第四話「心なき敵、胸弾ける覚悟 第七回」
【〇〇四 〇七 冷却スーツ】
ICOたちが『オートランダー』搭乗時に着用するスーツであり、身体の保護と機械的接続の強化、そして冷却が主な機能となる。
特に彼女たちの光波炉は発熱が欠点とされていることから、冷却スーツは極めて重要となる。
液体金属を流動させることで熱を下げるため、ICOたちの着用する冷却スーツは実は結構重い。
【第四話 心なき敵、胸弾ける覚悟 第七回】
時間には少し早かったが、俺は部屋を出ることにした。急な出撃は慣れたものだが、時間が決まっているとなかなか落ち着かないものだ。
俺が部屋を出た時、通路の手前の部屋からリリアムが出てきた。リリアムはすぐに俺に気がつく。
「大尉、どちらへ?」
「あ、あぁ、出撃の準備だ。着替えて待機しておこうと思ってな」
「それなら、わたしと一緒ですわ」
リリアムはふふふと笑う。やはり、リリアムも落ち着かないのだろうか。
「行きましょう、大尉」
「そうだな」
リリアムの少しうしろを歩く。リリアムの姿勢のよさは自信の現れなのか。それと比べると、俺はどうも姿勢が悪い。
「リリアム」
「なんでしょう?」
「あの……」
「うん?」
俺が言葉を選んでいると、リリアムは足を止めて不思議そうに振り返った。
「すまなかった。部屋でのこと。なんだか、迫るようなことをして」
「あぁ――」
リリアムは笑顔になる。そしてふふふと笑った。
「気になさっていらしたのですか?」
「仕返しはされたけどな。嫌な思いをさせたと思う」
「そんなことはありません。あの時は不意を突かれましたが、本来はあの程度で動じるわたしではありませんわ」
誇らしげに胸をぽんぽんと叩き、リリアムが言う。そのわりには作戦会議の時は動揺を残していたようにも見えるが……。しかし、今のリリアムの姿を見て、俺はどこか安堵した。
「ですが、ちょっと後悔はしています」
「な、なにがだ?」
「あの時、わたしがどうぞと言って大尉に触れていたら、大尉はどうしていたのでしょうと考えてしまいます」
「それは――そんなことをしたら俺が逃げ出していたな」
「ふふふ」
リリアムが笑い、俺も笑った。
「大尉は信頼しています。アイリスもカーミルも無事に目的を遂げて帰ってきました。わたしの誘いから逃げ出してしまうことはあっても、わたしは大尉を臆病とは思っていませんわ」
「いや、臆病なものさ」
「では、今度誘った時は臆病ではないところを見せてくださいね」
「それはな……」
「ふふふ」
リリアムにはどうも手の上で転がされてしまう。
そうこうしていると更衣室の前まで来て、リリアムとは別れる。俺は部屋に入り、搭乗スーツを着る。
リリアムといるとつい軽口を叩いてしまうが――リリアムは責任を感じているし、覚悟もある。軽口はその反動だろう。あまりに強い責任感は、時には命取りになる。直接的に、間接的に、それは自らの命を刈り取る刃になる。
俺は決意をし、部屋を出る。リリアムはまだのようなので少し待つ。すると、着替えを終えたリリアムが出てくる。
「あら、待っていてくれたのですか」
「リリアム。言っておきたいことがある」
「今度はなんでしょう?」
「あまり責任を感じすぎるな」
リリアムはハッと驚いたような顔になる。
「なにかあったら真っ先に自分が、なんて、普段から考えていない方がいい。その覚悟は誇りあるものだけど、犠牲ありきの作戦はそもそも作戦として破綻してるんだ」
「わたしは――」
不意を突かれたのか、リリアムはふと顔を伏せてしまった。いつもより小さい声でリリアムは続ける。
「わたしはICOのリーダーです。みんなを守る義務もあります」
「その通りだ。リーダーはみんなを守る義務があるな。けどな、だからって自分を犠牲にしていいわけじゃない。一番いいのは、全員無事でいることだ」
「それは……大尉には申し訳ありませんが、きれい事だと思います」
顔を伏せたままのリリアムはそう言う。それは正論だった。
