第30話 白い廊下の足音
その夜、私はユリウスと浴場棟の白い廊下で張り込んだ。
石壁は月明かりを薄く返し、夜の離宮は妙に静かだ。遠くで温室の硝子が鳴る音だけが、小さく響く。
「冷えますか」
ユリウスが自分の外套を差し出した。
「帳面を抱えているほうが落ち着きます」
「あなたらしい」
その言葉に少しだけ笑った瞬間、廊下の奥で足音がした。軽い。けれど迷いがない。
現れたのは離宮の臨時書記だった青年で、腕には布包みを抱えている。ユリウスがすぐに道を塞ぐと、青年は青ざめて膝をついた。
「焼けと言われたんです」
布包みの中には、月光色の搬入札の控えが束になっていた。未使用のものまである。
「誰に」
「セルヴァン卿付きの書記官に……浴場用品の帳尻を離宮側へ寄せろと」
私は紙束を一枚ずつ数えた。番号の欠け方まで揃っている。離宮の管理がずさんだと見せかけ、王妹殿下の視察で失点させるつもりだったのだ。
青年は震えながら続けた。
「温室の硝子の件も、同じ人が……」
私は息を止めた。まだ起きていないはずのことを、彼はなぜ知っているのか。
「壊す手配が、明日だと言っていました」
白い廊下を抜ける風が、一気に冷たくなる。
不正は帳面の上だけでは終わらない。数字で勝てないと分かった相手は、今度は現場そのものを壊しに来る。
私は紙束を抱え直した。
「先に直しましょう。壊される前に」
ユリウスは短く頷いた。
「なら、今夜はここからが本番です」




