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第36話 替え玉ではない挨拶

夜会の最初の鐘が鳴る。


 白薔薇を一輪だけ飾った広間は、派手ではないがよく整っていた。香りは控えめ、灯りは柔らかく、窓際には温室で育った薬草の小鉢を置く。私は入口で客を迎え、一人ずつ名を確認した。


 だが王都から来た年配の貴族が、あえて聞こえる声で言った。


「今日は公爵令嬢の代役ではなく、本物の責任者殿がご挨拶を?」


 ざらりとした沈黙が広がる。


 私は逃げずに一歩前へ出た。


「薔薇離宮総監代行、エルマ・セヴランです。本夜会の準備と運営を担当しております」


 それだけを、はっきりと言った。


 するとロザリンドが私の半歩後ろで続ける。


「そして私は、客名簿と温室補助を担当しております。代わりを頼むことは、もうありません」


 広間の空気が静かに変わった。


 王妹殿下セレスティアがその場で頷く。


「良い挨拶です。役目が見える場所は、休むにも安心できます」


 その一言で、誰も続きを言えなくなった。


 私は客たちを席へ案内しながら、胸の奥で長く凍っていたものがようやくほどけるのを感じていた。


 もう“ロザリンド様として微笑むエルマ”ではない。


 私は私の名で、迎え、数え、整える。たったそれだけのことが、こんなにも晴れやかだとは思わなかった。


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