鬼の霍乱
輝鈴は結局、スタッフロールが終わってから、数分するまで目が覚めなかった。
ようやく目が覚め、映画館を出ると日は沈みかけていて、夕日がナイトの目を直撃する。
ナイトと輝鈴はそろって歩き出すと、夕闇が支配しつつある尾二河駅前を目指した。
「ふ。やはり、最高だった。あの場面でオーゼキック。血湧き肉が踊る、まさに燃える展開であったな」
そして、隣を歩くナイトにいきなり蹴りを繰り出してきた。
ナイトはとっさにそれをかわし、ことなきを得る。
「なぜよける」
「なぜ蹴る!」
二人が同時に叫んだ。
ナイトは、映画館に空いた壁を思い出し、当たらなくてよかったと思わず身震いした。
体が震えると同時に、まるで恐怖が伝染したように携帯が震える。携帯のディスプレイを確認すると、相手は雫のようだった。
ナイトは電話に出ようとしたが、突然人の群れが停滞し、そこからいくつも悲鳴が上がって手を止めた。
「何だ?」
ナイトは前方を注意深く見つめるが、視覚よりも先に何が起こったのかを肌で感じた。
背筋をぞわぞわと包み込む嫌な気配。つい先日も感じた不快感。
鬼が出たのだ。
「桃山!」
「うん!」
輝鈴はすぐに駆け出すと、結界札を使用して結界を展開させる。
瞬時に世界は遮られ、ナイトと輝鈴。五体の子鬼が存在する空間となった。
「時間外労働のクリンネスタイムは、普段に比べて時給が百円上乗せされる。やれるか、桃山?」
「もちろん。百円アップはおいしすぎるからね」
「いい返事だ。行くぞ!」
輝鈴は懐から短刀を取り出すと、それを一番手近な子鬼へと投げつけた。今の輝鈴は刀を持っていないので、手持ちの武器は短刀だけである。しかし、刀がないからといって戦闘力が落ちるわけではない。
子鬼の頭部に短刀が突き刺さると同時、輝鈴は空へ舞った。そして、突き刺さった短刀に上空から蹴りを入れて、子鬼を粉砕する。子鬼はその一撃を受けると浄化され、黒い霧となって消えた。
地面に突き刺さった短刀を引き抜くと逆手に構え、輝鈴は突き進む。
ナイトもまた心を鬼にして、右手に鬼の力を宿すと、輝鈴の背中を追った。
足に力と自信を込め、目標との距離を一気に詰める。
粉砕。
右手による一撃は、子鬼の頭部をつかむと、水風船を割るように簡単に握り潰す。
――残り三体。
ナイトは再び駆ける。恐怖はどこにもない。体が、右手が求めている。戦いを、破壊を、勝利を。
子鬼の一体に突撃しかけたナイトは、空気の振動を感じ、自分に迫る物体を察知した。その方向に向き直る。
別の子鬼がナイトに向けて、自動販売機を放り投げてきたのだ。
普段のナイトならば、一瞬で下敷きになる。しかし、今は鬼の力を得た状態。
放物線を描いて飛来するそれの軌道を読むと、ナイトは右手でつかんで投げ返す。
自動販売機は一直線に子鬼へと突っ込み、直撃した後も勢いは止まらず、子鬼の体ごと駅の壁にめり込んだ。
「やば。やりすぎた……」
輝鈴がやらかした映画館の壁よりも被害は甚大だ。ナイトはかなり焦った。
しかし、焦っている間もなく子鬼がやってくる。
ナイトが対応しようと右手を構えたら、サッカーボールほどの火の塊が真横から子鬼を焼いて、さらにそこを銃弾が貫き、浄化された。
「ナイト、休日出勤ごくろーさん」
「やっほー! ナイトくぅん」
「雫ちゃん、いちごちゃん!」
ナイトが炎の塊の飛んできた方向を見ると、雫といちごが立っていた。
「猿願寺に木地か。来た早々で悪いが、もう片付けたぞ」
輝鈴の歩いてきたほうを見れば、すでに子鬼の姿はなく、クリンネスタイムは終了していた。
「みてーだな。つうかまた派手にやらかしやがって……修復するから、ぶっ壊した箇所教えろ」
ナイトは雫に今しがた自動販売機を投げつけた駅の壁と、ついでに輝鈴が穴を開けた映画館の壁も申告しておいた。
雫の言霊『直』により、駅前は元通りになり、映画館の壁も元のキレイな状態に戻る。
「ありがとう、雫ちゃん! 雫ちゃんはオレにとって仮免ライダーだよ!」
「あン? 意味不明」
