SCOUT.8 どうやら、やらかしてしまったようです……
「しゃっちょぉぉぉ! 連れてきましたよ! 魔法少女ぉぉぉ」
こぼれ星プロダクションが居を置く築数十年の古びた商業ビル。
近所からは、“お化け屋敷”などと揶揄されるその廃ビル然とした建物に、飯島 風理は意気揚々と飛び込んだ。
その右手はがっしりと高校生の少女、手代木 来未の手首をホールドしている。
風理は階段を駆け上がる勢いのままに、多少は小綺麗にされた扉を開け放つ。
「なんだい、騒々しい」
正面の机に向かい腰を掛ける女性、星城 継夜は呆れたように汗だくの風理を睨む。
ソファに腰掛けて週刊誌のゴシップ記事をぼんやりと眺めていたらしい葛鳥 信吾は、大げさに驚いた表情を作りながら立ち上がった。
「おいおい。お前、遂に気でも狂ったんか……」
「そうじゃないんですよ、葛鳥さん! 見てください、この子!」
風理は自分の背に張り付くように立つ来未を強引に自分の前に立たせると、その両肩を後ろからグイッと押した。
「えーと……。その子は?」
葛鳥は状況を飲み込めずに目を白黒させている。
「ふん。どうやら、魔法少女を連れてきたって言いたいらしいね」
「え!? この子が……。へぇ」
さっきまで呆けていた葛鳥の眼光が鋭くなる。
同時に、椅子から立ち上がった継夜がツカツカと来未の眼前へ歩み寄った。
「……社長。この子……」
「あぁ。ものすごい子を連れてきたもんだ」
「あ、あのぉ~」
小動物の様に縮こまる来未をよそに、二人はしげしげと彼女の観察を続ける。
(うっわぁ~。絶対引いてるよね、来未ちゃん)
この状況の元凶が自分であることに罪悪感を覚えた風理は、半ば強引に来未と彼らとの間に割って入った。
「み、皆さんもうお気づきかと思いますが、この子はものスゴイ才能の持ち主なんです! 名前は手代木 来未ちゃん! 社長! これで試験は合格ですよね!?」
食ってかかりそうな勢いで風理は継夜に詰め寄る。
継夜は、はて困った……とでも言いたげに右の頬を軽く搔いていた。
その隣で、葛鳥もバツが悪そうな表情を浮かべ、風理から顔を背ける。
「あれ? お二人とも、どうしたんですか? まさか、この子じゃダメですか!? それじゃあ、もっといい子を連れて――」
「そうじゃないんだよ、風理」
継夜が口を開いたのと、風理の腕が軽く引っ張られたのは、同時だった。
「あ、あの、風理さん。試験って……」
来未がおずおずと聞いてくる。
その声には戸惑いと、そして若干の失望の色が混ざっていた。
(やっちまった――)
風理の後悔は、周回遅れもいいところ。
風理が話し始めるより先に、葛鳥が口を開く。
「あー。お嬢ちゃん――来未ちゃん、だっけ。そいつは君をこのプロダクションにスカウトしようとして、君をここに連れてきたんだよ」
「魔法少女をスカウトできれば入社させてやるって、私が言っちまったからねぇ……」
継夜と葛鳥、二人の視線が風理に向けられる。
責めているのではない。
これは、憐みと謝意の眼差しだ。
――こんなことも分からないのか。
――もっと教えてやっていれば……。
そんな言葉が聞こえてきそうな、見下ろすような眼差し。
風理は後ろにいるはずの来未へ顔を向ける。
しかし、そこに彼女の姿はなかった。
「……走って出て行っちまったぜ、あの嬢ちゃん」
「――どうしよう」
「……どうしよう、ってお前――」
追いかけろよ、と言いかけた葛鳥を、継夜が制す。
「風理。あんた、どうしてあの子をスカウトしようと思ったんだい」
「え? だって、あの魔力量は規格外で……」
「本当に、そうかい?」
継夜が試すように風理を見つめる。
手代木 来未が秘める魔法の才能は超級だ。
初めて来未に会った時の衝撃が、風理の記憶には深く刻まれている。
しかし――。
「――必死……だったんです」
風理が消え入りそうな声を漏らす。
「あの子、自分の力に薄々気づいてる。そして、怖がってた。だから私が助けられるならって……」
言い訳だ、と風理は己が吐き出す言葉の苦さを噛みしめる。
「私は、あの子の力になれると思う。だから、近くで見れるここに手を引いてきた……と思います」
なんて説得力の無い言葉だ、と風理は奥歯を噛みしめる。
いつの間に、自分はこんなにも自己中心的な人間になっていたのか。
俯く風理の前で、継夜は煙草の煙を吐き出し、語り掛ける。
「スカウトに必要な力に、調整力ってのがある」
「調整力?」
「そ。相手の喜ぶ条件とこっちが出せる限界を調整して、理解してもらって、信頼してもらう」
「――私は、何一つできてませんでしたね」
相手を無視し、こぼれ星プロダクションも無視し、信頼してもらう努力を怠った。
「でもね、一番大事なことはさ」
グイっと、継夜は、俯き目の周りを赤く腫らせた風理の顔を上げ、強引に目を合わせる。
「素直さと――泥臭さ、だよ」
風理の胸に、何かがこみ上げてくる。
後悔の影に埋もれていたものが、少しずつその頭をもたげてくる。
――この胸の痛みは、多分消えない。
――でも、私が来未を助けたいと思った気持ちも、嘘じゃない!
ゴシゴシ、と風理は涙を強引に拭う。
「……あんたは14歳の時からこの世界に入って、天才的な才能でずっとスターだった。でも、今はもう違うよ」
継夜の口から生まれた紫煙が、ユラユラと揺らぎ、やがて消える。
「――誰かを助けるために、一発で正解引けるほど甘い世界じゃないってこと、覚えときな」
「はいっ!――飯島 風理、行ってきます!」
風理は入ってきた時よりも勢いよく飛び出していく。
「大丈夫っすかね? あの子」
「どっちの、あの子、なんだい?」
「あ、いや。……どっちもというか」
「大丈夫じゃなきゃ困るよ」
継夜は乱暴に髪をかき上げながらデスクへと戻る。
「あんなバケモン、風理だからここまで連れてこれたんだ。風理じゃなきゃ、このタイミングで見つけられなかった」
「へぇ、そんなにすごい子だったんすか、あの嬢ちゃん」
「お前、さっき、あの子の実力分かった、みたいな顔してたじゃないか」
「いや、俺は嬢ちゃんの顔がクッソ可愛いな、と思ってみてただけでさぁ」
ガンッと、葛鳥のこめかみに鉄製の灰皿が直撃した。




