SCOUT.6 入社試験はベリーハードのようです……
朽ち果てた廃ビル然とした外観の割に、飯島 風理が飛び込んだ部屋は小綺麗なものだった。
企業の応接室だけを切り取ってきたかのような簡素な作り。
正面に構える女社長は鋭い目つきで飛び込んできた風理を品定めする。
「おいおい……。気合入りすぎだって」
部屋の側面に沿うように配された年代物のソファーに凭れた葛鳥 信吾が、引き攣った顔で呟いた。
「信吾さん! 私はここから這い上がるって決めたんです! 絶対にっ!」
「お、おう……。まぁ、やる気はいくらでも買うけどよ……」
信吾は向けられる熱視線から逃れるように、鎮座する女社長へ目を向ける。
「お前が残れるかどうかは、お前と――社長次第、だ」
「社長……」
風理は、ゆっくりと、正面の机に目を向ける。
そこに腰掛ける女性は、観察を止め、ゆっくりとその背を背もたれに埋めながら話始める。
「ま、そこのバカの言う通り。あんたを採用するかどうかは私が決める」
「では、ぜひお願いいたします!――ええと……」
「――星城」
「え?」
「私の名前だろ? 星城 継夜」
覚えなくてもいいけどね、と言いながら、継夜は新品の煙草に火をつける。
「いいえ。覚えました、星城社長。私を、ここで雇ってください」
風理の視線を遮るかのように、継夜に吐きだされた煙が空中を漂う。
換気換気、と慌てて換気扇を回しに行く信吾を尻目に、風理と継夜は無言に視線を交差させる。
しばしの沈黙を破ったのは、継夜だった。
「――まぁ、ビルの前であんたを煽ったのは私だしねぇ。元・人気魔法少女様なら、箔もつくってもんだ」
「――! だったら――!」
「てなわけで、入社試験でもやろうじゃないか」
風理の発言を柏手一つで封殺し、継夜は深い笑みを作る。
「入社試験? 業界についての筆記テスト、ですか?」
風理は、惨敗を重ねたこれまでの就職活動を思い出す。
しかし、継夜は静かに首を横に振った。
「あんたは魔法少女やってたから、業界には詳しいだろ? 今更そんなの聞いてもしょうがない」
「じゃあ、何を?」
疑問符を浮かべる風理へ、継夜は高いヒールを鳴らしながら歩み寄る。
そうして、風理の隣を通り過ぎると、事務所の扉を開けた。
「――ついて来な」
それだけを残し、継夜は廊下へと出ていく。
突然いなくなった継夜に、呆気に取られて風理は呆然と立ちすくんだ。
「おい。早く追いかけねぇと見失うんじゃねぇの?」
いつまでも動かない風理を見かねて、その背に信吾が声をかける。
「――ハッ! 待ってくださーい!」
慌てて飛び出した風理を見届け、信吾は一人、事務所の天井を見上げる。
「――あの嬢ちゃんには、なかなか厳しいんじゃねぇかなぁ」
吐き出した言葉は、換気扇にかき消された。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「ハァ……ハァ……。ここ?」
風理は朽ちかけた階段をいくつか上った先にある、鉄製の扉に手を掛けていた。
全体が赤く錆び、鉄くさい匂いがあたりに充満している。
上がってくる間、鉄の扉が閉まる音を風理は聞いた。
確信に近い予測を立てながら、風理は扉を開こうと前方に体重を移動させる。
「ふんんんんんん! って、何このドアびくともしないんだけど!?」
文字通りピクリとも動かない扉の前で、風理は息を切らせながら叫ぶ。
「一体どうして……ん?」
風理は一度扉から離れ、深呼吸の後に改めて扉を凝視した。
「これって……結界魔法? すごく……緻密で精巧。……こんなの初めて見た」
なんでこんなところに、という疑問を抱きながらも、風理は扉の解除を試みる。
「きっと、これが試験よね。そうじゃなきゃ、こんなの持ち出すはずないし!」
数十個の魔法陣が複雑に編み込まれ、一つの特殊な魔法陣を形成する。
魔法陣相互の干渉によって、加算ではなく乗算の効果が生み出されていた。
「……これ、ちょっとでもバランスを崩したら爆発するじゃん」
奇跡的なバランスで成り立つ結界。
その調和を乱すことは、内部にため込まれた魔力が一息に解放されることを意味していた。
風理は息をのむ。
額を伝う汗を一度拭い、改めてその機工を観察する。
「この機工を束ねる鎖。それを司る魔法陣には触れちゃダメ……」
風理はゆっくりと魔法陣の上を指でなぞる。
「その鎖を支える魔法陣。そこに流れる魔力を上手く陣の外に流せれば……」
風理は、魔力の流れを丹念に読み解く。
複雑で、重層的なその構造の奥に、遂に風理は活路を見出した。
「あった! この5つの魔法陣には、手を出しちゃダメ。絶対に!」
風理の手に、自ら編み出した魔法陣が出現する。
扉に蔓延る結界の外縁から、一つずつ魔法陣を上書きしていく。
「もう少し、ここを変えれば……」