環境が以前の状態に戻ったのを確認すると、輝鈴は結界を解いた。
結界を解くと、人の波が駅前にあふれ返り、元の喧騒を取り戻していく。人々は今しがた起こった出来事に困惑する。
ある者は携帯を取り出して、どこかにかけようとしているし、またある者はパニックを起こして、泣き叫んでいた。
「めんどくせー。目撃者何人いるンだこりゃ? 仕方ねえ、駅前まるまる五分前後の記憶を失くしてもらうか」
雫は舌打ちすると、『忘』の一文字をメモ用紙に書きなぐり、地面に放り捨てた。
破り捨てられたメモ用紙は地面に触れると発光して消える。そこを中心にして、光が波となって周囲を一瞬照らした。
すると人の群れは何事もなかったように動き出し、携帯で電話しようとしていた者は、首を傾げると携帯をポケットしまい、歩き出す。
泣き叫んでいた者は急に静かになって、頬を流れる涙に納得がいかない様子だったが、こちらもすぐに歩き出した。
「よっし。とりあえずOKか? ほンじゃ、帰るぞ野郎共」
「おっす! スーパーに帰るまでがクリンネスタイムだもんね! ちなみにおやつは三百円までだよ、ナイトくうん!」
できれば五百円までにして欲しいと抗議しかけたナイトだったが、携帯がけたたましくなって足を止め、画面を見た。
見れば、鬼さんこちらが起動しており、駅前を中心に、四箇所で複数の子鬼マークが点滅している。
雫もいちごも自分の携帯でそれを確認すると、互いに頷き合って状況を再確認する。
輝鈴はナイトの携帯をひったくってそれを見ていた。
「同時に四箇所……分散して当たるしかなさそうだな。場所は……公園に、学校、コンビニ……昨日のホテルじゃねーか。仕方ねえ。俺はホテル。輝鈴は学校。いちごはナイトと公園。あと、コンビニは店長のボケにでも行かせるか」
「わかった。武運を祈る」
輝鈴は頷くと、一足先に夜を迎えつつあった街中を駆けて行った。
そしてすぐに雫もその場を離れ、ナイトといちごもまた動き出す。
「行くよ! ナイトくうん」
「うん!」
いちごの背中にナイトも続く。鬼さんこちらで表示された場所は、ナイトが以前訪れたことのある公園だった。
そう、あの日初めて輝鈴に出会い、暴走してしまったあの公園だ。
ナイトはそれを思い出すと、たった一月近く前のことなのに、遠い昔に起こった出来事のように感じた。すでに自分も鬼狩者として馴染んでいるのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていると、目的地に到着していた。
すでに暗くなった公園には、子鬼が数体うごめいており、ナイト達の姿を認めるとその瞳を紫色に煌かせる。
「行くよ、ナイトくん!」
いちごが結界札を地面に投げ捨てると同時、ナイトは心を鬼にする。
あの時とは違い、力を暴走させたりなどしない。
そう、あの時とは違う。
鬼の力を右手に宿すと、ナイトは公園の中心めがけて突撃した。
*****
尾二河高校。そのグラウンドで、輝鈴は一人戦っていた。武器である刀を吉備田荘から引っ張り出してきたので、その右手には煌く刃が握られている。
子鬼クラスの相手など、輝鈴にとって朝のラジオ体操よりも軽い運動だ。
躊躇いのない太刀筋が、そのまま斬撃となって子鬼の体に刻まれる。一体。二体。三体。四体。五体……。
しかし、子鬼の数はさほど減ってはいない。それどころか、数が増えているようにも感じた。
おかしい。
輝鈴は直感的にそう思った。
今の今まで、こんなに鬼が大量に、それも複数個所で発生することなどなかった。
確かに四月は異動の月と言われ、それに不安やストレスを抱え込む人が多いことから、負の感情の蓄積は年末を除く他の月よりも早い。
だが、それにつけてもここ最近の異常発生は説明が付かない。
考えられることは一つ。人為的に操作されているのだ。何者かによって……それができる存在はただ一つだけ。輝鈴はその存在に心当たりがあった。
「『外道』め……この街に入り込んでいるのか?」
