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犬神さんと初デート!?

 次の日の朝。ナイトは布団から這い出ると、せっせと着替えを始めた。


 少し早めに目が覚めたかと思うと、盛大にお腹が鳴ってしまい、思わず首をフル回転させて部屋の中を見渡す。しかし、食べかけで湿ったポテトチップスや、えび天のしっぽくらいしかなく、およそ食糧と呼べる物は何もない。


 ナイトは、腹ごしらえをするため、下の階にいる祖母の元へ向った。祖母に頼るのは気が引けるが、パンの耳くらいなら分けてくれるだろう。


 喫茶メイのボロドアを開けて、ナイトは中をのぞき込んだ。あいかわらず店内はお化け屋敷さながらである。朝の清々しい日差しが窓から差し込んでいるが、室内には、それにも負けないくらい陰鬱な気配がうずまいていた。


「おーい、ばあちゃんー……」


 しかし、メイはいなかった。仕方がないので、厨房に入って冷蔵庫の中を色々と物色する。


 卵とベーコンがあったので、ナイトはベーコンエッグを作ってやろうと考えた。コンロの前に立ち、フライパンを取り出し、油を引いて火をかける。フライパンにベーコンを投入すると、薄い桜色のそれがこんがりと焼ける。さらにその上に卵を落とし、ナイトはフライパン返しを右手に持つと、戦闘態勢に入った。


 白身はフライパンの熱を受け、半透明から純白へ姿を変える。やがて完全に熱が行き渡り、ナイトは素早い動作でベーコンエッグをひっくり返す。


 もう片面を軽く焼くと、それを皿に盛り付け、炊飯器に残っていたごはんを茶碗によそう。


 調理が完了すると、窓際のテーブルに着き、箸を持っていただきますを言おうとした。が、その時ナイトは背中に巨大な妖気を感じた。


 まるで、クリンネスタイム中にも似た緊張感が、ナイトの背筋をぞわぞわと包み込む。


 鬼を目の前に対峙した時と同じ感覚だ。指一つ動かせずにいると、後から肩をつかまれた。


 ナイトは後ろを振り向く。


「おはよう、ナイト」


「ひ!?」


 祖母であった。祖母は恐ろしい瞳でカタカタ笑って、唇をUの字に曲げ、ナイトを見ていた。


「や、やあ。ばあちゃん、おはよう。今日もホラー映画のワンシーンみたいな顔してるね」


「いきなり失礼な孫だね、この子は! まったく。昨日はどうしたんだい? 木地様と、猿願寺様がお前をここまで運んでくださったんだよ。後でちゃんとお礼を言っておきな」


 ナイトは、メイとの会話で昨日の夜、クリンネスタイム中に倒れたことに気付いた。


「あれ? そういやオレ、あの後倒れたんだっけ……。そっか、雫ちゃん達がオレをここまで運んでくれたんだな。優しいなあ、雫ちゃんもいちごちゃんも……」


 それに比べて目の前の祖母と来たら、ナイトが食べようとしたベーコンエッグを横からかっさらい、一口で丸飲みしたのである。


 せっかくフライパンから育てた我が子が、一口で祖母の大きく開いた冥界のような口内に飲み込まれてしまった。ナイトはがく然とする。


「うん。まずい。イマイチだね」


「オレの……ベーコンエッグが……なんてことするんだよ!」


「うるさい子だね。あんたにやるもんなんて一つもないんだ。そんなに卵が欲しけりゃ自分で生んでみな」


「生めるか!」


 祖母を睨みつけ、飛びかかろうとしたナイトであったが、入り口のドアが開いてそちらに目を向けた。


「失礼する」


「あ、犬神さん! おはよう! ていうか、お帰り?」


「うむ。今帰った」


 輝鈴が学校の制服のまま店の入り口に立っていた。そして静かにナイトの目の前までやってくると、ナイトと同じテーブルに着き、ナイトの目を見る。


「犬神さん、昨日はどこか出かけてたの?」


「うむ。ちょっと……な。それより桃山よ。今日は土曜日だな」


「うん。学校は休みだね。バイトも休みだし、どうしようかなあ」


「それなのだが……もし、よかったら……その……付き合ってはくれないか?」


 途端に輝鈴はテーブルの一点を見つめ、顔を熟したリンゴのように真っ赤にした。


「え?」


「駅前の映画館に……無料チケットが二枚あるのだ。自分一人で行くのは気が引けるし、お前には普段世話になっているから、その……ああ、面倒くさい!! 問答無用! つべこべ言わずに付いて来い! でなければ、打ち首獄門さらし首に処す!」


