第二話「わたしたちは兵器、道具、そのように」
【〇〇二 オートランダー】
MMBT-04(マリアルスメインバトルタンク)第4号機。
マリアルスが保有する最新鋭戦車であり、運用はアイリスたちICOを使うことを大前提に設計されている。
通常ICOひとりでも操作することは可能だが、幅広い戦術を駆使しなければAIに勝つことは困難であるため、ICOでは経験不足となる。
また、システム操作と操縦を同時にこなすリソースがICOにはないため、人間のパイロットはどうしても必要とされる。
【第二話 わたしたちは兵器、道具、そのように】
「敵はシリンダー上弦地区のひと区画に穴を開けて侵入したようです」
その上弦地区へ向かう途中、アイリスはそう言う。俺の目には見えていない情報を、モニターもなしにこのアイリスは集めている。
「数はわかるか?」
「VA七型が五両展開中です。その中央にベースポッドがあるようです」
「ベースポッド?」
「車両を搭載した降下艇のようなものです。アルヴァトラの車両はそれに格納されてシリンダーや地球に送り込まれるんです。これには簡易的な修理機能もあるんです。まだ出てきていない車両も搭載しているかもしれません」
「そいつを破壊する必要がある、ってことか」
「攻撃目標に指定しますか?」
「頼む。優先度は最優先にしてくれ」
「わかりました」
すると、ヘルメット内のモニターにマーカーが表示される。
「接敵するまで自動操縦にしますか? まだ少しかかりそうですよ」
「いや、いい。慣れない機体なんで、少しでも自分で運転して感覚を掴みたい」
「わかりました。……さすがですね」
「さすがもなにもないだろうに」
「あります。やはり、大尉を選んだアテナ司令は正しかったと思います。初戦で二両の戦車も倒しましたし」
アイリスの声は弾んでいるように聞こえた。
「それはこの戦車の、『オートランダー』の性能だ。キミも込みで、な」
「あ、ありがとう……ございます……!」
うしろは見えないが、照れているように感じられた。
進んでいるのはシリンダー下弦部の道で、下弦部はそのほとんどが農場になっている。商業施設などは上弦部に集中していた。道を行くものの、人影はなく、みんなおおよその避難は終えているようだった。
時折、避難を促すアナウンスが聞こえる。
「そういえば聞いておきたいんだが、ICOっていうのは――」
俺の言葉をさえぎるように、機械音が鳴る。
「なんだ?」
「『ローズリンク』からの通信のようです。ジャミングが解消されたようですね」
「『ローズリンク』ってのは?」
「わたしたちの母艦です。マリアルスが所有する星間輸送船です」
星間輸送船を会社が所有しているのは驚いた。彼女の所属するマリアルスという民間軍事会社はかなり規模の大きい会社なのかもしれない。戦車を所有している会社はめずらしくないが、専用の星間輸送船を持っているのはなかなかに聞いたことがない。
「応答してもいいですか?」
「あ、あぁ、もちろんだ」
思わず呆気にとられてしまっていた。
「こちら『オートランダー』、アイリスです」
『わーっ! やっとつながった! やっぱりアイリスが乗ってたんだね!』
いきなり元気な少女の声が聞こえる。すると、ヘルメット内のモニターの端に赤髪の少女の驚く顔が映った。
『戦闘がはじまったみたいだってリリアムが言うから心配したんだよ。アイリスひとりで動かしたの?』
「心配させてごめんねカーミル。でも、わたしひとりじゃそんなことできないよ。大尉が乗ってくれて、戦ってくれたの」
『えっ!? 本当!?』
赤髪の少女がかなり驚く。表情が豊かで、どこか昔飼っていた犬を思い起こさせるものがあった。アイリスを心配して通信をしていたようで、仲間思いなのだろう。
『では、交渉は上手くいった、ということですわね』
淑やかな落ち着いた声とともに、今度は水色の髪の少女――と呼ぶには少し大人びた雰囲気の女性が映る。
「あ、リリアム。うん、大尉、協力してくれるみたい」
「お、おい、俺はまだ――」
俺が口を開くと、赤髪の少女の顔がぐいっとアップになった。
『わーっ! そこにいるの!? 本当に一緒に戦ってくれてるのーっ!?』
『ちょっとカーミル、通信機に近づきすぎですわ』
『あはは、ごめん。つい興奮しちゃった』
『アイリス、そちらの映像もつなげられるかしら? わたしたちも大尉にご挨拶しないといけませんわ』
「あ、そうだね。大尉、こちらの映像を繋いでもいいですか?」
「あぁ、いいぞ」
一瞬うしろを振り返ると、下着姿のアイリスはコンソールパネルのようなものを手前に引き出して操作していた。
『あ、映った! 大尉! はじめまして! カーミルっていいます!』
正面を向くと、赤い髪の少女が弾けるような笑顔で俺を見ていた。
そのとなりに映る水色の髪の女性はうやうやしくお辞儀をする。
『はじめまして、アイ=リリアムと申しますわ。リリアムとお呼びくださいね』
「あ、あ、あぁ、よろしく。ヘルメット取った方がいいか?」
『いえ、作戦行動中ですのでどうぞそのままで大丈夫ですわ』
リリアムがそう言ってくれた。
「ふたりともわたしと同じICOです。所属も同じです」
うしろのアイリスが言う。ICOは人間ではないと言っていたが、このふたりもアイリスと同じで、どう見ても人間にしか見えない。アンドロイド特有の『硬さ』も感じられない。
「ICOっていうのはつまり――」
俺が聞こうとした時。
『あーっ! アイリスなんで下着になってるのー!?』
カーミルという少女の大きい声が車内に響き渡る。
「こ、これは現場対応ということで――」
説明しようとしたアイリスを見て、リリアムが笑みを浮かべる。
『なるほど、そういうことでしたか。アイリス、色仕掛けで大尉を説得したのですわね』
『えっ!? そうなのアイリス!? すごいじゃん! 巨乳冷却の巨乳が冷却以外の役に立ったんだね!』
「ち、違いますっ! だいたい、大尉に色仕掛けなんて通じません。そうですよね?」
「は?」
いきなり聞かれ、まぬけな声を返してしまった。
「え、通じるんですか?」
アイリスの反応は早かった。
