心を鬼にして
「やったな、ナイト。合格だぜ。アシストなンか入れる必要がなくて、マジで助かったわ。それじゃ、お前は先に帰って店長に――」
「いや、試したいんだ。今のオレをもっと。犬神さんを助けられるかもしれない」
後で一部始終を見ていた雫がナイトに声を掛けた。しかし、ナイトはそれを遮る。
「おいおい、かっこつけンなよ。いくらお前のポテンシャルが高いつっても、初心者マークくっ付けた素人だ。今回はお前の力量が、どンなもんか調べるためのクリンネスタイムでもある。それにな、だいたいこういう場面で、いきなり力を付けた新兵さんが真っ先に駆け出したら、死亡フラグだろ、っておい!」
ナイトは、雫の言葉が終わらない内に、コンビニの中へと舞い戻った。
昨日、輝鈴が鬼の目を使った後、倒れてしまった。あの能力は、体に相当負担がかかるのかもしれない。もし自分の力が彼女の助けになるのなら、輝鈴と一緒に戦いたい。そう思った。
ナイトがコンビニの中に戻ると、輝鈴が押されていた。未だ鬼の目は発動させていない。
コンビニの床に押し倒され、刀で戦鬼の鋭い爪を受け止めている。
輝鈴が危ない。そう判断してナイトは駆け出した。
今のオレなら何だって出来る。ナイトはそう思って、そう信じてやまない。
戦場と化したコンビニの狭い空間を滑るように駆け抜ける。走った勢いをあえて殺さず、そのまま右手の一撃へと転換し、戦鬼の顔面に直撃させる。
鬼は吹き飛ぶ。
――とナイトは思っていた。しかし、そうではなかった。
直撃した顔面には何のダメージもない。それどころか、ナイトの右手はすでに元に戻っており、全身をけだるさが襲ってくる。
「あれ?」
ふと、戦鬼がこちらを見る。そしてナイトと目が合った。
戦鬼の左頬にナイトの拳がめり込んでおり、紫に染まった瞳が憎悪の光を放つ。
「な、何で? もしかして、時間切れとか!?」
ナイトの頬を汗が滑り落ちる。おそらく、命乞いをしても無駄だ。
「右に飛べ!」
声が聞こえると同時、ナイトは言葉通り右へ飛んだ。その直後にサッカーボールほどの火の塊が、戦鬼の顔に直撃する。
ナイトが声のしたほうを振り返ると、雫がメモ用紙に書いた『火』の一文字を破り捨てたところだった。
メモ用紙が発光し、雫の周りに陽炎がうずまく。やがて陽炎の中から火の塊が現れて、それが再び戦鬼の顔に直撃し、大きく後退した。
「だから言ったろうが。お前の体はまだ鬼の力に慣れてねーンだよ。無茶すンじゃねえ。少し離れてろ」
「う、うん。わかったよ……ごめん雫ちゃん」
雫は凛々しく微笑むと、輝鈴の横に立った。
「輝鈴。俺が時間を稼ぐ。その間に目を使え」
「……わかった」
雫がメモ用紙に『風』と書きなぐり、それを破り捨てた。先ほどと同様、メモ用紙が発光して、そこから強烈な風が吹き荒ぶ。
戦鬼はその風によって、レジ前からペットボトルやATMのある奥まで吹き飛ばされた。
ナイトはそれに巻き込まれないよう、レジのあるカウンターの下まで避難する。
「木地。もう大丈夫だ。後は自分に任せろ」
妖気。コンビニ内に巻き起こる紫の炎。輝鈴の刀が紫炎を纏い、その右目を妖しくも美しく輝かせ……鬼の目が開眼した。
そこから先は一瞬だ。輝鈴の刀が、鮮やかな紫の残滓をコンビニの天井すれすれの空間に描き、戦鬼は一刀の元、両断される。
「クリンネスタイム、了」
そして、ナイト初めての実戦が終わった。
コンビニの駐車場の隅っこで、ナイトは一人呆然と佇んでいた。それは、決してやることがなくて暇だからというわけではなく、先の戦いで、唐突に力を失ってしまったことに対する、自分への怒りがあったからでもない。