「いや、オレまだ何も言ってないけど。犬神さんと映画……行くよ! 喜んで!」


 ナイトの元気な返事を聞くと、輝鈴は顔を上げて超新星の輝きのごとき光を瞳に宿し、興奮した。


「む? そうか。ならば、十五時に駅前へ来てくれ。そこで待ち合わせて映画館に行こう……フフ。楽しみだ」


 喜色満面。輝鈴は幸せそうに笑うと、スキップしながら店のドアから出て行った。ドアの向こうから輝鈴が歌っているのであろう演歌が聞こえてきて、たいそう上機嫌そうだ。こぶしもえらくきいていて、相当歌いなれている。


 おじいちゃんか、犬神さんは。ナイトは、輝鈴が演歌歌手を目指しても良さそうな気がした。


「それにしても……犬神さんと映画……なんか知らないけど、ラッキー! これって……デートだよなあ。しかも犬神さんから誘ってくるなんて……」


 喜色満面。ナイトもまた幸せそうに笑うと、ベーコンエッグの件など忘れて、早足で階段を駆け上がり、自分の部屋へ戻った。


 卵なんて生めなくていい、オレには犬神さんがいるんだ! ひゃっほう! ナイトは心の中でほくそえんだ。


 そして、約束の時間の三十分前になると、いてもたってもいられなくて、ナイトは部屋を出た。本人はそれなりにめかしこんでみたつもりだが、少し髪の毛をセットしただけで、普段通りの桃山ナイトが吉備田荘から出撃し、駅前へ駆けて行った。


 駅前に到着すると、ナイトはきょろきょろ辺りを見回し、輝鈴の姿を探す。


 家電量販店や、コンビニ、ファミレスが所狭しと立ち並び、休日ということもあって、駅前は人の波で波浪警報が発令されそうなほど、ごったがえしている。


 駅の改札まで来ると、ナイトは携帯で時刻を確認してみた。


「十四時四十ニ分かあ。早すぎたかな」


「桃山!」


 急に前方から輝鈴の声がして、ナイトは前を見た。しかし、目の前には誰もいない。ふと視線を上にやると、目の前のコンビニの看板の上に人影があって、それが急に飛び降りてきた。


 すると突然目の前に輝鈴が降ってきて、ナイトは思わずびっくりする。飛び降りた人影は輝鈴だったのだ。


「こんなに早く来てくれるとは思わなかったぞ! やはり、お前を誘ってよかった。やるではないか」


「あの、犬神さん?」


 ナイトは輝鈴の全身を見渡した。そこにいたのは学校の制服でも、ユメヒコの制服でもない犬神輝鈴。


 まるで純白の雪原の上に桜の花びらを散らしたような、美麗な振袖に身を包んだ和服美少女。


 ナイトの胸は高鳴る。


 スカートもイイけど、着物もイイ。ナイトは鼻の下を思いっきり伸ばした。


「犬神さんもそういうかっこするんだね。なんていうか、登場シーンもさることながら、びっくりしたよ」


「あ、ああ。それよりも、早く映画館に入らないか? 早くしなければ始まってしまうぞ!」


 ナイトは輝鈴に引っ張られ、映画館の前までやってきた。


 今上映しているのは、恋愛モノと、アクション、時代劇、それと仮免ライダーという特撮モノだ。


 正直な所、ナイトは映画になんて興味はない。せいぜいアクション映画を日曜の夜にテレビで観るくらいだ。


 だが、初めて女の子に誘われた。それも、輝鈴に。これを行かないわけにはいかない。


「ねえ、犬神さん。何を観るの? やっぱり恋愛モノ? 裏をかいて時代劇ってのもあるか」


「仮免ライダー……」


「は?」


 輝鈴は顔をうつむけて、ぼそりとつぶやいた。


「劇場版仮免ライダーオーゼだ!」


 頬を紅潮させ、興奮気味にまくしたてる輝鈴。


 ナイトはしばし唖然とする。


 仮免ライダーは、子供に人気の特撮ヒーロー番組である。仮免までしか取得していない若者が変身して、悪の怪人と戦うというストーリーで、主演俳優は全員イケメンだ。出演しているヒロインも美女ばかりで、いちゃいちゃしていると腹が立つ。変身前の主人公のイケメンが怪人にやられている時は、「いいぞ、もっとやれ! 主に顔面!」と怪人を応援するが、変身すると手の平を返したように「仮免ライダーはサイコー!」と、主人公を応援していた。


