第12話 戻ってきた病弱令嬢
翌日の午後、本物のロザリンドが離宮へ現れた。
白い馬車から降りた彼女は、薄絹のヴェールを揺らしながら不機嫌そうに周囲を見回した。咳ひとつして見せたが、足取りはしっかりしている。
「ずいぶん見違えたわね」
第一声がそれだった。
「ご静養の役に立てたなら幸いです」
私が答えると、ロザリンドは扇の陰で笑う。
「役目は終わり。あなたはもう下がっていいわ」
あまりに早く本題へ入ったので、むしろ助かった。
「監査はまだ終わっておりません」
「わたくしが戻ったのだから問題ないでしょう?」
「問題だらけです。離宮の赤字、不正搬出、偽印章」
ロザリンドの目が細くなる。
「そんな話、誰が信じるの?」
「帳簿と搬入札が」
その瞬間、彼女の後ろにいたバスティアンが一歩前へ出た。
「セヴラン嬢、言葉が過ぎます。公爵家のご厚意でここまで面倒を見てもらいながら」
「厚意ではなく押しつけでしょう」
私が言い返すと、室内の空気が凍った。
だがもう、引くつもりはない。
「私は離宮を立て直すために働きました。替え玉として黙るためではありません」
ロザリンドは顔色をなくし、すぐに扇を強く閉じた。
「本当に生意気。だから拾いものは嫌なのよ」
その言葉に、マルグリットが初めてきっぱりと口を挟んだ。
「ロザリンド様。離宮の使用人の前で、そのようなお言葉は」
「黙りなさい」
「黙れません。食糧庫を満たしたのも、温室を戻したのも、エルマ様です」
使用人たちの視線が一斉にこちらへ集まる。
ロザリンドは、それを見て初めて自分の立場の危うさに気づいたらしい。
「……とにかく、帳簿は全部こちらへ渡して」
「お断りします」
私は原票箱へ手を置いた。
「次に開くのは、監査官の前です」
替え玉だった私が、本物へ初めて“いいえ”を言った瞬間だった。




