クリンネスタイム2
ナイトはレジから抜け出すと、一人バックルームを目指す。店内を疾駆していると、輝鈴がナイトの横を追い抜いて行った。しかし、先ほど輝鈴が挨拶をした大学生くらいの若い男に呼び止められ、輝鈴はその場で立ち止まる。
「あのう。お菓子のコーナーはどこでしょうか?」
大学生くらいの若い男は、憧れに満ちた瞳で輝鈴に語りかけた。おそらく、彼の頭の中では、店内に入ってからずっと、お花畑にちょうちょが飛んでいる状態だったのだろう。
輝鈴は笑顔で振り向く。男は目が合うと、恋の始まりでも予感したのか、頬を紅潮させて興奮していた。
お菓子のコーナー前でわざわざ引きとめたのだ。輝鈴が目当てなのは明々白々である。
「うるさい。殺すぞ」
そして、輝鈴は笑顔のまま、そう言った。
男は完全に萎縮して、頬を引きつらせている。
「ちょっと、犬神さん!? 今の何? さっきまでの天使みたいな君はどこ!? この人かわいそうだよ! あ、でもなんか嬉しそうによだれ垂らしてる。でも、ひどくない!?」
「クリンネスタイム中は店員ではない、戦士だ。戦士の行く手を阻む愚か者に警告を与えたまでだ。それに、こいつの目は節穴ではないか。菓子コーナーが目の前にあるというのに、わざわざ引き止めて尋ねてくるうつけに、少々の警告をしたのだ」
「その人。犬神さんとただお話ししたかっただけなのに……シャイな男心をわかってあげてよ」
「なに、自分と会話をしたかっただけだと? そうか。だが、まどっろこしいことをする男はなお嫌いだ。真正面から挑んで来い。いつでも返り討ちにしてやる」
「いや、返り討ち前提で話かけろと言われても……」
「時間が惜しい、急ぐぞ桃山」
そして、輝鈴は再び駆け出すと、バックルームの中へと消えた。ナイトもまた、遅れるわけにはいかないので、新しい世界に目覚めた若い男をそこに残し、大和の元へ向う。
こんなんでよくクレームとか起きてないな、この店。と、ナイトは思った。
休憩室の前では大和が会社の内線を通じて、女性と仲良くおしゃべりをしていた。
その隣で輝鈴は刀を携え、瞳を閉じ、腕組みをして待っている。
「だからさだからさ、今度の黄金週間はマヤちゃも予定空いてるでそ? 俺ちゃんの車で、ワイハに行こうぜ? え? 車が空を飛べるかって? ヒャハハハハ! 飛べる飛べる!」
「車が空を飛べるわけないだろ……何言ってるんだよ、店長は……」
相手は例の本社のマヤちゃのようだ。それも、ゴールデンウィークはハワイに行くとかぬかしている。
再び死ね、リア充。ナイトは持てる殺気のすべてを大和に向けて放った。
「む? 良い気迫だな、桃山。何がお前をそこまでやる気にさせたのか知らんが、今日のクリンネスタイムで初陣を華々しい勝利で飾るがいい」
輝鈴の声はナイトに届いていなかった。なおも大和の内線私的利用は続いていて、引き続きそれに耳を傾けている。
「変形合体はできないけど、俺ちゃんの車は空を飛べるのさ。でもでも、夜になったら俺ちゃんの体の一部が変形して、マヤちゃと合体しちゃうかも、どこが変形しちゃうのかは、ヒ・ミ・ツ。ヒャハハハ!」
オレも変形してマヤちゃと合体したい! ナイトは心の中で叫んだ。
「よ! 待たせたな」
ナイトは背中に衝撃を受けて振り返る。すると、雫が悪ガキっぽい笑顔を浮かべてナイトの背中を押していた。
「ンー? お前何『オレも変形合体したい!』みたいな顔してンの?」
「何でわかるのさ!?」
「そンなの、顔見りゃわかるっての。店長ー。ありゃ、ま~たマヤちゃとラヴコールかよ。しょうがねえなあ。おい、店長! その内線、社長に盗聴されてンぞ!」
途端に大和は動きと笑いを止めた。通話口の向こうでは、女性がなにやらしゃべっている。
