レジ打ちはつらいよ
ゲームセンターの扉の前で五人は集まり、ナイトは携帯で時刻を確認する。時刻はもう四時半を回っており、そろそろバイト先に顔を出してもいい頃合だ。
「ふう……もう四時半だね。もうすぐバイトに行かないといけないな。蒼樹くん、また明日ね。オレ達、これからバイトがあるんだ」
「桃山くん、アルバイトしてるんだ? 偉いね。ぼくも、桃山くん達と一緒に働いてみたいな……」
ナイトは、何故か尊敬の眼差しで紫に見つめられた。上目遣いで見つめる紫は、ぶすっとご機嫌ナナメな日本女児よりも可愛らしい。
いっそ、二人の中身を入れ替えた方がいいんじゃないかと思わせるほどに。
「そうだ。蒼樹くんもやってみたら? 時給七百円で、ボロくて汚い潰れかけのヘボスーパーなんだけどさ、ほら、そこの」
ナイトは、駅前から離れた所にあるボロくて汚い潰れかけのヘボスーパー、もとい、スーパーユメヒコを指差した。
「桃山、やめておけ。この男には無理だ。人間向き不向きがある。一応接客業だからな。明るい挨拶としっかりした受け応え。こんなナヨナヨした男には、向かんだろう」
輝鈴は紫と目を合わせず、敵意を剥き出して吐き捨てるように言うと、黒髪を翻し、背中を見せた。パンチングマシーンをぶっ壊して、店員の若い男に説教を食らったのが、未だ気に入らないらしい。
「あはは。……そうだね、犬神さんの言う通りかも。ぼく、接客って柄じゃないし……ごめんね、桃山くん。アルバイト頑張って。それじゃまた明日、学校で。ばいばい」
紫は弱々しく笑うと、手を振って駅の方角へと消えた。
「きりりん、ちょっと言いすぎじゃない? あの子だって、笑うと可愛いじゃん。ああいうタイプもレジに立てば、女子はもちろん、一部の男子にもウケると思うんだけどなあ」
レジにウケる要素が必要なのか、疑問ではある。
「うるさい。蒼樹……だったか? あいつの纏う空気はどうにも好きになれん。それよりも、さっさと行くぞ。今日は桃山にとって、レジ初日だ。クリンネスタイムが入ったら、こいつを指導する時間がなくなる」
「えー? まだ三十分もあるのに……」
「うるさい、覚悟しろ。貴様を徹底的に指導してやる。接客のなんたるかを、この犬神輝鈴が直接体に叩き込んでやろう、光栄に思え」
ナイトは、まるで仔猫のように輝鈴に襟首を掴まれ、バイト先に連れて行かれた。いちごと雫もその後ろについて行く。そして、更衣室の前で降ろされると、輝鈴は女子更衣室の中へ消えた。
「ナイトくん、店長がロッカー用意してくれてるはずだから、カバンとか上着を更衣室のロッカーに入れといでよ。タイムカードもロッカーに入ってるから、それ持って休憩室の前に来てね! 男の子は制服じゃなくて、私服の上にエプロンかけるだけだから、楽でいいよね~」
「あれ、そうなんだ? てっきりオレも制服に着替えるかと思った」
「本音を言うとね、あの制服嫌なんだ~。スカートの丈短いし……でもこれ、店長に言わないでね。うちの制服デザインしたの、店長だから」
「え!? マジで!」
「うんうん。マジなの。『あの制服には俺ちゃんの夢が詰まってる』って豪語してるよ。もうちょっと他のことに、あの情熱を傾けてくれないかな~。それじゃね、ナイトくん」
「じゃあな、ナイト」
「あ、うん」
いちごと雫もまた、女子更衣室のドアを開け中に入っていった。
ナイトは仕方がなく、男子更衣室へ足を踏み入れ、カビと汗と男臭い空気を振り払い、自分のロッカーを探す。
更衣室は、細長い室内に二段式のロッカーが壁に配置されている。壁とロッカーの間にある空間は、一メートルほどと狭い。壁際に置かれた、畜産や、水産と書かれた白い長靴をかわしながら奥へと進む。
「あ、あったあった」
