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第34話 赤字商人の最後の条件

翌日、ヴォルフェルト商会の主人が一人で離宮へ来た。


 中年の男で、声は柔らかい。だが目の奥に、数字を人質に取る人間の冷たさがある。応接間に通すと、彼は割れた温室の件に触れもせず、茶を一口飲んで言った。


「まだ間に合いますよ」


「何がですか」


「王妹殿下の夜会を、ロザリンド嬢のお名前で整えることです。こちらで物資も人も出しましょう。帳面も綺麗に合わせます」


 やはりそこへ戻したいのだ。私ではなく、公爵令嬢の看板へ。


「対価は」


「今後の納入権。あと、今回の小さな行き違いを不問に」


 私は茶杯を置いた。


「行き違いで温室の留め具は削れません」


 男は笑みを崩さない。


「離宮は名門の名前があってこそ価値が出る。総監代行殿の実務は立派ですが、表に立つ顔は別でもいいでしょう」


 その瞬間、腹の奥がきれいに冷えた。


「私の名前は、足りない分を埋める便利札ではありません」


 男の笑みが初めて薄れた。


「後悔しますよ」


「後悔するのは、帳面へ残るほうです」


 応接間の扉が開き、ユリウスが入ってくる。男はようやく立ち上がった。


「辺境の離宮でここまで強情な女に会うとは思わなかった」


「私も、ここまで古い手口がまだ通じると思っている商人がいるとは思いませんでした」


 客が去ったあと、私は息を吐く。少しだけ手が震えていた。ユリウスが見て見ぬふりで新しい茶を注いだ。


「大丈夫ですか」


「怒りすぎると声が静かになるだけです」


「なら今、かなり怒っている」


「ええ。だから、次は帳面で返します」


 それが私のやり方だ。名を差し出して守ってもらうのではなく、数字を揃えて自分で立つ。


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