「ラヴァンドラは13歳」②
キミィはディアトーラに父母がいて、ラヴァンドラのことを『お姫さま』と呼び、セーブルのことを夢見がちに『王子さま』と呼ぶような幼い女の子だ。
確かに、ラヴァンドラはお姫さまという範疇に入る。さらにセーブルの持つ薄い金色の髪に空色の瞳は、ワインスレー地方においてとても珍しいし、ラヴァンドラから見ても、それは綺麗だと思える。
身丈もあるし、背筋も伸びている。
身なりも整っているし、剣術に嗜みがあるということも、憧れられる対象ではあると、理解はしている。だから、王子様に見えてもいいのかもしれない。
しかし、魔女狩りの国リディアスには、掃いて捨てるほど同じ見かけの者はいるし、その全部が王子様という立場の人間でもない。セーブルのそれは、特別に『特別』なことでもなく、セーブルくらいの者は、ラヴァンドラの祖母が魔女だったというほど、珍しいことではないのだ。
だけど、キミィ自身はこの世界を自分の世界だと思えないそうだ。こちらの世界の方が、夢の世界だと言うのだ。こんなにもラヴァンドラにとっての悩みがある世界なのに、だ。
ただ王子様やお姫様がいるだけなのに。森の中にリディアという女神さまがいたり、魔獣がいたり、魔女がいたりと言われるだけなのに。そして、魔女の中には、時と記憶を操る『トーラ』という本当の魔法を使う『魔女』がいるだけなのに。
夢の中なわけがないのに……。
確かに、トーラと女神さまはラヴァンドラにとってもちょっと現実味がないのだけれど、ここは当たり前のように存在する世界だ。魔女が棲んでいたとされる森を持つディアトーラならなおさら、なにも不思議なことはない。
なによりも、キミィのいた世界。彼女から語られる世界は、すべてが空想世界そのもののようにしか、ラヴァンドラには思えないのだ。
空を飛ぶ金属製の鳥。
遠く遠い場所まで意思疎通ができる小箱。
ボタン一つで、演劇を始めるという四角い箱。
手をかざすだけで開く扉に、流れる水。
ボタン一つでお湯が沸き、一瞬で火がつく世界。
遠くにいながら家の中を見ることのできる、そんなレンズ。
記憶の一瞬をそのまま閉じ込めてしまえる、絵じゃない肖像画や風景画。
キミィの話を聞きながらのラヴァンドラは、いつも目を丸くしたまま、ただ聞くだけ。合いの手を入れたくても、キミィの話と噛み合わない。
とはいえ、たくさんの人間を運ぶための『車』という乗り物は、リディアスが持っているし、列車だってリディアスが、ワインスレー諸国にも走らせている。
空を飛ぶ金属の鳥は、リディアスが信仰するリディア神の聖鳥とされる、『銀鈴』が特異変化したシルバースパロウにも似ている気もする。ただ、シルバースパロウは金属でもないし、いないわけではないけれど、これは神話級の生き物だ。キミィの空飛ぶ金属とは少し違う。
だけど、同じようなものもある世界。
リディアスになら、もっと同じようなものがあるのかもしれない。
だから、どうして、リディアスがそれほどまでに『キミィ』を、いや『新しき時の遺児』を危険視するのだろうと、不思議に思ってしまう。
いつの間にか首を傾げていたラヴァンドラは、結局リディアスが悪いんじゃないかという結論に達してしまうのだ。
おかげで、ラヴァンドラはディアトーラに預けられたまま、母であるグレーシアはそのリディアスへ行ったまま。
ラヴァンドラの頬は、やはりぷくっと膨らんでしまう。
それから彼女は座ろうとしない、まったく主の言うことを聞かない“従者”らしいセーブルを、もう一度お茶に誘ってみた。よく分からないけれど、セーブルだってキミィの存在を感じることができるのだから、一緒にお喋りをすればいい。
そんなところで突っ立っていられると、なんだか、ただただ気になって仕方がない。
ラヴァンドラ自身、彼をどう扱って良いものかもよく分からなくなってくる。
「やっぱり、お座りになってくださらないかしら? エリツェリでも、わたし、従者という者を持っておりませんの。だから、緊張してしまいますし……その、あれでしょう? ときわの森にある魔獣からの警護でございましょう? 普段あまり出てこないものなのでしょう?」
もちろん、ラヴァンドラ自身、セーブルがラヴァンドラの監視役でもあるのだろうとはうすうす感じてはいる。しかし、伯父であるルカの言葉の柔らかさを考えると、やっぱりお友だちになっていいような気がするのだ。
お友だちにだったら、こういう子なんだなと思える気もするし、そういうセーブルとのお付き合いの仕方もあると思う。