「オレ、ここでなら……あんなにも強くなれるんだ」
平々凡々。成績も、家庭も、容姿も。けれど、そんな自分にも他人より飛び抜けた力があった。
「もうオレはただの高校生じゃない。ただのヘタレじゃない。オレは……強いんだ。オレは……鬼狩者なんだ」
ナイトは心の底から初めて自分を好きになった。自信を持つことが出来た。クラスメイトからバカにされることがあっても、反論できずに涙をのんでこらえていた。
しかし、これからは違う。自信を持って、胸を張って堂々と言い返してやれる。『オレは強いんだぞ』と。
「桃山」
声がして振り返る。そこには、少し優しげに微笑んだ輝鈴がいた。
「初めてにしてはよくやったな。逃げずに鬼と対峙し、子鬼を狩った。お前にしては上出来だ」
ナイトは輝鈴のほっぺたつねってみた。
「いたひ! 何をするのだ! この無礼者が!」
「いや、夢じゃないかと思っ――て!?」
衝撃がナイトの全身を伝わる。気が付けば、輝鈴が腰を落とし重心を低くして、肘をナイトのみぞおちに叩き込んでいた。
「む。すまん、ついついやりすぎってしまった。貴様が悪いのだぞ? 本当ならば掌底をあごに入れ、のけ反ったところに後回し蹴りを直撃させ、峰打ちを脳天に叩き込んでやるつもりだったのだが、今日の貴様を祝して、一撃に止めたのだが……おい、まだ生きているか? 桃山よ」
「オレは死なないよ!!」
「そうか。では、ここの事後処理は雫に任せ、我々はユメヒコに帰還する。行くぞ、桃山」
「あ、うん! じゃあね、雫ちゃん!」
「おう。後は任せとけ」
雫に元気よく手を振り、ナイト達はユメヒコに帰還した。
*****
ユメヒコのお菓子売り場。大和は一人せっせと商品の陳列をしていた。時刻は午後七時半を回っている。ユメヒコの閉店時間は午後八時なので、この時間になると、ほとんど客はいない。
台車に詰まれたポテトチップスや、チョコレートが詰め込まれたダンボールを床に降ろすと、代わりにそこに大和の尻が乗っかる。周りに誰もいないことを悟ると、携帯をポケットから取り出し、大和は電話を始めた。
「もしもしマヤちゃ? オレオレオレ! オレオレオレ詐欺じゃなくて、俺ちゃんですよ~。今ヒマ? んあ? 新しいブランドもののバッグが欲しい? いきなりだなあ。おーけーおーけー! 店の売り上げで買っちゃおう。例のイアリングは、新しく入ったバイトくんの給料で買っちゃうよ。大丈夫大丈夫。適当にごまかすって。あのぼーや、絶対に気付かないから。ヒャハハハハ!」
大和は小悪党の如く笑った。それがレジにまで届いていたのか、レジに入っていたいちごが大和の顔を見て、笑った。が、目は笑っていなかったので、大和は声のボリュームを落として電話を続ける。
「えぇ? あれ、数十万もすんの? マジでマジで? んじゃあ、他のバイトの給料も使っちゃおう。レジ担当の子達なら俺ちゃんが言いくるめて……」
そう言い掛けた時、いちごが目の前に来た。
「店長~。真面目にやってください! これは没収です~。返して欲しかったら、ちゃんと真面目に仕事してくださいねぇ」
いちごに携帯を奪われ、大和はしばし魂の抜け殻となった。刀が武士の魂ならば、携帯は柴雁大和の魂なのだ。
が、すぐに大和はズボンのポケットから別の携帯を取り出した。これぞ柴雁大和のデュアルソウル。ちゃんと予備を常備しているのだった。
