異変の予兆
バックルームで大和から説明を受け、ナイトはいちごと雫の三人で現場に向うことになった。前を走るいちごと雫の背中を追いかけ、ナイトもまた夕闇の尾二河市を駆ける。
数分ダッシュすると、ようやく目的地にたどり着いて、三人は足を止めた。そして、思わずナイトは目の前の二人に問いかけた。
「ね、ねえ? 本当に場所ってここで合ってるの?」
ナイトの心臓は、今にも口から飛び出しそうな勢いで脈打っていた。それは、全力疾走しすぎて息が上がっているからではなく、目の前の光景にあった。
「あン?」
雫はピンク色の派手な装飾が施された建物を背に、ナイトに振り返る。
「場所はここで間違いねーよ。鬼さんこちらにも、ここが表示されてンだろ? どうしたナイト。もしかして、ビビってンのか?」
「いや! そうじゃなくてここ……ら、ラブ、……テル」
ナイトの目の前には、暗闇の中でライトアップされた、大人の男女が二人で宿泊したり休憩したりする、普通とは違うホテルがそびえ立っていた。
当然、彼女いない暦十五年のナイトに利用した経験はない。しかし、幼い頃祖母に「おばあちゃんと一緒に泊まりたい」と口走ってしまった恐ろしい記憶がある。その後思い切り頭を殴られた。
「ナイトくうん、なーにぼーっとしてんのー? ほらほら、早く行こうよぉ」
「え? いや、オレ心の準備がまだ……」
「ンじゃ、俺は外を一周してくる。中は任せるぜ、じゃあな」
「りょーかい! 仲良くナイトくんとやっちゃうね! ほらほら、ナイトくうん、行こうよお」
オレとヤっちゃうの!? ナイトは心の中で舞い上がった。
そういえば昼間、掃除をすれば今夜イイコトをしてくれると、いちごが囁いていたが、コレなのだろうか? ナイトはいちごに腕をつかまれ、引っ張られながら想像した。
そして、扉の前にたどり着いたとき、ナイトは大人へ生まれ変わり、真の男になる決意を固める。
「行くよ、ナイトくうん。今日はいちごちゃんがリードしちゃうね。ナイトくんはぁ、目標に向ってばんばん突っ込んじゃおー!」
「しちゃってしちゃって! オレ、突っ込みまくるから!」
そして、いちごとナイトが踏み出したのは、扉の脇にある階段だった。
「ありゃ?」
階段を下りると駐車場に出て、そこには倒れた二人の男女……さらに、彼らから生まれたのであろう二体の子鬼が、車の前でうずくまっていた。
「あれが今回の狩り対象……かな? この辺りは、学校とは違う種類の負の感情が、漂ってるねぇ」
いちごがナイトの手を離すと、周囲の様子が一変し、車の前にいた男女の姿は一瞬で消えた。いちごが結界札を発動したらしい。
「いくよ、ナイトくん。前衛は任せちゃうから、ばんばん突っ込んじゃおー! 今なら不意打ちチャンス! サイキョーないちごちゃんが、サイキョーなアシスト入れちゃうからGOGOだよ!」
いちごは布に包まれていたライフルを取り出し、構える。そして、慎重にスコープをのぞきこんだ。
「オレの勘違いか……」
ナイトは意気消沈した。肩をがっくりと落とし、地面に落ちていた石ころを蹴り上げると、それが子鬼の頭に命中していまい、思わず目が合う。
「ちょ! ナイトくん何やってんの! んもう、こっちに気付いた。早く準備して、ナイトくん!」
「う、うん!」
いちごが鬼に向けて発砲する。鬼は発砲に気付くといちごに振り向き、弾を腹に受けて浄化された。残るは一体。
「あと一体! こいつは、オレがやる!」
ナイトは右手に鬼を憑依させる。
「心を鬼にして……」
『心を鬼にして』。鬼の力を右手に憑依させる時に言う、おまじないのようなものだ。
鬼の力を扱うには、集中力と精神力が必要になる。集中するための心のスイッチ。ゆえに、この言葉を呟く理由は特になかったりする。
ナイトは目を閉じた。熱気と共に周囲から集まってくる黒い霧。それが右手を包み込むと、体の内側から破壊衝動があふれ出す。そして、ゆっくりと目を開ける。
右手は銀色に輝く凶器と化し、鬼が宿り、全身に力がみなぎっていくのを、ナイトは感じた。
この二週間である程度訓練したせいか、鬼の力を宿し、制御することは難なくできるようになった。
とはいえ、前回のコンビニで行われたクリンネスタイムのように、持続的に力を使うことはまだまだ難しい。一日にトータル五分程度保てばいいほうである。そのため、早めにケリを付けなくてはならない。
「行くぜ、今日も元気にアルバイトだ!」
再度いちごのライフルが火を吹く。だが鬼は跳躍し、回避されてしまう。
ナイトは飛んだ鬼の着地点を予想すると、そこを目掛け駆ける。疾風が如き走力。
「おらあ!!」
一瞬で移動すると、飛んできた鬼の足を右手でつかんで、思い切り駐車場の壁に叩きつけた。
駐車場の壁が壊れ、むき出しのコンクリートに鬼は上半身ごと入り込むが、まだ予断は許さない。
さらにそこを畳み掛けるようにいちごが狙撃。それが致命傷となり、コンクリートの壁から黒い霧が吹き出て、駐車場の天井に吸い込まれる。
ナイトがコンクリートの壁を見ると、子鬼の姿は消えていた。浄化されたのだ。
「これで終わりか? 今日も楽勝だったね、いちごちゃん」
「お疲れ様、ナイトくうん。さ、かえろかえろ」
