SCOUT.7 籠の鳥は免れたようです……
「――して、どうだね。あの子の様子は」
朝日が差し込む廃ビルの一室。
こぼれ星プロダクションの事務所で、社長である星城 継夜は窓辺に立ちながら目の前の男に尋ねる。
「どうって、走り回ってますよ。一日中。初日は成果出なかったみたいですけど、今日はどうっすかねぇ」
ノーネクタイでスーツをラフに着ている男、葛鳥 信吾は、呆れを隠すことなく答えた。
「社長。いいんですかい? 彼女が入ってくれればウチも助かるんじゃ……」
「なぁーに甘いこと言ってんだよ、葛鳥。この業界何年やってんだい」
継夜は信吾の進言を一蹴すると、窓の外に目をやる。
「魔法ってのは、女子だけに起こる突然変異。奇跡の力だよ。そもそもの牌が少ない」
「えぇ。だからこそ、半ば国家事業で保護しようってしてんですよね。下手に罪を犯されるよりも安心だ」
ただ――、と前置きをしながら、信吾はソファの背もたれ部分に腰を下ろす。
「国家の監視下に置くことを人権侵害って喚く奴らが出てきた」
「そう。それで出てきた苦肉の策が、『魔法少女アイドル化計画』さね」
「一応の職業選択の自由ってやつか。アイドルか、公務員かってな。ご苦労なことですね」
信吾は吐き捨てるように言うと、チラリと継夜に視線を送る。
少ない牌を取り合う魔法少女業界。
日々繰り広げられる事務所の勃興劇は未だ止まることを知らない。
「――で、ぶっちゃけどう思ってるんです? アイドル第一世代の星城社長?」
継夜は気だるそうに振り向き、信吾を鋭く睨みつける。
「その肩書で呼ぶなと、言ってるだろうが」
「まぁまぁ。社長が切り開かなかったら、この業界、成り立ってないですし。もっと誇ればいいんですよ」
「誇らしいことなど、何もしとらん」
「オリジナル5《ファイブ》の一人なのに? そんなそんな――」
パリン、と信吾の顔目掛けて飛んできたワイングラスが、彼の頬を掠め、背後で高い音を立てて割れた。
信吾の頬を、冷たい汗が伝う。
再び背を向けて立つ継夜の背からでも、怒っていることは伝わってきた。
「と、とにかく!」
話題を逸らすため、信吾はわざと声を張り上げる。
「今日と明日、あと二日は、飯島 風理を待ちましょう」
「当たり前だ。バカ鳥」
「バカ鳥!?」
あんまりだ、と喚く信吾の言葉を無視し、継夜は煙草を吹かす。
(この事務所を立て直す即戦力。そして、風理という新しい台風の目。必ず両方手に入れる――!)
継夜の目は、陽光にも勝る野心に満ちた輝きを放っていた。
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「うおぉぉぉぉ! 見つからねぇ。見つからねぇよ、魔法少女ぉ!」
商店街を往復しながら、風理は血眼になって魔法少女を探していた。
昨日も一日中こうして走り回り、魔力の探知を試みたが、一切の引っ掛かりが無かった。
今日、風理は近所の神社にお参りをし、お守りを大吉が出るまで引きまくり、靴を右足から履くという現役時代の願掛けまで持ち出している。
(今日……。なんとか今日、魔法少女だけでも見つけて、お近づきになりたい!)
社長の入社試験は、「魔法少女を連れて来い」だ。
見つけるだけでは、ダメ。
こぼれ星プロダクションに入ってくれる魔法少女を探すんだ。
あの、おんぼろビルに……好き好んで入る……人間?
公務員になる道も、あるのに……?