風理が7つ目の魔法陣を書き換えたところで、結界を満たす魔力の流れが、変わった。
外縁を伝いながら、その魔力は最終的に、結界の外へと零れ落ちる。
やがて、その魔力のほとんどが流れ出した。
「……ふぅ。何とかなったぁ! 星城社長。気合入りすぎぃ!」
額から襟口まで、汗でびっしょりと濡れた顔を拭い、風理は空の結界を左手で払うように消し去る。
「よっしゃ! それじゃあ、合格貰いに行きますかねっ!」
両手で頬を叩いて気合を入れ直し、風理は改めて扉へと手を伸ばす。
ギギギギーー。
甲高い音を立てて、錆びつく扉がゆっくりと開いた。
「んー。あ、いた」
風理の前に現れたのは、相も変わらず粗大ごみが投棄された光景。
ボロボロの地面とは対照的に、上空には満点の星空が広がっている。
廃ビルの屋上。
その一角に、風理は継夜の姿を認めた。
「あぁ。遅かったな」
継夜は星空を紫煙で曇らせながら、背中越しに風理へ声をかける。
「遅かったな、じゃないですよ! 何ですかあの悪趣味な結界魔法! 死ぬかと思いました」
「そうして生きてるんだから、いいじゃないか」
「そんなこと――。はぁ、もういいです」
諦めたように風理は首を振ると、その右手を継夜に向けて差し出した。
「……なんだ、その手は」
「何だって……。試験に合格したんですから、合格証でも労働契約書でも、何でもいいので、ください」
「……何を言ってるんだ、お前は」
継夜は呆れたように風理を見つめる。
その目には若干の、“かわいそうな子”に向ける憐みがあった。
「えーと……あの扉の結界って、入社試験……ですよね?」
「んなわけなかろう」
あっさりと風理の言葉を否定し、継夜は再び夜風にその身を任せる。
その背を見ながら、風理は両手をワナワナと震わせていた。
「じゃあ、なんであんなの、張ってたんですか」
「ここは、私のお気に入りだからな。邪魔されたくなくてね」
「……わたしは、あなたについて来いと言われて、ここまで来ました」
「まぁ、そうだな」
「それで、結界で締め出しですか……」
「さっきから何を言っているんだ」
そう言って振り向いた継夜は、煙草を持つ右手とは別の手を前に突き出し、一点を指さした。
風理はつられて、その指が示す方向を見る。
扉があった。
今しがた風理が開けてきた扉の隣に、もう一つ。
「……あれ?」
「デカい柱で見えなかったんだろうが、あそこの扉は二つある」
「なんで、ふたつ?」
「そんなことは知らん。あの扉は、誰でも使えるやつだ」
風理はゆっくりと振り返り、継夜と目を合わせる。
「どうして、片方には結界を?」
「立ち入り禁止のサインみたいなもんだ。普段は張らない」
全身の力が、抜ける。
崩れ落ちるように、風理はその場にへたり込むと、両手で顔を覆った。
「――恥ずかしい!」
心からの叫びは、澄んだ夜空に紫煙と共に溶けていく……。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「もう、いいかい?」
「……はい。お騒がせしました」
ひとしきり羞恥心に悶絶した後、風理は落ち着きを取り戻した。
「それじゃあ、入社試験の説明をするさね」
そう言うと、継夜は風理の肩を掴み、自分の隣へと強引に促す。
「ちょ、ちょちょちょ――!」
「御覧よ、風理」
落下防止の柵などない屋上の縁に立ち、必死で吹き上げる風に耐える風理へ、継夜が静かに呟く。
その声を聞き、風理はまっすぐに顔を前へ向けた。
明かりを灯す家々は、はるか遠くまで続いていく。
寝ることを忘れたかのように、煌々と明かりを灯す照明灯の下を、幾台もの車が行きかっている。
それは、何人もの人間が送る、小さな日常の営みを鮮やかに映し出していた。
「――キレイ、ですね」
「あぁ。私はこの景色が大好きさ」
「これを、私に見せたかったんですか?」
「ん? いいや、違うさ」
継夜はそっと、風理の肩から手を放すと、明かりが灯る街に向かい、両手を大きく広げた。
「飯島 風理! あんたはこの街から、魔法少女になれる才能を見つけ出し、連れて来い!」
呆気にとられ、自分を見上げる風理を一瞥し、継夜は続ける。
「それが、あんたの入社試験、だよ。期限は……まぁ、三日かね」
「み、三日!?」
「おや、多すぎかね? ま、せいぜい頑張りな。四日は待たないよ」
そういうと、継夜はヒールの音を響かせながら、屋上を出て行った。
一人残された風理は、呆然と継夜が消えた扉の向こうを眺める。
「三日……。三日で魔法少女をスカウトするの? 私が?」
結界解除とは比べ物にならない量の汗が全身から噴き出してくる。
喉の奥だけが僅かにひくついた。
「む――」
割れんばかりの咆哮が、夜の街を駆け抜ける。
「無理に決まってんだろぉぉぉぉぉぉ!」




