第18話 役目を終えるのは私ではありません
監査の翌日、公爵家から使者が来た。
だが差し出されたのは召喚状ではなく、事情聴取への出頭命令だった。王都本邸の帳簿不一致が次々見つかり、公爵とバスティアンは王家監察局へ呼ばれたらしい。
使者が去ったあと、私はようやく息を吐いた。
「終わりましたね」
マルグリットが言う。
「いいえ、まだです」
私は書類棚へ新しい見出しを貼った。
“薔薇離宮正式会計”。
「赤字を埋め、本当に回る仕組みを残すところまでやって終わりです」
午後、ロザリンドが温室へ来た。昨日よりずっと小さく見える。
「あなたに謝れと言われたわ」
「誰に」
「監査官に。ユリウスにも」
彼女は白薔薇の鉢を見つめたまま言った。
「わたくし、自分が守られて当然だと思っていたの」
「そうでしょうね」
厳しい返しだったかもしれない。けれど甘く慰める気にもなれなかった。
「……あなたは、もう私の代わりをしないの?」
「しません」
私ははっきり言う。
「役目を終えるのは私ではありません。離宮を食いものにしてきたやり方のほうです」
ロザリンドはしばらく黙り、やがて小さく頷いた。
「その薔薇、きれいね」
「ええ。ちゃんと手をかければ咲きます」
彼女はそれ以上何も言わず、温室を出ていった。
少しだけ風が抜ける。ようやく本当に、誰かの影を脱げた気がした。
その日の夕方、ユリウスが報告に来た。
「公爵家の流用額は、想定より大きいそうです」
「驚きません」
「私は少し驚いています。あなたがここまで静かなことに」
私は白薔薇を見つめた。
「怒りは使い道を決めてからでないと、もったいないでしょう?」
すると彼は、今度は隠さず笑った。
「本当に、あなたらしい」
“あなたらしい”。
その言葉が、何よりうれしかった。