「い、いや、そんなことは――」
『アイリス、わたしも前から言ってますわ。わたしたちの美貌が通じない男性などいないと。大尉に会って、もしも協力を渋ったら色仕掛けすればなんとかなると』
『そうだね、リリアムはそう言ってたね! アイリスの手柄だよ!』
「だから違うってばふたりとも!」
アイリスがばたばたと手を振っていた。
カーミルとリリアムもICOなのだろうが、こうしていると年相応の人間と変わらないように思える。とても、人工的な存在には見えなかった。
『アイリス、敵車両二両がそちらへ向かっていますわ』
リリアムが不意に状況を伝えた。彼女たちの母艦からも様子は把握できているらしい。
「ありがとうリリアム。こちらでも捕捉できた」
『念のため無線封鎖しましょう。ベースポッドに傍受されているかもしれませんわ。大尉、よろしいですか?』
「あ、あぁ、そうしよう」
リリアムの提案は手堅い判断だった。一瞬、感心してしまう。
「敵車両は近いのか?」
「まだ射程圏外です。マーカー投影します」
モニターにマーカーが追加される。距離は遠かったが、お互いに近づいているため距離を示す数字は急速に減っている。
「大尉は……こう言ってしまっては失礼ですが、AI制御の戦車を上回る反応速度で圧倒できたのは、わたしは才能だと思っています」
「それがどうして失礼なんだ?」
「努力もされているからです」
「…………」
居心地が悪くなるくらいにまっすぐな言葉だった。
「過大評価だ。あまり期待すると幻滅するぞ」
「意味はよくわからないのですが、『男が弱みを見せるようになったら女は一人前だ』って、リリアムが言ってました」
どうやらリリアムというICOはアイリスたちにいろいろと『余計な』ことを教える存在ということがわかった。
「なので、大尉が弱いところを見せても、それはわたしがカバーします。それが一人前ってことですよね」
そして、アイリスは驚くほどに素直だ。
「そうしてもらえると助かるが……なんというか、おまえは怖くないのか? こうして戦車なんかに乗ってて」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって……戦車だぞ? いつ撃たれるかもわからないんだぞ?」
普通、兵士や民間軍事会社に勤めるオペレーターにはこんなことは聞かない。聞いてしまった自分に落ち度があると言えば、そうだった。それくらい、アイリスは普通だった。
「わたしたちICOは対AI戦闘用に造られた存在です。こうして戦うことは当たり前のことで、そのように教育されましたし、訓練もしてきました」
あまりにも当然、と言うようにアイリスは言う。言葉の中には確かな自信のようなものも感じられる。きつい訓練に耐えて戦場にやってきた新兵のような自信だ。そしてそれははじめての戦闘を経験すればびびって揺らぐのが定番だ。しかし、アイリスには揺らぎはない。実戦を経験してもなお、自信を保っている。
「安心してください。きちんと役に立ちますから」
大局が見られる兵士は自分をひとつの単位として理解している。だが、アイリスが言った『役に立つ』というのは、まるで自分たちが本当に道具であるように感じられた。
「……役に立つのはわかってる。そこは疑っていない」
別の言葉をかけるべきだっただろうか。これは自信を失った新兵にかける言葉だ。しかし、こんな少女にかける言葉を俺は知らない。
「ありがとうございます。信頼されて……嬉しいです!」
アイリスは喜んでくれた様子だった。逆にこちらは戸惑ってしまう。軍にいたころは女性兵士も珍しくはなかったが、彼女たちとアイリスたちはまた違った雰囲気がある。アイリスは軍人とは違う雰囲気がある。なにがそうさせているのか、もしかして直視できない下着姿がそうさせているのか、それはわからない。
「前方より敵車両接近。まもなく射程圏内に入ります」
「よ、よし――」
気を取り直す。油断できる相手ではない。考え事は一度遠ざけておかなければ、やられる。
「敵車両二手に分かれます」
「見えた。左の一両は建物を盾にする気か。右の一両を囮にして背後を取るつもりだな」
「……すごい!」
「なにがだ?」
「わたしの、ICOの戦術予測と同じです!」
うしろのアイリスを見る。意外そうな顔をしていた。
「この程度は基本だ。で、その対策はどうするんだ?」
「左の一両を速やかに撃破し、回り込んだ車両のあとを追います」
「なるほど。優等生の回答だ」
思わずにやりとしてしまった。アイリスの回答は正しい。教本通り、なんの間違いもない。
「けどな、こういうやり方もある」
「えっ――ひゃっ!?」
俺はスロットルを解放し、『オートランダー』を加速させた。右側の囮に向かい全速力を出した。
「た、大尉!?」
「掴まってろ! ICOでも舌を噛んだら痛いぞ!」
敵車両の砲撃がはじまる。砲弾が正面から来る中を、左右に車体を振りながら突っ込んでいく。車体の左右の地面に敵車両からの砲弾が当たり、土煙を巻き起こす。だが、こちらの機動力は思っている以上に高い。AI制御の戦車砲でも捉えることはできないでいる。
「ぶつける気ですか!?」
「そう思わせるんだ!」
敵車両にぶつける勢いで接近すると、敵車両が砲撃をやめて回避に入った。AIは死を恐れない。だが損傷は避ける。こいつもその例外じゃなかった。
ぶつかるぎりぎりを通り抜ける。
「うしろに付かれますよ!」
「いいんだ!」
左にいた一両がすぐうしろを追いかけてくる。そして、右に回り込んでいた一両も建物から飛び出し、うしろへとつく。やはり、情報共有がされている。
「二両後方! 一度建物に隠れてください!」
「アイリス! 照準補正だ! 連続で撃つぞ! 発射間隔は二秒、目的は三つまでだったな?」
「そうです……! はっ!? 大尉もしかして!」
アイリスは俺の思惑に気づいたようだった。
「片方ずつじゃ取り逃がす可能性がある。だから二両を一気に叩く。いくぞ」
「は、はいっ!」
俺は急ブレーキをかけて車体をぐるりと転回させる。
「照準補正! 固定します!」
「まずは一発目!」
