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公爵令嬢は領収書の不備を許さない






制服という衣装は、普段着としているドレスと違って軽くて動きやすく、息苦しさが全くない。

なんて素晴らしい機能美なのだろう。

裾が汚れないように気を配る必要もなければ、階段を駆け足で楽に登ることも出来る。


「普段着にしたいわ」

「そんなことおっしゃらないでくださいお嬢様。お嬢様を着飾る私の楽しみがなくなってしまいます」

「でも本当に楽なのよ。まるで寝間着みたいな軽さなんだもの」


ヒールのない靴も大変素晴らしい。この靴を履いてパーティーに参加が出来たなら、何時間でも踊り続けられるだろう。

普段よりも身軽な足取りで廊下を進み、「本日よりお世話になります。パトリシア・ウォールズと申します」と自己紹介を行う。

私が今日から働くことはすでに伝達されていたらしく、きちんと席が用意されていた。


「シャロン。荷物をありがとう。ここで貴方に控えられたら皆様の邪魔になるでしょうから、屋敷に戻ってちょうだい」

「私はお嬢様の侍女です。お傍を離れるつもりはありません」

「シャロン、我が儘言わないの」

「私も仕事ですから」

「シャロン」


にっこりと微笑みながらも強めに名前を呼ぶ。するとシャロンはキリッとしていた背中を丸め、「お嬢様のお側にいたいんですぅー!」と嘆くから、出迎えを楽しみにしているわと、遠回しに帰宅しろと伝えると、涙目になりながら、すごすごと部屋を後にする。

未練がましい足取りだ。

シャロンは少々、主人愛が強すぎるのではないだろうか。私の「おはよう」から「お休み」まで関わりたがるシャロンを見送り、改めて室内を見回す。すると、慌てたように1人の紳士が進み出てきて、ペコペコと頭を下げた。


「は、は、初めましてウォールズ様。わ、わわわわ私はこの騎士団付き金庫番にて経理の仕事に準じておりますダンテと申します。ほ、本日はお日柄も宜しく……え、えーっと…」

「ダンテ様。この仕事に関して私は新人でしかありません。どうぞ他の皆様と同じように接してください」

「そ!そそそそそれは……難しいかと……」

「大丈夫です。ダンテ様なら出来ます!私はそう信じております」

「そ、そのような多大な期待を……して頂けるとは至極でありますが……」


ダンテ様は騎士にも負けないくらいに大柄の体をシオシオと丸めながら、気恥ずかしそうに頭の裏を掻く。その様子が微笑ましくて、思わず笑ってしまうと、部屋に流れていた独特の緊張感が和らいだ気がした。

ダンテ様の背中に隠れるようにして様子を窺っていた、子馬の尻尾のようにかわいらしい髪型をした若い女性が、「私はエマと申します。その……本来であればお言葉を交わすことすら許されない身分なのですが、椅子を隣に並べても問題はないでしょうか?」と、大きな瞳を不安に揺らしながら聞いてくるので、もちろんですという意味をこめてにっこりと微笑んだ。


「今日から皆様が私の上司なのです。こちらこそ、仕事に関して素人ですので、至らない点が多々あると思います。早く皆様の手を煩わせなく済むように精進致しますので、ご指導のほど、宜しくお願い致します」

「わっ!わっ!頭を下げないでください!」

「公爵令嬢であらせられるウォールズ様に頭を下げさせたなんて知られたら、この首が飛んでしまいます!」

「安心してください。飛びません」

「縛り首です!」

「縛られません」

「まさか毒で……」

「命の保証を致しますので、ご安心ください」


顔に笑顔を貼り付けたままテンポよく答えていく。

事前情報によると、私の同僚になる方々は爵位を持っていない平民が主で、経理主任のダンテ様だけが男爵位をお持ちのはずだ。

それを踏まえると、確かに公爵令嬢の私を前にしたら身が竦んでしまうだろう。だが、こればかりは慣れて貰うしかないので、頑張れとしか言いようがなかった。

騎士団付き金庫番として働いているのはたったの5人。主任のダンテ様と、一番の若手のエマ様は紅一点で、少し気が弱そうな雰囲気のアーチ様と、数字にとても強いフラン様。最後は胃腸が弱いのか、常に胃の辺りを擦っているジョン様。