ナイトのロッカーは更衣室の端の下段で、入り口から一番遠い位置にある。ロッカーもまた店内同様えらく年季が入っていて、ナイトが扉を開けようとしたら、扉ごと外れた。
中にはエプロンが一枚と、カードが一枚、それに名札が一枚入っており、どうやらそれがナイトのタイムカードと、クリンネスタイム時に結界内で活動を可能にする、通行札らしい。
ナイトは手早くエプロンを羽織り、名札を付けると、カバンと上着をロッカーへ強引に押し込み、そこにフタをするように扉をはめこんだ。
着替えを終えたナイトは、休憩室の前で輝鈴らと落ち合い、タイムカードで勤怠処理を済ませる。
「あ、そーだ。ナイトくんにアダ名付けてあげようよ。親しみも込めてさ。もうすっかり仲良しなんだし!」
いちごが唐突に提案したアダ名の命名。輝鈴は珍しく一番に答えた。
「フ。いい提案だ猿願寺。では、自分が名付けてやろう、そうだな……」
「かっこいいのを頼むよ、犬神さん」
ナイナイとかいいな。桃ちんとか、シンプルに、ナイトちゃんもいいかも。ナイトは少しドキドキした。
「――ゴミというのはどうだ?」
「それ、アダ名じゃなくて悪口だよ! もっと他にないの!?」
「では、クズというのはどうだ?」
輝鈴は顔色一つ変えずにさらっと言った。本人に悪気はなくて、真剣に言ってるのかもしれない。
「意味変わらないよ! 雫ちゃんはどう?」
「ほンじゃあ、閃光のナイトハルトってのはどうだ? イカスだろ?」
「閃光のナイトハルト!? 二つ名!? かっこよすぎるよ、それ! ていうかオレ、ナイトハルトじゃないし! ゴミもクズも嫌だけど、それもちょっと……いちごちゃんは?」
「んー。そうだねえ。ロドリゲス斉藤はどう? 可愛いよねぇ。ロドリゲス斉藤。きゃは」
「もう、普通にナイトって呼んでくれないかな……アダ名はいいよ……ロドリゲス斉藤って誰だよ……」
彼女達の口から出てきたアダ名は、どれ一つとしてマトモなものがなかった。ナイトは、今まで通り呼んでもらうことにした。閃光のナイトハルトは、ちょっと捨てがたかったようだが。
アダ名を却下してすぐ、休憩室の中から大和が出てきた。盛大にあくびをすると、眠たそうに目をこすりながら、ナイトに近付いてくる。
「おー。ぼーや、今日も逃げずによく来たな。しかも出勤十分前とは、なかなか偉いじゃないの。今日も一日頑張ってね。死ぬほど働いて、俺ちゃんを少しは楽させてよ。過労死したら、骨くらい拾ってあげるからさ」
一経営者として、その発言はどうなのかとナイトはいぶかしんだ。というか、時給七百円で過労死するほど働きたくない。
「行くぞ桃山。まずは店内を少し案内する」
「あ、うん!」
「ナイトくん、頑張ってねー!」
「適当にサボれよ、ナイト」
いちごと雫の、正反対とも言える激励を背中に受け、ナイトは戦場に出た。たまにスーパーで買い物はするが、店員の視点で見るスーパーは、まるで違う場所のように見える。
扉を開けるとすぐ右が肉売り場。左が魚売り場になっていて、目の前にはお菓子などのこまごました物が陳列されている棚がいくつもあった。
「精肉コーナー……ハムや肉は、畜産部門の担当だ。レジで畜産商品のトラブルが起きたら、部門長を呼べ。胴体がボンレスハムみたいな奴がそうだ。鮮魚は、魚の切り身や刺身に魚卵……こっちは水産部門の担当だ。部門長はいけ好かないハゲだが、腕はいい」
輝鈴によると、野菜や果物は農産部門。牛乳や豆腐は日配部門の担当となるらしい。
「さて、桃山よ。少し挨拶の練習でもするか。自分がお手本を見せてやろう」
輝鈴は非常にぞんざいな態度で店内を闊歩していた。スマイルどころか、これから殺人を犯しそうな鋭い眼光。不敵に組んだ両腕。客を見たら挨拶よりも攻撃を繰り出しそうだ。どう見ても店員とは思えないような態度である。
