第四話「心なき敵、胸弾ける覚悟 第六回」
【〇〇四 〇六 修理ドック】
月軌道には多くのシリンダーが点在しており、そこを行き交う星間輸送船が運行している。
この船舶の修理や補給などを行うドックも多く存在している。
無人のドックもあるが、だいたいのドックは少人数によって運用されおり、星間輸送船の貴重な休憩所となっている。
このドックそのものに移動能力はなく、移動する時は大型船による曳航となる。
【第四話 心なき敵、胸弾ける覚悟 第六回】
「目標の修理ドックを見られる観測望遠鏡から得た画像データがこれだ」
薄暗くした会議室の大型モニターに映されたのは、円筒状の修理ドックの全貌だった。そして、そこには違和感があった。
「あ、あれって……」
カーミルが声をあげると、アテナ司令はうなづいた。
「そうだ。ドック後方に三基のベースポッドが見える。このドックは間違いなくアルヴァトラ軍に制圧されている」
「ベースポッド三基があるということは……敵戦力は戦車なら約三十両ということですね」
アイリスのその発言にも、アテナ司令は頷いた。
「じゃあその三十両を倒せばドックは解放されるということか」
「そう簡単ならいいのだがな。リリアム、説明してくれ」
「…………」
リリアムの返事がない。ふとリリアムを見ると、なんだかぼーっとしているように見えた。
「リリアム、どうした?」
アテナ司令が再度指名すると、リリアムはハッと我に返る。
「す、すみません」
「どうした、具体が悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。問題ありませんわ」
もしかして俺の仕返しが彼女に悪影響を与えてしまったのか? と、内心不安が募る。ちょっとやりすぎてしまったか。
「そうか、頼むぞ」
「はい」
「シャトルの解放の条件を説明してくれ」
リリアムはいつもの落ち着いた表情に戻る。
「修理ドックのシステムがアルヴァトラに制圧されたことで、シャトルはケージに固定されているものと推測されています。なので、我々はまずはシャトルの解放を最優先として、このケージ固定具の破壊を目指します」
よかった、リリアムはいつもの冷静さで的確な説明をしてくれた。あのことを引きずっているわけではなかったようだ。
リリアムは続ける。
「シャトルの解放が最優先ではありますが、敵の抵抗が予想されます。また、敵が不利とわかるとシャトルを破壊する必要もあるため、迅速なシャトルの解放が求められます」
「つまり、敵を撃破するよりシャトルの解放を急げ、ということか?」
「そ、それは――」
俺と目が合うと、リリアムはふっと恥ずかしそうに目をそらしてしまう。あ、あれ?
「リリアム?」
アテナ司令が不審に思う。
「いえ、失礼しました。大尉のおっしゃる通りです。我々が優先すべきはシャトルの解放です。シャトル乗組員と――搭乗ICO二名の安全が優先されます」
「ルチル……アヤ……」
カーミルがつぶやく。シャトルに搭乗しているICOふたりの名前だ。名前だけは何回か聞いたが、まさか迎えに行くことになるとは思わなかった。
「大丈夫だカーミル、必ず無事に助ける」
「う、うん」
俺の言葉にカーミルは力強く頷いた。
「リリアムの説明の通り、シャトルの解放を優先するのだが……同時に多数の敵を相手にすることになる。しかも相手はこちらをおびき出そうとしていることから、ローズリンクに対する捕獲か、破壊の策があるものと推測されるため、ローズリンクを修理ドックに進入させることはできない」
アテナ司令の説明はもっともなことだった。救助隊を救助に来てくれる人はいないということだ。
「ということは……『オートランダー』の単独突入ということか」
「そうだ」
アテナ司令は俺にうなづくとモニターの画像を切り替え、ローズリンクのカタパルトを表示した。
「この船には偵察用ドローンを積んでいる。その都合、このカタパルトには射出機能がある。大尉を迎えに行った際、アイリスウイングもこの射出機能で射出した。今回は『オートランダー』そのものを、修理ドック内に向かって射出する」
なかなかに大胆、いや、豪胆なアイディアだった。
「着地の姿勢制御はできるのか?」
