第一話 文芸部室異状なし
「お前なぁ…部活くらいさっさと決めてくれよ。」
僕は今、担任の三嶋先生に呼び出しを受けて職員室まで来ていた。理由は部活がまだ決まってないこと。
うちの高校は部活への加入が義務付けられているのだが、期限ギリギリだと言うのに未だに僕が入部届を出してこないため、しびれを切らして呼び出してきたのだ
「ですが…その…やりたいことが特になくてですね…」
この常田高校は、部活の種類が多いことで有名だが、どれも僕の興味を引くようなものではない。運動神経皆無の僕にとって運動部は論外だし、文化部もいまいちパッとしないものばかり。
そんなものに高校生活3年分の放課後を使うつもりはない。
「そうか……しょうがない、あの手を使うか」
三嶋先生は明後日の方向を向いて何かを思案する。しばらくするとこっちに顔を向けて言った。
「お前、本を読むのは好きか?」
「え?ええ。読むのは好きですけど…」
そう答えると三嶋先生はニヤリと笑った。
「なら丁度いい。ついて来い」
◇
「俺たちが今向かっているのは、文芸部の部室だ。俺が顧問をしている。」
僕は今、第一校舎と第二校舎を結ぶ渡り廊下の上を歩いている。何も言わないまま歩いていくからどこに向かっているのか先生に尋ねた。
「文芸部、ですか。」
成る程。それで本について聞いてきたのか。
「そこに、入部しろと?」
「ああ、そうだ。」
何故かは分からないがちょっと不安げな顔で先生は頷く。まあ本を読むのは好きなのでそれはいいのだが…
「でも僕、書くのは得意じゃないんですけど。」
「ああ、それなら心配するな。文集を文化祭の時に出すことはあるが、それ以外だと別に課題とかはないし。ああでも出席だけはちゃんとしろよ。籍だけ入れて幽霊部員とか無しだからな。」
活動内容は思ったより楽そうだ。しかし問題はそこではない。
「…どんな人がいるんですか?」
そう、部員についてだ。文化部なので可能性は低いと思うがコミュ障の僕が何も知らないまま入部してもしその中が女子だけだったり陽キャどもの巣窟だったりしたら、気まずい時間を三年間ずっと過ごさなければならない。
一応転部というのは出来るがその時点ではもう既に各部ごとに独自のコミュニティが形成されてるであろうことは想像に難くないだろう。
先生の方に視線を向けると、どこか気まずそうに先生は目を逸らした。
「…なんか、あるんですか?」
僕の問いかけに、先生は答えなかった。先生はそれ以降ひと言も発さず、気まずい雰囲気のまま目的地へ向かった。
◇
「着いたぞ。」
突然先生が声発したので少しビクッとしてしまった。ようやく着いたようだ。だいぶ長いこと歩いてた気がする。
「ここですか。」
文芸部の部室に目を向ける。外装は至って普通だが、予算がないのか、扉に「文芸部」と書かれた紙がセロハンテープで貼られていた。
僕たちが今いるのは第二校舎の四階。渡り廊下の辺りはまだ人影がちらほらあったがここまで来ると人の気配は校庭から響いてくる運動部どもの掛け声ぐらいだった。
しかし…
「―――――」
「―――――――!」
文芸部室の前に立つと先ほどまでの静寂から打ってかわり、うまく聞き取れないのだが、中から怒鳴り声?のようなものが聞こえてくる。
「…なかで何が起きてるんですか?」
「あー気にするな、いつものことだ。」
先生は興味なさげに答える。
「とにかく、さっさと用を済ませるぞ。」
そう言うと先生は躊躇なく扉を開ける。そして僕の目の前に広がったのは、カオスだった。
「…だから真島先輩、そうやってすぐ怒鳴る前に少しはその貧相な脳を回転させて少しは物を考えたらどうです?そんなんだから彼女もできず友達もいなくなるんですよ。」
「っ…葉月!お前、後輩の分際で言っていいことと悪いとこがあるだろ…!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。喧嘩は良くないよ?ほら、楓ちゃんも落ち着いて、飴あげるから。」
「ありがとうございます、日村先輩。でもこれは喧嘩ではありません。だって真島先輩の方から一方的に突っかかってきたんですから。」
「…うへぇ…帰っていいかな…これ……」
激しい口論を繰り広げる二人の男女に、それを宥めようとなぜか飴を渡す女子生徒。そしてそこから逃れようと縮こまり弱音を吐くもう一人の女子生徒。
これをカオスと呼ばずして何と呼べばいいだろうか。
帰りたい。この光景が目の前に広がったとき、真っ先にその思考が頭に浮かんできていた。
「お前らー、無駄なことしてないで聞け。ちょっと話があるぞ。」
さっきまで扉が開けられたという事実にも気づかなかった彼らだが、先生の一声により一気に静まり返る。
二人の喧嘩を宥めようとしていた女子生徒は希望の眼差しを僕らの方に向けていた。
「三嶋先生。隣にいる生徒は誰ですか?」
喧嘩していた女子が先生にそう質問した。こいつには見覚えがある。確か彼女は同じクラスの葉月楓といった気がする。悪い意味で目立ってたので基本他人に興味がない僕でも記憶に残っていた。
「こいつは今日から文芸部に入部することになった……ええと…鈴原だ!」
今、僕の名前を思い出すのに明らかに時間かかってただろ。それに、下の名前は適当に流されてたし…
というか…
「え?あの先生?まだ入部するって決めてないですけど。」
「んじゃ、そういうことだから。仲良くしろよ〜」
先生は僕の抗議を完全に無視し、面倒な荷物を預けたかのように軽い足取りで部室を後にする先生。
残されたのは、気まずい沈黙と、僕。
残されたのはそのまま何をすればいいのか分からず、その場に立ち尽くしていると喧嘩を宥めようとしてた女子生徒が話しかけてくれた。
「ええと…鈴原くん…だったよね?私は二年で文芸部部長の日村志乃。よろしくね?」
「よろしくお願いします…」
不本意だが、こうして僕は文芸部に入部することになってしまった。
まあ、波風立てず存在感を消せば、活動自体は楽だから案外なんとかなるかな……




