美しくも恐ろしい剛鬼
「お疲れ様~! ナイトくぅん」
ジャングルジムの頂上に陣取り、ライフルを構えていたいちごに、ナイトは労いの言葉をかけられた。
ナイトの足元には、鬼の骸がいくつも横たわり、それがもくもくと黒い霧となって浄化されつつある。
「よっす!」
いちごが元気よくジャングルジムから飛び降りると、地面に貼り付けた結界札を破り取った。瞬時に結界は解除され、元の平和な公園が戻ってくる。目撃者も、その場に居合わせた者もいないので、事後処理はいらない。
鬼の力を解除し右手を元に戻すと、ナイトはいちごを見た。
「これからどうするの? 他の所に行く?」
「んー。そうだねえ。鬼さんこちらで確認してみたけど、店長としーちゃんの所は反応なくなってるから、オーケーみたいなんだけど……きりりんの所がまだ終わってないみたい。んー? ありゃ? ありゃりゃ? 故障かな?」
いちごは自分の携帯を何やらいじくっていたが、ナイトの距離では画面が見えなかったので、いちごに近寄ってのぞき込んでみた。
いちごの携帯はピンク色で派手だ。さらに、その上にビーズで可愛らしくデコレーションされており、重量感は満点で、携帯というよりも、ビーズの塊といったほうがしっくりくる。
そのビーズの塊にくっ付いているのが、機動戦士のストラップなので、いちごらしいといえばいちごらしい。
「どうかしたの、いちごちゃん?」
「今ね、一瞬だけど鬼さんこちらに『剛』って表示されたの。でも、すぐに消えちゃったから……ありゃー。本当にアプリ故障したかなあ? 店長ってば、バグばっかり残すんだから! もー」
「剛……ってことは、剛鬼が出たの? それってけっこうマズイんじゃないの?」
「うーん。確かにそうなんだけどぉ……でもでも! 最近このアプリちょっとおかしいんだよねえ。けど、きりりんに何かあったのかもしれないしぃ……行ってみる? ナイトくぅん?」
「そうだね、行ってみよう」
公園で子鬼を全て浄化し終えたナイトといちごは、輝鈴の援護に向うことになり、尾二河高校を目指し、移動した。
走り続けて数分。尾二河高校に到着すると、二人は校門の前で立ち止まった。
学校全体に輝鈴が施した結界が展開されており、クリンネスタイム中であることを察知すると、校門から鬼の襲撃を警戒しながら侵入する。
「きりりん~。お~い! どこだあ~! ごはんじゃないけど、ごはんですよぉ~!」
「いちごちゃん、犬神さんは犬じゃないんだから、そんなので出てこないよ、たぶん」
「あっれぇ~? おっかしいなぁ。いつもなら、すぐに出てくるんだけど……きりりんやーい」
いちごはグラウンドを進みながら、輝鈴の名前を叫んだ。鬼さんこちらには、いつの間にか剛鬼どころか、子鬼の表示まで消えている。なのに輝鈴の姿はない。これは明らかに異常事態だった。
「桃山くん!」
「え?」
突如声がして、ナイトは思わず身構えた。しかし、見知った顔が校舎の影から姿を見せたので、安堵して駆け寄る。
「蒼樹くんじゃない。どうしたの、こんなとこで」
校舎から顔を出したのは、ナイト達のクラスメイト蒼樹紫であった。飛び出してきた紫は、不安そうに肩を縮こまらせ、頼りない表情でナイトを見ている。
「ぼく、図書室で勉強してたんだ。そしたら、なんだか外が騒がしくなって……様子を見に来たら犬神さんが……」
「え、犬神さんを見たの? どこで!?」
ナイトは思わず紫の肩をつかみ、問いただした。
すると、紫はゆっくり右手の人差し指を、グラウンドの片隅にある一本の樹へ向け、差し示した。
「犬神さん!」
ナイトは、紫の指した樹を目指し走った。樹の下まで来て、思わず立ち止る。
「大丈夫、犬神さん!?」
そこには、幹によりかかるようにして輝鈴が倒れていた。
ナイトは輝鈴の頬に、ぺちぺちと平手を何度か往復させてみたが、気が付く気配はない。
「ちょっと、犬神さん! 何があったのさ!」
ナイトは改めて輝鈴を眺めた。特に外傷はなく、衣服も汚れはない。息もしているようだったので、気を失っているだけのようだった。
「ナイトくん!」
いちごがぱたぱたと駆け寄ってきて、ナイトはそれに気が付くと、振り向いた。そして、唖然とする。
「も、桃山くん……」
いちごが紫にライフルの銃口を突きつけていて、顔面蒼白の紫が、両手をあげていた。
「ちょ、ちょっといちごちゃん!? 何してるの! 銃下げて!」
「ナイトくん、早くそいつから離れて! きりりんをやったのも、たぶんそいつだよ!」