「……姉貴が? まったく、マヤちゃも困った仔猫ちゃんだぜ。こらマヤちゃ! 内線は私的に使っちゃいけないんだぞ~? これに懲りたら、次は俺ちゃんの携帯にかけてきてね、それじゃそれじゃ」
そう言って大和は受話器を元に戻すと、青ざめた顔で振り向いた。どこか小刻みに震えており半分涙目だった。いや、泣いていた。そしてしきりに「お姉ちゃんに殺される」と何度も壊れたおもちゃのように繰り返していた。
「ンで、今日はどこで何が起こった?」
雫が大和の顔を一発ブツと、大和は平静を取り戻し、復活した。
「んあ? あ、ああ、全員そろったね。ほんじゃあ、説明しちゃうかな。お仕事お仕事。俺ちゃんは真面目な店長さん……んとね。鬼さんこちらを見てくれればわかるけど、道路を挟んだ向いに、にっくき二十四時間営業の商売敵がいるよね。何でもそろってて、ゲームも買えて、レジ横のおでんがうまいし。成人誌立ち読みし放題の、憎いあんちくしょうだよ」
「ああ、そういえばそんな店があったな。弁当を買ったら『温めますか?』と聞かれたので、『うむ』と答えたら、妖し気な箱に入れようとしたのを覚えているぞ。チンとか鳴って、弁当が熱くなっていたのは、驚いた。あれは妖術の類か? こんびにというのは、妖術師を雇っている恐ろしい所だ……で、そこがどうしたのだ?」
「だから、犬神さんは何時代の人なんだよ……」
ナイトは、たぶん輝鈴の実家はいまだ鎖国が解けていないんじゃないかと睨んだ。
「なーんか、強盗が入ったみたいなんだよねー。二人組みの男で、現在たてこもり中ー」
「今回の鬼はその強盗二人が生み出したというわけか……面白い。我が刀の錆にしてくれる」
輝鈴は鞘から刀を抜き、鋭い刃を煌かせた。横に薙いだ一閃は、台車に載っていた空のダンボールを一刀両断し、それが音も立てず床に落下する。
「うんうん。ま、昨日ほど数はいないし、今回は輝鈴と雫とぼーやだけで行ってきて。ぼーやの初陣にちょうどいいでしょ」
「警察は?」
雫の問いに大和は冷めた表情で答える。
「さがらせたよ。ていうか、彼らのヘタな説得が強盗二人を刺激しちゃって、負の感情が一気に暴走。鬼を生み出しちゃったわけ。まーったく、国家権力ってのはロクなことをしてくれないね」
「現状は把握した。では柴雁、行ってくる」
「あいよ。ま、気を付けてね」
「行くぞ、桃山、木地」
「うん」
ナイトは輝鈴と雫の後にくっ付いて、店の搬入口から飛び出した。向う先は目の前のコンビニだ。すぐ目的地にたどり着き、三人はコンビニの駐車場で中の様子をうかがう。
「店員は無事のようだ。考えてみれば当然か。あの、でんしれんじとかいう妖術があるのだ。そうそう遅れをとることはないだろう」
「いやいや……」
ナイトは、この状況でもはや突っ込む気にもなれなかった。
「では、木地。結界の発動を頼む。いいか桃山。結界が発動すれば後はこちらのモノだ。鬼さんこちらに表示されている通り、相手は子鬼が一体と戦鬼が一体。戦鬼は自分が引き受ける。状況次第では『目』を使う」
雫の携帯で起動させた鬼さんこちらのアプリに、店内にいる鬼が表示されている。この近辺の地図上に、子と戦のマークが点滅していて、それが鬼の等級と位置を表しているらしい。
「桃山、お前は木地のアシストをしつつ、身を守れ。億が一もないと思うが、自分たちが負けた場合は早急に結果外へ退避しろ。いいな?」
「あ、うん」
ナイトは頷くと、輝鈴もまた頷き返した。
「よし」
「ほンじゃ、行きますか」
雫が取り出した結界札。それがコンビニの駐車場で発動し、結界が展開する。
そして結界の完成と同時、輝鈴がコンビニへ突撃した。ナイトと雫もまた中へ入る。
中では二体の鬼と輝鈴がレジの前で戦いを繰り広げている。おでんや肉まんが戦いの余波で吹き飛び、ナイトの目の前を通り過ぎて行った。
「あーピザまんうめえ」