転回完了とほぼ同時、主砲の照準が手前の車両を捉えた。そこからタイムラグなしに発射された主砲が手前の車両に直撃し、車両を爆破させる。奥の車両からの砲撃が来るが、俺が回避することなく外れた。手前の車両が射線上にあったので、狙い損ねたらしい。
「一……二……撃つぞ」
「撃てます」
二発目を撃つ。相手が撃たれた戦車から砲塔を出したところへと叩き込む。初弾で命中し、敵車両の砲塔が吹っ飛ぶのが見えた。
「車体本体はまだ自走できるようです」
「とどめを刺しておく」
『オートランダー』を少し前進させ、砲塔が吹き飛んだ車両にとどめの一撃を送り込む。
人間が乗る戦車なら戦闘能力を失えば見逃すが、AI制御なら残しておくとなにに使われるかわからない。確実に動きを止める必要があった。これは俺が戦場で学んだことだった。
「二両無力化しました。お見事です。すごい戦術でした」
「周囲索敵だ。まだ気を抜くのは早いぞ」
反射的にそんな言葉が出てしまった。あまりにも既視感のあるやり取りだったのだが、相手は少女だ。
「そ、そうですね、失礼しました」
アイリスは素直にそう言ったが、自分には罪悪感があった。
「いや、いい、大丈夫だ」
「いえ、つい気を抜いてしまいました。敵車両はベースポッド周辺までありません」
「わかった。……さっきは――」
すまなかった、そう言おうとしたのだが、アイリスの声がそれを遮った。
「『ローズリンクより通信受信。暗号通信を確立したようです。『ローズリンク』を動かすのかな……」
「敵車両が出てるうちに輸送船を飛ばすのは危険じゃないか?」
「わたしもそう思います。あ、通信繋ぎますか?」
「頼む」
するとヘルメット内のモニターには再びカーミルとリリアムが映る。
映像には少しノイズが混ざり、先ほどより解像度が落ちている。暗号通信の弊害だ。
『見ていたよアイリス! すごい戦いだった!』
カーミルは興奮しているようだった。
「わたしじゃなくて大尉の実力だよ」
「いや、俺の実力でもない。この戦車の性能だ」
『大尉の戦術に感動しました!』
カーミルは顔を近づけ、大きい声で言う。
「戦術に感動もなにもないよ。やらなきゃやられる、それだけだ」
『それでも、成果をあげたのはすごいと思います! 『オートランダー』の性能をしっかり引き出せていて、うち、見ていて感激しました!』
同じことを、かつての部下に言われたのを思い出す。カーミルのような反応をする新兵がいた。
「……AIと戦って経験がそれなりにある。やつらは正面から戦ったら反応速度や状況の共有速度でまず勝てない。だから、いろいろとアルゴリズムを逆手に取って工夫する必要があるんだ。そうやって戦ってきた経験が人より少しあるだけだ」
カーミルの無邪気な笑顔を見ていたら、思わずそんなことを語ってしまった。
『つまり、勝利してきた、ということですわ、大尉』
「勝利なんて……俺からは一番遠いものだ」
つい出てしまった言葉に、カーミルとリリアムが驚いた。うしろのアイリスからも「え?」という小さい声が聞こえた。そのアイリスが言葉を続ける。
「……大尉は、歴戦の英雄だって聞いています」
「それは違うぞアイリス。英雄だったら、農業シリンダーに飛ばされるものか」
「でも、戦車大隊を率いてドローン戦車隊を次々に撃破したって、アテナ司令が」
それは事実だ。しかし、俺はそれを誇れない。
「……あぁ、たしかに多くのドローン戦車を倒した。ただし……仲間の犠牲と引き換えに、だ」
『大尉……』
カーミルがつぶやく。モニターに映るカーミルとリリアムは悲痛な顔になった。
「勝利は華やかな響きだが、現場では犠牲も出る。救えなかった命が、あまりにも多い。俺の勝利なんてものはその犠牲に比べたら、価値なんてない」
彼女たちにはなんの関係もないことだった。これは俺の個人的な話で、この話にも価値なんてない。つまらないことを言ってしまったと後悔しはじめた時、アイリスの声がする。
「そんなことありません」
アイリスの声ははっきりとしていた。
「そんなことありません大尉。価値はあります。大尉が戦ったことで守られた命や財産があるはずです。救えなかった命も、犠牲もありましたが……大尉は生きています。そしてまた、このシリンダーの人の命を守りました」
「それは……」
アイリスは続ける。
「大尉が生きていたからこそ、戦って、経験を重ねていたからこそ、このシリンダーは破壊されなくて済んでいます。大尉の勝利が、今日と明日を生きる人を救ったんです。だから……価値はあります。大尉の勝利も、大尉が生きていてくれたことにも。それに……もう犠牲は出ません。ICOはそう簡単にやられたりしませんから」
思わずアイリスの方を見てしまった。アイリスは真剣な顔をしていたが、俺と目が合うとにこりと微笑んだ。どうやら、気を遣わせてしまったらしい。
「その格好じゃカッコつかないな」
「えぇ!?」
俺も微笑みを返した。そして前を向く。
「すまない。引退した兵士の昔話だ。気にしないでくれ」
「貴重な話です」
『そうです大尉。大尉のような経験、うちらにはないですから』
『教本以外のこと、たくさん教えてください』
三人は前向きだった。どうやら、俺だけがうしろを向いていたようだ。このICOたちが眩しく見えるのは、彼女たちが前を向いているからだった。俺は日陰から、日向を見せられている。
「俺は……」
自分が恥ずかしく思えた。詳しいことはわからないが、人類の危機を知って勇敢に立ち向かう人がいるというのに、自分は過去に囚われている。それは、俺が軍で見て反感を覚えていた言い訳の上手い大人そのものではないか。
「大尉? どうしました?」
「……あいつらをなんとかする手伝いはする」
「本当ですか!?」
アイリスの声が弾む。モニターのカーミルとリリアムも笑みをこぼした。
「ただ、俺を過信するのはやめてもらいたい。経験はあるかもしれないが、ブランクもある。この戦車のことだって不慣れだ。逆に、俺にいろいろ教えて欲しい」
「任せてください!」
『『オートランダー』のことも全部教えるよ!』
