第16話 偽の印章と盗まれた予算
監査当日の朝、礼拝堂の床下から最後の箱を取り出した私は、その底板が二重になっていることに気づいた。
薄板を外すと、革袋が二つ。中には金貨と、粗悪な公爵家印章が入っていた。
「現金まで隠していたのね」
私が呟くと、マルグリットが顔を覆う。
「離宮の冬支度費……」
袋の封札には、その名目が残っていた。本来は石炭と毛布に回るはずの金だ。足りなかった理由がようやく完全につながる。
さらに印章の柄を確かめると、温室費の偽請求書に押されていたものと一致した。
「これで偽造の実物まで揃いました」
ユリウスが箱を持ち上げる。
「監査官へ直接渡します」
そのとき、礼拝堂の入口にロザリンドが立っていた。顔色は悪いが、目だけは激しく揺れている。
「返して。それはお父様を守るためのものよ」
「離宮の冬支度費です」
「公爵家が傾いたら、わたくしはどうなるの」
その言葉に、私は静かに答えた。
「離宮の使用人だって、飢えたらどうなるのですか」
ロザリンドは唇を震わせた。
「だって、みんなそうしているじゃない」
「いいえ。みんながしているのは、あなたの後始末です」
沈黙が落ちる。
彼女はそれ以上何も言えず、壁に手をついたまま視線を落とした。
私は責め立てなかった。ここで必要なのは勝ち誇ることではなく、事実をそのまま置くことだ。
「もう終わりにしましょう、ロザリンド様」
私のその言葉に、彼女は初めて泣きそうな顔をした。
けれど泣いても、消えた予算は戻らない。
私は箱を抱え直し、礼拝堂を出た。
終わらせるための朝だった。