「や。オレオレオレ! 俺ちゃんですよー。マヤちゃ。へへ。ちょっとトラブルトラブル。んでも大丈夫。んで、話の続きだったね……そうそう、新しいバイトくん。あいつは当りだよ。早めにこっちに引っ張り込んでおいて、正解だったかも。『外道』の連中に渡ったらエライことになってたかもねー。いやーびっくりびっくり。……さっきのクリンネスタイムで間近にその様子を見た雫の報告だと、少なくとも戦鬼クラスの力はありそうな感じかな、あいつの右手。ひょっとすると、もっと上かもしれないらしいけどね。いやー思わぬ拾い物しちゃったよお」
大和はポテトチップスが詰まったダンボール箱を指先でなぞる。なぞると途端にダンボールがばらけて、中からポテトチップスの袋が姿を現した。それをガラガラに空いていた棚に押し込んでいく。
半分ほど棚が埋まったところで、再度電話の向こうの相手に声をかけた。
「でも、本当によかった。あれだけの力を持って、こっちの申し出を断ったときは、良くて記憶消去。ヘタしたら存在ごと消去。怖いよね~この仕事。ったく、俺もへんてこな家に生まれちまったぜ。あいつらもかわいそうだよな……何が封印四家だよ。中二設定乙! だよなあ、マジで」
大和はもう一箱開けてポテトチップスの袋を棚に詰め込み、顔を上げた。レジ前は閉店直前でもはや客はいない。もう数分したら閉店処理に入らねばならなかった。
「で、そっちはどう? あのぼーやのこと、何かわかった? ……うんうん。ん? 十五年前の……そっか。そうなのか……あのぼーやが、ね。ありがと、これで合点がいったよ……またかけるわ。姉貴によろしく。じゃあね、マヤちゃ」
大和は通話を終えると、携帯をポケットにしまいこみ、ダンボールを片手に店内の奥へと消えた。
*****
ナイトは輝鈴とパソコンで簡単なレポートを作成していた。ユメヒコに帰還すると、まず向ったのは店長室だ。そこに店長専用パソコンが設置されていて、それでクリンネスタイムの結果をまとめ、その日の内に提出しなければならない。そう決められていた。
レポートのフォーマットは雫が作成していたので、それに今日の出来事をあてはめて行くだけだから、すぐに終わりそうではあった。
しかし、輝鈴はパソコンができなかった。いつもは雫に全部任せているらしい。
「まさか桃山。貴様も妖術師だったとはな……少し見くびっていたようだ」
「は?」
輝鈴は、ナイトが軽快な指の動きでブラインドタッチをしてみせると、そう呟き、大きく目を開けて驚いた。
ナイトはいつの間にか、輝鈴の中で妖術師認定されたらしい。
それからナイトが輝鈴の分のレポートを打ち終えると、二人はタイムカードを通してバイトを上がることになった。
「さて、帰るか。桃山。早くしろ、待っておいてやる」
「いや、オレ、帰りに寄る所があるんだよね。だから、先に帰ってくれていいよ」
「む? そうか。あいわかった。先にお前の部屋に戻っているぞ」
「うん。って何でオレの部屋なわけ!?」
「ゆうげはお前の部屋で、みんなそろっていただくのだ。一人よりも二人。そのほうがうまいに決まっている」
「まあ、そうだけど……」
「支度は自分がしてやろう。握り飯くらいなら馳走してやる。心しておけよ、桃山」
「え、握り飯? ああ、おにぎりだね! オレ好きなんだよね~ツナマヨ入れてね! じゃあ、頼むよ犬神さん」
「うむ」
ナイトはかなり舞い上がった。女の子の手料理を口にできるという幸せ。るんるん気分で着替えを終え、その足で駅前の本屋に立ち寄る。欲しかった漫画とライトノベルを買って、少年誌を少し立ち読みし、家路をたどった。
ボロくて狭い我が家『吉備田荘』。それが今や、可愛い女の子が料理をせっせと作る、愛の巣へ変貌を遂げたのだ。
