SCOUT.5 おんぼろビルから出直しのようです……
「――一つ、お尋ねしても?」
「言いたいことは予想着くが……ドウゾ」
飯島 風理と葛鳥 信吾。
二人は小汚い路地をいくつか抜け、閑散とした通りに並んで立っている。
その視線は、目の前の建物を見上げていた。
「お化け屋敷も経営されてるんですか?」
「ん? してないけど?」
「じゃあ、どうして私をこんなところへ……?」
黒ずみ、所々の窓が割れた三階建てのビル。
窓際に立てかけられたマネキンの首と目が合う。
サッ、と風理は反射的に目を逸らし、信吾を睨むように見上げる。
「どうして、て……。ここが“こぼプロ”だからな」
こぼれ星プロダクション。
信吾が、半ば無理やり風理を働かせようと、連れてきた場所。
「――帰ります」
「ちょ、ちょちょ! 待ってくれって」
「離してください! 私はこんなところに入ることはできません!」
「話! 話だけでも!」
「オフィスすらまともに持ってないプロダクションなんて、聞いたことありませんよ、この嘘つき!」
「う、嘘つきって――」
自分より遥かに小柄な風理に引き摺られながら、信吾はそれでも彼女の手に縋る。
「なんだいなんだい。随分と威勢のいい声がきこえるじゃあ、ないか」
声がした。
ボロボロの廃ビルのような建物から、気だるげな女性の声が。
「あっ、社長~! 聞いてくださいよ! この子がぁ」
現れたのは、四十歳ほどの痩身の女性。
髪の毛は肩よりも少し長い程度で下ろされているが、手入れされていないのかボサボサの印象。
シンプルな赤のワンピースを身に着け、ワンポイントのネックレスが青く光る。
「――社長さん?」
「なんだい。落ちぶれた水商売人にでも見えるかい?」
「い、いえ。決して――」
風理は、社長と称された女性の、謎の威圧感に気圧される。
「葛鳥ぃ。あんた、こんなところで若い……わけじゃないが、女をナンパたぁいい度胸だな」
「ち、違いますよ社長! スカウト! この子は僕がスカウトしてきたんです!」
ムッとする風理から手を放し、大仰に両手を突き出しながら、信吾は弁明する。
「スカウトだぁ?」
女性は、鋭い目つきで風理を頭の先から舐めるように観察する。
「ふん。プリン、か」
「私のこと、知ってるんですか!?」
予想外の言葉に、思わず風理は反応してしまう。
目を丸くする風理を尻目に、女性は咥えた煙草に火をつけた。
紫煙を燻らせながら、どことも言わず視線を流している。
「知ってるさ、当然。文字通り、一世を風靡した魔法少女様だ」
自分には不釣り合いと思えるほど大それた形容に、風理はこそばゆくなる。
「そして――」
女性が吐き出した煙は、空を漂い、消えていく。
「――年取って、追い出されて、今はその日暮らしのプー太郎、だろ?」
グシャ、と胸が押しつぶされる感覚を風理は覚える。
風理の右手が小刻みに震えた。
俯いた顔を上げることができない。
なぜ、この女性がそこまで知っているのかを考える余裕がない。
それはあまりに……、信吾が擁護する声も、耳に入るが脳に届かない。
――それは、悔しさであり、惨めさ。
「あんた。本当にこのままでいいのかい?」
そんな風理の心に、なぜか女性の声だけは突き刺さった。
風理は、赤く腫れた目を女性に向ける。
「本当に、あんたは終わっちまうのかい?」
「私が……終わる……」
女性は、風理と目を合わせ小さく頷いた。
「人間。走り続けな置いてかれ、皆から忘れられる。そうして、文字通り“人知れず”終わっていくもんさ」
女性は、吸い終わった煙草を携帯灰皿へ押し込む。
「変わるなら、今、じゃないかい?」
女性は語気を強く、真っすぐな眼差しで風理を射抜く。
「また走りだそうってんなら、この伏魔殿に飛び込みな。……終わっちまうのも止めはしないけどね」
女性はそう言って、自分が伏魔殿と称したビルへと戻っていった。
信吾が、チラリと風理を一瞥し、その後に続く。
(私は、変わろうとしていただろうか……)
風理の心に去来するのは、大手プロダクションをクビになってから、ここまでの生活。
――自分の名声が落ちていくのを悲観するだけ。
――過去の実績頼みで、「不採用」の山を積むだけ。
(前向きに保ってたつもりのマインドも、前を向いて止まっていただけ――?)
スクッと、風理は顔を上げる。
小さなビルの屋上付近に薄ぼやけた看板が目に入った。
こぼれ星プロダクション。
――いいじゃないか。こぼれ星。
――今の自分に、行く当てなんてない。
――ここから、自分のセカンドキャリアで成り上がってやろうじゃないか!
風理は伏魔殿へ、続く階段の一段目に足をかけ、駆けあがった。
軋む階段も、剥がれた壁紙も、明滅する蛍光灯も気にならない。
風理は、振り向かない。
あっという間に三階まで駆け上がると、唯一明かりが灯る部屋を見つけた。
髪の毛を耳に掛けながら、風理は乱れた呼吸を整える。
(ここからだ……。ここから……)
「――よし!」
ドアノブに、手を掛ける。
「失礼します!」
勢いよく開いたドアの先。
正面の椅子に座る女性は、野心的な目で風理を見つめた――。