「当然だ。補助スラスターをマッシュに付けてもらっている。ICOの軌道計算と合わせ、問題なくドック内壁に着地できる。中は低重力地帯になるから、『オートランダー』の吸着履帯を使う」
「なるほどな。閉所になるドック内で多数の敵を相手に立ち回ることになるのか。そうなると個人装備は……」
アイリスとカーミルが姿勢を正す。
「大尉、機動戦闘になるのならアイリスウイングです!」
「多くの敵を相手にするならカーミルランチャーだね!」
ふたりは同時に言う。
「なるほどな。アイリスウイングの機動力で敵を突破するのもいいし、カーミルランチャーの火力で道を作るのも安定だな」
俺は腕を組んだ。ふと、ある考えが頭をよぎる。
「そう言えばアテナ司令、ICOたちには同意は得なかったのか?」
「彼女たちは仲間を見捨てない。いかなることがあろうともな」
即答だった。
その言葉を聞いた時、アテナ司令のとなりに立つリリアムに少しの安堵が見えた。アテナ司令の言葉がリリアムの思いを代弁してくれたのか、アテナ司令への同意なのか、あるいはその両方か。
リリアムは主張こそしなかったが、仲間を助けたいという思いはアイリスとカーミルと、そして、俺と同じだった。
「大尉、搭乗ICOを決めて欲しい。個人装備も考慮の上でな」
「それなら……今回はリリアムと行く」
「え」
リリアムは意外そうな顔で俺を見た。
「わ、わたしですか?」
「そうだ。マッシュから聞いたのだけど、リリアムの個人装備は耐久性に特化したものなんだってな。敵の猛攻の中でシャトルを救出する今回の作戦には最適だと思う。こちらの被弾を顧みることなく、シャトルの解放に専念できる。……できるか? リリアム」
「それは……もちろんです」
リリアムは覚悟のこもった視線を俺に返した。そこには、俺をからかういたずらなリリアムの姿はない。
「アテナ司令、それでいいか?」
「もちろんだ。大尉の現場判断を優先する。今回はリリアムで行くことにする。アイリスとカーミルはサポートに回るように」
「わかりました」
アイリスとカーミルはアテナ司令の言葉に姿勢を正した。
「大尉、リリアムをよろしくお願います」
アイリスが俺を上目に見てそんなことを言う。
「任せてくれ。『オートランダー』にも慣れてきた。だが、油断はしないで進める」
すると、カーミルも俺を見る。
「リリアムに無理させないでね」
「もちろんだ。無事にふたりで帰ってくる。ルチルと、アヤと、シャトルのみんなも助けてな」
俺の言葉に、カーミルは笑顔になってくれた――のだが。
「うん? どうしたのリリアム?」
アイリスが声をかけたリリアムはいつになくもじもじとしながら、長い髪を指に巻いていた。
「どうしたリリアム、今日はなにかおかしいぞ?」
その様子にアテナ司令も気になったようだった。
「あ、あの……出撃することはなにも問題ありませんわ。なにも、ありません。ですが……大尉とその……大尉はふたりきりになると少し危険で……」
そんなことを言い出し、顔を赤くする。
「……?」
アイリスとカーミルが首を傾げたが、直後、アイリスが驚く。
「えぇーっ!?」
「え、アイリス? リリアム? どういうこと!?」
カーミルがリリアムとアイリスを交互に見る中、俺は殺気を感じた。一瞬で鳥肌が立つ。その殺気の根源はアテナ司令の視線だった。
「大尉」
アテナ司令のなにかを押し殺したような声が俺の耳に突き刺さり、それは背中に走って姿勢を正させた。
「大尉、まさかとは思うがリリアムになにかしたのか?」
殺すぞと言わんばかりの気迫でこんな尋問をされたら、誰だってやってないこともやったことにしてしまいそうだと思った。しかし、俺は耐えた。
「し、し、してません!」
「どうなんだリリアム?」
アテナ司令がリリアムを見る。するとリリアムは司令から視線をそらす。
「それはわたしの口からは……」
「大尉っ!」
アテナ司令の怒声が部屋に響く。俺は思わず立ち上がり、姿勢を正す。
「はいっ!」
「本当になにもしてないんだな!?」
「し、してません!」
その時、一瞬リリアムを見た。するとリリアムはちらっと俺を見て、べーっと舌を出した。こいつなにも反省していない!