「ちょ! 何食ってるの、雫ちゃん!」
見れば雫は目の前に飛んできたピザまんをつかむと、それを勝手に食べていた。口の周りには、ピザまんのソースが付いている。
「さて、ナイト。今日はお前の適正試験でもあるンだよな、これが。ていうわけで、逝ってみようか」
「へ?」
雫の視線の向こうには、鬼の片割れがいた。すでに見慣れた子鬼である。ただし、子鬼の右手には包丁が握られていた。
「鬼は生み出した人間の特徴やらを受け継ぐ。こいつを生み出した強盗野郎は、人を刃物で切り付けるのが趣味だったのかもな」
雫がニ個目のピザまんを平らげてナイトに説明する。その説明が終わる前に子鬼がナイトに詰め寄った。刃が冷たく輝き、ナイトの左胸に迫る。
「うわ!」
ナイトは腰を抜かしてその場に座り込んだ。
「まったく、しょうがねえな」
雫は食べ終わったピザまんの包み紙に大きく『刀』と書いてそれを破り捨てた。包み紙は光り輝き、雫の右手に収束され、日本刀を形作る。
雫はその刀で鬼の包丁を受け、弾き返す。鬼は弁当コーナーに背中を打ち、その上にタマゴサンドや、クラブハウスサンドが降り注いで、動かなくなった。
「立てよ、ナイト。お前があの日、輝鈴をブチのめした力を俺に見せてくれよ」
「そんなこと言われても……どうしたらいいのか、わからないよ、オレだって。……それに、ああなったとき、オレはオレじゃなくなったんだ」
「大丈夫だ。それは俺が言霊で封じておいた。ホレ、お前入学式の日の朝、ズボン脱げてたろ? アレやったの、俺だから」
「は?」
ナイトは記憶を掘り起こした。入学式の当日、確か公園で自分は寝ていて……ズボンが脱げていた……そう、ズボンが脱げていたのだ。
「鬼化したお前を封印して、体のある所に封印の言霊を刻ンだんだ。だから、前みたいに制御できないなンてことねーよ」
「あの、ある所って……?」
ナイトは嫌な予感がした。
「お前、小さいな」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「畜産コーナーのポークちょびっつみてーだったぞ」
「ウゴアアアアアアアアアアアアアア!!」
「今年五歳になる俺の弟よりも、可愛らしかったぜ」
オレ、もうお婿にいけない! しかも五歳児より可愛いって言われた! ナイトは泣いた。本気で泣いた。
ちなみにポークちょびっつとは、一口サイズのポールウィンナーであることを明記しておく。
「ま、とにかく大丈夫だから、俺を信じろ。まずは心を鬼にしろ。そして、右手に意識を集中させてみな」
ナイトはよろよろ立ち上がり、サンドイッチの山と化した鬼を見た。まだまだ心に負ったダメージは癒えていない。しかし、今はクリンネスタイム、バイト中だった。
ショックは計り知れないほど大きい。それも、女の子に見られてしまった。トラウマだ。
けれど、ナイトのソレは、刺激を与えるとポークちょびっつから、ジェットマグナムへ変貌を遂げるのだ。いつか雫にそれを思い知らせてやろうとナイトは思った。
しかしとりあえず、ジェットマグナムの件は置いておいて、胸の奥に押し込むと意識を集中させる。そして、瞳を閉じた。
「心を鬼に……」
あの時の感覚を、輝鈴やいちごと出会った夜のことを思い出す。そう、突然だった。そして、ワケがわからなかったのだ。
ワケがわからず突然命を狙われて怖くなった。そして、死にたくないと思った。
『死にたくない』
やがて鬼はサンドイッチの山から膝をついて立ち上がる。鬼の手に握られた包丁がナイトを求めていた。ナイトの命を。
恐怖を肌で感じ取った時、不意に右手が熱くなる。あの時と同じ感覚が蘇っていくのを、ナイトは感じた。
熱気と共に、周囲から集まってくる黒い霧。それが右手を包み込んでいく。