吉備田荘のミシミシいって、崩れ掛けの階段もなんのその。三段飛ばしで駆け上がる。例え、階段がぶっ壊れて地面に叩き付けられても、きっと痛くはない。幸せが痛みを上まっているだろうから。
ナイトが自分の部屋の前にたどり着いたとき、部屋の中から妖しい声が聞こえて来て思わず足を止めた。
『ふふ。きりりんってば……初めてじゃないんだから。そんな緊張しなくていいじゃない』
『やめろ、猿願寺! なにもこんな所で……桃山が来たらどうするのだ?』
『その時は三人でやっちゃおうよぉ』
『やめろ! いい、服くらい自分で脱ぐ』
「お? おお? 何このエロい展開。てか、ここオレの部屋なんだけど」
『きりりんは下になって……いちごちゃんが上になるから』
『この前も貴様が上だっただろう。少しは自分も――あ』
「なに? 何やってんの? これ」
ナイトの頭の中をピンク色の想像が駆け抜けた。二人の少女が服を脱いで上下に……。
ナイトはさらに耳を澄ますと、ドアの向こうからハアハアと、二人の荒い息づかいが聞こえてきた。
『きりりん、もう硬くなってきてるよお。そういえば、最近やってなかったもんね。ちょっと早いよ~』
『もうダメだ、猿願寺……もう限界……だ』
がばっと力尽き、何かが倒れた音がした。
「いやー萌えますなー。この薄板一枚の向こうで何が行われているのやら……」
ナイトの後で声がして振り向くと、すぐ隣に雫がいて、ドアに耳をくっ付け聞き耳を立てていた。
「雫ちゃん!? いつからそこにいたの?」
「お前が来る五分前から」
「ええ!? どこにいたの! オレ、普通に気が付かなかったんだけど!」
「気配殺すのなんざ、俺にとっちゃ朝飯前なのさ」
驚いた拍子に部屋のドアに体重をかけてしまい、立て付けが悪かったのか、ボロいドアごとナイトは部屋の中へ転がり込んだ。
「う……いてて」
「お、ナイトくうん。お帰りー!」
「桃山……!?」
ナイトは顔を上げた。目の前で繰り広げられている未知の行為を見逃すまいと、目を皿にした。
そして、愕然とした。
目の前の二人は、ブラウスと制服のスカート姿で、ちゃんと服を着ていた。ユリの花など咲き乱れてはいない。
いちごが輝鈴のひざを押さえて、輝鈴は両手を頭に添えている。
「あの……これは?」
「見てわからんか? 鍛錬だ。腹筋をしていたのだ」
「最近いちごちゃんってば、ちょっとぽっちゃりしてきたから、きりりんとトレーニングしてたんだぁ」
いちごはそう言うと、照れて頭をぽりぽりかいた。頭をぽりぽりした瞬間に、いちごの特大プリンがブラウスの中でぷりんぷりんした。
いちごちゃんはもっとぽっちゃりしていいよ! と、ナイトは思った。
「貴様も鍛錬に励むか? 肉体だけではなく、その薄汚れた精神も鍛え直すがいい」
「いや、オレは……」
「ナイトは別の鍛錬をしたかったんだよなー?」
部屋に入った雫が悪ガキっぽく笑って、床に座る。
「ちょ! 雫ちゃんヘンなこと言わないで」
「なに、そうだったのか。いいだろう桃山。せっかくお前がやる気になったのだ。一肌脱いでやろう」
「え!? 脱いでくれるの!?」
「たわけが! 意味が違うわ!」
いちごと雫がそれを見て笑っていた。
輝鈴はそっぽを向いて部屋の隅へと引っ込んだ。
ナイトの期待は外れたが、それはそれで面白かったので、満足した。
ここに来てから得たものは大きい。自分の力。そして、一風変わったお隣さん達。
ナイトは、ドアがなくなって風通しがよくなった玄関の向こうを見た。
これからもここで自分はやっていける。すべてはうまくいく。絶対にうまくいく。
こうしてナイトの高校生活二日目は終了した。