外道。それは、鬼を討ち滅ぼす鬼狩者にとって、天敵であり、人の道を外れた存在。
他人の負の感情を操り、いたずらに鬼を発生させる。
輝鈴は周囲に外道の気配がないか探りつつ、刃を振るい、鬼の数を減らしていた。
鬼の目を使えば一気に片が付く。しかし、外道がいるのならば、切り札は後に取っておくべきだった。
そもそも外道というのは、鬼の力をその身に宿した人間。
通常は、鬼の力をその身に宿すと同時、宿した人間の負の感情と共に吐き出され、鬼が生まれる。並みの人の体では、負の感情をそれ以上内包することはできず、独立した存在として吐き出され子鬼となる。
しかし、外道は違う。
その強力な負の感情から、鬼を生み出さずに、そのまま鬼の力を体に宿して自身が鬼となる……戦鬼よりも上の等級、それを剛鬼と呼び、それに至った者は正常な思考のまま鬼の力を扱うことができるのだ。
人でありながら鬼。鬼でありながら人。人の道から外れた者。ゆえに外道。
外道はその力を維持するために負の感情を必要とする。
もともと負の感情が集まりやすい尾二河市は、外道にとってかっこうの餌場だ。
いつの時代もこの尾二河市で、鬼狩者と外道の戦いは人知れず繰り広げられてきた。
それが、今日という日にまた起きる。
「こんばんは」
すでに数十体の鬼を切り伏せた輝鈴に、校舎の闇から声がかけられた。
その声がすると同時、鬼は攻撃をやめ校舎へと集まっていく。
闇が笑った。短く、嘲るように。
やがて闇から一つの影が生み出され、それが人であると気が付くと、輝鈴は校舎に向って叫んだ。
「何奴!?」
顔は輝鈴の位置からでは影になって見えない。しかし、学生服に身を包んだその華奢な体は、同じ学校の生徒であることがわかる。
黒いブレザーと、黒のスラックス。小柄な男子生徒は、闇の中で二つ紫の光を放った。
「……外道か。貴様は犬神輝鈴が今日ここで切り伏せる!」
再び闇が笑う。それを合図とするかのように、子鬼達が再び攻撃を開始した。
「『鬼の目にも涙』」
輝鈴の右頬を赤い悲しみの雫が数滴垂れ落ちる。
妖気を右目に宿し、駆ける。そして、鬼の群れ直前で立ち止まると、刀を鞘に戻し抜刀の姿勢を取った。
数瞬の後――紫色の閃光。それが輝鈴の刀からいくつも繰り出される。
高速で繰り出された目にも止まらぬ輝鈴の斬撃。それが、校舎前に群がっていた子鬼達をことごとく切り刻む。
「月華美刃。我が犬神家に伝わる、鬼火を用いた奥義が一つ。点の破壊を成す瞬火終討とは違い、面の破壊を成す奥義だ」
校舎前にいた子鬼達は輝鈴の月華美刃により、全て浄化された。その直後、乾いた音がグラウンドにこだまする。
「すごい! かっこいい! ……でも、中二病っぽい。バカじゃないの? 死ねば? ていうか、死ねよ」
闇の中で男子生徒……外道は笑った。
「吠えていろ、外道よ。今度は貴様がその、バカみたいな技の餌食になるのだからな」
輝鈴の右手に握られた刀が地面に突き刺さる。同時にグラウンドの土が焼け焦げて、熱風が夜の闇を迸った。
「おいで、鬼狩者。ぼくが殺してあげる」
「ナメるな外道!」
地面ごと焼き切るかのごとく、一直線に外道の元へ輝鈴は駆け寄る。距離が狭まるにつれ、校舎を輝鈴の鬼火が照らした。
校舎は紫色の光を受けて照らされる。
輝鈴は、見た。外道の正体を。
「なるほど、お前を初めて見た時から感じていたこの不快感……お前がそうだったか。だが、そうだとしても関係などない、貴様が外道である以上、その存在を除去する!」
外道の少年は口元を歪ませると、自分の体を愛おしそうに抱きしめた。
そして、真の姿を現す。剛鬼としての自分を。
「『鬼の霍乱』」
桜の花びらを散りばめたような薄い唇が、わずかに開いた。少女と見紛うほど華奢で愛らしい容姿。それが一瞬で変貌を遂げる。
背中から生え出た翼。それは、白鳥を思わせる優美な四枚の羽。
鬼というよりも、天使といったほうがしっくりとくる。
しかし、天使の口から告げられた言葉は、残虐なモノだった。
「肉の塊になれ、鬼狩者」




