第20話 朝の温室であなたと
新しい肩書きで迎える最初の朝、私は誰より早く温室へ向かった。
硝子越しの光はやわらかく、白薔薇は昨夜より大きく開いている。薬草棚には新芽が増え、奥の作業台には今月の収益見込み表を置いた。数字はまだ多くない。けれど今度は、どこから来てどこへ使うのか、全部自分で説明できる。
「やはりここにいましたか」
振り返ると、ユリウスが朝の外套姿で立っていた。手には二つの湯気の立つカップ。
「見つかりましたね」
「あなたは重要書類か温室のどちらかにいます」
「便利な予測です」
カップを受け取る。今日は少しだけ蜂蜜が入っていた。
「収益が出たので、砂糖の代わりに」
彼が言う。私は吹き出した。
「律儀ですね」
「あなたに習いました」
しばらく二人で薔薇を眺めた。静かな朝だ。王都で誰かの名を着せられていたころには、想像もしなかった静けさだった。
やがてユリウスが言う。
「エルマ。ひとつ、職務外の相談があります」
その声がいつもより少し硬い。私はカップを置き、まっすぐ彼を見る。
「聞きます」
「私は今後も、離宮を守ります」
「ええ」
「ですが、場所だけでは足りないと思うようになった」
彼は一度息を止め、それから続けた。
「あなたがここにいる未来ごと守りたい。もし許されるなら、仕事の隣に私の席も置いてほしい」
一瞬、言葉が出なかった。
無口な人がここまで言うのに、どれだけ考えたのか分かってしまったからだ。
私は笑って、彼の袖をそっとつまむ。
「席ひとつでは足りません」
ユリウスが目を見開く。
「朝の紅茶も、夜の帳簿も、これからずっと隣でお願いします」
その瞬間、彼の顔にゆっくりと安堵が広がった。
「承知しました」
「命令ではありませんよ」
「ええ。願いとして受けます」
温室の外で、朝の鐘が鳴る。
誰かの替え玉ではない私の一日が、今日もここから始まる。
白薔薇の香りの中で、私はようやく本当の名前で笑った。