「猿願寺さん、そんな、ひどいよ。ぼくは何も悪いことしてないのに……」
紫は顔を両手で覆うと泣き崩れた。その姿は見ていて痛々しい。
ナイトは思わず紫に駆け寄り、しゃがみこむとその背を優しくさすった。とても同性の物とは思えない小さな背中……それが恐怖のためか、小刻みに震えている。
「そうだよ、いちごちゃん。蒼樹くんがそんなことするわけないじゃないか!」
「だまされないで、ナイトくん! ここは結界の中なんだよ! ここで活動できる人間は、ユメヒコの名札を付けた人以外――」
いちごは最後までしゃべることができなかった。
紫が伸ばした左手がいちごの腹部を強打し、その衝撃でいちごの体はグラウンドを転がったからだ。
ナイトは、土煙を上げながら転がるいちごを、呆然と見つめるしかなかった。
「バラすなよ、つまらなくなるだろが」
殺気と狂気が入り混じった低い声。それがどこからともなく、ナイトに聞こえてくる。
それがやがて、背中を向けていた紫から放たれた物だと気が付いたのは、紫がナイトに振り向いた時だった。
「いちごちゃん!?」
「バカな奴ら。鬼狩者なんて、皆死んじゃえばいいのに」
振り向いた紫が微笑む。しかし、その唇が紡いだ言葉は、先ほどと同じ低い声で発せられ、ナイトは得体の知れない恐怖を感じた。
「どうしていちごちゃんに、そんなことするんだよ、蒼樹くん!」
「猿願寺さんが勝手に転んだんじゃないかな? ほら、彼女、ドジでマヌケだし。そんなことより……さあ、立って、桃山くん」
「ん、うん……」
紫はナイトに手を差し伸べると、優しく立ち上がらせた。
立ち上がって再び紫を見ると、そこにはいつも通り、人懐っこい笑みを浮かべたクラスメイトの美少年がいる。
「桃山くんってさ、面白いよね」
「え?」
「面白いよ。だって、君の力はぼくと同質なんだもの。この一ヶ月近く君を間近で観察してきたけれど、まったく底が見えない」
空気が変わる。
紫の周囲に不気味かつ、恐ろしい空気が立ち込めた。黒よりも黒い闇。それが紫の体にまとわり付いていく。
「ねえ? 昨日ぼくは言ったよね。これ以上封印四家に関わるなって。あいつらは君を都合のいい道具としか考えていない。使い捨てられて、いつかはゴミ箱にポイだよ? そんなの嫌でしょう? ……だから」
紫の体は完全に闇の中に溶け込む。そして、その中で紫色の光が二つ禍々しく光り輝いた。
「ぼくが解き放ってあげる。この街の鬼狩者を全て殺して、本当の君を」
闇が紫の体から飛び散るようにはじけ飛んだ。
「蒼樹くん、君は……」
「『鬼の霍乱』」
一目で、いや、背中を突き抜けた悪寒が一瞬でナイトに警告を発した。そして、ようやく答えを見つける。
――鬼。紫こそが外道であり、輝鈴を傷付けたのだと。
白い四枚の翼を広げ、紫は残虐な笑みを浮かべた。
「さあ、ぼくと一緒になろう。君には資格がある。外道として生きる資格が。でも、邪魔がいっぱいだね。鬼狩者を殺さなきゃいけないし……まずは」
四枚の翼を羽ばたかせ、紫は飛んだ。そして、天使のような姿と笑顔のまま、唇を歪ませる。
「あの女を殺そう。君の目の前で」
「あの女って……」
ナイトは紫の視線をたどった。その先にいたのは、気を失い、木によりかかった輝鈴。
「犬神さんを!?」
「ちゃんとキレイに生かしておいたからね。ふふ。君の目の前で殺せば、さぞや絶望してくれるんじゃないかな」
紫が翼を広げると、紫色に輝く羽が弾丸のように放出される。そしてそれが輝鈴に襲い掛かった。
「犬神さん!? くそ! ……心を鬼にして!」
心のスイッチをオンにして、ナイトは輝鈴の元へ駆け出す。全身に鬼の力が行き渡り、力がみなぎってくる。銀色の右手を盾にして、ナイトは紫の攻撃から輝鈴を守った。
「どういうつもりかな。桃山くん」
「そっちこそ、どういうつもりだよ、蒼樹くん! 何でこんなこと……! 犬神さんは君にとってもクラスメイトで、友達だろ!」
「鬼狩者である以上、そんなことはどうでもいいんだよ。ぼくをいじめる鬼狩者は全部……ぼくが殺す」
紫の翼から再び弾丸のように羽が発射される。
ナイトはそれを必死に右手で耐えるが、羽の嵐は絶え間なく降り注ぎ、ナイトの皮膚をかすめ、致命傷にならないが、小さな傷を体中に付けた。
「痛いでしょ? 苦しいでしょ? だから、早くそこをどいてよ、桃山くん。でないと、君も殺すよ?」
