SCOUT.10 対バンライブが決まったそうです……
飯島 風理が、手代木 来未をスカウトしてから数日。
来未がプロダクション加入の手続きを進めている間、風理は葛鳥 信吾から業務の引継ぎと指導を受ける日々を送っていた。
そんなある日の昼下がり。
「そんじゃあ、会議を始めるとするかね」
朽ちかけた外観の雑居ビル。
その中に一室だけ、小綺麗な体裁をかろうじて保っている部屋がある。
『こぼれ星プロダクション』
建付けが悪い扉の廊下側に掛けられたプラスチックの看板が傾く。
その室内で、プロダクションの社長を務める星城 継夜は椅子から立ち上がり、ホワイトボードの前に立つ。
部屋の狭さに比べて幾ばくか大きな机の向こう、所々に修繕の跡が残るソファに腰掛けるプロダクションのメンバーを見渡した。
『スカウト』葛鳥 信吾
『スカウト』飯島 風理
『魔法少女』シクル(手代木 来未)
僅か四人の弱小プロダクションであるにもかかわらず、継夜の目の奥には確かな野心がうかがえた。
皆が自分に注目していることを認めると、継夜は小さく息を吸い先を続ける。
「わたしら、『こぼプロ』は知っての通り崖っぷちだ。……知ってるよな?」
継夜の問いかけに、葛鳥と風理はすぐに大きく頷き、来未も恐る恐るではあるが確かに首を縦に振った。
「そこで、だ。まずは世間様に私たちの存在を知らしめる! ――対バンライブに殴り込むよ!」
バンッ、と継夜がホワイトボードに派手なポスターを貼り付ける。
ソファに座る面々は、そのポスターの細部までまじまじと目を通す。
「……おいおい、マジっすか、社長」
最初に口を開いたのは葛鳥だった。
「ん? 葛鳥さん。これ、何か問題ありますか。ウチの単独ライブなんて人来ないし、いっそ便乗した方が……」
「風理。お前、隅っこまでよく見てみろよ」
「隅っこって――。あ……」
風理が対バン相手を見て一瞬、硬直する。
来未は会話の意味が分からず、ソファの端で小さくなっていた。
不意に、葛鳥と風理が同時に手を挙げる。
「「意見を述べてよろしいでしょうか」」
「却下だ」
「いや、認めろ――ください」
継夜に気圧され、葛鳥はすんでのところで語尾を改める。
冷や汗を垂らしながら、葛鳥は続けた。
「社長。これはいくら何でもウチら、分が悪すぎる」
「そうですよ! 相手が『ラヴィ・キュート』って……」
興奮する二人の横で、来未がおずおずと手を挙げる。
「あの~、風理さん。『ラヴィ・キュート』って、まさか――」
「そうよ、来未。あなたも知ってる?」
「はい。よくライブ見てたので、連携がすごく速くてキレイな」
「そうよ。それに、このハウスも分が悪い」
「ハウス?」
「風理。この嬢ちゃんは今まで視聴者だったんだから、こっちの言葉や常識は知らねぇ。説明しながら進めねぇと」
「葛鳥にしちゃあ、よくわかってるね」
「お褒めに預かり光栄ですよ、社長」
空中で、継夜と葛鳥の視線がぶつかる。
継夜のこの提案に対して、葛鳥は徹底抗戦の構えだ。
そんな二人を尻目に、来未が風理の裾を掴んで話しかける。
「風理さん。私、まだ話が飲み込めてなくて……」
「あ、あー。そうよね。えーっと、来未ちゃんは『ハウス』って言葉は知ってる?」
「業界用語ということでしたら、知りません」
「じゃあ、『ダンジョン』って言葉は?」
「それなら知ってます。魔法少女の皆さんがライブをする場所ですよね?」
「そうそう。その、『ダンジョン』のことを業界では『ハウス』って言うの。それぞれのプロダクションで『ハウス』を奪い合ったり分け合ったりしてる」
「え!? 入る前からダンジョンの情報が分かってるんですか?」
驚いて問いかける来未に、風理は頷いて答える。
「『ハウス』にもいろいろあるからね。どのプロダクションも売り出したい魔法少女が一番輝けるトコを取るために必死なんだ」
「……それって、ここも持ってるんですか?」
「さぁ。私もつい最近入ったから……。でも、まぁ、競争には勝てないだろうから望み薄――」
突然、風理の視界が大きく揺らいだ。
頭を叩かれたのだ、と気づいたのは少し遅れてのこと。
「まったく、失礼だねこの子は。ここにも『ハウス』はあるってのに……。一つだけど」
「社長! いきなり何するんですか……って、あるんですか!?」
「だから、あんまりバカにするんじゃないっ!」
風理はバインダーで再び叩かれる。
バインダーを風理の頭にくっつけたまま、継夜はポツポツと語り始めた。
「大昔にね。アタシの仲間たちと一緒に、いくつかの『ハウス』を分け合ったんだ。その中にちょっと癖があるもんが混じっててね。それをじゃんけんで誰が引き取るか決めようってことで、――今はここにある」
「負けたですね、じゃんけん」
「運が無かった、ってことさね。まぁ、いずれ見せてやるから、さっさと来未に今回の対バンライブの見立てを教えてやんな」
そうでしたー、と風理は再び来未に向き直る。
「今回の対バン。一番まずいのがその『ハウス』なのよ」
来未は風理が言う『ハウス』の情報をポスターから探し出す。
「『Land・For・Wolf』って書いてますけど……」
「そこ簡単に言っちゃえば、たくさんの狼を倒すって目標の『ハウス』なの」
「へぇ~。ちょっと怖いですね……」
「問題なのはその狼たちがものすごく速い、ってこと。まともに攻撃したんじゃ、まず当たらない」
「そうそう。逆に、『ラヴィ・キュート』にとっちゃ、相性がいい相手だ。あいつらも速さと連携がウリだからな。さぞかし画面映えすんだろ」
「葛鳥さん。生きてたんですか!?」
「さっきまでソファの下で気絶してたくせに、自然に会話に入ってきたわね」
「何か、俺の扱い雑じゃね?」
ガヤガヤと話す風理達を、継夜は手を叩いて制したのち、口を開く。
「まぁ、各自思うところはあるかと思うけどね。初めは人気者に便乗しながら、死に物狂いで“知名度”を搔っ攫っていくよ。こっちが相手を食ってやろうじゃないか」
待っていては、チャンスをつかめない。
非情に徹してでも、自ら望みを掴むことで道が拓ける。
継夜の言葉で、場の空気が一気に引き締まった。
ビシッと、継夜は来未を力強く指さす。
「てなわけで、来未。――二か月間、死に物狂いで修業しな!」
「え? あ、は、はいぃぃ~」
間の抜けた返事が来未の口から漏れ出た。