『それ以外のことも、たとえばICOの体のこと、保健体育的なこともお教えしますわ』
「そ、それはいい……」
『そうですか? 遠慮なさらず。わたしたちのこと、気になっているのではないですか?』
リリアムがこちらに胸を寄せて映す。深い谷間が見えるが……巨乳冷却という名に恥じないボリュームだった。
「気にはなっているけど、保健体育的な意味で気になってるわけじゃない」
「リリアム、大尉が困ってる」
『ふふふ、わたしたちも大尉のこと、気になっていますわ。いろいろ教えてくださいね』
リリアムには少し気をつけた方がよいかもしれない、本能的にそんなことを察した。
しかし――彼女たちは明るい。戦場の兵士たちはユーモアを重宝するが、彼女たちもその例外ではないということだろうか。
そう思った時――。
『アイリス、ベースポッドが近づく。そろそろ防衛に出てる車両が反応するかもしれない』
カーミルのその言葉が、一気に緊張感をもたらす。
『ベースポッド周辺は三両が展開していますわ。市街地への攻撃は停止していますが、周辺の建物に被害が出ています。おそらく、人的被害も……』
リリアムが状況を伝える。
「三両のうち一両は取り逃がしたアンテナ車か。判別できるか?」
カーミルが応じる。
『カメラ映像は使えないからそこまではわからないよ』
「わかった。まぁたぶんあいつはいるだろうな。敵戦力はそれで全部か? 増援の可能性はないか?」
『こちらが使えるセンサーを総動員しているけど、侵入してるベースポッドは確認できている一基だから、もし増援があるならポッドの中にあるかもしれない戦車くらいだと思うよ。ポッド一基に搭載されるアルヴァトラの戦車は十両くらいだから、隠れて残っているならあと三両かな』
カーミルの推測はデータに基づくものと思われた。信頼性はある。
「あと三両か」
機関砲の残弾を確認する。主砲はエネルギー方式で弾切れの心配はないが、機関砲の残弾は二〇〇発程度だった。掃射するとして、二回くらいだろう。
アンテナ車を含めた敵残存戦力は最大で六両。本来ならすぐにでも撤退する必要のある戦力差だ。
「『オートランダー』なら勝てます」
俺の心配を察したのか、うしろのアイリスが力を込めて言った。
「やるしかないな。敵の動きに変化は?」
「ベースポッド周辺に待機中です。おそらく、こちらの進行を察知して待ち構えているのかと思います」
「ふむ……。普通のAIならイレギュラーに対して物量で押して来そうな気もするが……どこか人間味のある判断をしているな」
「なにか気になりますか?」
「いや……」
アイリスは体を伸ばして俺をのぞき込もうとしたが、体が固定されていてそこまではできなかったようだ。
ふと、あのアンテナ車に見えた人影が気になった。人間が指揮を執っているのではないだろうか。アンテナ車も、AIとは思えない行動をしている。
「アイリス、ICOは全部で何人いるのか把握できているのか?」
「全部で五人です」
「それは確実か?」
「確実です。ICOを製造できる技術はうちにしかありません。例外はありません」
アイリスは断言する。
「製造、か……。どう見ても人間にしか見えないな」
「それはそうです。受精卵から造られていて、成長の過程は人間より早められていますが、人間とほぼ同じ成長をします。臓器や脳などは外科的に改造されていますが」
「受精卵から? 外科的に改造って……どういうことだ?」
禁忌に触れたような気がした。しかし、アイリスは落ち着き、当然のことを語るかのように言う。
「人工的に受精卵を造るんです。そうすることで、能力の高い、改造に耐えうる素体を造れるようになったんです」
「ちょっと待て、改造ってなんだ?」
「そのまま、改造です。心臓の代わりに光波炉を搭載して、脳にチップなどを埋め込んで機能を拡張します。皮膚や骨も特殊コーティングをして『オートランダー』の制御負担に耐えられるように強化しています」
「…………」
思わず言葉に詰まった。つまり、彼女たちは完全に人工的に造られた存在であって、普通に意識を持って誕生した後に体をいじられているということなのか。
これでは、本当に道具だ。人が人工的に人を誕生させる、クローンなどの研究はかなり昔に禁止になっている。だと言うのに、アイリスたちはその禁忌の技術で生まれた存在ということだ。
「……禁止された技術じゃないのか」
声が震えていた。義憤からではない、俺は、怖かった。
「禁止はされていました。ですが、AIアルヴァトラに対抗するためにはAIを上回る処理速度を持った『生体』が必要だったんです。ICOと光波炉の基礎理論を完成させた湊博士は禁止されていた人工生命の技術を使ってでも、わたしたちを完成させたんです」
「なんてことだ……! それは本当なのか!?」
『アイリスの言ってることは本当ですわ』
応じたのはリリアムだった。
『わたしたちはアルヴァトラとの戦闘のため、人類救済のために造られた人工的なものです。この存在を命と呼ぶかどうかは現代の倫理では答えが出ていません』
「どう見ても生きてるだろうが!」
『それはわたしたちが人間とのコミュニケーションを円滑するために表情や感情などを使っているからそう錯覚しているのですわ。『オートランダー』運用面から見れば、わたしたちはその生体ユニット、ひとつの部品にすぎませんわ』
「そんなことが……」
そんなことがあってたまるか。軍にいたころ、人間を部品のように扱う連中はいた。俺は現場にいて流れる血を見てきた。戦場に立つ人間も、ここで農業をする人間も、地球で何不自由なく暮らしている人間も、同じ人間だ。人間は部品じゃない。
「部品なんかじゃない。自分をそんな風に言うのはやめろ」
モニターのカーミルとリリアムはハッとする。少し口調がきつくなっていた。
「すまない。おまえたちはたしかに人間じゃないかもしれない。けど、こうやって話ができるんだ。俺には人間にしか思えない」
「大尉……」
『それは……うん』
カーミルはどこか照れくさそうに頬を掻いていた。リリアムは微笑む。
『ありがとうございます。人間のように接してくれることには感謝いたします。ですが、わたしたちは戦うための道具、武器です。それをお忘れなきよう、お願いいたしますわ』
