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Ephemeral note~魔女の末裔と時の遺児  作者: 瑞月風花
嘘のような、夢のような世界で

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5/8

「セーブルは魔女を考える」①

 セーブルには日記を書く習慣がある。取り留めもないことを書くのではなく、今日の天気や外気温、誰が家にやって来て、どんなことを喋っていったかというものだ。

 そして、セーブルの感想を一言だけ置く。感想と言っても、感情は書かない。だから、もし他人がセーブルの日記を覗いたのなら、それは日誌だと思う物だろう。


 セーブルは今その日誌めいた日記帳を一枚ずつめくり、起きた出来事を頭の中で整理しているのだ。

 その日記帳には、キミィが溺れて、貯水事業を任せられている家の関係上、セーブルがキミィを助け出し、領主館にキミィが預けられたことが書かれている。

 マナに続くことさらに後、ルカが彼女を認識できなくなり、さらには、クロノプスとリディアの血を持つ前領主ルディが、姿を見留められなくなった日までの詳細な経緯が書かれてあるはずだった。


 そして、セーブルの日誌をめくる手が止まった。

 グレーシアとラヴァンドラが来た日までやってきたのだ。

 グレーシアは姿を消してしまったキミィをはっきりとした『紫の煙』として感じられるそうだ。

 だから、キミィを見て、『あちらでの時間を持っているのですね。こちらに馴染んでしまえば良かったのですけど』と、言った。


 ――『あちら』とはどちらなのだろう。グレーシア様の『こちら』が、ディアトーラであるのならば、今のキミィはここでの時間がかなり薄れたということなのだろうか? 現在のセーブルは、キミィの気配は感じるが、彼女自体の存在を認知しているわけではない。まるで幽霊のような存在だ。

 ただ、グレーシアはこうも続けていた。

『こちらに大きな影響を与えてしまいそうな危険な者もあるようですので、注意は必要でしょうが……この子は大丈夫そうですね』

 と。


 グレーシアの言う大きな影響は、おそらくリディアスで起きたあの魔女狩りだ。

 世迷い言を宣い、反旗を揚げた衛兵が処刑され、その首を家族が持たされ、町を歩かされている。

 ということは、その衛兵のことは誰もが見えていた。そして、今も誰もが覚えている。という事実が見えてくる。

 キミィを助けたはじめの頃は、その両親もセーブルだって彼女のことを知っていた、とセーブルは思っているのだ。彼女は確かにディアトーラの住人だったと。

 何よりも、姿の見えない溺れている者を救うことはできない。

 もし、その時点で彼女の時が止まっていたら……?

 ――皆がキミィを覚えていたのだろか……。


『かわいそうだけれど、わたくしにはどうしようもできないことなのです』


 グレーシアが言った最後の言葉が耳にやけに残っていたせいだ。セーブルは、一番恐ろしいことに目を向けないように、文字を追いながら『キミィ』だけをもう一度考え始めた。頁をめくり続けているセーブルの日記にはところどころ埋まらない空白もある。確かに書いた場所にある空白と、なぜか違和感のある出来事が浮かび上がってきているような気持ち悪さを帯びた時間的な齟齬。


 キミィが『キミィ』として現れてから、その本来の名すら誰も覚えていなかった。

 『キミィ』とは、ただルカの奥方であるマナが、新しい時の遺児すべてを呼ぶための名である。

 そう、ほんとうは誰もあの娘の名など知らないのだ。

「だけど、あいつはキミィの姿を見留められる上、その両親が誰であるか……」

 ――決めつけていた。

 しかし、それも嘘ではないのだろう。

『だって、同じ匂いがしますもの』と。

 “匂い”とはなんなのだろう。

 そして、思わず口から飛び出ていた言葉に気づき、慌てて自分の口を手で覆ってしまった。


 子ども部屋とされる同じ部屋の二段ベッドにある二階部分カーテン裏では、姉のカーラがすでに寝息を立てている。セーブルが思わず発した言葉で起こしてしまうと何をなじられるか分からない。ひとり部屋としてここを使えるまで、あと一年。一年の辛抱だ。姉が十八になって、この部屋を出て、大人と同じように一つの部屋を与えられるようになるまでの辛抱。それまでは穏便に過ごしたい。

 そんなことを自分に言い聞かせた後、手元灯りを調節したセーブルは、羽の付いたペンを執った。この羽ペンは、セーブルが十(とお)を数えた日の記念として、父が海外貿易を生業としている海辺の国アイアイアで手に入れたものだ。

 リディア神の御使い『銀鈴』の羽を飾った、セーブルにとって、とても特別なものだった。

 ときわの森にもいる銀鈴はリンゴくらいの大きさの銀灰色の雀の一種であり、伝説級のものは、聖鳥とされる大型のものもいるらしい。


 そして、セーブルの家は、かつてそのリディアを祖とするリディア家との繋がりのある家系でもあった。

 そう、セーブルはリディアス前国王アルバートを曾祖父に持っており、本来、王位継承権さえ放棄していなければ、代々陛下直系が名乗る『リディア』名に戻っていた可能性ある立場でもあるのだ。

 祖父であるアイビーは次期太子に選ばれなかったため、リディアスのしきたりに従い、リディアを返上したのだ。


 現在のリディアスの王は、祖父の従弟にあたるイワンだ。

 だから、祖父は分家として新しい家名を授かり、リディアナと名乗るようになったのだ。

 敵対関係とも言えるディアトーラへアイビー一家がここに来た理由は、リディアス前国王アルバートの末弟君であるアノールがここに婿入りしていたからだった。その伝手の結果、ディアトーラ領主ルカと従兄弟同士でもある父アーモンは、ここでの暮らしを気に入り永住を決めたという。


 父は穏やかで、争いを嫌う。そして、人間関係をあいまいに出来ないという不器用さもある。

 だから、永住の気持ちは、本心なのだろう。父アーモンは、前領主ルディの政務的な補佐をしながら過ごし、母マリアンヌと結ばれ、七つ上の兄のオスカー、三つ上の姉カーラが生まれた。そして、セーブルが生まれた辺りで貯水事業を任された。


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― 新着の感想 ―
「日記」ではなく「日誌」。セーブルにとってそれは、感情ではなくて記録で。それをたどりながら、「時の遺児」のキミィのことを考える様子が目に浮かんできました。 今は姿は見えないけれど、気配は感じるキミィ…
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