「オーゼの素晴らしいところは、四枚のコインで変身するという点だ。これは画期的なシステムだぞ。玩具関連もバカ売れだ。いわゆるオトナの事情というのが、背後に見え隠れしないでもないがな。それもよりも、だ。奴の必殺技オーゼキックは破壊力六十トンもあるというのだから、驚くほかないな!」


 振袖姿の和服美少女が、急にオーゼキックは破壊力六十トンだとか言い出したので、ナイトもまた驚くほかなかった。


 ナイトも小学生の頃、仮免ライダー猟奇というシリーズ三作目を観ていた。その時、必殺技の猟奇キックが気に入り、祖母相手に蹴りを繰り出していたらマジギレされて、喫茶メイのテーブルに体を磔にされ、改造されかけたことがある。


「まあ、オレも仮免ライダーは好きだけどさ。でも、犬神さんが観てるのは意外だよ。ていうか、テレビのつけ方、知ってたんだね」


「舐めるなよ、桃山。テレビの電源を入れるくらいは一週間もあればマスターできる。今では音量操作もなんのそのだ。恐れ入ったか? 頭が高いぞ」


 果たして輝鈴がこの大IT時代で生き残っていけるのか、ナイトは心配になった。


「リモコンの操作覚えるのに、一週間もかかるんだね……まあでも、仮免ライダーはサイコーだよね。やっぱキックが全てを物語るよね」


「その通り。オーゼキックこそ、オーゼの全てと言える。物語など、オーゼキックを繰り出すためのオマケだ。そう、こんな風に奴は繰り出すのだ。桃山、お前にも見せてやろう。刮目せよ! これが、オーゼキックだ!」


 輝鈴はそういうと、振袖姿のまま、目の前の壁に向って蹴りを繰り出した。


 ドゴッと破壊的な音がして、映画館の壁に穴が空き、周りにいたバカップルや親子連れがあちこちで悲鳴を上げる。ナイトもまた悲鳴を上げた。


 盛大に穴が空いた映画館の壁。その弁償にいくらかかるのか考えただけで、意識がぶっ飛びそうだ。


 助けて、仮免ライダー! ナイトはマジで助けて欲しいと思った。


 けれど、仮免ライダーは悪の怪人と戦ったりするが、壁の修理費をたてかえたりはしてくれない。仮免ライダーが財布から万札を取り出して、「さあ、これを使うんだ!」なんてシュールな光景は、子供の夢をブチ壊すだろう。


「何だこの悲鳴は!? まさか、怪人か!? 桃山。我々の出番だぞ。仮免ライダーオーゼが如き活躍で、世界の平和を守るのだ!」


 突然周囲の悲鳴を耳にした輝鈴が、きょろきょろとあたりを見回し、興奮した様子でナイトの手をつかんだ。


「いや、犬神さんが原因なんだけど! とにかく、逃げよう! バレないうちに中に入っちゃおう!」


「そうせっつくな、桃山。気持ちは痛いほどよくわかる。大丈夫、仮免ライダーは逃げたりせん」


 輝鈴がまるで小さい子供をあやすように、ナイトの頭をそっと優しくなで、笑った。


「逃げるのはオレたちなんだってば!」


 ナイトと輝鈴は逃げるように映画館に入場した。受付に並ぶが、すでに行列が出来ていて、一向に自分達の番が回ってこない。


「ねえ、犬神さん。何でオレを誘ったの? 映画を観るなら別にオレじゃなくて、いちごちゃんや雫ちゃんでも……」


 とりあえず、ナイトは一番気になることを聞いてみた。


 ナイトの前に並んで、劇場限定の仮免ライダーグッズを凝視し、物欲しそうに指をくわえていた輝鈴が振り返る。


「む? それは……お前しかいないからだ」


「え?」


「今の自分には、お前が必要なのだ……この答えでは、ダメか?」


 輝鈴は目を細めて、凛々しく微笑む。


「いや、そんなこと! オレでよければいくらでも呼んでよ!」


「そうか、すまんな。む、我らの番が来たようだ。行くぞ、桃山」


 そして、自分達の番が来ると、輝鈴は一つ咳払いをして、いきなり侮蔑の目でナイトを見ると、まくしたてた。


「何? 桃山、貴様は高校生にもなって、仮免ライダーが観たいのか? 本当に困った奴だな。よかろう、保護者として付き合ってやる。まったく、何故自分が仮免ライダーなど……いい迷惑だぞ」


