「セーブルは魔女を考える」②
セーブルが生まれた年、それは、父が正式にリディアスの王位継承を放棄した時と重なっていた。
だが、セーブルにとって叔父にあたるディモンと叔母にあたるアイナは、今も王位継承権を放棄せず、リディアスでの王位奪還を狙っている。
弟妹でもこれほどにも違うのかと思うほど、父と叔父叔母が進んだ道は、セーブルには真逆に見えていた。
弟のディモンは王の左腕と言われるほどの近衛兵であり、末妹のアイナはリディアス国立研究所長官となり、王とほぼ同じ権力を持つ者となった。もちろん研究所長官は、王と同じ権力を持つだけで地位は別にあるのだが、女性であり、さらに『所長』としてではなくそこの『長官』になった者と言えば、ラヴァンドラの祖母であるルタ以来となる快挙らしい。
そのルタが長官という地位にあった時代がおおよそ二〇〇年程前になる。アイナはその二百年の空白を埋めたのだ。
そして、二百年前のルタは、ラルーという名の魔女だった。
現在のセーブルはもちろん、あの時代に魔女がリディアスの内部にいたなどまったく信じられない。しかし、幼い頃に出会った前領主夫人であるルタが、恐ろしい魔女だとは、今も思っていなかった。しかも、魔女などいないと思っていたセーブルにとって、ルタが魔女であったという事実は、驚きを伴う衝撃であり、はじめて大人たちが信じているその正体を見たと感じさせられたのも事実でもあった。
とても静かでとても深い……そう、湖底の見えない波打たぬ湖の印象。それが魔女だとも女神だとも言われても納得してしまいそうな、領主夫人としてあったルタは威厳と慈愛、そして畏怖に満ちた微笑みをもつ女性だった。
さらに、今はエリツェリに嫁いでいるその娘グレーシアは、先見の明があった。
その伴侶を支えるだけに留まらず、事業を積極的に展開していくその手腕にも、感銘も受けていたのだ。
魔女の血とは、やはり人知を超えるものに違いないのだと。とてもすごいものなのだと。
だから、セーブルはその孫にとても興味があったのだ。
ほんとうは、ルカより従者として見張り役を仰せつかった時には、胸が高鳴ったのだ。
それなのに、魔女の孫であるラヴァンドラは、あまり面白い存在ではなかった。拍子抜けとも言うのだろうか。もっと、落ち着いていて、もっと知的な何かだと思っていた。
それなのに、なんなんだ、あの小煩いだけの生き物は。カーラでももう少しましである。
「そうだよ……姫君としても。仮にもルタ様の孫だろう?」
思わず、日記にそんなことを書きそうになって、セーブルは慌てて羽ペンを止めると、眠っていたはずの姉のカーラの声が、頭を抱えていたセーブルに向かって投げつけられた。
「ねぇ、もしかして恋煩い? 相手はあの子でしょう? そうよねぇ。あのお姫さま可愛いし、憧れのルタ様にそっくりだものねぇ」
ニタニタ顔が二段ベッドの二階からセーブルを見下ろしていた。
……どこが可愛い? 何が似ている? 目が歪んでるんじゃないか? いいか、ルタ様はもっと大人だったんだからな。さっきの考えは訂正だ。こいつも、あいつと同じような生き物だ。
同等で非知的な……騒がしいだけの生き物。
頓珍漢すぎる姉にセーブルは、むすっとしたまま、もう一度羽ペンを動かし始めた。
確かにあのお姫様には特殊な能力はあるのだろうけれど、……。ルタ様によく似た面差しではあるけれど……。確かに、ルタ様は、名実ともに『大人』だったんだけど。
あいつはすぐに膨れるし、名実ともに『子ども』ではあるんだけど……。
でも、俺だってルディ様に続き、魔女の気配を感じ取れるし、なによりも……。
そこでセーブルは思わず大きく頭を振った。
だから、あの話が出てきたのだ。
セーブルは魔女の気配を感じられる以上に、森の中にある女神リディアの『気』を感じられるのだ。今、機嫌が良いのか悪いのか。
森が暴れているのかいないのか。
剣術の指南はルカ直々に受けているが、そんなことを知り得るセーブルは、ときわの森で大型魔獣に襲われにくい。
確かに、その能力はときわの森に棲む魔獣から領民を守っているクロノプス家に必要な力ではある。
だけど、俺は、そんな器じゃない。『姫』というものがあんなのばかりだというのなら、なおさらだ。あんなのばかりと付き合ってられるか。
いつかはルタ様のように、アイナ様が叶えたリディアス研究所の長官になって、という夢もある。
これは、尊敬するルカ様からのお願いだから、我慢できること。
なにしろ、俺がリディアス関係の人間だから、あのお姫様に付くことで、多少なりとも目眩ましになるから。
黙ったままのセーブルが答えないということを知っているカーラは、面白い話ができたとばかりに満足そうにして、布団の中で再度眠りについていた。