金庫番はなり手の少ない職種で、NOと言えない気の弱い方に押しつけられるという噂が真しやかに囁かれている。

普段とは違う環境が物珍しくて、部屋の中に視線を巡らせるけれど、私と目が合うと皆様、慌てた様子でそっぽを向かれてしまう。

私と関わりたくないと顔に書いてあるのが良く分かってしまい、クスリと笑みが漏れてしまった。


「な、なななにかおかしなことがありましたでしょうか!?」

「いいえ。私は常に周りに人がいる環境で育ちましたので、このように放っていただけるのは初めてだと思っただけです」

「たた大変申し訳ありません!すぐにお側に全員を集めますので、ご容赦ください!」

「止めてください」

「で、ですが、お気に障るのでは?」

「肩の力を抜けるので、嬉しいという意味で言ったのです」

「そう、ですか……それなら良かった」


これでもかと低姿勢で対応されてしまうと、どうも居心地が悪く思えてしまう。

私は新人ですので、どうぞお気を楽に……と伝えても、やはり難しいようだ。

苦い気持ちは隠して、穏やかな笑みを心掛ける。


「それではダンテ様。私の仕事を教えてくださいませ」

「は、はははい!そのっ……ほ、本当に宜しいのでしょうか?」

「そのために呼ばれたのですから、お任せ下さい」

「よ……宜しくお願い致します……」


ダンテ様の説明で、私の仕事の流れを一通り覚える。私が任されたのは、金庫番の中で最も過酷だと呼ばれている精算係だ。

領収書を持って訪れる騎士と対峙し、精算するかしないかを判断する役割だと言えば分かりやすいだろう。


「大切なのは日付や目的などの有無です。項目漏れがあれば、基本的に受理出来ません」

「未記入の場合はお断りするだけで良いのかしら?」

「構いません。ですが、その……何かしらの事情があるという場合もあるので、始末書や申請書などを書いていただくことで、受け付けることは可能です」

「でしたら、その辺りも詳しく教えて頂いて良いかしら?」

「かしこまりました。まずは日付がない場合ですが……」


さすがは主任だ。丁寧に手続きの方法を教えて頂き、大まかな流れを把握する。

基本的に記載漏れがあれば不受理だが、救済措置が色々とあり、対応して貰えれば精算は可能な事態が多いようだ。

ただ、後出しの書類の作成や、上司のサインが必要となるので、面倒ではあるのだろう。


「……分かった気がします。それで騎士様方は皆さんに無理を言うのですね」

「そうなんです。私も頑張って対応してはいるんですけど、凄まれると怖くて……」

「エマ様のような可憐なお嬢様に凄むなんて、騎士としての通りに反するのではないかしら」

「可憐だなんて、そんなっ!」

「あ、あの、ウォールズ様。本当に、本当に、本当に宜しいのですか?騎士様方は勇敢な方々でありますが、迫力があると言いますか、強引な所がありますので、対応に骨が折れるかと…」