紫の言葉通り、焼けるような痛みがナイトの全身を包み込んでいだ。しかし、ナイトは歯を食いしばり、それに耐える。
「痛い……痛いよ! けど、オレは逃げない。ヘタれなオレは……チキンナイトはもう、鬼狩者になった時、卒業したんだ。それに、オレは正真正銘、みんなのナイトになるって……決めたんだ!」
ナイトは右手を横へ薙ぎ払った。薙ぎ払った右手は衝撃波を生み出し、羽の嵐を弾きながら紫に襲い掛かる。
激突する。ナイトの繰り出した衝撃波と、紫の細い体が。しかし――。
「残念だよ、桃山くん。ぼくは君を殺したくなかった。君になら……ぼくのこと、わかってくれると思っていたのに……」
紫は四枚の羽を前面に展開し、盾のように防御した。ダメージはどこにもない。
「所詮、君も彼らと同じ鬼狩者か。……仕方がないね。桃山くんは、せめてぼくが殺してあげる」
紫は笑った。邪悪に、残虐に。
初めて見る種類の笑顔にナイトは困惑し、一瞬恐怖で体が震えた。
「人間を相手に……それも、蒼樹くんを……このまま、やれるのか、オレ?」
輝鈴を守るために力を振るったナイトだったが、ターゲットが自分に向けられたことで、少し冷静さを取り戻し、考えた。
今ままでのクリンネスタイムとは違う。単純に強さだけでなく、相手は同じ様に言葉を口にし、心を持つ人間なのだ。それも、ナイトにとってクラスメイト。物言わぬ、人の形をしただけの子鬼とは違う。
「行くよ、桃山くん」
「くそ」
しかし、考えている時間はなかった。ナイトの気持ちとはお構いなしに、紫は向ってくる。
眼前に迫る紫。
接近戦ならばナイトにも自信があった。というよりも、接近してただ殴るだけしか選択肢がないというのもあるが、子鬼の狩りを通じて、そこそこの経験値を稼いできたのだ。だがナイトは、その経験が剛鬼相手にまったく意味がないことを、瞬時に理解した。
「うわ!?」
紫の翼が形を変え、刃のように鋭くナイトへ迫る。変幻自在の動きを見せる翼の刃。直線的な動きをしたかと思うと、曲線的に軌道を変え、ナイトのガードの隙を突き、深く左の腹に突き刺さった。
「――!!」
声にならない叫び声。例えようの無い激痛。ただただ痛くて痛くて、熱くて苦しい。
「……あ……ぅ」
痛みにあえぎ、叫ぼうとしてもそれが言葉にならず、ナイトは膝から崩れ落ちる。
「みんなのナイトになるんじゃなかったの? 桃山くん、君。かっこ悪すぎるよ? あはははは」
紫はバカにしたように笑うと、再び翼を広げた。四枚の翼から紫色に輝く羽が、弾丸のように放出され、ナイトに襲いかかる。
「さよなら、桃山くん」
「……く、そ」
「『鬼に金棒』」
ナイトの目の前に、突然男の背中が現れた。そして、光の盾がナイトと男を包み込み、紫が放った紫の羽は、すべて光の盾に飲まれ、ナイトは事なきを得る。
「ぼーやってば。こんな所で何してんのよ? 地球連邦軍大佐なんでしょー? まったくまったく、減給しちゃうわよ」
「何だ、お前?」
男はナイトに背中を見せたまま、答える。その右手には携帯が握られていた。
「しがない中間管理職さ。またの名を、イケメン店長柴雁大和」
「て、店長?」
ナイトを助けたのは、大和だった。
大和は右手に携帯を持ち、左手をポケットに突っ込んだまま、ナイトに振り返った。
「あらあら、痛そうだね、それ。ぼーやってば、無理しちゃってまあ。けどま、女の子をかばうなんて、ぼーやもなかなかイケメンじゃん? 褒めちゃうぜ。ま、イケメンキングたる、この俺ちゃんにはかなわねーけどさ」
大和はナイトの背後に目を向けると、手招きして再び口を開いた。
「雫! 治癒の言霊お願い。そっち任せるわ。俺ちゃんはこっちを片付ける」
「あいよ。ったく、ハデにやられたなーお前。まさか、剛鬼クラスと出くわすなンて、俺も考えてなかったぜ。しかも、クラスメイトが実は……ってオチ付きで。わりーな。俺のミスだった」
大和に送れて雫もやってきた。
雫はナイトの前で屈み込むと、メモ用紙に『癒』と書いてそれを引きちぎり、ナイトの傷に手をかざした。
「もう大丈夫だ。すぐによくなる」
言葉通り、みるみるナイトの傷口が塞がり、あっという間に完治してしまった。
「ありがとう、雫ちゃん……でも、オレ……」
「お前が落ち込むこたねーだろ。剛鬼を相手にするのは、クレーマー対処すンのより難しいっての。そンなのまだ教えてねーし。少しづつ覚えて行けばいいンだからよ」
「うん」
「さって、あっちは店長に任せて……いちごと輝鈴を回収すンぞ」
「わかった」