「……なら、大事にする」
「えっ」
『た、大尉!?』
『ま、まぁ』
カーミルとリリアムは驚き目を見開き、大きく開いてしまった口元を手で隠した。アイリスは見えないが、同じ表情をしていそうな声だった。
「武器なら大事に扱うのは当然だ。道具だからって、粗末には扱わない。それに、こんなに人間と変わらないのなら……戦いが終わってからの生活もあるだろうが」
そう言うと、三人は静かになった。『オートランダー』の駆動音だけがする。アイリスの表情は見えない。カーミルとリリアムは真顔で目を閉じていた。
「どうした?」
『いえ、なんでもありません。そうですね。大尉にそう思っていただけるのでしたら、光栄かもしれません。共闘できることも、光栄に思いました』
『うちもそう思う』
「わたしも、そう思います」
カーミルとアイリスは言葉こそ短かったが、深く感心しているように感じられた。
「そんないいことを言ったわけじゃないのだけど……」
弁明をしようとした時、車内にアラートが鳴る。
『敵車両前進を開始! 三両接近! ベースポッドより新たに二両展開!』
カーミルがすぐに状況を伝えた。
「地図データを頼む」
「わかりました!」
アイリスに頼むとモニターには立体の地図データが映る。リアルタイムの状況を反映していて、ベースポッド周辺の建物は破壊されている。『オートランダー』を隠すような大きい遮蔽物はない。
「有効射程はこちらに利があります。敵射程外からの攻撃を提案します」
アイリスの提案は正しい。一番効果的かつ安全な戦術だ。
「名案だな。だが欠点がある。こちらは数で負けている。一両二両は射程差で倒せるがすぐに囲まれることになる」
「それは……そうですね。そうです、失礼しました」
「いや、アイリスの提案は間違っちゃいない。時間があるならそれを採用した。けど、相手はその気になれば俺たちを無視して街を破壊できるんだ。その前に無力化したい。やるなら……そうだな、接近戦だ」
「接近戦、ですか?」
「火力と機動力だ。それにアイリスの補正があれば最高速度からでも『狙撃』できるだろう?」
うしろのアイリスの方を見ると、アイリスはハッとして、すぐに強く頷いた。
「で、できます! お任せください!」
「頼むぞ。カーミル、リリアム、一旦無線封鎖する。なにか大きい変化があったら連絡を頼んだ」
『わ、わかった! アイリス、大尉、気をつけて!』
『無事を祈りますわ』
通信が切れる。
「……仲間の心配をしたり、無事を祈ったり……道具がそんなことできるものかよ」
思わずつぶやく。
ICOは、人間だ。人間より、人間らしいほどに。
「主砲安全装置解除」
「解除します」
「初弾は牽制だ。命中させなくてもいい。相手の射程外から撃ち込んで隊列を崩す。そこを機動力を活かして接近して手近な車両から仕留めるぞ」
「わかりました。命中させなくてもいいということですが、限界まで至近弾になるよう計算します」
「あぁ、頼む」
地平の彼方にマーカーが合わさり、距離が表示される。敵車両の姿が見えた瞬間、俺は操縦桿のトリガーを引いた。
主砲が発射され、それは敵車両の近くをかすめ飛ぶ。
「至近弾です。敵車両三、左右に分かれます。左に二、右に一」
「右に突っ込む」
スロットルを解放して最高速度へと加速する。走っていたのは道路で、速度が出るとアスファルトが割れるが、今は仕方がない。
目指す敵車両は倒壊したビルの瓦礫を盾にする。全身は隠せないが、車体の一部は隠せる。
「回り込みますか?」
「乗り越える」
「こ、この速度でですか!?」
「できるだろう? 『オートランダー』なら!」
「できますが……ひゃあっ!?」
瓦礫に突っ込む直前、背後から砲撃が来た。回り込んだ左の二両が思いの他早く攻撃を仕掛けていた。
急転回して『オートランダー』を左右に振りつつ、速度を維持して瓦礫の山に突っ込む。『オートランダー』の履帯が瓦礫を潰しながら食いつき、車体を力強く牽引する。瓦礫の頂点に達するとき、右手側に敵車両が見える。
「アイリス! 右!」
「見えてます! 捉えています!」
「着地と同時だ!」
「外さない距離です!」
瓦礫を飛び越えた『オートランダー』が跳ぶ。空中の車体を狙った一発が命中する。
「あぅっ!」
エネルギーシールドが作動して砲撃は無効化された。軽い振動があっただけだが、アイリスが呻いた。しかし、こちらも着地する。それと同時、砲塔を旋回させて一発を手近な敵車両に叩き込む。命中した。敵車両は爆発する。
「アイリス大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です」
「どうしたんだ?」
「エネルギーシールドが作動すると光波炉に負担がかかるんです。さっきのは距離も近かったので、エネルギー消費が大きくて」
「早く言え! 次は当たらないようにする!」
「大丈夫です、耐えられる構造です」
「苦しい思いはさせたくない、なるべくな!」
「……す、すみません」
アイリスはそれを重荷として受け取ってしまっただろうか。だが、それでも今はいい。ICOは丈夫に造られているというようなことを言っていたが、だからと言って余計な苦痛を与えるのは気分がよくない。
「大尉! 前方よりアンテナ車です!」
「来たか!」
「後方二両、二手に分かれて回り込みます。三方向から包囲されます!」
「跳ぶぞ!」
マニューバーモードに切り替え、即座にジャンプする。後方に向き、着地後に近くのやつに一発撃ち込む、そう思っていた。だが――。
「大尉! アンテナ車が!」
「こいつ!?」
アンテナ車が前進して瓦礫に乗り上げる。こいつ、わざと瓦礫に乗り上げ、主砲の角度を確保したのだ。その一発は空中のこちらを的確に捉えていた。アンテナ車の放った一発が『オートランダー』を捉える。
「しまった!」
「あうっ!」
「アイリス!?」
「だ、大丈夫です!」
『オートランダー』下部への直撃だった。戦車の脆い部分への一撃で、シールドがなかったら致命的なダメージになっていた。