「俺は……戦場という現実の中で嫌というほど残酷な場面を見てきた。仲間を庇って死んだやつもいる。仲間に庇われて生き残ったやつが、次の瞬間にあっさり死んだこともあった。戦場はそんなところだ。きれい事が通じる世界じゃない。けど、だからと言って命を軽視していいわけじゃない」
「わたしは、無駄には死にません」
リリアムが毅然とした表情で顔を上げた。
リリアムは自己の犠牲という精神に誇りを持っていることがわかった。それは尊い正義感で、賞賛されるものだ。立派なものだ。
「そうだな」
俺は微笑んだ。
大人びて見えて、俺を誘惑する小癪なリリアムが、この時は、まだ訓練を終えたばかりで熱血に燃える若い新兵に見えた。ひどく小さく、だけど熱い、可愛い存在に思えた。
思わず、リリアムの頭に手を乗せていた。
「た、大尉?」
「その覚悟は忘れるな。大事なものだ。けどな、もっと自分を考えろ。どうやってここを乗り越えて生きて帰るかを真剣に考えることが、任務を達成して生きて帰ることに繋がる。自分を犠牲にするのは、全部失敗して、自分が犠牲になったらすべて解決する時だけでいい」
「大尉……」
「全部失敗なんてさせやしない。だからリリアム、おまえの犠牲も出番がない。安心しろ。俺は……俺たちはそんな状況にはならない。そうするようにやる、そうだろう?」
俺がそう言うと、リリアムは再び顔を伏せてしまった。
「リリア――」
リリアムが突然、俺に抱きつく。
「おまっ――」
「ありがとうございます。大尉の気持ち、覚悟、理解しましたわ」
「離れろっ」
「離れます」
離れたリリアムはにこにことしている。
「ま、まぁそういうわけだ。自分を大事にな」
「はい。わかりました。わたしはきちんと、わたしも守ります。大尉も、みんなも」
「あぁ、頼んだぞ」
やけに聞き分けがいいように思えたが、リリアムの表情はどこかすっきりとしているように見えた。そんなリリアムが俺の顔をのぞき込むように上目を向ける。
「ところで大尉」
「な、なんだ?」
「わたしの冷却スーツって、すごいと思いませんか?」
「なにが――」
そう言われて改めて見てみると、リリアムの冷却スーツは胸の部分の上半分ほどが大きく露出している。リリアムのでかい胸がさらに強調されるようになっている。
「それで冷却効果あるのか?」
「これ、試作のハイブリッドモデルですわ。アイリスがはじめて大尉と『オートランダー』に乗った時、あの子は冷却のためと言って下着になっていましたよね? 実はあれ、胸の露出は冷却効果があるというデータがあって、あの時のアイリスの判断は正解だったのですわ。なのでわたしの冷却スーツも、下半分はスーツの冷媒で冷却して、上半分はコクピット内の空調で冷却する、という仕組みになっています」
「な、なるほど」
思わずリリアムの胸元に目が行くが、じろじろ見るのは無粋だ。
「ちゃんと巨乳冷却が機能しているか、触ってみますか?」
いつものリリアムらしいことを言う。
「そうだな。どうせなら、一番熱くなった時に触らせてもらうか。まぁ、その時は俺も手が離せないけどな」
「ふふふ。そうですね」
「――よし、行くか」
「はい、行きましょう」
俺が促すと、リリアムが先頭になり格納庫へと向かった。
船内アナウンスが流れる。
『アテナより各員へ通達。本船はこれより作戦宙域へと入る。敵センサー網を警戒し、推進機関を停止し惰性航法に入る。なお、灯火管制を実施するため、各員は光源の使用に注意されたし』
アテナ司令からの通達に、緊張感が走った。
「こちらから仕掛けるのはこれがはじめてか」
「そうですわ。はじめての殴り込みにわたしを選んでくれて、感謝しますわ。受け身というのはどうも好みではありませんので」
「気が合うな。俺も、待ってるのは好きじゃないんだ」
軽口を言い合っていたが、俺もリリアム、表情は真剣だった。
「ルチルと、アヤと、みんなを助けに」
「あぁ、行くぞ」
今度の戦いは、仲間の救出だ。失敗は許されない。
格納庫につくと、そこには砲塔の左右に追加装甲板のようなものが取り付けられた『オートランダー』があった。あれが今回の任務成功を左右する『リリアムシールド』だ。