無口で感情をあまり外に出さない、むすっとした表情の男の子。きっと、そういう者だと思える。キミィによく似ているけれど、キミィはふわっと笑うから、そういうところがセーブルよりも可愛いと思っている。
だから、セーブルの良いところ探しだって、お友だちならできると思うのだ。
『セーブルについていてもらうよ。年齢も近いから話しやすいだろうし、その方がいろいろと安心だから』
もちろん、これは、母グレーシアに言った言葉を不安なラヴァンドラが盗み聞きしたものである。
“いろいろと安心”の意味は分からないけれど、ひとつにこの領主館の裏手にあるときわの森が関係していることは確かだ。
ときわの森には大型魔獣が存在するから。ごくたまに……。いや、ごくまれに……。ずっと森の外には出てきていないが、その大型魔獣が出てくることがあると、伯父さまがそう言っていたから。
それに、ひとりで『キミィ』を守らなくちゃと思うのも、ラヴァンドラにとっての不安でもある。友だちが一緒にいるというだけでも心強い。
それなのに、相も変わらずセーブルの答えはいつも非情で、「いいえ、ラヴァンドラ様。私めは一国の王女様と同じ席に着くような身分にございません」
なのだ。どうして友だちになってくれないのだろう、そう思ってしまうラヴァンドラの声は、いつもより少し大きく響き、尻すぼみになっていく。
「ですがっ。セーブルはリディア家の……」
「えぇ、かつてはそうでしたが、現リディア家が我がリディアナを王族と思っている可能性は低いでしょう」
そんな風に躱されると、またラヴァンドラの口がとがってしまいそうになる。
「だけど、だけどっ、親戚づきあいはしているのでしょう?」
ラヴァンドラは、必死になってセーブルに自身を肯定してもらおうとするが、一向にセーブルは傾かないのだ。
「えぇ、従兄弟などがいますから、都会の観光ついでに挨拶に参るくらいです」
それだけでも十分家族で、付き合いがある、なんじゃないの? とラヴァンドラの口がやはりまた『つん』ととんがった。
「でも、セーブルは」
――子どものいないルカ夫妻の養子にと、……。
そこまで言葉が出かけて、やっとの思いでラヴァンドラは口を押え、言葉を飲み込んだ。
正式に決まったわけでもないことを、やすやすと口に出してはいけないと、グレーシアに窘められたことがあるからだ。それなのに、セーブルはラヴァンドラの心を読むように、それを静かに否定した。
「ラヴァンドラ様、ディアトーラに王族はいません」
セーブルの言う通り、ディアトーラには『王様』という者はいない。
おとぎ話にある魔女に与えられた土地を預かった領主として、今も『領主』と名乗る国家元首がいる国。同じワインスレー諸国にある他の国にはそんな儀礼すらなく、魔女を崇めたりもしていない。
しかし、エリツェリだって、リディアスの王族から比べれば、まったく歴史の浅い王である。
なんだったら、ディアトーラの元首一族の方が、エリツェリよりも歴史が深くリディアスよりもずっと昔からある家系であるのだから。
そんな由緒ある国に在るセーブルなのに、どうしてお友だちみたいにお喋りしてくれないのかしら。
やっぱり、魔女を嫌っていらっしゃるのかしら……。
さっきまで力強くセーブルを見つめていたラヴァンドラの黒い瞳が、わずかに沈んだその時だった。
「えっ、キミィ?」
キミィが現れた時と同じ、キミィの姿が紫色の煙で模られていく。匂いが薄れていく。ラヴァンドラは心臓が一瞬凍りついた気がした。
「待って、消えないで」
慌てるラヴァンドラに、セーブルが落ち着いて答えた。
「心配いりませんよ。気配は残っていますから」
振り返ると、いつもと同じセーブルがいる。
慌てるでもなく、怒っているでもないそんな同じ顔だ。
そう、ラヴァンドラはそのおとぎ話にある魔女の血を引く者。そして、セーブルはその魔女を狩る一族、リディアスの血を引く者。
ラヴァンドラは時の遺児の姿と記憶を留めることが、セーブルは、その気配を感じることができる者。
「あまりにも向こうの世界を意識させ過ぎたのかしら……」
「そうかもしれませんね」
そんなふたりは、今、お互いに敵なのか味方なのかよく分からない状態で、『新しき時の遺児』と向き合っている。
……だけど、セーブルがいるから大丈夫。キミィは幻なんかじゃない。
だから、ラヴァンドラは、ふたたびキミィに声をかける。
「キミィ。今度はこちらの世界のお話を聞いてくださいね」
と優しく。
ラヴァンドラは、ふたたびおしゃべりを始めた。