着地と同時にスピードモードになるが、後方から包囲していた敵車両はこちらの着地を読み、距離を取っていた。
「あのアンテナ車、やるな……。手練れが乗っている気がするぞ」
「ウイングがあれば……」
「ん? なんだって?」
回避走行をしつつ、アイリスに問う。
「わたしの個人兵装です。『オートランダー』は搭乗ICOに合わせた特殊兵装が装備可能なのですが……今回は大尉を乗せて試験走行だけをする予定だったので、装備してこなかったんです」
「そんなものがあるのか。まぁなきゃないでなんとかする。再度突っ込むぞ」
敵車両と距離を取りつつ、大きく旋回してアンテナ車の正面を捉える。相手は包囲を崩さない。優秀な指揮だ。おそらく、アンテナ車に乗っているあの人影が指揮している。
さて、どう突破するか。
思考を巡らせた時――。
『聞こえるか大尉、アイリス』
聞き覚えのある声が車内に響く。アテナ司令だ。
「アテナ司令!」
「無事だったか」
『ローズリンクに戻った。アイリス、ウイングを送る』
「え? 送るって……ど、どうやってですか!?」
『戦闘データを共有していただろう? それを見たマッシュが、大尉ならこれを使えると言って大急ぎで組み立てた射出用ブースターがあるんだ。それを使って『アイリスウイング』をそちらに飛ばす。空中で受け取って装備しろ』
なにを言っているのかわからなかったが、アテナ司令が無茶苦茶を言っていることはわかった。
しかし――。
「アテナ司令、輸送船を出すのか? 相手はまだ奥に二両控えてる。空になにか出したら的になるぞ」
『その二両をこれからキミがなんとかする。そうすれば『アイリスウイング』を送れて万事解決する。そういうことだ』
「なるほど……先に奥の二両をなんとかしろってことか。現状の装備で」
『さすが大尉、理解が早い』
俺はヘルメットの中でにやりとしていた。アテナ司令は無茶苦茶を言う。しかし、それは理にかなっていた。
『『ローズリンク』発進する。大尉、この船が撃たれる前に頼むぞ』
「わかったよ! やってやる! 行くぞアイリス!」
「は、はいっ!」
三方向から砲弾が飛び交う中、回避行動をしながらベースポッドへ向かう。
「アイリスの作戦を使うぞ!」
「え!? わたしの作戦!?」
「あぁ、射程外から撃つってやつだ! 射程外からベースポッドを守るやつを倒す!」
「わ、わかりました!」
こちらがベースポッドへ向かうことを、アンテナ車を含めた三両は察したようで、うしろからついてくる。砲撃が続くが、『オートランダー』の機動力が効果を発揮する。
「前に回り込むまではしないか。AIらしいちゃ、らしいな」
「敵車両射程内に入ります」
「今度は当てるぞ。この速度のまま左のやつから倒す」
「わかりました。距離誤差修正よし――」
アイリスの声と同時、レティクルがグリーンに点灯する。トリガーを引いた瞬間、主砲が放たれて敵車両が爆破、転倒する。
「いい作戦だなアイリス!」
「わたし今すごく感激しています!」
「いいぞ、悪くない、戦闘に興奮はつきものだ」
「右車両アンテナ車に合流を開始!」
「その前に倒すぞ」
レバーを引き、マニューバーモードを起動する。
「大尉、ジャンプは危険では!?」
「素早く低空を跳べば大丈夫だ」
確証はなかったが、あちらが対応する前に仕留める必要があった。
アンテナ車に合流する直前、敵車両の上空を取る。
「もらった!」
機関砲を砲塔に撃ち込む。一瞬の掃射、砲塔が爆発し、動きがとまる。着地と同時にスピードモードに切り替え、鋭く展開して迫るアンテナ車から距離を取る。
「アテナ司令、やったぞ」
『見ていたよ。見事なものだな。追加装備もいらないんじゃないか?』
「このアンテナ車は手強い。使えるものがあるなら送ってくれ。アイリス、受け取れるか?」
「『ローズリンク』からの予測弾道を受信しました。軌道計算して表示します」
ヘルメット内のモニターに小さいウインドウが表示され、そこに輸送船から射出される追加兵装の軌道が表示される。
「ジャンプしての受け取りだな」
「タイミングは一回しかありません」
「訓練ではやったか?」
「まさか。こんなことできるなんてことも今知りましたよ」
「はは、上等だ。やってやるしかない」
「戦闘に興奮はつきもの、ですね」
思わず笑ってしまった俺に、アイリスはそんなことを言った。
『リリアムですわ。『アイリスウイング』の射出準備が整いました。射出後カウント一〇で予定地点に到達しますわ』
「了解した。なんとか受け取る。成功を祈っていてくれ」
『もちろんです。大尉とアイリスならできますわ』
『大尉、アイリス、射出するよ!』
「お願い!」
カーミルの声が射出を伝えた。ヘルメット内のモニターに軌道が表示される。
「思ったより早いぞ!」
「軌道計算はできています!」
「わかってる。包囲された状態から跳んで受け取るのか……簡単じゃないな」
アイリスも言ったようにタイミングは一回しかない。アンテナ車の指揮の中で包囲を突破し、追加兵装を受け取るのは難しい。だが、やるしかない。現場はいつだって、やるしかない。そして俺はやってきた、今回もできるはずだ……ただし、犠牲は出さずに、だ。
自身を鼓舞しつつ、俺はアンテナ車に向かって加速する。それはちょうど追加兵装の軌道と合致する方向だ。
「アイリスすまない、一発は耐えてくれ!」
「え、あ、はい! 大丈夫です!」
「いくぞ!」
アンテナ車の真正面から突っ込む。
「カウント開始、五――」
アイリスがカウントをはじめる。
アンテナ車と、後方左右からの砲弾が来る。回避軌道に入ることで回避することはできた。だが、もう『オートランダー』の軌道は変えられない。
正面にアンテナ車が来る。
「四……三……」
後方左右からの砲撃――外れたのは、相手が回避予測をしていたからだ。まさかこのままアンテナ車に正面から突っ込むとは考えていない。
「二……」
「アイリスすまん!」
アンテナ車の正面からの一撃は避けられない。一発を食らう。
「あうっ!」
シールドがダメージを無効化するが、アイリスが苦悶する。心が痛い、が、誰も死んじゃいない!
