第39話 未来の名で結ぶ契約
翌朝、王家から正式文書が届いた。
セルヴァン卿は宮務次官の任を解かれ、ヴォルフェルト商会は王家納入停止。代わりに、薔薇離宮の運営権は試用ではなく正式委任へ切り替わる。私の肩書きから、“代行”の二文字が消えた。
食堂で読み上げると、使用人たちが一斉に笑った。マルグリットは目を潤ませ、ロザリンドは拍手しながら言う。
「やっとね」
「ええ。ようやくです」
続いてロザリンド自身の願書も通った。王都療養院付属の植物講座へ、秋から通うことが決まったのだ。
「今度は、あなたの名前で行けますね」
私が言うと、彼女は少し照れたように笑う。
「ええ。遅すぎるくらいだけど」
午後、ユリウスが執務室へ来た。手にしていたのは宝石箱ではなく、細い革表紙の新しい予定帳だった。
「昨日の続きを」
私は椅子から立ち上がる。
「聞きます」
ユリウスは予定帳を開き、最初の頁へ自分の名を書いた。警護責任者ユリウス・ハルトング。次の頁を私へ向ける。
「仕事の予定も、朝の紅茶も、これから先の暮らしも。許されるなら、あなたと同じ帳面で管理したい」
胸の奥が静かに満ちる。
「それ、ずいぶんあなたらしい求婚ですね」
「断られたら困ります」
「断りません」
私は彼の隣へ自分の名を書いた。
エルマ・セヴラン。
「未来の予定欄、空けておいてください」
ユリウスは息を吐くように笑い、私の手へそっと口づけた。
契約でも命令でもない。けれど、これ以上なく確かな約束だった。