「そんなやつ、いるわけねぇだろぉ!」
往来の真ん中であることを忘れ、風理は汗だくのまま空に向かって叫ぶ。
「ちょっと、キミ。えーっと……おねぇさん?」
「おねぇさんで一瞬迷うんじゃね――え?」
風理が悪態をつきながら振り向いた先で、二人の警官が引き攣った笑みを浮かべている。
「おねぇさん。こんな昼間に、何してるの、あんた」
「ちょっと、ご職業とか聞いてもいいですか?」
「は、はい――。無職、ですぅ……」
消え入りそうな声を絞り出しながら、風理にとって何度目かの職務質問が始まる。
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バフ。
自宅アパートに帰るや否や、風理は敷きっぱなしの布団へ盛大にダイブした。
無言のまま、足だけをばたつかせて、焦りを紛らわせる。
「あぁぁ。今日も引っ掛かんない! やっぱそうそう都合よくいないよねぇ」
ゴロン、と体勢を仰向けに変え、所々にシミが浮かぶ天井を見上げる。
「また、無職かぁ……。もう、公務員になろっかなぁ。業界離れて……」
しがみつくのも、もう限界だった。
風理は、こぼれ星プロダクションに一縷の望みをかけたのだ。
アテが外れた今、残されるのは国家権力に監視されて一生を送る道だけ……。
「絶対に、イヤ」
風理以外誰もいない部屋で、しかし彼女はハッキリと口に出す。
「一生、鳥籠の鳥なんて……考えられない」
いや、でもどーしよー、と頭を抱える風理の耳に、久しく聞いていなかった音が入る。
ピンポーン。
(呼び鈴? いったい誰が……。はっ! まさか……)
風理は乱れた髪を雑に整えながら玄関へと急ぐ。
(そんな……、だって、まだ……まさかこんなに早く――!)
焦る気持ちを押さえ、一呼吸の後に、風理は玄関の扉をゆっくりと開く。
扉を開けきるや否や、風理は盛大に頭を下げ、額と膝がぶつかりそうになるまで腰を折り曲げて謝罪の体勢に入った。
「すみません、大家さん。家賃は来週には何とか――」
「へ? 大家さん? 家賃?」
「ん? あなたは――」
平身低頭、極限まで腰を曲げた姿勢の風理は、見上げる形で来訪者を見遣る。
「あ、私、手代木 来未です。先日は、ありがとうございました」
「あ……あ……」
来未の顔を見て、風理は声にならない声を出し、硬直する。
「お礼もすぐにはうかがえず、申し訳ございませんでした。でも――あの、大丈夫ですか」
「へ? あ、いや、だ、大丈夫だとも」
「だとも?」
大きめに咳ばらいをし、風理は強引に会話の主導権を握る。
「来未ちゃん。久しぶりね。あれから、何もない?」
急に大人びた声を出し始めた風理に困惑しつつも、来未は何とか、頷いて肯定する。
「そう、良かった。ところで、今日は?」
「あ、はい。やっぱり、風理さんに魔法の扱い方を教えてほしくって、それで……」
そういえば、自宅住所のメモを渡したのだった、と風理は遅れて思い出す。
「何かあった? いじめられたとか……」
「いえ。そうじゃなくって……。私、今年で高校卒業ですから」
「あー、なるほど」
女子生徒は高校卒業と同時に、強制的に魔力を測定される。
そこで一定以上の魔力あり、と判定を受けた者は強制的な二者択一を迫られる……。
「で、あなたは、どっちにするの?」
風理は、残酷と思える質問を来未に投げかける。
来未の目は、明らかに揺れ動き、動揺をはっきりと表している。
「魔力が基準以下なら、普通に暮らしていける。でも……」
風理の眼が捉える来未の魔力。
核弾頭が目の前に鎮座しているかのような、圧倒的質量と密度。
これを見逃すことは、馬鹿でもできない。
「わたしは――」
来未は、小さく、しかしはっきりと答えた。
「私は、自由に生きたいです! 誰にも縛られない、自分が好きなことをしたいです!」
「よく言った!」
風理は力強く来未の手を握る。
予想外に強い力で握られ、振り回され、来未は困惑の表情で風理を見た。
「その言葉を待ってた! 一緒に魔法少女、やりましょ!」
「え? 風理さん、魔法少女やってるんですか?」
「元、だけどね」
とにかく、と風理は来未の手を今一度しっかりと両手で握り込む。
「あなたは、私がスカウトするわ!」
――勝った。
風理の目から、意図せず涙がこぼれてくる。
――これで、入社試験突破だぁ!
「あ、あの……。風理さん。魔法の使い方を……」
「そんなのあとあと! さぁ、今から事務所に行くわよ! 忙しくなるわぁ!」
え? え? と状況が飲み込めない来未の手を引き、風理は足取りも軽く、廃ビルへと向かった。