「一……!」
「跳ぶぞ!」
マニューバーモードへ切り替えると同時にジャンプする。それはアンテナ車を跳び越える軌道になった。
「今!」
そして、空中を飛来したミサイルのようなものと軌道が交差する。その瞬間、衝撃が車体を揺らした。
「できたか!?」
「『アイリスウイング』接続確認! システムクリア! 大尉! 空中で軌道を大きく変えられます!」
追加兵装『アイリスウイング』が装着された。ステータス画面を見ると、砲塔の左右に追加スラスターが装備されていた。同時に、速度メーターの上限が上がっている。
「こうか!」
その『アイリスウイング』は空中での姿勢制御に革命をもたらした。まるで星間戦闘機のように空中で姿勢を反転させられる。さらにスラスターには余剰推力がある。スロットを解放すると、空中を飛ぶことができた。
「飛べるのか!?」
「少しなら。でも主砲は使えません」
「十分だ。この機動力があれば包囲も怖くないぞ」
アンテナ車の上を跳び越え、後方左右にいた二両のうち一両を跳び越え、死角に着地する。そしてマニューバーモードのままその一両を捉える。
「捕捉できています!」
「捉えた!」
主砲を放つと一両を無力化できた。もう一両、アンテナ車を伴いこちらに迫る。左右に分かれての、セオリー通りの接近だった。アンテナ車は瓦礫の近くを目指す。こちらのジャンプに備えているらしかった。
「この機動力なら戦車砲では捉えきれない!」
再度ジャンプする。こちらへ向かう車両が砲弾を放つが、跳ぶ『オートランダー』を捉えることはできなかった。
アンテナ車ではない一両の頭上を取る。機関砲を使い、砲塔に弾丸を撃ち込みまくる。爆発が起こり、停止。だが、機関砲は弾が切れた。
「大尉、機関砲が」
「わかってる」
「アンテナの車両はどうしますか?」
「ここで無力化する」
「空中からは攻撃できませんが」
「それならな」
「え――」
空中でスラスターを使い、文字通りに飛翔する。アンテナ車は瓦礫を使って砲塔の角度を確保して空中のこちらを撃とうとしていたが、こちらの機動力の方が上だった。アンテナ車の真上に接近すると、急降下させる。
「こういう戦い方もできる!」
「大尉っ!? えぇっ!?」
急降下させた『オートランダー』から展開した脚で、アンテナ車を蹴り飛ばした。
「ひゃあっ!?」
「やりすぎたか!?」
さすがにものすごい振動があり、ステータス画面には脚部にダメージ軽微の表示が出る。
しかし、アンテナ車は砲塔から伸びる砲身を折り曲げながら地面を転がり、横転して止まった。これではもう走れないし、主砲も使えない。
「大尉」
「わかってる。完全に無力化させる」
人が乗っているかもしれない――だが、ここで逃したら被害が増える。そう判断し、レティクルを合わせてトリガーを引く。その瞬間前、砲塔のハッチが開き、人影が飛び出した。
それを確認したのと、俺がトリガーを引いたのは同時だった。『オートランダー』の砲がアンテナ車を吹き飛ばす。しかし俺の視線は走る人影に向けられていた。
「人間か!?」
このアンテナ車、AIとは違った反応をすることが多かった。やはり、人間が乗っていたということか。
「アルヴァトラ勢力に与する人間はいないはずです!」
しかしアイリスは否定する。
「じゃああれはなんだ!?」
「アンドロイド……としか……」
その人影は少女のようなシルエットにも見える。ICOか、それに似たものではないのだろうかということが頭をよぎった。人影はベースポッドに入っていった。
「大尉、ベースポッドを破壊してください。あれは、敵です」
「わ、わかった」
敵に情けをかけてはこちらが危ういことになる。やっと掴んだ勝利を失うわけにはいかない。
ベースポッドに照準した時、チューリップの花のような形をしたその頭頂部が爆発し、飛び出したものがシリンダーの天井を打ち破った。
「穴が!?」
アイリスが驚くが、俺が驚いたのはそのあとだった。ベースポッドからなにかが発射され、開けた穴から飛び出して行った。
「あれは……あの人影が脱出したのか……」
そうつぶやいてはみたが、確証はなかった。それは、俺がそう思いたかったのかもしれない。心のどこかでは人を撃たずに済んだ、という安心感のようなものがあったからだ。
「ベースポッドを破壊する」
「お願いします」
ベースポッドは主砲一発では破壊できなかった。二発、三発、四発目にしてようやく一部が爆発し、五発、六発目にしてその形を崩すことができた。
「なんて頑丈なんだ」
「アルヴァトラはこれをシリンダーに撃ち込んで内部から破壊しようとしているんです」
「どこから撃ち込んでくるんだ?」
「それは……わかっていないんです。今、マリアルスが総力をあげてその拠点を探しているんです」
「なるほどな……。味方は多いのか? 『オートランダー』の同型も他にあるのか?」
「マリアルスは……わたしたちだけです。協力してくれる組織はありますが、戦場に出るのはわたしたちだけで『オートランダー』もこれしかありません」
星間輸送船を持っているので相当に大きい組織と思っていたが、そんなことはなかった。どうやら俺たちが最前線の兵士であり、同時に、切り札でもあるらしい。
