第二話 平穏よさらば
さて、どうするか。部長である日村先輩には快く(そう思いたい)受け入れられたものの、それ以外の部員からの反応はあまりいいものではないようだ。
特にあの葉月楓という女子生徒。やつはさっきから僕に対してゴミをみるような視線を向けてきている。僕は別に彼女に対して何かしたわけではないはずなんだけどな。そっち系の人からしたらご褒美になりうるシチュエーションだが、僕にはそっちの気はないのでやめていただきたい。
とにかくどこかの席に着こう。立ってるままじゃ気まずくてたまんない。
「ねえ、あなたさっきからキョロキョロして邪魔なんだけど。読書に集中できないからどいてくれないかしら?」
「す、すいません。今どきます」
空いてる席が誰かの隣しかなくてどこに座るか迷ってたらお叱りを受けてしまった。
正直腹が立つが、今ここで怒っても無駄に事を荒立てるだけなのでなんとか飲み込む。
とりあえず本棚の方に向かう。本棚は随分古臭くて、上の方なんかは結構な量の埃をかぶっている。本はラノベやミステリーやSFなど、多種多様なジャンルが揃っており、なかなかに品揃えがいい。
丁度、僕が前々から気になっていたSFがあったのでそれを取って小柄な女子生徒の隣の席につく。ここが一番安全そうだったからだが、座ったときに隣の女子生徒の肩が一瞬震えた。やはり、あまり歓迎されていないようだ。
本を読み進めるが、他の部員から何度もチラチラと見られて本の内容が頭に入ってこない。何か用件があるならさっさと言ってほしいのだが。出てけと言うのなら喜んで出ていこう。
「そ、それ、私も読んだこと、あります。」
居心地の悪さを感じながらも、本を読み進めていたら、隣の女子生徒に突然声をかけられた。
「そ、そうなんですか。えっと…SF読むんですか?」
言葉に詰まりながらも、なんとか返答する。こんな難易度の高いことを平然とこなせる陽キャどもが恐ろしくてならない。
「は、はい、ちょっとかじる程度ですが…」
会話が止まり、気まずい沈黙が流れる。やはり、僕には初対面の人間とスムーズに話すことなど到底無理なようだ。
「…山…咲」
「へ?」
「香山、咲です…」
「それって…自己紹介?」
「は、はい。まだ、新入部員さんに、名前、言ってなかったので。」
気まずい沈黙を突然、女子生徒が破って自己紹介をしてきた。
「は、はあ。えっと…僕は、鈴原優、です…」
「よ、よろしくお願いします!」
「う、うん。よろしく。香山さん。」
どうやら彼女は歓迎してなかったのではなくただ単に初対面の人に対して緊張していただけのようだ。
「ねえ、あなた。さっきから喋ったり歩き回ったりしてばっかで、やる気が無いのなら帰ってくれないかしら?」
僕と香山さんが自己紹介を済ませていると、またもや葉月楓から文句を言われた。
「す、すいません。お騒がせして…」
本当なら今すぐこんなとこ出ていってやりたいが、葉月楓の語気に気圧されて弱腰になってしまった。
「おい葉月。お前、新入部員をいびるのもいい加減やめろよ。」
葉月楓に対してそう口出ししたのはさっき真島先輩と呼ばれていた男子生徒だった。彼は文芸部にはおよそ似つかわしくない体躯と、プロテインを持っており、さらに脇にはスポーツ雑誌を挟んでいる。
「真島先輩、部外者は出ていってくれないかしら?あなたみたいな人がここにいると、文芸部の品が落ちるわ。」
「誰が部外者だ!俺だってれっきとした文芸部員だぞ!」
「なら黙って読書していてください。郷に入っては郷に従えという諺を知らないんですか?」
僕と三嶋先生が入ってくる前のようなやりとりがまた発生してしまった。このやりとりを見て香山さんは胃痛が再発したのかまたお腹を抱えて、椅子に座ったまま、僕の背後に隠れるように身を縮めた。ある程度の信用は勝ち取れたということだろうか。
「二人とも、落ち着いて…ほら、咲ちゃんも鈴原くんも怖がってるよ。」
日村先輩が二人を止めようと手を振って割ってはいるが、聞く耳を持たず一向に口論は収まる気配がない。
部室を飛び交う罵声と怒号。
日村先輩はもはやいつもの事という様子で二人をなだめ続ける。
…葉月楓って僕と同級生だよな?まだ入学してから一ヶ月しか経ってないんだけど…
どうやら僕は奸佞邪智の三嶋先生の悪辣な罠によってこの文芸部という名を騙った地獄に落とされてしまったらしい。ついさっき抱いた「なんとかなるかな」という楽観的な考えは撤回しよう。駄目そうだ。
僕は砂漠のオアシスにすがるかのように手元にあった本を開き、現実から逃避した。




