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鬼に金棒

「さってと、始めるか。たまにはヤローと遊んでやるのも、いいかな」


 大和はタバコに火を付け吸い込むと、吸殻を地面に捨てて踏み潰し、地面を見た。


「余裕だね、オジサン。でも、ぼくは――」


 疾風迅雷。大和はなんの掛け声も合図もなく、一気に紫と間合いを詰め、舞った。さらに紫の周囲を旋回し、動きで翻弄する。


「ちょろちょろと……!」


 紫が大和のいる方角を翼で薙ぐ。一振りしただけですさまじい衝撃波が生まれ、グラウンドの土をえぐり取り、サッカーゴールを吹き飛ばした。


 しかし、当の大和はすでにそこにおらず、紫の背後に回り込んでいた。


 攻撃してくださいといわんばかりの背中。大きな隙が出来たところで、大和は攻めに出る。


「ぼくの背中を……こいつ、速い」


「お前が遅いんだよ。あとね、俺ちゃんはピチピチの二十三歳。華麗臭はするけど、加齢臭はしないの。そこんとこ、よろしくよろしく」


 疾風怒濤。次々と繰り出される拳。一撃一撃が風のように早く、鋼のように重い。圧倒的な攻撃速度は、まさに拳の嵐。その全ては紫の華奢な体を直撃し、反撃の機会を与えない。


 大和の超人的な動きに反応できず、紫は生きるサンドバッグに成り下がるしかなかった。


 高速の無限コンボを繰り出す大和。


「舞え――羽虫が如く」


 やがて、大和の拳が紫に大きく直撃して、学校の校舎に突っ込んでいった。


 紫が突っ込んだのは、ナイト達の教室がある校舎だ。紫自身、つい昨日まで授業を受けていた場所に頭から突っ込むと、校舎はもろく崩れ、土煙をあげる。


 沈黙。周囲は静寂が支配し、先ほどまで繰り広げていた戦いが、ウソのように静まり返った。


 だが、大和の表情は暗い。それどころか、脂汗が頬を伝わり、余裕がなさそうだ。


「参ったなあ。俺ちゃんけっこう本気でやったんだけど……残業はマジ勘弁」


 一瞬だった。校舎から土煙が吹き飛び、黒い風が巻き起こる。さらにその中から、紫色に輝く羽が弾丸のように大和を襲った。


「うをって!?」


 大和はそれを全てギリギリでかわす。しかし、羽のような弾丸は一発だけでなく、さらに数発が大和の体を目指した。


 回避しようとした大和だが、いくつかよけきれず、服がハサミで切られたように数箇所破けていた。そこからじんわりと血がにじみ出ているが、大和は顔色を変えずに、校舎の残骸から姿を現した剛鬼と視線を合わせる。


「よかった、今の攻撃で死んじゃわないか心配だったんだ、ぼく。ありがとう、これでもっと遊んであげられるね、オジサン」


 右の一翼を前面に出した紫が、狂気の笑みを浮かべる。


 それに対し、大和もまたいつも通りのニヤケ顔で唇の端を曲げた。


「だから、俺ちゃんピチピチの二十三歳……」


「じゅうぶんオジサンでしょ」


「……今時のティーンズは、厳しいね……ここはいっちょ、年上に対する敬意ってのを俺ちゃんが教えてやるぞよ」


「フフ。じゃあ、もっと面白い遊びをしようよ、オジサン」


 紫は自分の体を愛おしそうに抱きしめた。四枚の白い翼が大きく展開され、そこから紫色の炎の羽が、無数に発射される。それは、さきほど繰り出された攻撃の比ではなかった。


 一斉射撃。


「俺ちゃんがこの世でもっとも嫌いな物は二つ。その一つがサービス残業。……本気でいくぜ」


 大和はポケットから携帯を取り出すと、迫り来る無数の羽を前に、目を閉じた。そして、目と口を開く。


「『鬼に金棒』」


 大和の右手に握られた携帯が、紫色の光をまとうと同時、彼の周辺に半球形の光が現れ、羽は全て光に飲まれた。


「それは……さっきの!? ぼくの攻撃が……何で」


 紫は再度、四枚の翼を大きく展開し、一斉射撃を大和へ見舞った。


 だがやはり、それらは大和を包む光の壁に吸収され、目標に有効なダメージを与えられない。


「俺ちゃんの能力だよ。携帯に鬼の力を宿し、周囲に展開する絶対防御だ。剛鬼クラスの攻撃もなんのその。ま、もっとも、母ちゃんと姉ちゃんのげんこつは防げないけどな」


 鬼に金棒は、携帯に蓄積された大和の鬼の力を解放し、展開するバリアである。携帯を使う理由は一番身近にあり、片時も離さないアイテムだからだ。ただし、電源が切れてしまうと、携帯としての機能を果たせなくなり、その効力を失くしてしまう。


 大和は光をまといながら、紫に向った。 


「そんな、こんなオジサンに……!」


「だーかーらー。俺ちゃんピチピチの二十三歳。年上には敬語使え」


 再々度の一斉射撃。だが、やはり大和には傷一つ付けられない。


「へっ」


 口の端を歪めながら、大和は一気に間合いを詰める。


「こちらの攻撃が利かないからって、いい気になるなよ。オジサン」


「いい気になれるんだよ、これが」


 先ほど繰り出した拳打は紫の肉体にダメージらしいダメージを与えられていない。


 だが、それでも大和には余裕があった。 


「鬼に金棒はただのバリアじゃねえ。負の力を吸収して無効化する結界だ。つまりは――」


 大和は携帯を紫の鼻先に突き出した。


「お前ちゃんの負の力。全部、吸収させてもらうぜ」


 紫が叫ぶ間もなく、光の中に閉じ込められた。それはまるで光の牢獄。閉じ込められた紫は体という体から、黒い霧を噴出して暴れまわるが、光の牢獄はビクともしない。


「俺ちゃんがこの世で嫌いな物の一つはサービス残業。もう一つは……生意気なガキだ」

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