ナイトはいちごと共に、地下駐車場から地上へ出た。地上に出たナイト達を待っていたのは、雫ではなく、数体の子鬼達だった。
「おい、お前ら! 何チンたらしてやがった!? さっさとこいつら狩るぞ!」
頭上から声がしてナイトは顔を上げる。ホテルの屋根の上には雫がいて、メモ用紙を片手にナイトの前方を睨み付けていた。
どうやら、鬼は地下の二体だけでなく、地上にも複数いたらしい。
「ちっと数が多いな……ナイト。まだやれるか?」
雫は地面にふわりと着地し、ナイトの目の前にやってきた。
「うん。オレなら大丈夫!」
「おし。ほンじゃあ、いちご、ナイト。行くぞ!」
ナイトは再び心を鬼にする。右手に鬼を宿すと、先陣を切って駆け出した。
右手を鋭く差し出し、次々と子鬼を屠りながら前へ進む。
レジは雫に、スマイルはいちごに、鬼の力の扱いは輝鈴にと、この数日間それぞれ教えられてきた。そのおかげか、ナイトはクリンネスタイムにおいても戦力となりつつあった。
最初に鬼を宿した時と比べると、少しではあるが憑依時間が伸びている。初期は三分程度であったが、今は五分程度にまで伸びた。
そして、憑依時間の増加と同時に、引き出せる力も増しており、ナイト自身、強くなっていく喜びを覚えていた。
鬼の力の扱い方は簡単だ。『ただ願うのみ』。それだけ。
願う内容は問わない。それが殺意であれ、善意からくる自己犠牲の精神だろうと、強く願うことがキーになっている。そう輝鈴に教えられた。
「ナイトくん、後!」
「え?」
いちごの声がして後を振り向くと、子鬼の手が迫っていた。その指先はまっすぐにナイトの首を目指している。
疾風。ナイトがそれを感じたのは一瞬だ。雫が言霊で巻き起こした槍のような風が、真横から子鬼を直撃して、数メートル先へ吹き飛ばす。さらにそこをいちごが狙撃して追い打ちをかけると、子鬼の体は黒い霧となって浄化された。
「助かったよ、雫ちゃん!」
ナイトは残りの子鬼めがけ、猛進する。
『もっと強くなりたい』。その願いが力に変わる。
ナイトの両目が紫に染まると同時、右手が変化を見せる。
先端部分の爪がより鋭く、より長くなる。そして、紫色の炎を纏い、周囲を熱風が駆け抜けた。
「輝鈴と同じ……鬼火か?」
雫が呟いた。
まるで空間ごと切り裂くかのような炎の爪による、一撃。
ナイトが右手を前方の子鬼達目掛けて、大きく爪を閃かせたのだ。
絶。その一撃は、その場にいた者をそれぞれ絶した。
真っ二つに絶たれた子鬼。
ナイトの見せた力に想像を絶した雫といちご。
一瞬で子鬼達は黒い霧となる。
「もっと、強くなりたいんだ……オレは……」
「ナイトくん、すごおおい!」
いちごは感激してナイトに抱きついた。柔らかさとぬくもりがナイトを未知の領域に誘うが、それを味わう間もなく急激にめまいが襲う。
「あ……れ?」
「おい、ナイト! しっかりしろ!」
雫がナイトの顔をぺちぺちと叩いたが、ナイトは完全に気を失ってしまったようだった。
雫といちごは、二人でナイトを抱えてユメヒコへと帰還することになった。
*****
雫がナイトの右手をつかみ、いちごがナイトの左手をつかんで、夜の住宅街を引きずりながら歩く。
外灯の光とは別に、空には上弦の月が輝いていて、三人を優しく照らしていた。
「ナイトのヤツ、俺の言った通りうまく育ってるだろ? ていうか、想像以上にこいつの力は未知数だな」
雫はちらりといちごを見て、笑った。そしていちごも雫に笑みを返す。
「うん。ナイトくんすごいね~。クリンネスタイムだけじゃなくて、レジもしーちゃんの教え方がいいのか、もうほとんど一人で任せても大丈夫そうだよお。きりりんも、影で褒めてたしね。きりりんはほんと素直じゃないなー。それにしても、さっすがしーちゃん。おーよしよし」
いちごはナイトの左手を離すと、雫に抱きついて頭を撫で回した。
雫は一瞬それにうっとりしたが、すぐにいちごの包囲から抜け出し、距離を取って顔を真っ赤にして喚き散らす。
「アホ! やめろ! 抱きつくな、離れろ! 恥ずかしいだろが」
「しーちゃん照れてる照れてる~。あはは。かわい~」
雫がいちごに背を向けると、思い出したように呟いた。
「しっかし……おかしいな。確かに店で確認した時、このあたりの反応は、二つだけだったはずなンだが……」
「きっとアプリの故障だよー。気にしない気にしない。ね!」
「ま、たまにはそういうこともあるか……四月は何かと慌しい月だからな。負の感情がわきやすいっちゃわきやすいが……しかし……これは……最近、鬼の発生件数が多すぎやしないか?」
「う~ん。言われて見ればそうかもぉ」
「もしかしたら、『外道』の仕業かもしれねー……。一度、店長のアホに相談しとくか。おら、行くぞ。ナイトをこのまま野ざらしにしとくのも、かわいそうだろが」
「おっす! ユメヒコに帰るまでがクリンネスタイムだもんね!」
雫といちごは再びナイトの腕をつかみ、夜道を歩き出した。そして、その日のクリンネスタイムは無事終わったが、ナイトは目を覚まさず、ぐうぐう眠りこけ、結局そのまま二人はナイトを引きずって、吉備田荘の部屋に連れて帰ったのだった。