「ここは軍隊ではない。ある程度は自由な場所だ。だが、風紀というものはある。大尉、大尉自らそれを乱すようなことがあったら、わたしはそれを正さねばならない立場だ」
リリアムはアテナ司令の死角でくすくす笑っている。こいつ……。
「聞いているのか大尉っ!」
「聞いています。おっしゃる通りです」
「アテナ司令、わたしは大丈夫です。大尉はわたしになにもしてはいませんわ」
リリアムがそう言うと、アテナ司令は少し意外そうな顔になる。
「そう、なのか? そうなのかリリアム? 遠慮はするな」
「遠慮なんてしていませんわ。大尉がふたりきりになると危険と言ったのは、大尉は気を遣いすぎるという意味ですわ」
「そういうことか。……なんだ、勘違いしてしまった」
アテナ司令は納得してくれたようだった。が、アイリスがとなりで頬を膨らませでいる。
「な、なんだアイリス?」
「本当になにもないんですか?」
「おまっ、あ、あるわけないだろう!」
「そう……ですよね。わたし、リリアムってすごく大人っぽくて、自分の魅力を伝えることも上手だから、大尉もその……その気になったのかなと思って」
アイリスのそんな評価を聞き、リリアムはにこにこしている。
「俺だってそんな軽率じゃない。分別くらいはつく」
「そうですね。疑ってしまってすみません」
「あぁ、そういうことね、やっと理解したよ」
アイリスとカーミルは納得したようだった。が、俺はなんだか納得がいかない。吊るされた気分だ。
「では大尉、リリアム、目標地点到着まではあと一時間程度だ。支度をしておくように。解散だ」
アテナ司令のそのひと言で会議室の照明が通常に戻る。そして、アイリスとカーミル、アテナ司令が部屋を出て行く。俺も部屋を出ようとした時。
「大尉」
リリアムに呼び止められる。
「先ほどは失礼しました」
「お、おう。まぁ、お手柔らかに頼むぞ。あの時は、俺もちょっとやり過ぎたかもしれない」
「いえ、ふふふ」
笑うリリアムは穏やかだった。
「緊張していないのか? 出撃、はじめてじゃないのか?」
「それが、自分でも不思議なくらいに緊張していないのです。たぶん、大尉が一緒なので心強いんだと思いますわ」
リリアムは言葉も視線もまっすぐだった。これはいじわるや皮肉で言っていないと思う。
「あんまり俺を信用すると、いつか本当に酷いことをするかもしれないぞ?」
だから、少しいじわるをしたくなった。するとリリアムは笑う。
「大尉なら、わたしは」
「……あのなぁ」
「ふふふ」
リリアムは俺のとなりを通り抜け、先に会議室の外に出る。
「大尉は酷いことなんてしませんわ。ですが……」
俺に背を向けたリリアムの言葉は、いつになくよく聞こえた。強く言っている。
「わたしとの戦場で、もしもの時は、大尉が生き延びてください」
それは――。
「それは――」
「失礼しますわ」
俺の言葉を待たず、リリアムは行ってしまった。
いたずら好きで俺を困らせて楽しんでいるようなリリアムだったが……その覚悟は誰よりも重いものだった。
リリアムは、ひとりで重いものを抱えている。あのいたずらは、押しつぶされそうになる重圧をまぎらわせるためのもの、そう思えた。
「リリアム、それは……俺が背負うものだ」
いなくなったリリアムに向け、俺はそうつぶやいた。
誰ひとり欠けることなく、すべて成し遂げる。俺は昔もそう思っていた。そして、できなかった。
「帰る場所に、帰れるようにする。それをひとりでできると思うな」
俺がつぶやいたその言葉は、かつての俺に向けた今の俺の言葉でもあった。
リリアムにはそれを伝えないといけない。近いうちに、必ず。
そう決意し、俺は出撃の支度に向け、一度部屋へと戻ることにした。




