る。


「あいつ、艦橋を狙うつもりだ!」

「阻止しないと!」

「わかってる! カーミル、照準速度を限界まで上げてくれ」

「やってみるよ」


 『オートランダー』の機動性は目を見張るものがある。しかしそれは戦車というカテゴリーの中で、だ。宇宙戦闘機、あるいはドローンの機動力と比べるとどうしても不利は生じる。

 不規則な回避運動を取るドローンは明らかに俺たち『オートランダー』の砲撃を警戒している。このドローンは無人機にはない動きをする。人の気配がある。あのアンテナ車に乗っていた人影が乗っているに違いない。


「大尉うしろに回る!」

「見えた! 追いかける!」

「仕掛けるつもりだ! 速度計算したけど間に合わない!」


 緑のドローンが艦橋に急接近を仕掛け、ロケット弾を放つ。『ローズリンク』の回避運動も計算に入れた直撃コースの弾道だった。


「これしかない!」

「大尉!?」


 俺が咄嗟に引いたのは変形レバーだった。『オートランダー』は素早くマニューバーモードに変わる。俺はその瞬間、ジャンプを行う。車体は『ローズリンク』から離れ、艦橋の前へと躍り出る。


「カーミル!」

「できてる!」


 カーミルの言葉通り、機関砲の照準はロケット弾に合わさっていた。トリガーを引くと機関砲がロケット弾を撃墜する。


「次だ!」


 主砲を使いたかったが、標的との相対速度を合わせるため、スラスターは全開で吹かしている。これはジャンプ中と同じ状態ということで、つまり主砲は使えない。

 だが――。


「それもできてる!」


 カーミルは俺の意図を理解していた。空中で次に狙うのはドローンだ。砲塔を旋回させてドローンを追う。奇跡的に間に合った。

 機関砲を撃つと、ドローンの翼部に当たる。しかし致命傷ではない。だがそのドローンは速度を落とさずに、艦橋のとなりを通り抜け、そのまま『ローズリンク』に背を向けて去って行く。


「……なんとかなったな」

「さすが大尉」


 静けさと浮遊感が襲う。『オートランダー』は『ローズリンク』を離れはじめ、宇宙空間を漂っている。ここで下手にスラスターでも吹かそうものなら、どこへ飛んでいくかわからなくなる。


「さて、問題はどうやって帰るかだ」

「なにか考えがあるの?」

「いや、ないな」

「ないの!?」

「まぁ、心強い仲間と一緒に宇宙をさまようのも悪くない」

「えぇー!? それ本気で言ってるの!? うわっ」


 そんな強がりを言ってカーミルを驚かせた直後、車体に振動が走った。


「なんだ?」

『大尉、ジャンプは禁止って言われませんでしたか?』


 通信でアイリスの声が聞こえる。


『リリアムが大尉はジャンプするって言って、慌ててこれを動かしに来たんです。もう、本当にジャンプするなんて。もう少しわたしが遅れていたらふたりとも宇宙漂流でしたよ?』


 外を見ると、『ローズリンク』の艦橋後にある、輸送船の名残、荷物を積み込むためのガントリーアームがこの『オートランダー』を掴んでいた。


「ア、アイリスが動かして助けてくれたの?」


 カーミルの声が震えている。それは驚きと、嬉しさからか。


『そうだよ。カーミル、個人装備が使えたんだね。見てたよ、すごかった』

「う、うん、大尉のおかげなんだ。帰ったら……詳しく話したい」

『うん、帰っておいで。リリアムも、みんなも待ってる』

「あはは、アイリス、うちも、みんなのいるところが……うちにも帰る場所だよ。それを守りたいんだって気持ちがあるって、大尉が教えてくれた」

「教えたんじゃない。カーミルが気がついただけだ」

「ううん、大尉が教えてくれた」

『どっちにしても、みんな無事でよかったよ。ありがとうね、カーミル、大尉。今降ろすからね』

「わかった!」


 小窓で見るカーミルは弾けるような笑顔になっていた。

 やはり、ICOたちは俺にはまぶしい。

 しかし――宇宙の彼方を見て思う。


「あいつは一体なんなんだ……」


 あのドローンは有人制御されていた。反応速度の早さから、リモートとは考えにくい。アンドロイドか、いや、それでも――。


「カーミルに匹敵する演算能力で回避行動をするとなると……」

「うん? 大尉?」

「あ、いや、なんでもない」

「『オートランダー』の制御をもらうよ。甲板への着地をアイリスと同期させるからね」

「あぁ、頼んだ」

「大尉……本当にありがとうね」


 カーミルの独り言のような小声は、そうはっきりと聞こえた。お礼を言われるようなことはしていない。なんて返したらいいか、気の利いた言葉も浮かばない。だから俺は、その言葉には聞こえないふりをした。