心地よい。そして、内側からあふれ出す破壊衝動。それはあの日と同じように銀色の右手を生み出し、ナイトの右手は恐ろしくも美しい銀の塊となった。
右手に宿る強大なナニか。それは、以前のような禍々しさを確かに放っていたが、自分の体の一部であると認識できた。
自在に動かせる五本の指。先端部には鋭いナイフのような爪。
「ナイト、来たぞ!」
「え!?」
眼前に迫っていた鬼の包丁。ナイトはそれを、とっさに右手で受け止める。
その刹那、ガキリと鈍い音がして鉄がひしゃげた。包丁が右手の甲に突き刺さることが出来ず、刃があらぬ方向に捻じ曲がっている。
「痛くない……」
鬼は包丁を放り捨てると、ナイトに向ってきた。ナイトは思わず右手を前に押し出し、拒絶する。
ほんの少し押しただけ。そのはずだった。鬼はまるで弾丸のように猛スピードで、コンビニの壁を突き抜けた。運動エネルギーのベクトルそのものとなった鬼は、外で駐車していた軽トラックに体を叩きつけ、崩れ落ちる。
「すごい……何だこれ……オレ、めちゃくちゃ強い! すげえ」
「……マジかよ。よっしゃ、いいぞナイト! アシストは俺に任せてお前は突っ込め!」
コンビニに空いた大きな穴。まるで漫画かアニメのようだ。しかも、それをやってのけたのは自分だというのだから、驚く他にない。
少年ならば、皆一度は憧れる。数メートルくらい跳躍して、家の屋根から屋根を飛び移ってみたいだとか、掌から高エネルギー弾を発射してみたいだとか、強い者に憧れるのだ。
この右手に宿った力はどんなモノなのか? ナイトの胸は高鳴る。今すぐに試してみたくなる。
自分の力を。強さを。強者にしか味わえない高みを。
全身に巡る渇望。それを力に変えて踏み出す。
「うを!?」
――速い。わずかばかりの力を込め、大地を蹴った。それだけで、すぐに倒れた鬼の前にたどり着いた。
瞬発力。動体視力。反射神経……右手に宿った鬼の力は全身を強化しているらしい。だから、再び鬼が起き上がり、その拳を繰り出してきても、難なくよけることができた。
昔見たアニメの主人公みたいに、軽やかに、冷静に、余裕の表情でナイトはその攻撃を全て回避する。
まるでスローモーションの世界だった。鬼はナイトに直撃させるはずだった拳の行き先を失い、繰り出した勢いに任せ、そのままコンビニの壁に突っ込み壁を殴り壊した。
コンクリートの破片が駐車場や店内にまで、散らばっている。後片付けをする店員さんがたいへんだ。
「……当たらなくてよかった。さすがにあんなの食らったら、オレ死んじゃうよ……ていうか、コンビニやばくない?」
再び迫る鬼の拳。ナイトはそれを右手で弾いた。そして、左手で鬼の首をつかむと、自分でも信じられないほどの握力で、二メートル近くある子鬼を、片手でやすやすと持ち上げることができた。
ちなみに去年計った体力測定では、ナイトの握力は二十キロしかなく、それを見たクラスメイトに、散々バカにされたのだ。
あの時のクラスメイト達が今の自分を見たらどう思うか? きっと腰を抜かして、畏怖の対象として見られるに違いない。
「そうだ。オレはチキンナイトなんかじゃない。オレは正真正銘の、誰かを守れる『ナイト』になるんだ!」
左手を力任せに思い切り振り抜く。コンビニの壁ごと破壊して、駐車場の上に叩きつけ、さらに大地を砕き、地中深くに鬼の体がめり込んだ。
だがしかし、まだ鬼は動いている。最後の悪あがきか、必死にナイトに向けて手を伸ばそうとしてきた。
「……悪く思うなよ、鬼公。これは、バイトなんだ……!」
ナイトは右手を空高く掲げた。そして、それを思い切り振り下ろす。
子鬼の顔面に右手が炸裂すると、黒い霧がナイトの体をすり抜けて消滅する。
「やった……」
駐車場に穿たれた大きな穴。それをのぞき込んでナイトは呟いた。




