第3話 無口な近衛騎士は事実だけを告げる
離宮の執務室には、暖炉より先に埃を払うべき机があった。
私はそこへ帳簿を積み上げ、朝食代わりの硬いパンをかじりながら金の流れを追った。午前中だけで見つけた不審点は七つ。特にひどいのは薔薇温室の維持費だ。半年分の燃料と苗代が計上されているのに、実際の温室は閉鎖されている。
「つまり、花は買ったことになっていて、どこにも咲いていない」
ひとりごちると、向かいに立つユリウスが淡々と答えた。
「冬の舞踏会では、公爵家が“離宮の薔薇”を贈ったと聞きました」
「ここから運ばれた記録は?」
「ありません」
私はため息を飲み込んだ。
「盗まれたのは予算だけではなさそうですね」
ユリウスは机に一枚の紙を置いた。警備記録だ。深夜に王都行きの荷馬車が何度も出入りしている。
「これをくださるんですか」
「事実ですから」
「公爵家に不利ですよ」
「離宮の警護責任者としては、館の中身が消えるほうが不都合です」
言葉数は少ないが、筋は通っている。私は少しだけ肩の力を抜いた。
「あなた、思っていたより話が早いですね」
「あなたは思っていたより怒鳴らない」
「怒鳴っても小麦粉は増えません」
そこで初めて、彼の口元がかすかに緩んだ。
私は帳簿の束から一本、細い銀の鍵を見つけた。古い保管庫の鍵だろうか。マルグリットに見せると、彼女はすぐに顔色を変えた。
「旧会計庫の鍵です。前家令が封鎖してから、誰も入っていません」
「案内を」
地下の小部屋は、湿気と紙の匂いに満ちていた。埃をかぶった木箱の中に、正式帳簿に移されなかった原票が眠っている。私は一枚ずつ開き、すぐに手を止めた。
「これ、二重請求です」
同じ日付、同じ量の砂糖と香油が、別の業者名で二度計上されている。しかも片方の印章は粗い。
「偽造印ですね」
「見たことが?」
「戦時調達の横流しで」
ユリウスは短く答えた。
なるほど。この人は無口なのではなく、必要なことだけを言うのだ。
私は原票をまとめた。
「しばらくこの部屋は封鎖します。出入りできるのは私とマルグリット、それからあなた」
「替え玉令嬢の権限で?」
「会計官の権限で」
私が言い切ると、ユリウスは少しだけ目を細めた。
「了解しました、エルマ殿」
その呼び方だけで、十分だった。
誰かの代役ではなく、私として扱われることが、こんなに静かに胸へ落ちるものだとは思わなかった。




