第10話 夜の執務室と二人分の紅茶
茶会の前夜は、いつだって眠れない。
私は執務室で確認表を見直していた。座席、茶葉、菓子、警備、会話の流れ。どれも小さな綻びから崩れる。替え玉として場を繕ってきた年数は、こういう夜にだけ役に立つ。
扉が二度叩かれ、ユリウスが入ってきた。手には湯気の立つカップが二つ。
「まだ起きていると思いました」
「見回りのついでですか」
「半分は」
もう半分を尋ねる前に、彼は片方を私へ差し出した。甘くない紅茶。今の私が砂糖を節約していることを知っている味だ。
「ありがとうございます」
一口飲むと、肩の力が少し抜けた。
「本当は、明日で終わるかもしれないと考えています」
私がぽつりと言うと、ユリウスは黙って椅子を引いた。
「茶会で失敗したら、私はただの替え玉です。公爵家は全部私に押しつけるでしょう」
「失敗しなくても、そのつもりでは」
「ええ。だからこそ、先に証拠を握っておきたい」
彼は机上の札束と写しを見た。
「十分戦えます」
「でも、名前が足りません」
「なら、私が証言します」
即答だった。
私は息を止める。
「それは、公爵家に逆らうことになりますよ」
「離宮の警護責任者です。見たことを述べるだけです」
また事実の顔で、そんな大きなことを言う。
「あなたはずるいですね」
「なぜ」
「優しいことを、全部職務のように言うから」
すると彼は、少しだけ視線を伏せた。
「……そうでないと言ったら、明日の判断を鈍らせますか」
胸が大きく鳴った。
私は紅茶を置き、ゆっくり首を振る。
「いいえ。むしろ、最後まで立っていられます」
その夜、執務室には暖炉より静かな熱があった。
離宮を守るための戦いなのに、なぜか私はもう、一人ではないと思えていた。