「あ、『ローズリンク』です」
「あれが……」
車体を旋回させる。シリンダーの狭い空に見えたのは、『ローズリンク』の名にふさわしい、深紅のバラを彷彿とさせるカラーリングの輸送船だった。
『アテナだ。大尉、よくやってくれた。『オートランダー』を改修する。そのまま船に乗り込んでくれ。今高度を下げる』
「ナビゲーション表示します」
「わかった」
「大尉……?」
『ローズリンク』がゆっくりと高度を下げる間、俺は個人用通信端末を取り出してメッセージを打った。
「サゴ爺にメッセージを残していく。ちょっと出かけてくるから、俺の壊れた農園はそのままにしておいてくれ、ってな」
「……ここは、大尉の帰ってくる場所なんですね」
「居心地は悪くなかったし、野菜の世話も嫌いじゃない。だから、余計なことを終えたら戻ってくる。アイリスにも帰る場所はあるんだろう?」
「わたしは……そうですね。わたしの帰る場所は……今から案内します」
「え?」
「いきましょう」
ナビゲーションが表示されたのでスピードモードに戻した『オートランダー』を走らせる。『ローズリンク』は中規模の輸送船で、原型がわからないくらいに改造されていた。船底部の格納ハッチが開いており、そこに『オートランダー』を入れる。
中は狭い格納庫になっていたが、そこには見覚えのある人影が手を振っていた。
カーミルと、リリアムだ。
「仲間のいる場所、ここがわたしの帰る場所です」
「……そういうことか」
俺は指定された場所に『オートランダー』を止めると、ヘルメットをとった。
ハッチをあけ、上半身を出す。
「おかえりなさい大尉!」
カーミルが手を振りながら、明るい声で出迎えてくれた。
「ご無事の帰還なによりですわ。どうですか、モニターで見るより美人でしょう?」
リリアムが微笑む。
「そうかもしれない」
「ふふ、光栄ですわ」
「ふたりとも支援ありがとう。おかげで助かった」
「ううん、大尉の実力だよ!」
カーミルがこちらに駆け寄る。俺はハッチから中を見る。
「おいアイリス、みんな来てるぞ、なにやってるんだ?」
「き、着替えてるんです! 下着で外には出られません!」
「あ、そ、そうだったな、すまん」
「うぅ、下着姿に慣れてしまったらなんだかショックです……。どうせならドキドキしてもらいたいのに……」
もごもごとなにか聞き取れなかったが、アイリスはなにか言っていた。
俺はハッチから体を出し、『オートランダー』から降りる。カーミルが前に立ち、うしろからリリアムもやってきた。カーミルは思ったより小柄で、リリアムは思ったより背があった。
すると、ワンピースっぽい服に着替えを終えたアイリスも降りてくる。
「おかえりアイリス。ねね、なんで下着だったのさ?」
「冷却スーツがなかったから、脱いで冷やしていたの」
「そういうことだったのか! あはははっ、うちじゃその発想はできなかったよ、アイリスすごいね、あはははっ」
「もう、カーミル褒めてないでしょそれ」
カーミルが笑い、アイリスも笑う。リリアムはそれを優しく見ている。
穏やかな空気だ。たしかに、ここはアイリスにとっての帰る場所で間違いなさそうだ。
「ようこそ大尉。マリアルスはキミを歓迎する」
リリアムのうしろにはアテナがいた。
「一応覚悟は決めた。協力させてもらうことにしたよ」
俺がそう言うと、アテナ司令はふふっと微笑んだ。
「アテナ司令?」
「ひとつ心配があったのだがな。果たして大尉は話しに聞くほどの人物なのかどうか」
「使えなそうか?」
アテナ司令は首を振る。
「その点は問題ない。しかし、農作業着のまま『オートランダー』を乗りこなして敵を撃退するとはな。話しに聞くより優秀な人物ということがわかったよ。アイリス、これを返すぞ」
「わ」
そう言ってアテナ司令が投げたのは、俺がアイリスに渡したトマトだった。
「一足先に食べさせてもらった。本物のトマトは久しぶりだったが、新鮮で美味しかったよ」
「司令、食べたんですか?」
アイリスが少し驚いたように聞く。
「あぁ、ここまで運転する間にな」
アテナ司令は毅然とした雰囲気の女性だが、運転しながらトマトを食べるような豪快さもあるらしい。
「これが本物のトマト? いい香りがする」
「こんな綺麗で新鮮なものははじめて見ましたわ」
カーミルとリリアムもトマトに興味を向けていた。
「みんなでわけて食べましょ。いいですよね、大尉?」
「あ、あぁ。まぁ、あとでいくらでも採れるぞ?」
「大尉がはじめてくれた、これを食べてみたいんです」
アイリスは微笑む。花の咲いたような、まぶしい笑顔だった。戦いとは無縁で、人を思いやれるような、人間味のある、そんな笑顔だった。
だが、ICOは――。
「あ、そうだ」
そのアイリスがふとなにかに気づき、カーミルとリリアムに並ぶ。
「どうした?」
「マリアルスへようこそ大尉。これから、よろしくお願いします」
ICO三人はそう言ってはにかむ。
「あ、あぁ……こちらこそ、よろしく頼む」
俺はなんだか照れくさくなり、顔を背けてしまった。
やはり、この子たちの笑顔はまぶしい。
ともに戦う仲間と、守りたいものを、俺は今同時に見つけたような気がした。