「目標確認……客だ。愚か者め、気配も殺さずどうどうと真正面から入り込んでくるとは。まさに飛んで火に入る夏の虫。返り討ちにしてくれる」
お客さんに向ってえらい言いようだ。輝鈴は自動ドアをくぐってやってきた、大学生くらいの若い男に向って歩き出した。
「桃山。これが必殺の間合いだ。覚えておけ……仕掛ける!」
輝鈴と男の距離が一メートルほどになった時、輝鈴は直立した。そして、今まで見たことがない、女神のような極上の微笑みを浮かべると、きれいに腰を三十度曲げる。
「いらっしゃいませ、お客様」
まるで声優のようにしっかりした発音。完璧すぎる挨拶だった。
若い男は完全に魅入られた。カゴを取ると、そのまま店内へ消えて行く。
「フン。他愛もない。造作もないことだ。さあ、お前も今見たとおりにやってみろ」
「できないよ! ていうか、今の何? 本当に君、犬神さん? オレの知ってる犬神輝鈴て子は、テレビに拳銃ぶっ放す、血に飢えた獣みたいな子のはずなんだけど!」
「心外な。仕事とは常に真剣。全力を賭して挑むものだ。時給七百円とはいえ、金をもらっている以上、我々はプロだ。生半可な覚悟では困る」
「そ、そうかもしれないけど……いきなりアレは無理だよ」
「むう。確かに、貴様にはハードルが高いかもしれんな。まあいい、これからじょじょになれていけよ。次はレジ打ちだ。レジは、木地と二人で入ってもらうことになっている」
そして、二人はレジに移動するとそこで別れた。輝鈴は三番レジに入り、ナイトは雫と同じ四番レジに入る。
「お、来たなナイト! 俺がレジの基本操作を手取り足取り教えてやるぜ、しっかり覚えろよ」
「よろしくね、雫ちゃん」
「そんじゃーまずは、仮締めしとくか。過不足が出たら一大事だからな。入る前に、レジ内の金額が、ぴったりプラマイゼロになるようにしとかないといけねー。これ基本な」
一定の間隔で、レジ内の金額が売り上げ通りになっているか、確認しなければならないらしい。多ければお釣りを少なく渡しているし、少なければ逆にお釣りを多く渡しているとのことだった。要するに、レジでお釣りをちゃんと渡しているかどうかを確認するのが仮締めだ。
「ああ、それと、間違っても商品以外の物を読み込むなよ。例えば」
と言って、雫はレジに接続されているハンドスキャナーを手に取り、後ろを向くと、輝鈴の三番レジに並んでいた中年男性の頭にかざした。
「ほら、ご覧の通り。通っちまうんだよな、これが。いい子はマネすんなよ」
「そんな失礼なこと、絶対にしないって!」
ナイトはひやひやしながら、男性のバーコード頭を見た。どうやら、気付かれずにすんだらしい。バレたらものすごく怒られそうだ。雫はけっこうなイタズラ好きらしい。
それから一通りの基本操作を教えてもらって、レジがオープンした。
「とりあえず、俺がやるのを横で見てな。最初は何もしてなくていいから、そのへんで鼻クソほじくって見てるといいぜ」
「いや、ほじらないけどさ」
狭いレジ内で雫と二人っきりになる。ナイトは少し、幸せだった。
やがて、最初の客が来てナイトは緊張する。
「へい、らっしゃい」
雫はまるで愛想どころか、魚屋みたいな挨拶で買い物カゴを受け取った。しかも、なんというかやる気がないし、覇気もない。
しかし、バーコードを読み取る手はものすごく早い。大根やらお肉のパックを疾風の如く読み込んでいく。そして、あっと言う間に精算をすませ、次々と客をさばいていった。
ナイトはふと隣のレジを見た。
「いらっしゃいませ、お客様」
輝鈴の恐るべきパーフェクト挨拶。雫のとはまさに雲泥の差である。一見すると雫のレジには並びたくない。しかし、輝鈴は機械操作がヘタなので、雫が五人さばく間にまだ一人しかさばけていない。
