SCOUT.9 シクル(手代木 来未 18歳)
「はぁ、はぁ……。見つけた」
夕映えに染まる川に架かる橋。
その欄干に両手を置き、手代木 来未は遠く川の行く先を眺めていた。
走り回ったが故に脈打つ心臓を宥めながら、飯島 風理はゆっくりと来未に近づく。
「えーっと。来未ちゃん……?」
おそるおそる、風理は来未へ声をかけた。
来未からの返答は、ない。
(うぅ……。やっぱり怒ってるよねぇ)
風理は、後悔に後退りそうな体を無理やり引きとどめる。
ここで自分がすべきことは何か、来未を探しながら必死に考えた。
自分がここを去ってしまっては、元も子もない。
――怖い。
風理は、今まで感じたことのない恐怖に襲われていた。
初めて、人の怒りを真正面から受け止める。
自分の過ちの責任を、初めて自分で清算する。
守ってくれるプロデューサー、プロダクションはない。
隣で支えてくれる仲間もいない。
自分自身でまいた種を、自分自身で回収する。
それが、風理にとってはとてつもない恐怖だった。
――いつまで、守られているつもりだ。
プロダクションは、首になった。
天才魔法少女としてちやほやされた光景は、過去になった。
他人に、権力に、社会に甘やかされる時代は終わったのだ。
――この両の足で、自分の力で前に進むと決めたじゃないか。
すぅ、と風理は大きく息を吸い込む。
「手代木 来未さん!!」
「――!! は、はいっ!」
傍らで聞こえた大音量に、来未は驚きながら返事をする。
来未の目に、深々と頭を下げる風理の姿が映った。
「この度は、ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでしたっ!」
自分の傍らで必死に頭を下げてくれたプロデューサーの記憶をたどりながら、風理は謝意を伝える。
「私は、……自分の都合しか考えず、あなたを利用しようとしました」
自身を曝け出すこと。
それが、自分がすべき絶対の事項だと、風理は確信する。
「あなたの思いを、苦しみを、悩みを……私はないがしろにしました」
自分は来未の気持ちがわかる、と驕っていた。
わかる、というだけで、止まっていた。
どうしてあげたいか、に本気になれていなかった。
「もし――」
謝罪だけで、よいはずがない。
今度こそ、来未と真正面から、向き合いたい。
「もし、許していただけるなら、魔法少女として貴女をプロデュースさせてくださいっ!」
沈黙が、二人の間を通り抜ける。
風理は、頭を深々と下げた姿勢のまま、動かずにいた。
どれくらい、経っただろうか。
風理はゆっくりと顔を上げる。
「あっ……」
風理の口から小さく声が漏れる。
目の前に、来未の姿が無くても致し方ないと思っていた。
謝罪も勧誘も、結局は自己満足だったと飲み込む覚悟もあった。
目の前の少女の泣き顔に、風理は動きを止める。
「く、来未ちゃん!? どうして泣いて……」
「す、すみません。いや、その……嬉しくって」
「嬉しい?」
予想外の答えに、風理は戸惑いながら先を促す。
「私、自分の魔力が怖かったんです。溢れ出ちゃうせいで周りの仲がいい子たちは具合が悪くなるし……。元気になっても、その子たちは私と過ごしてくれなくなりました。一年が過ぎるごとに友達が減っていって……」
風理は、孤独だった自分の学生生活を想起しながら、来未の言葉に耳を傾けた。
「こんな力、いらないとずっと思っていました。普通の女の子でいたいって……。でも、それは無理。高校卒業で私はこの力を使うことになる」
それがたまらなく怖かった、と来未の声は震えていた。
魔力が強い人間が傍にいると、耐性が無い人間に悪影響が出る。
多少才がある者は、その力の片鱗を感じ取り、畏怖するようになる。
風理も、幾度となく経験した光景だ。
とても、嫌いだった光景だ。
「でも、あの路地裏で風理さんに出会って、魔法の正しい使い方を見せてもらいました。とっても、――カッコよかった。ヒーローみたいで」
スッと、来未は涙を拭う。
「風理さんが私を追いかけてきてくれて、カッコつけずに全部出してくれて、嬉しかった」
来未はゆっくりと頭を下げる。
