第三話 数年の孤独
思うに、保育園から小学校低学年までが僕の人生の最盛期だった。その頃はクラスでもそこそこ大きいグループのリーダー格に皆と同じく金魚の糞のように引っ付いてまわったり、入学式の日に隣の席になった関くんと友達になったりと、そこそこ充実していた
しかし、小学校高学年の頃になるともう既に周りから少し孤立していた。放課後も休日も基本的に家でゲーム三昧であり、友達と公園で遊ぶなどという経験はしたことがなかった。まあそれでも小学校なので休み時間とかにみんなと校庭で遊んだりしてそこそこ繋がりはあった。
だが、そんなことも中学生になってからは休み時間も図書室に入り浸るようになり、部活も運動が苦手で女子の割合が殆どの文化部に入ったため、そんな繋がりもめっきり減ってしまった。そして2学年になる頃には唯一趣味が合ってよく話していた友達も不登校になり、見事にぼっちとなってしまう。そんな状況が高校へ入学した現在も続いている。
別に僕は極度のコミュ障というわけではないのだ。最近は人と話す事が少なすぎたため緊張してしまったが、元はちょっと話しかける時に緊張するくらいでしかなかったのだ。
やりようによってはいくらでも陽キャ、欲張らずともぼっちを脱却する道筋などいくらでもあった。しかし、こんな現状になってしまったのは僕の怠惰が原因なのだ。
あの時、面倒臭がらず運動部に入っていたら、あの時、勇気を出して会話の輪の中に入っていけたら、もしかしたらぼっちから抜け出せたのかも知れない
まあそもそも運動部への体験入部すらしなかった僕にそんな未来があったのか甚だ疑問だが。
どんな世界線でも自分の性格からするとこの結果は変わらないと思う。
色々文句を言ったがこれはこれで結構この現状を気に入ってはいるのだ。誰にも縛られることなく、好きに自分の時間を使うことができる。それは存外心地良いものである。まあ、僕の場合、時間の使い方などゲームか読書しかないのだが。
でも、少しは非日常を味わいたいという自分もいた。文芸部に入部したときももしかしたら変わるかも、なんていう淡い期待を若干抱いていた。
しかしそんな期待は無情にも打ち砕かれる。
◇
文芸部に入部してから早2週間ほど。僕のここでの立ち位置も少しずつだか定まってきていた。
それは無。本当に無。空気よりも無。入部初日は日村先輩や葉月楓に話しかけられたりしたけどそれっきり目立ったことは起きていなかった。文芸部は1人増えたからといって大して状況が変わることなどなく、相変わらず真島先輩と葉月楓が口喧嘩を繰り広げていた。そんな光景を見て僕を遮蔽物の様に使う香山さんと、二人をなんとか宥めようとする日村先輩の様子も相変わらずだった。
そもそもなんで香山さんがそんなに怯えるのか疑問だったのだけれどここ2週間文芸部で過ごしてみてわかった。二人の喧嘩は飛び火するのだ。
何もせずボケっと眺めていると突然話を振られて理不尽に怒られたり、激昂した真島先輩がスポーツ雑誌やカロリーメイトの箱を投げてそれが当たったりと、文芸部のはずなのに本を読む場所としては驚くほど向いてなかった。
葉月楓はどうやら重度の男嫌いらしく、常に男に対して文句を言って部室から追い出そうとしてくる。それに売られた喧嘩はすべて買うスタイルの真島先輩が突っかかってこんな光景がしょっちゅう生まれてしまうのだ。
大抵、喧嘩の起点は唐揚げにレモンをかけるか否かとか某お菓子のタケノコとキノコのどちらが優れているかとか、そんな中学生の妄想よりもくだらないものばかりだった。ちなみに僕はチョコが苦手なのでキノコとタケノコのどちらも食べたことがない。
葉月楓や真島先輩の様な濃い人物たちのなかでは僕のような没個性は空気よりも薄い存在だった。
どんなに異常な場所にいてもぼっちは変わらずぼっち。それが世界の真理なのだと気付かされた。
「その本…私が昨日おすすめしたやつ、読んでくれてるんだね…」
「うん、香山さんのおすすめしてくれたやつは外れがないからね」
と、早速世界の真理が崩れてしまった。なんて脆いのだろう。