ナイトは、さらに後ろのレジに入っていたいちごを見た。いちごのスマイルは完璧だが、レジの速度は二人の中間といったところで、スピードをとるか、愛想を取るか、その中間を行くか。
三つのレジは、良くも悪くもバリエーションに富んでいた。
「ンじゃ、ナイト。次からお釣りはお前が渡してくれ。あせらなくていいぜ。表示されている金額の通り渡せばいいンだからよ。多少過不足でたって気にすンな。全~部お前のせいにしとくから」
「は?」
「あー。お前がいると気が楽だわー。いくらミスっても、お前のせいにできるンだもん。ナイト、お前ず~っと俺の側にいろよ」
「ひどい! ひどいよ、雫ちゃん! さりげにちょっと嬉しい感じのセリフだけど、フタを開けてみればかなりひどいよ! 真実って残酷だよ!」
「ほらお釣り。おばはん待たせるンじゃねえ。うざいだろが。更年期障害ナメンなよ」
大声で雫がナイトの脇を突いた。ナイトは顔を上げると、おばちゃんのイライラ光線が直撃して、思わず唾を飲み込んだ。
しかし、お釣りが遅いのではなく、明らかに雫のセリフが原因である。
ナイトは、キャッシャーからレジに表示されたお釣りを、おばちゃんの手の上におそるおそる乗せた。
「あ、ありがおつごじあました!」
「お前かみすぎ、モブ相手に緊張することねーって」
初めて手渡したお釣り。金額は合っているだろうか? ナイトの胸は不安でいっぱいだったが、すぐにまた次の客が来て、不安を抱くヒマはなかった。
ナイトは、モタ付きながらもなんとかお釣りを渡していく。会社帰りのOLのお姉さんがレジに並んだときは、飛びっきりの笑顔を作り、お釣りも丁寧に渡して、ぎゅっと手を握る。しかし、おばちゃんの場合はお釣りを渡すだけで、無表情なまま作業に戻る。
野郎の場合も然り。
「たまーに、おつかいで幼女が来ることもあるンだけどな。そういう時はけっこう萌えるぜ。健気にかごを一生懸命レジに持ってきてさ……けどかなり厄介な相手なンだよな、これが。ある意味おばはん以上」
「何で?」
「わかってねーな、お前。相手はガキんちょだぞ? 金額通り払えなくって、金たりねーから、母ちゃんのとこに戻れつったら大泣きされるし、金もないクセに飴玉レジに持ってきて、こども銀行券渡されてみろよ。疲れる疲れる。まだ、おばはんの相手してるほうが遥かに難易度低いわ」
「そうなのか」
「っと、そろそろお釣り渡すのも慣れてきたか? ンじゃ、一回仮締めしとくか」
「あ、うん」
「おい、ナイト。言っとくがな、もし過不足出てたら、レジの後にお前もシメてやる。覚悟しとけよ」
「オレを仮締めしたら、過不足いっぱい出そうだね……」
「うまいこと言ってンじゃねえ、おら、さっさと札束数えろ」
「わかったよ、わかったから万札でほっぺた叩かないで、嬉しいけど!」
雫に束になった万札でほっぺたをぺちぺちされつつ、ナイトはキャッシャー内の金額を確認する。一円玉、十円玉、五十円玉……数え終わると、レジ内の金額はピッタリと一致していて、過不足はゼロだった。
「おし、いいぞ。そンじゃ次は、レジ打ちをちょっとやってみるか。バーコードをこのスキャナに通してだな」
雫は説明を途中でやめた。理由は、店内に流れた和やかなBGMである。
「今日も来たか、クリンネスタイム。行くぜナイト。今日はお前にも働いてもらうからな」
「え? オレも?」
『従業員のお呼び出しでーす。レジ担当の雫と、輝鈴と、地球連邦軍大佐のぼーや。楽しい楽しいクリンネスタイムだよー。三人はバックルームに来てねー。あ、いちごはそのままレジやっといてー。はい、以上』
大和の、なんとも気の抜けたやる気のない業務連絡だった。
「レジは気にすンな、客の流れも落ち着いてきたし、残りのメンバーで何とかなるだろ。お前は先にバックルームに戻れ。俺もすぐ行くからよ」
「あ、うん。わかった」