「は?」


「というわけで、仮免ライダー二名。席は真ん中のF席の四と五を頼む。もういい加減にしてくれよ、桃山。貴様のわがままに振り回されるこちらの身にもなってみろ、ふう……」


「え?」


 受付のお姉さんはナイトをチラ見すると、ププッと笑った。同時に周囲の視線が突き刺さる。かなりイタイ視線だ。


 幼児を連れた若い母親に奇異の目で見られ、大学生らしきお姉さん達に指をさされて、ヒソヒソ何か言われている。


 さらに、太ってメガネをかけた変身ベルトを装備した中年のおじさんに、何故か肩をぽんぽん叩かれ、「一緒に変身しよう」、とか言われてさらに困惑する。


「行くぞ桃山。お前の子供じみた趣味に付き合ってやるのは今日だけだ。ありがたく思うのだな」


「いや、その。えっと? これ何!? さっきまでオーゼキックは破壊力六十トンって言ってた君はどこなの!?」


 輝鈴は入場券を二枚もらうと、ナイトの腕をつかんで上映室の扉の前まで移動した。周りに誰もいないことを確認すると、ナイトの肩に手を掛け口を開く。


「ふう、よくやった桃山。やはり、お前を連れてきて正解だったようだ」


「え、この為にオレ呼ばれたの!?」


「無論だ。誰が好き好んで貴様などと仮免ライダーを観たいというのだ。自分にも相応の恥じらいはある。一人でちびっ子に混じって、仮免ライダーを観るのはさすがに厳しい。だが、お前のような、高校生にもなって劇場版仮免ライダーを観たいという、イタイクラスメイトの男子にしつこくせがまれ、いやいや付き添った同級生のいたいけで世話焼きな美少女を演じれば、怪しまれずここまでたどり着ける。というわけだ」


「なんだよそれ! 美少女は認めてもいいけど、いたいけで世話好きって、どこの並行世界の犬神輝鈴なのさ!」


「そういう風に木地が言っていたのだ。元々木地を誘っていたのだが、奴は今日シフトに入っている。そこで、木地の提案で貴様を誘えと言われてな」


「雫ちゃんの提案だったのね……」


「フ。とにかく礼を言うぞ。桃山。昨日は緊張してしまってな。ついつい山に篭って修行してしまった」


 輝鈴はフハハと悪の怪人のごとく笑って、上映室の扉を開けて入っていった。


 どうやら、昨日一日輝鈴が帰ってこなかったのは、荒ぶる心を静めるために山で修行をしていたせいらしい。


 ナイトはしばし呆然としていたが、慌てて輝鈴の後を追った。


 上映室で自席に着いている輝鈴を探し出し、その横に腰を落ち着かせる。するとすぐに上映時間がやってきて、暗闇が室内を満たしていった。


「始まるぞ。自分はこれから神経をすべて目の前のスクリーンに集中する。少しでも物音を立ててみろ……斬るぞ」


 ナイトはごくりと唾を飲み干すと、スクリーンに視線を移した。映画の予告が終わって、本編である仮免ライダーが始まる。


 オープニングが始まって十数分。ナイトは感心した。小さい頃に観たきりの仮免ライダーだったが、高校生になった今観ても楽しめる。


 子供の頃は怪人と戦っている場面にばかり目が行っていたが、日常的なドラマの部分もちゃんと面白い。


 気が付けばすっかり集中していて、視線がずっとスクリーンに向けられていた。


 クライマックスは手に汗を握り、最後はほとんどお約束であるが、仮免ライダーがボロボロになりつつも、必殺技のキックが怪人に炸裂し、木っ端微塵になってエンディングとなった。


 やがてスタッフロールがスクリーンを埋め尽くし、終わりを悟ると、ナイトは席を立って輝鈴を見る。


「ほら、行こう犬神さん。もう終わったよ」


「……」


 しかし、輝鈴は微動だにしない。


「犬神さん?」


 輝鈴は、興奮のしすぎで気絶していた。

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