 格納庫へと戻りハッチが閉じられたが、格納庫内には宇宙作業服を着た作業員らしき人たち数人が慌ただしく動いていた。マッシュもそれらに混じって駆り出されている。

 その格納庫に、アイリスとリリアムがきていた。


「『オートランダー固定完了。光波炉同調解除。大尉、お疲れ様でした』

「よくやってくれたカーミル。おまえのおかげだ」

「そんなことはないよ」

「自信を持て。船を守った、立派な戦果だ」

「……えへへ、うん、じゃあ、少し自信を持つよ」


 俺はヘルメットを取り、直接カーミルを見る。戸惑いの表情は照れ隠しなのかもしれないが、そこには出撃前と比べて、明らかに自信の色がうかがえた。

 カーミルがハッチをあけ、上体を出す。外から声が聞こえる。


「おかえりカーミル!」

「おかえりなさい、カーミル」

「ありがとうアイリス! おかげで助かったよ。リリアムも、気づいてくれてありがとうね」


 カーミルがハッチから出た後、俺も出る。そこにはカーミルたち三人がこちらを見ていた。


「な、なんだ?」


 なにかを期待されるような視線を受け、俺はどう反応したらいいかわからなかった。


「大尉は『ローズリンク』も守ってくれました」


 アイリスが言う。


「やれることをしただけだ」

「とてもすごいことですわ」


 向けられる三人の笑顔がまぶしい。


「まぁ……たまたま上手くいったんだ」


 なんと言ったらいいかわからない俺はそう応えた。

 すると、リリアムが一歩こちらに近づく。


「大尉、このあと合流するシャトルから先ほど連絡がありました。合流地点、時間ともに予定通りだそうですわ」

「合流? あぁ、そうか……例の、残りふたりのICOか」

「そうですわ。ルチルとアヤ、ふたりも優秀なICOですわ」

「ルチルと、アヤ、か」


 名前からその姿は想像できなかったが、おそらくはアイリスたちと大差ない年頃の少女だろうとは思った。

 まだ戦いははじまったばかりで、これから苛烈になっていくのかもしれない――そう思い気を引き締めようとした瞬間、腕をぐいと引っ張られた。カーミルだ。


「大尉、おやつ食べに行こうよ。うちらじゃ修理はできないからさ」

「カーミル、おまえ切り替え早いな」

「悪いこと?」

「いや、いいことだ。じゃあ着替えたら食堂で合流するか。アイリスとリリアムもな」

「やった、ありがとう大尉!」

「ご一緒します」

「光栄ですわ」

「その前に着替えさせてくれ」

「三人でお手伝いしますわ」

「ひとりで脱げるから大丈夫だ」


 ふふふとリリアムが笑う。

 そんな中、アイリスとカーミルの話が聞こえる。


「ねぇ、怖くなかった?」

「平気だった。リリアムの言うように、心配するよりやってみた方がよかったって思ったよ。大尉にも大事なことを教えてもらったし」

「へぇ、どんなこと?」

「……うちも、アイリスやリリアムたちのいるここが帰る場所なんだってこと」


 アイリスは一瞬驚いた顔になったが、すぐに笑顔になった。


「うん、ここがわたしたちの帰る場所だよ、カーミル」

「しっかり守っていくからね」


 そんな言葉をかわしているふたりを、俺は穏やかな思いで見ていた。純粋で、やはりまぶしい。

 そして、俺のそばに立っていたリリアムもまた、穏やかに彼女たちを眺めている。そのリリアムがふと俺を見て、微笑む。


「うん?」

「大尉の熱がカーミルにうつったんですわ」

「聞いてたのか?」

「わたしの権限で、聞いておりました」

「そうか。まぁ……そういうことだ。カーミルは元々強い子だったってことだよ」

「わたしもそう思います。ですがカーミルはそれに気づけずにいました。気づかせてくれたのは大尉です。ICOは完璧を目指して造られましたが、ICOだけでは完璧になることができないとわかったんですわ。そのために、大尉が必要になったのです。だから……本当、ありがとうございます」


 リリアムは頷くように頭を下げた。


「お、おい、そんなことしないでくれ」

「一応、ですわ。さ、休憩時間にしましょう」


 リリアムは微笑んでそう言い、食堂のある二階へと向かいはじめた。

 軽口こそ多いが、リリアムはアイリスやカーミルとは少し違った雰囲気を持っている気がした。

 そんなリリアムのあとを追うように、俺も二階へと向かう。

 一瞬、うしろの『オートランダー』を振り返る。この強力な戦車の能力を引き出すICOはまだ俺にとって謎が多い。だが、まぶしい存在でもある。みんな、熱い思いを持った人間であり、仲間だ――俺はカーミルから、そんなことを学ぶことができた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。