「理解しております。ひとまずお任せいただけますか?不慣れなので、数日はエマ様に隣に座って頂いても宜しいかしら?」

「それは構いません。エマさん。くれぐれも粗相の無いように気をつけてください」

「首が飛ばないように頑張ります!」

「飛ばないので安心してくださいませ」


始業の鐘が鳴ると、すぐさま金庫番の部屋の扉が開かれる。お客様は高確率で領収書を持った騎士様方だ。

騎士様方は見慣れぬ私の姿に目を丸くする。


「初めて見る子だ。新人さんかな?」

「はい。本日より精算担当になりましたパトリシアです。どうぞお見知りおきを」

「パトリシアちゃんね。こちらこそ宜しく。これ、精算をお願い」

「俺のも」

「拝見致します」

「拝見って、パトリシアちゃんは箱入りのお嬢様だったりするのかな?」

「よかったら俺の自慢の筋肉も見ちゃう?」


にっこりと微笑みながら領収書を受け取り、一目見てそのままお返しする。


「申し訳ございません。日付の記載がございませんので、不受理とさせて頂きます」

「あ~、ごめん、適当に書いておいて」

「違反行為ですのでお断り致します」

「そんなこと言わないでさ、お願い」

「こちらの領収書はそもそも領収書の体をなしておりません。再発行をしていただいてくださいませ」


「不受理です」と突き返す。

騎士様方は受け取って貰えない領収書を見下ろし、互いに顔を見合わせると、怪訝そうに眉根を寄せる。


「いつもならこれで問題ないぞ?」

「本日より私が担当となりましたので、問題有りと判断致しました」

「おいおい、それはないんじゃないか?俺たちは市民のために体を張って働いているんだぞ?」

「大変ありがたく思っております。ですが、それとこれとは話が別でございます」


フレンドリーだった騎士様方が、段々と不機嫌そうに顔を歪めていく。隣のエマ様は緊迫した雰囲気に慣れていないようで、可哀想なくらいに青ざめてしまっていた。

頑なな私の態度に業を煮やしたのか、1人の騎士様が大きな拳を握って机をダンッ!と叩く。


「おい金庫番。お前たちは俺たち騎士の金を預かっているのに過ぎないんだよ。つべこべ言っていないでさっさと金を出せ」

「本日より書類不備や用途不明の領収書の精算の受付はお断りさせて頂くことになりました。運がなかったと思って諦めて下さいませ」

「俺たちは騎士だぞ!?」

「存じております」

「俺たちが体を張って仕事をしているから、平民のお前たちにも金庫番という仕事にありつけているんだぞ!分かっているのか?」

「それとも、分からせてあげてもいいんだぜ」


騎士様の1人が伸ばした手が私に伸ばされる。さすがに駄目だと踏んだようで、ダンテ様が動こうとしたのが視界の端に写ったが、手のひらを向けて制止をかける。

そうこうしている間に騎士様の手が私の顎をグイッと掴んだ。


「せっかくかわいい顔をしてるんだ。こんな場所で働くより、俺の愛人にならないか?良い暮らしをさせてやるぞ」

「光栄ですが、お断り致します」

「お嬢ちゃんは世間知らずだね。そいつは子爵家の跡取りなんだ。お嬢ちゃんの親に圧力をかけることだって出来ちゃうんだよ。それが嫌ならこの領収書をさっさと金に換えてくれ」


これで勝ったと言わんばかりにニヤケ顔をしている騎士様方を前にして、金庫番になり手がいない状況を把握した。

功績のある爵位を持った騎士様方に脅されたら、平民出身者の金庫番は従わざる得なくなるにのも関わらず、経費の高さを色んな部署から責められる嵌めに陥るのだ。

職を失いたくないのに、上からこれでもかと圧をかけられ、狭間に押しつぶされることになる。

心の中でため息を零し、理想と違う騎士様方の内情に嘆く。


「どのような圧力をかけられようとも、不備のある領収書を精算することは出来ません。速やかにお引き取り下さい」


しっかりと背筋を伸ばし、騎士様がたの希望には添えないと断言をする。

途端に部屋の空気が淀んだ。それからうら若いご令嬢の耳汚しにしか鳴らない暴言を聞き流し、凄まれる視線を笑顔で受け止め、爵位による圧力にスカートの端を掴んで優美に一礼する。


「この場では爵位がものを言うようですので、私も自己紹介をさせて頂きます。ウォールズ公爵家のパトリシアと申します。以後宜しくお願い致します」


私の自己紹介に、騎士様方の顔に困惑の表情が浮かび、耳から入った言葉が脳に伝わったのか、サァーっと顔色を悪くしていく。

机に肘をついていた騎士様は、バネのように飛び上がって姿勢を正し、暴言を吐き捨てた騎士様は慌てた様子で口を手で塞ぐ。

今まで子ネズミを追い詰めて遊んでいた猫のような態度だった騎士様がたが、一斉に姿勢を正し、正反対の態度を取る様は、まさに滑稽だろう。

公爵位って凄いのね。

そんなことを考えながら、再度微笑む。


「不備のある領収書は精算が出来ません。ご理解頂けましたか?」

「は、はいぃっ!」

「理解致しました!」

「たたたた大変、申し訳ございませんっ!」


騎士様方は私の手から急いで領収書を受け取ると、脱兎のごとく部屋から飛び出していった。






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