というのは冗談で、無と言っても香山さんは定期的に僕に話しかけてきてくれた。最初はぎこちなく敬語交じりだった会話も結構馴れ馴れしくなったと思う。
まあそれはそれとして僕がぼっちを脱却できたということは一切ない。多少話す相手ができただけ。
彼女は内気そうな雰囲気を漂わせているが部員に結構積極的に話しかけるのだ。僕はそのうちの1人に過ぎず、特別な事は何もない。
だから僕はちょっと優しくされたからってすぐ惚れるような非モテ丸出しの愚行はしない。賢いから。
「その作品はやっぱ話の流れがいいの。えっと、キャラの心情とかを展開と結びつけて巧みに動かすのが上手くて、中盤の刑事さんが自分の妻を撃つシーンなんかは特に……」
そこまで言ったところで香山さんは「あっ」と声を挙げて顔を紅潮させながら俯いた。
彼女は自分の好きなことの話になると白熱して饒舌に話し出す癖があるのだ。普段の彼女とのギャップが面白い。
「別に大丈夫だよ。香山さんの話は面白いから」
ずっと俯いたままで可哀想になったのでフォローを入れとく。彼女は顔を俯かせたまま軽く会釈をして僕のそばを離れた。これでぼっちに戻ったというわけだ。
彼女は今度、葉月楓に話しかけに行った。大抵はスルーされるが男子の様に人格を否定される様な罵倒は無いので根気強く何度も話しかけている。葉月楓の方もスルーはしているがあまり鬱陶しそうにはしてないのが不思議だ。
◇
その後、部活はつつがなく終了し、帰路についていた。家から一番近い学校を選んだため、自転車ではなく徒歩で登下校をしている。
「あれ、鈴原くん?」
突然、後ろから声がかかる。あまりにも不意打ちだったためかなり挙動不審になってしまった。
「どうも、日村先輩。帰る方向、同じだったんですね」
声のした方に顔を向けると日村先輩がすぐそばに立っていた。相変わらず距離感がおかしくて焦る。
「そうだね、でも私はいつも一番遅くまで活動してるでしょ?だから今まで気づかなかったんだろうね」
日村先輩はそのまま僕の隣に立って話し始めた。第三者から見たら誤解されかねない光景だが、幸い、周囲に人の気配はしない。
「でも珍しいですね。僕と同じ時間帯に帰るなんて」
「ああ、それね。今日は何となく早く帰りたくなってさ」
あっけらかんと言い放つ日村先輩。あまりに気まぐれな答えに拍子抜けしてしまった。
「へえ、意外ですね。てっきり何かこだわりでもあるのかと」
「そんなことないよ。いつもはしたいことがあったけど今日はたまたまなかっただけ。部長だから色々、仕事が多いんだよね」
「そうなんですね」
何かいい答えを返そうとしたが何も思いつかなかったので無難に相槌を打っておく。
「ところでさ、鈴原くん、もう文芸部には慣れた?」
「え、ええ。慣れましたけど…それが、どうかしたんですか?」
急な話題の転換に思わず声が上ずってしまった。
「ほら、文芸部って私も含めて周囲にあまり馴染めてない人が多いでしょ?だから、ちょっと居づらいかなって」
「いえ…そんなことは。僕も似たようなものですし」
日村先輩が周囲に馴染めてないという自認は意外だが、他三人は確かにコミュニケーションに若干の難のある人たちだ。僕も大概だけど。
恐らく三嶋先生がクラスや部活に馴染めずあぶれた人たちをここに集めているのだろう。
「そう?じゃあさ、文芸部のこと気に入ってくれた?」
「は、はい。結構気に入ってますよ。あの二人の言い合いは何とかしてほしいですが…」
文芸部は本を読む場としては適さないが、香山さんがおすすめの本を教えてくれたりするからそういう場としては結構気に入ってる。
「ほんとに?それは良かった」
日村先輩は優しく微笑みながら言った。
「それじゃ、私はもうすぐ家だから。もし部活のことで困ったことがあったらすぐに言ってね?」
そう言って日村先輩は進行方向とは逆の方へ走っていった。
……もしかしたらこのことを聞くためにわざわざ僕に話しかけてきたのだろうか?
………まさかね。
しかし今の日村先輩は、はたから見たら天然だけど、どこか底しれない雰囲気があった。