「風理さん。私を、一人前の魔法少女にしてくださいっ!」
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ギィ、と建付けが悪い扉が醜い音を立てながら開かれる。
「おや、帰ってきたのかい」
星城 継夜はいつもの椅子に座りながら、入り口に佇む風理へ目をやる。
魔法少女事務所「こぼれ星プロダクション」。
廃墟と見紛うほどの雑居ビルにあって最低限の整備と清掃がなされた一室。
数歩の距離を挟んで、継夜と風理は対峙した。
「社長、ご報告があります」
「もったいぶらんでいいさね、――どうなんだい?」
継夜の双眸が一段と鋭さを増す。
以前の風理は、この眼光に気圧されていた。
(だめ。強くなるんだ)
風理は、退かない。
堂々と、胸を張り、大きく息を吸い込む。
「手代木 来未を、本日よりこぼれ星プロダクションの一員にさせてくださいっ!」
「認めよう!」
「難しいと言われても私は――って、え?」
「だから、認めるって言ってるじゃないか」
目を白黒させる風理に継夜は笑みを浮かべる。
「あんたの試験は合格。おめでとう」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それから、風理の後ろの君。手代木 来未さん」
名前を呼ばれ、来未は固い面持ちで短く返事を返す。
「私はこのプロダクションを仕切ってる、継夜ってんだ。これは、最終確認だけどね……ここに居るのは本当に、後悔が無い決断かい?」
来未はゆっくりと瞳を閉じ、思案する。
数秒の後、開かれた彼女の瞳には明らかな決意の光が灯されていた。
「はい。これは私が、私のために決めた決断だと、断言できます」
思いのほか力強い言葉が出たのか、来未が少し気恥ずかしそうに下を向く。
そんな彼女の肩に、継夜は優しく手を置いた。
「うん。それならいいんだ。それじゃあ、魔法少女ネームを決めないとねぇ」
「マ、マジカルネーム?」
聞き慣れない言葉に、来未は首をかしげる。
「あぁ。ライブとかでステージに立つときに使う名前さね。皆持っとる。ちなみに……」
継夜は、来未の隣でポカンと成り行きを眺める風理を指さした。
「こいつのマジカルネームは“プリン”だ」
「ぷ、プリンって、あの有名な魔法少女じゃないですかっ!?」
「――あ。このリアクション久々~」
おずおずとピースサインを出しながら、風理は郷愁に耽る。
「まぁ、もう若くないから魔法少女は首になったんだがな」
「人がせっかくいい気分になってるのに、水を差さないでもらえます?」
「ふん。いつまでも過去の影響に縋ってんじゃないよ。前向け前!」
なにを、と言いたげな視線を風理は継夜に向ける。
継夜は意に介さず、視線を来未へと戻した。
「あんたの魔法少女ネームは、――シクルってのはどうだい?」
「シクル、ですか?」
「あぁ、そうさ。『てしろぎ』の『し』と『くるみ』の『』くるで、“シクル”。言いやすいだろう?」
はぁ……、と困惑しながらも、来未は数度、その言葉を繰り返した。
「シクル……シクル……。うん、いい感じです! ありがとうございます、継夜さん」
「社長」
「へ?」
「これから、私のことは社長、と呼びな。さぁ、忙しくなるぞ。風理、来未。ちょっと手続きしてくるから手伝いなっ!」
そう言って継夜は入り口のドアをくぐる。
迫力に気圧された足を何とか前へ踏み出させ、風理と来未は彼女の後を追った。
「しゃ、社長! 葛鳥さんはいいんですかっ?」
異様に速く階段を駆け下りる継夜に追いつきながら、風理が尋ねる。
「あぁ。あんな変態クソ野郎の顔は当分見たくないさね」
いったい何をしたらそんなことを言われるまでになるのか。
風理は、部屋の隅にタンコブだらけで転がる、葛鳥 信吾を思い出す。
「風理」
ふいに名前を呼ばれ、風理は、ひゃいっ、と不思議な返事をした。
「――初仕事、お疲れ様だったね。今後も期待してるからしっかりやんな」
風理の時間が、少しだけ止まる。
そして、風理は満面の笑みを浮かべた。
「――はいっ! 頑張りますっ!」




